2015年10月01日

再臨主が門口に?! 私たちはどこまで出迎えに行くのか?! 〈金元弼先生の証し〉



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 6.25動乱の渦中、国連軍の上陸進撃により、
興南監獄から九死に一生を得て解放された真のお父様は、
昔の食口を訪ねるために、
徒歩で十日間かけて平壌に向かわれた。

最初に獄中生活の前に伝道された金元弼を訪ね、
食口たちを訪問するようにされたが、
彼らはみな、真のお父様の意向に従わなかった。


真の父母経 より



夜の祈祷会で『真の父母経』を訓読しています。
金元弼(ウォンピル)先生がお父様に侍られながら40日間、
弟子たちを訪問されるのですが、
訓読しながら、お父様がおられない時、
金元弼先生のお父様に侍られる信仰は素晴らしい、
その原点は何だろう・・・
そんなことを思わされました。

調べても見つかりませんでしたが、
お父様が興南から出られた時、金元弼先生とお会いされた
その場面を見つけることができたので紹介します。


一つ不思議なことがありました。
先生が訪ねようとされたのは、玉世賢(オクセヒョン)という霊能者の家ですが、
そこに私が一緒にいました。
先生はその霊能者の家が分かっていたのです。

それで先生と一緒に来た弟子が玉さんの家に送られてきたので、
その人について先生の所に行くと、
そこには数多くの刑務所から出てきた人たちがいました。
先生はそこから四キロ離れたおばさんの所におられました。
私はそのお弟子に連れられて、先生がいらっしゃる所へ行って、
先生をお迎えして玉さんの家に戻りました。

その時、私は「どうして先生は、
直接玉さんの家に来られなかったのだろうか」と考えました。
皆さんはそういうことに対して、何も不思議に思いませんか。

私たちが先生を本当に先生として信じて侍るならば、
戦争の時であっても、自分の生命よりも先生の生命を考えて
「先生はどうなったんだろう」と案じながら、
興南まで行って、先生を迎えなければならなかったはずです。

皆様だったらどうでしょうか。
先生は牢屋の中におられますから、それを案じて
「いつ出られるか、無事に出られるか」と思いつつ待って、
先生をお迎えして、平壌まで帰らなければいけなかったと思います。
ところが私たちは、そういうことが全然分からずに家にいたのです。

先生が直接訪ねて来られなかったのは、
先生のおられる所まで訪ねて行って先生を迎え入れた
という立場に私たちを立たせんがためだったと思います。



お父様は『何で迎えに来なかったのか!』
そのように叱責するのではなく、
迎えに来たという条件を立たせるため、
あえて他の弟子に連れられて、
玉世賢先生の家にまで行かれたのでした。。。

お父様の愛の世界はかくも凄まじいものであると感じます。

さらには、お父様はご自身のご家族とすぐにお会いできる
そんな立場にありながら、全く関心もないかの如く
弟子たちのところに40日間訪問されたのでした。

神様を中心とした因縁を貴く思われた真のお父様。
私たちも神様によって出会った兄弟姉妹の関係を
もっと貴く思っていかなければならないと悔い改めさせられました。



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