2015年10月20日

歴史上、最も重要な行事とは?! 祝福家庭が失敗したらどこに行く?!  《金榮輝先生のみ言・USAバージョン》3



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子羊の婚姻
この聖婚式は前にも後にもない
歴史上たった一度だけの聖婚式


皆様は失敗をしても
サタン側には行きません



金榮輝先生のみ言、続きを紹介します。
少し長くなりますが、
押さえどころ満載ですので、どうぞお楽しみください。


お父様は1953年7月20日から
原理に対するみ言を語り始められました
姜賢實女史に開拓伝道の使命を与えられ
大邱に送りました

それではお父様はなぜ1953年に原理宣布を始められたのでしょうか?

お父様は1953年に何歳だったでしょうか?
正確に33歳でした
イエス様が33歳にこの世を発たれました
お父様が正確にイエス様のその年に合わせて
使命を引き継いで行かれたのです

お父様は何かをされる時にも
何の計画もなしに無造作に行ったりはされません
必ず正確なプログラムに従って
全てのことを行われるのです


1960年以降の摂理についてお話いたします
イエス様の使命を受け継ぐためお父様は
三大試練を通過しなければなりませんでした
その第一番目は何だったでしょうか

それは第3次アダムとして
第3次エバを見つけることでした
アダム一人では何もできなかった為
エバを探さねばなりませんでした

イエス様が第2次エバを探せず
この世を去られました
もしお父様が第3次エバを探せていなかったら
果たしてお父様は何を成し遂げておられたでしょうか

何も成し遂げることはなかったことでしょう
それ故お父様はエバを探すことが
絶体絶命の使命でありました

お父様はお母様にお会いされるや否や
神様に祈祷をされました

「お父様 この国に韓鶴子をお送って下さり
ありがとうございます」

これがお父様の最初の祈祷でした
お父様がお母様にお会いしすぐにされた事です

そしてお父様は洪順愛女史(大母様)にお母様を
しっかり守り教育するよう言われました

お母様は男子のいない女学校に通いました
女子だけが通う聖書学校でした
洪女史は娘様の教育に対しとても厳しく
特に男女問題に対し非常に気を使われたと言います

1960年にお父様とお母様は
神様の祝福を受けられ夫婦となりました

これは正に歴史的な子羊の婚姻でありました
歴史で最も重要な行事でした
この聖婚式は前にも後にもない
歴史上たった一度だけの聖婚式です

お父様は1920年にお生まれになり1960年まで
40年の蕩減復帰期間を勝利され
サタンは分離しこの歴史的な聖婚式を
迎えることができたのです

お父様はこの路程を続けられ
第3次アダムとして自ら復帰されました
これがその40年の期間だったのです
お父様がこれをやり遂げたのです


また1960年から新しい摂理が始まりました
何だか分かりますか?

それ以前までは救援はありませんでした
2千年前イエス様はメシヤとして来られましたが
地上に居られる時何をなさったでしょうか?

堕落人間をサタンの血統から神様の血統に
転換させた人がいたでしょうか?
誰を探しましたか
血統が変わった人がいましたか?
誰もいませんでした
私たちはこれを知らなければなりません

彼らは血統転換を受けましたか?
受けられませんでした
今イエス様の弟子達は楽園にいるといいますが
彼らの血統は誰の血統ですか?
サタンに属しますか?神様に属しますか?
彼らはサタンの血統に属します
これは確実に知らなければなりません

しかし私たちは祝福家庭です
私たちは新しい血統を持っています
私たちは正に神様の血統を持っているのです

霊界に行くとどこに行くでしょうか
皆様はどこに行くと思いますか?
サタンの世界に行くでしょうか?
神様の世界に行くでしょうか?
神様の圏内です

私たちは完全に違うのだということです
キリスト教人でこの様な特権を持つ者は
誰としていません
真の父母様を通し祝福を受けた者のみが
神様の圏内に行くことができるのです

だから皆様は失敗をしても
サタン側には行きません
神様側にいながらそこで蕩減復帰をするのです

これが他の者たちと祝福家庭との違いです
他の者はサタン側に行き
私たちはサタン側には行きません


地上人間に対する救援摂理は真の父母様の
祝福聖婚式の5日後から始まりました

お父様は1960年4月11日に祝福を受けられ
救援歴史は5日後の1960年4月16日に始まりました
それが3双の祝福でした
そうして肉体を持った地上の人たちの
救援が始まりました

その翌年1961年お父様は33双を祝福され
1962年には72双を
1963年には124双を祝福されました
この家庭たちは皆お父様の一族に属します

また1963年から1968年までお父様は
祝福式を挙行されませんでした
その訳が何だと思いますか?

1968年にお父様は430双を祝福して下さります
これが肉体を持つ者の為の祝福であり
救援の摂理です


お父様の復帰摂理の時期を
次のように分けてみました
まず最初に1945年から1960年まで
二番目に1960年から1981年までの時期
次は1981年から2000年まで
その次が2001年から2012年までの時期です
お父様の生涯をこのように分けて考えてみました

今からその理由を説明いたします


1960年から7年路程が始まります

最初の7年路程でお父様がお母様に言われました
「あなたはお父様に完全に服従しなければならず
お父様と完全に一つにならなければならない」
これがお父様がお母様に
指示された内容です

お母様はお父様と完全に一つに
ならなければなりませんでした
何故そうしなければならなかったのでしょうか
最初の7年路程を通して
お母様がお父様と一つになり
完成段階に到達できたのです
それがその理由だったのです

こうしてお父様の最初の7年路程を終えられ
1968年1月1日『神の日』を
宣布できるようなったのでした

この日は神様が完全なるアダムと完全なるエバを
所有できる神様の勝利の日だったのです

また完成したアダムとエバの家族を通し
子孫を持つことができたのです
誉進様と孝進様が生まれお父様と
四位基台を作ることができました
この勝利の基盤の上でお父様は
神の日を宣布することができたのです


第1次第2次第3次7年路程の21年もの間
祝福家庭は何をしなければなりませんでしたか?

私たちのやるべきことは何だったでしょうか?
私たちは成長期間の完成期地点すなわち
3番目の場で祝福を受けました
夫と妻が一つになり最後の段階である
完成級まで共に行かなければなりませんでした
完全に一つにならねばならない期間です

祝福家庭の夫婦の中で完成基準に
到達した夫婦が出なければなりませんでした
しかし21年が過ぎ完成基準に到達した
夫婦が何人いますか?
残念ながらいません
すると成功でしたか?失敗でしたか?

お父様は失敗において何とも言われませんでした
しかし後で見るとお父様のみ言の中に
『失敗』というみ言が見つかりました
それは天聖経で見ることができます
しかしそれがいつ起きたことなのか
何のみ言もありません

1981年以降起きた内容を見ると
1984年に興進様が聖和された内容がありました
また1984年にはお父様が
ダンベリーに行かれる事件が起こりました

お父様は1984年7月20日から
1985年8月20日まで
1年1ヶ月の間ダンベリーの監獄で
過ごされました

何故そのような事が起こったのでしょうか?
お父様は蕩減条件を立てなければならなかったのです



真の父母様の道は完全蕩減の道です。
金榮輝先生のみ言を通して、
そのことを改めて感じさせられます。

御子女様が犠牲の道を歩まれたことに対しても、
私たちの不足さ故なのでした。
『21年に完成基準に到達した夫婦』
そのように語られていますが、
実際にはどんな基準なのかは、わかりません。

内外の基準があると思いますが、
外的には氏族メシヤの勝利ということかも知れません。
あまりにもはるか高い基準ではありますが、
そこに向かっていく私たちとなっていかなければならないと感じます。

不定期に続きます。


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posted by ten1ko2 at 08:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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