2016年08月15日

2世祝福は親子で授かる?! 過干渉も無関心もNG! 《父母のための2世祝福講座》3



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櫻井副局長の父母のための二世祝福講座、
「家庭完成基準の祝福」をお伝えします。


第二のポイントは、二世祝福は「家庭完成基準の祝福」、
「親子で共に授かる祝福」だという点です。

これまで、二世祝福に臨む親の立場として、
「二つの誤った姿勢」が見られました。

一つは、「二世祝福は親の責任なんだ!」ということで、
必要以上に「過干渉」になってしまうケース。
もう一方は、「二世祝福は本人の責任だ!」ということで、
極端に「無関心」になってしまうケースです。


どちらかと言うと、
「過干渉」になってしまうケースの方が多く見られました。

この場合、親ばかりが積極的になっていて、「本人の意思」が見えません。

結婚という人生の大切な決断を本人にさせず、
「親の一存」で決めてしまう場合、
本人には結婚することの自覚も責任意識も芽生えないでしょう。

また、「過干渉」になり易い親は、
祝福後の相対関係にも介入してしまい、
話を難しくしてしまう傾向があります。

相手は本人の意向を聞いているのに、親が代わりに答えてしまったり、
子女間のちょっとした言い合いに親が口を挟むことで、
余計、話がこじれてしまう訳です。


一方で、親が「無関心」になってしまう場合も問題です。

本人が祝福を本気で受けたいと思っているのに、
親がなかなか父母マッチングに取り組もうとしない、
或いは、ご父母様マッチングだからと言って、子女だけマッチング会場に送り、
祝福前後のサポートをしてあげようとしない、となっては、
二世たちの担う負担は非常に大きくなってしまうでしょう。

祝福を全うする第一の責任は「本人自身」が負うものであったとしても、
親にはまた、それを守り、サポートする責任があるのです。


二世祝福とはそもそも、子女だけに与えられる祝福なのではありません。
今一度、「二世祝福を受ける原理的位置」について考えてみましょう。

一世の祝福とは、「堕落」によって失われた、
「アダム・エバの立場」を復帰した基台の上で与えられるものでした。

言い換えれば、祝福までの歩みとは、男性・女性が各々、
「個人」として、自らの内なる「サタン」を分別しながら、
「神様の心情」を復帰していく、「個人」路程でありました。

「万物復帰」や「伝道」といった信仰生活や実践も、
自分を愛し、導いている「神様の心情」や、
また、背を向ける人類一人一人を探し求めてきた「神様の心情」を復帰するための、
「個人」としての歩みだった訳です。
その上で、その「個人」に与えられたものが一世の祝福でした。


しかし、二世は「個人」として祝福をあずかる立場ではありません。

祝福を受けた一世の家庭が、その後の「家庭生活」を通して、
「神様の愛」を実体化していく歩みがあり、
そうして、神様の願われる家庭理想を成した家庭と、
同じく、神様の願いを成した家庭とが、
神様の願いによって出会っていく…、それが二世祝福です!

即ち、二世祝福とは「個人」に与えられる祝福ではなく、
二世の子女と、その子女を生み育て、
家庭の中で神様の心情世界を育んできた「親」と、
二代にわたり、その「家庭」に与えられる祝福なのです!

したがって、二世祝福の準備は「二世」だけがするものでもなければ、
「親」だけがするものでもありません。
「親子で共に」精誠を立て、備えていくものなのです。

また、そこに生じてくる課題は、「二世だけ」で解決できる問題でも、
「父母だけ」で解決できる問題でもありません。
「親子で共に」取り組んでいかなければならない、家庭教育の課題なのです。


もし、皆さんが「過干渉」で通してきたというのであれば、
もう一度、関係性を見つめ直してみてください。

子どもの人生は、親の人生ではありません。
子女自身が決断し、自らの力で切り開いていかなければならないものです。

結婚はその「最初の一歩」です。
まだ幼いし、信仰がないからと言って、
本人の責任分担5%を取り上げてしまわないよう、
子女を信じ、本人自身の意思と決断を尊重してあげてください。

親もまた、本人を見守ることができてこそ、「親」になれるのだ、とそう思います。


また、もし皆さんが、様々な事情から、親子の人生の接点が持てず、
子女の成長に「無関心」で来てしまったとしたなら、
今一度、関係性を見つめ直してみてください。


私たちには様々な御旨があり、
一人一人に与えられた「摂理的使命」は千差万別です。
しかし、「全ての人」に与えられている「万民共通」の御旨があります。

それが、家庭を通した「愛の完成」であり、
「神様の愛を体恤すること」なのです。


親は子どもなくして、親になることはできませんし、
子どももまた、親なくしては成長できません。

子どもの課題は親の課題であって、家庭教育の課題なのです。

子女の祝福を通して生じてくる課題も、
恐らく、親が親になるために生じてきた課題であって、
それはまた、私たちが「家庭理想」を成していくために、
「天」から与えられる課題であるに違いありません。

二世祝福を通して、「不足だった部分」を取り戻しながら、
家庭理想を目指していきましょう。



「責任」をもつということと、
「過干渉」になってしまうこと。
この見極めはとても難しいところだと思います。

今は、父母マッチングが主流になっているのも
そういったことが前提になっているのかもしれません。

また、祝福二世と信仰二世の垣根も
少しずつ緩められてきています。
(このことに関しては、後日お伝えします)
これも親の信仰、天に対しての、
縦的な心情圏が大前提だと思います。

「家庭完成基準の祝福」
意識していきたいと思います。

不定期に続きます。



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