2016年08月27日

「祝福さえ受けてくれればいい」と思っていませんか?! NGの理由  《父母のための2世祝福講座》


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「二世祝福父母講座」
今回は、『原理的人生観の確立
「祝福だけ受ければいい」と思っていませんか?』
です。


祝福に臨む上で、二世本人に求められる第一要件とは、
ひとえに「食口化(信仰確立)」、
すなわち「神を中心とした原理的人生観の確立」に他なりません。

「二世は一世と違って蕩減もないのだから、
親だけ信じて祝福を受ければ、それでいいのではないか」
と考える父母もいます。

しかし、祝福(結婚)とは、
人の一生を左右する「人生の一大テーマ」であって、
そんなに安易に考えられるものではないのです。


宗教学を教える食口の講師が、こう言っていました。

「統一教会の結婚観を紹介したところ、
生徒が驚きながら、こう質問してくるんです。

『今時、結婚という最もプライベートなものにまで
干渉する宗教があったんですか。
そんなハードルの高い宗教に入れる人がいるんでしょうか』と」

神に仕える祭司や修道僧でも
コントロールし難いものが「男女の愛」です。


「原理が分からなくてもいい、訓読も祈祷もしなくていい、
教会も礼拝も通わなくていい……、
でも、祝福だけは受けてくれ……」

二世たちにとって、こうした要求ほど苛酷な要求はないのです。

「原理的人生観」を受け入れることなく、
「結婚だけは親の願いで……」と
なれば、それこそ、「祝福」が彼らを
「拘束」してしまうに違いないからです。


二世にも「主体的信仰」が必要です。

祝福という現実は、二世たちに、
もはや「親への付き合い」としてでない、
「信仰の自立」を求めるでしょう。


これまで祝福に臨んだ二世の多くが、
相対関係の課題をきっかけに、
「信仰問答」を突きつけられてきたのです。

「そもそも私は神様や父母様を信じているのだろうか」

「原理を本当に真理だと思っているのだろうか」

「二世として、三世を育てられるのだろうか」


二世において「信仰の確立」とは、
すなわち「二世としてのアイデンティティーの確立」を意味します。

二世が祝福に対して抱くべき動機とは、自己の恋愛願望や親からの期待、
周囲のプレッシャーといったものではなく、
「私は神と真の父母の願いによって生を得た真の子女であり、
その天の願いを受けて祝福を受けるんだ」という、
心情的、信仰的動機であるべきなのです。

「恋愛相手ができる」といった自分本位な姿勢では、
99パーセント、祝福は成就できないでしょう。


数年前に比べれば、二世青年の教育ラインも随分整備され、
より多くの二世青年が原理の全体像を学び、
信仰生活や実践活動を経験した上で祝福に臨む流れができつつあります。

父母の方々においても、「子女をどう祝福に送るか」でなく、
まず「子女の信仰確立」という点に対して
責任意識をもっていただきたいと思います。



二世祝福に関しては、最近、本部を中心に
具体的な取り組みが大きく展開されています。

それは、二世の数が激増し、
祝福対象者の数も増えているにも関わらず、
祝福を受ける人の数があまりにも少ない、
そういう深刻な現実も一つの理由だと思います。

父母教育のための集会、セミナーが催され、
また、父母マッチングのためのセミナー、
そして、親子セミナーなど。。。

そのように本部の皆さまに
多くのプロジェクトを企画してくださっていることに
心から感謝しつつも、
親として、子供たちの
「信仰確立」をしっかりさせるためにも、
親の信仰をしっかりすることが何よりも重要だと思います。


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