2016年09月20日

(証し) 私がまだ神様を知らなかった頃?! 〜クリスチャン時代〜 《mrs.ロニヨン千鶴子》



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ひとり神様の前にひざまずき
声を出して祈りました。
「天にいます父なる神様! 
私は今、あなたのもとに帰ってきました……」


今回は草創期の頃から
献身的にみ旨を歩まれた
ロニヨン(旧姓:春日)千鶴子さんの
証しを紹介したいと思います。

今日は、統一教会入教前、クリスチャンとなった頃の
証しを中心にご紹介します。


私が十五歳になった中学三年生の秋のことでした。
父の故郷である信州の田舎の村に、
一人の米国宣教師(キャリコ先生)がやって来ました。

戦後、日本には米国から多くの宣教師たちが派遣されて来るようになり、
一般にも西洋文明が急速に取り入れられるようになっていました。

ある日、私が学校から帰って来ると、
自分の家の入り口に投げ込まれていたキリスト教集会の
案内のちらしが目に留まりました。
それを見つけたとき、自分はここに行かなければならないと、
何かに打たれたかのように感じたのです。

それで私はその日時に、さっそく集会に行ってみることにしました。
すると多くの子供たちが集まっていました。
その集会は、私にとってすべてが初めての経験でした。


キャリコ先生は、

「それ神はその独り子(ひとりご)を賜うほどに
世を愛したまえり、
すべて彼を信ずる者の亡びずして
永遠の生命を得んためなり」
神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛してくださった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである

という「ヨハネ伝」第三章16節の聖句を用いて、
日本語でたどたどしく話すのでした。

私が初めて聞いたその聖書の言葉は、私に深い感銘を与えました。
そして、イエス・キリストというかたは、
神の子であると信じることができたのです。


その日、家路に就きながら私は、非常に喜びに満ちあふれていました。

心の中で思ったことは、次の集会のときには
「クリスチャンになりたい人は……」という招きに応じて、
自分も手を挙げているだろうということでした。

次の集会に行ったとき、
私はイエス・キリストを受け入れクリスチャンになりました。
それからというもの、熱心に集会に出席し聖書を学びました。


けれどもその後も、まだ私の心の中には、
すっきりしないものが残っていました。
それは神の存在に関することでした。

ある日、集会の時「神様は大勢いるのですか?」と、質問してみました。
するとキャリコ先生は、「神様は唯一なるかたであり、
創造主で、われわれ人間の天の父でもあります」
と丁寧に説明してくれました。

私はそのとき、神様は唯一で創造主であられると知って、
何か霧が晴れていくように感じたのです。


その夜、家に帰って来て、ひとり神様の前にひざまずき
声を出して祈りました。

「天にいます父なる神様! 
私は今、あなたのもとに帰ってきました……」

これが、私が初めて生ける真の神様と親子の出会いをした瞬間でした。

そのときから私は、神様の存在を疑ったことはなく、
また神様なくして生きることができなくなりました。
心に革命が起こったのです。


人生観がすっかり変わったその後の私は、
ただひたすら信仰の道に邁進してきました。

そんなある日の夜、教会からの帰り道のことでした。
神様が私の心に「汝を献げよ」と語られたのです。
天からの召命です。
私の生涯を「天に献げよ」と言われるのです。

私は、その召命の声にとっさに応えることができませんでした。
十代の私には、未来に多くの夢があったからでした。
しかし神様は「その夢を捨て、自分を捨てなさい」と言われたのです。


信仰生活を続けていくうちに、
信仰生活というものは深くなればなるほど
霊と肉との間で悩みが生ずるということを知りました。

今から約二千年前の初代教会のころ、
ダマスコへの途上で回心してイエス様の弟子となった、
あの偉大なる使徒パウロでさえも
「噫(ああ)われ悩める人なるかな……」
わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。
(「ロマ書」第七章24節)

と嘆息して、霊肉の葛藤をしていたのでした。

私は人生に悩み、キリスト教に出会って救われたのですが、
今度は信仰生活で悩むことになったのです。
もし単なるサンデー・クリスチャンで満足していたならば、
それほど悩まなかったことでしょう。

しかし、イエス・キリストが人類を救うために
十字架にかかったと信ずるクリスチャンであるならば、
死を懸けて愛してくださったおかたに対して、
誠実に報いなければならないと私の心はささやくのです。


聖書を開くと、以下のように記されています。

「人もし我に従ひ来らんと思はば、己れをすて、
己が十字架を負ひて、我に従へ」
だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、
自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい
(「マタイ伝」第一六章24節)


このみ言は、私の心にぐっと迫ってきました。
それから後もこの聖句は、
私が聖書を読むときいつも心に引っかかり、
避けようとすればするほど私の良心を苦しめるものとなりました。


やがて私の高校生活も終わり、
家庭の事情を考えて就職するため亡き父の知人を頼りに
上京することになったのです。

今までお世話になったキャリコ先生や、
教会の兄弟姉妹にも別れを告げました。

これは後日談になるのですが、キャリコ先生の家族とは、
その後二十年以上もたってから、
思ってもみない再会を果たすことになったのです。


そのころ私は、祝福を受けてニューヨークに住んでいました。
ある日、米国の食口であるメアリーという女性と雑談をしていました。

話が進んでいくうちに、彼女のお父さんは、
かつて宣教師として日本に行き、家族ともども日本に長く住んだことがあり、
父親の名前がウィリス・キャリコだというのです。

私は、それを聞いて驚きました。
メアリーさんのお父さんは、
かつて私を信仰に導いてくれたキャリコ先生だったのです。

その当時のことを回想してみると、
クリスチャンになりたての私たちが、
招かれてキャリコ先生のお宅に伺うと、
家の中を元気に走り回っている少女がいたことを思い出しました。

その時の少女、可愛い小さなメアリーちゃんが、
今、目の前で私と話しているメアリーさんだったのです。

天を愛し誠実で謙虚であったキャリコ先生のことを思い出しながら、
このような素晴らしい出会いができたことに感激し、
心から天に感謝したのでした。

(「先駆者たちの証言」より抜粋)



ご自身の良心に忠実に従い、
クリスチャンになられたロニヨン千鶴子さん。
私たちも良心の声に耳を傾けないといけないし、
良心を強める努力をしないといけないと感じます。

キリスト教会に入信するきっかけになった
宣教師の娘さんが食口になり、
アメリカで再会するなんて、本当に奇跡的ですね。。。

クリスチャンになられたロニヨンさんが、
どのようにして統一教会に導かれるのか、
また、明日に続きます。




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