2015年10月10日

お父様の三大試練?! 原理を語らず、僕の僕から! 《金榮輝先生のみ言・USAバージョン》2



rev_young_hwi_kim2013ny.jpg


お父様もイエス様と同じ道を
行かねばなりませんでした。
この3大試練が何か分かりますか?




金榮輝先生の証し
『お父様が「全て成した!」と祈られた理由』の続きです。

金百文(キム ペクムン)牧師が、真のお父様を受け入れることができず、
最終的に許浩彬(ホ ホビン)牧師の不信で
1946年9月18日をもって、神様が準備した
2000年の基台を失うことになりました。

そのために、お父様が歩まれることになった
三大試練の内容を証しされています。


ユダヤ人たちがユダヤ教の信仰のために
イエス様を受け入れなかった時
イエス様はサタンから三大試練を
受けなければなりませんでした。

お父様も同じ道を行かねばなりませんでした。
キリスト教徒たちから拒否され
三大試練の路程を歩まざるを得なくなりました。
この3大試練が何か分かりますか?

最初の試練は「神様の夫人」という
老婆の家に訪問することでした。

この老婆は多くの子女を持った人でしたが
お父様はその家に訪ねて行かれ
(しもべ)の僕の立場で精誠と心を尽くして
老婆とその家の子供たちに侍ることを始められました。

しかし「僕の僕」の立場で一番
卑賤な仕事をしたために
周辺に住む人たちは誰もお父様の
そのような行動を理解することができませんでした。

それで近所に住む人々全てがお父様に
ありとあらゆる悪口を言ったといいます。
ある人はお父様を呪ったりまでしたそうです。
しかしお父様はそのようなことには全く気にかけず
ひたすら侍ることだけに集中されました。

私たちはこの八段階について聞いたことがあります。
お父様がこの八段階コースを歩みました。
僕の僕の立場から僕の立場、養子の立場
私生児の立場、実子の立場まで上られました。
今まで全五段階でした。

六段階目は朴老婆がお父様を
「あなたは天国の総理である」と呼びました。
その次の段階は彼女がお父様に対して
「あなたはイエス様のような人だ」と言うようになり
最後の段階は「あなたは神様の実体の目的である」
このようにお父様は八段階の全てを通過しました。

最後にお父様が彼女に「私に対して証言したので
これからは私に従わなければなりません 」

彼女は聖霊で充満していた時
お父様について証ししたのです。
しかしその後に我に返った時
彼女はのようにしたでしょうか?
当然お父様に従いませんでした。

結局お父様は彼女の家を去り
二度目の試練を受けなければなりませんでした。
最初の試練は成功的に通過しました。
お父様が成功を収めたのです。


そして二度目の試練です。
それは何だったでしょうか?

お父様は霊界に行かれて43日間霊界の聖人たちと
真理のみ言を持って真理の戦いをする路程でした。

お父様は霊界で神様の摂理の中で
一番重要なものは
第一に血統転換、第二に心情転換、
第三に所有権転換だと語られました。

イエス様については再臨の問題で
「私がまた来る」と言ったために
終末になってキリスト教徒の中で別の人として
来られる主に侍ることに多きな混乱を招いていたのです。

お父様が原理講論を説明する
新しい真実について語られました。
お父様を信じず争いが生じた時
神様はお父様の側ではなく相手側に立たれました。
第一次アダムが神様を裏切ったのでそれを
蕩減するためには相手側に立たれるしかなかったのです。
お父様が天聖経でこのようなみ言を語られました。

お父様は絶対に主張を曲げずに最後まで
確信を持って推し進めて行かれたので
結局は神様が最後の判定で
「文何某が正しい」という最終結論を下されました。

そうしてお父様は神様の印を受けて
地上に降りてこられるようになりました。
お父様が神様の印を
当時受けられたのです。

人々にお父様がメシヤであると証言する時
多くの困難を通過しました。
しかしお父様のみ言はただ神様の印を
持って来たというのです。
このようにして第二の試練に勝利するようになりました。


第三の試練は興南監獄に行くことでした。

お父様がなぜそこに行かれたのでしょうか?
イエス様の立場を受け継ぐためです。
それならばイエス様はどこでこの世を去られたでしょうか?
どの時点で去られたでしょうか?
その時点がどこだったでしょうか?
イエス様は十字架上でこの世を去られました。
そうでしょう?

お父様も十字架のような場所に行かなければなりませんでした。
それが正に強制労働収容所、死のキャンプ場でした。

イエス様が十字架にかかられるようになったのは
12弟子を失ってしまったためです。
12弟子たちがイエス様とひとつになっていたならば
イエス様はその基盤の上に第2次アダムとして
第2次エバを探したてることができたでしょう。
アダム一人では神様のみ旨を導いていくことができません。
必ず相対を探さなければなりません。

イエス様は第2次アダムとして来たので
第2次エバを探さなければなりませんでした。
しかし12弟子を失うようになり、
第2次エバを探したてることができなくなりました。
結局使命を果たすことができなくなり
この世を去られるようになりました。

お父様はイエス様が失った
12弟子を復帰しなければなりませんでした。
この12弟子を探したてることができなければ
興南労働収容所から解放されることができなかったでしょう。

事実韓国戦争の前後に
変化したものはほとんどありません。
北朝鮮は依然として北朝鮮のままであり
韓国はそのまま存在しています。
韓国は分断されています。

それでは韓国戦争の意味は何だったのでしょうか?
大多数の人々は政治的な理由
または他の理由を挙げるでしょうが
神様の摂理から見た時一番重要だったことは
北朝鮮の強制労働収容所のお父様を解放させることでした。
これが韓国戦争の最も重要な意味です。

お父様は3つの試練を全て通過され勝利を収め
韓国に下って行き、新しい宣教を
始めることができるようになったのです。


釜山に到着してまず最初に実行されたことは
原理原本を執筆することでした。
1951年5月11日から1952年5月10日まで
お父様がこのように1年間原理原本を書かれました。

金元弼先生に聞いた話によると
お父様が北朝鮮におられた時
食口たちに原理講論について一言も
話されなかったそうです。

北朝鮮の食口たちに数十回語られ、
多くのことを教えられましたが
時が至らなかったために
原理講論の内容を一言も語られませんでした。

お父様が興南収容所から釈放された後
平壌にいる全ての食口たちを訪問され
彼らと共に韓国に下ろうと提案されました。
けれども誰もお父様について行こうとしませんでした。

後でその方々に直接聞いてみると
万が一その当時に北朝鮮で原理講論について
学んでいたならば、お父様を拒否することは
なかっただろうと言いました。
かえってお父様にしたがって行ったでしょう。
彼らが言った話です。

それゆえ彼らが立っていた立場と
現在の私たちの立場は完全に違います。



興南の話はご存知の方が多いと思いますが、
第一の試練と第二の試練については、
あまりご存じない方も多いかと思います。

私自身は、次の部分が印象に残りました。
お父様が興南解放後、食口たちに40日間会われた時、
ほとんどの人がお父様に付き従わなかった・・・
それは、原理のみ言を聞いていなかったからだと。

お父様は北朝鮮で、原理のみ言を一言も語らなかったのです。
おそらくイエス様の心情、神様の心情、
そんなみ言が多かったのではないかと思います。

重要なみ言を語ることができなかったので、
お父様が興南におられる期間に、食口たちは離れてしまいました。。。

そう考えると、金元弼先生をはじめ、わずかな食口は、
み言を聞かずにお父様に従っていったということです。
並大抵の信仰ではないと思います。

さらには、時代の勝利圏、恩恵圏によって、
ほぼ全てのみ言が伝えられている今、
そのことに感謝すると同時に、
み言を知っている者として、
過去の先輩たち以上にみ言の価値を実感し、
その価値を表す者になっていかないといけないと感じます。

続きます。

応援のクリックをお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック