2017年03月18日

「心配しないでください」 お父様の祈りに倣おう! 神様を慰め、人類に責任を持つ 《信仰サプリ》



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金元弼先生の信仰サプリ
今回は、「神を慰める祈り」です。


先生は夜に窓の外の木を見ながら、木が自分を守っているのだと感じ、
そしてまた、神をそのように
自分が守ってあげないといけないと感じられるのです。
すべてを神を中心として生活しておられるのです。

夜遅くなって、疲れて仕方なく寝なければならない時、
先生は「神のみ旨のために成さなければならないことがいっぱいあるのに、
疲れて寝なければなりません。
そういう私をお許しください」と祈って休まれるのです。


また、先生は余りにも疲れているために
バスルームに入ってそのまま休んだり、
トイレの中でそのまま寝ていることがたびたびあります。

先生の奥様は無理をしないようにと先生に言われるのですが、
先生は「神は今まで休んでいないのに、
どうして私が休むことができようか」と言われるのです。

足が疲れている時には、まだやることがあるから
力を出して前向きに歩こうと、
足を励ましながらやっておられるのです。

そういう先生を身近で見ている私も、それに倣う生活になるのです。


私たちは、神は栄光の神でなく
人間が堕落した時から苦しみ悩んできた神であると分かった瞬間、
神に何かを助けてくださいと言えなくなりました。

文先生のお祈りを聞くと分かりますが、
神に何かが難しいから助けてくださいという祈りは絶対にされません。

常に神の心情や、イエス様を中心とする
霊界の聖人たちが成し得なかった仕事を
私たちが代わりに責任をもって全うして、
神を解放し、人類を解放しますという
祈りの内容であることが分かるでしょう。


ろう屋に入られた時も神を慰める祈りをされました。
なぜならば神の愛する子供がろう屋に入らなければならない時、
神の心はどれほど痛かったでしょうか。
その神に対して助けてくださいと祈ることはできず、
先生は「私のことは心配しないでください」と祈られたのです。

このように文先生の生活は神をいかに解放するかがすべてでした。
ですからいつも時間が足りないし忙しくてならないのです。
それで二十四時間を二十五時間にしていく心で歩まれるのです。


文先生と共に生活して、先生の神や人類に対する姿勢を学びながら
私たちは訓練を受けました。
そうすると真夜中になって寝ようとする時に、
何だか罪を犯したような気になるのです。

先生はまだ寝ておられないのに、
今私が休むのは申し訳ないという思いになるのです。
そういう気持ちを原動力として、神のために、国のために、
世界のために、私たちは邁進していくようになるのです。

先生は決して「こうしなさい」とは言われませんが、
先生が神に倣って生活されるのを見て、
私たちもそれに倣っていくようになるのです。
先生は神を私たちに常に証してくださるので、
それを通して自動的について行くようになるのです。



神様に慰めを求めなかったお父様。。。
助ける祈りを捧げなかったけれど、
だからこそ、助けてあげたい思いが募っていた、
そのような親子の姿があると感じます。

今も、真のお母様はどれほど困難な中にいるでしょう。。。
しかし、お父様と同じように、
「助けてください」というような祈りはされないに違いありません。

真の御父母様に倣うというのは、簡単ではありません。
しかし、孝情の心情で歩むこと、
このことを念頭に置きながら、日々の歩みを捧げていきたいと思うのです。




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posted by ten1ko2 at 09:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰生活・信仰講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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