2017年05月14日

一人になると信仰が弱くなってしまう人に?! 《李ヨハネ先生のベスト・アンサー》



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「一人だけの歩みだと、とかく信仰が弱くなってしまうのですが
どうしたらいいでしょうか」
という質問に対して、李ヨハネ先生は?!


今回世界を見ての結論は、
「私たちは世界的だ、全世界が注目する私たちの立場だ」と、
その価値を悟ったのです。

やはり自分を通して
全体、世界、永遠の価値を知らなければならないのです。

そうでない世間の人たちは、枯れた木の葉みたいです。
風が吹けば、何もない。


私たちの立場は貴重です。

任された立場は神様が必要とされて置かれているのであって、
私たちは神様の立場から見るべきであって、
自分の任された立場で、どれほどその価値を悟れるか、
影響を与えるかという問題なのです。

伝道とは、「原理を聞け」と言うのが伝道ではなく、
私たち同士、どれだけ情的に授受するかということが伝道なのです。

心情の伝道があり、生命の接触、
これが本当の内容、永遠の伝道ではありませんか。


価値ある人は、たくさんの人と付き合っていないのです。
一人と交わってみて、長く忘れられないように付き合うのです。

イエス様は何十万、何百万名を集めて話したのではなく、
一人、二人を人類のごとく愛したのです。


大先生は「韓国で勝利した」と言われても、
韓国の民衆の前に現れたことはありません。

年取ったおばあさんを中心として、何年も暮らした期間があります。
神から「行け」と言われて尋ねて行った平壌で、
一人のおばあさんに尽くして暮らされたのです。

そして世界的に勝利されたのです。
これを勝利して、今どんどん世界的に伸びているのです。


大先生において、生涯誇るべきことは、平壌での出来事でしょう。

牢屋の中で同じ仕事を三年間やりながら、そこで天宙的な価値を立てた。
イエス様は十字架の上で価値を立てた。
勝利の決定をした。

信仰というものは、不信される立場で、認められない場所で立てられるのです。


今まで、私たちは大勢の前では信仰を守ってきたのです。
真剣な表情でやってきたのです。
しかし、一人の時になると信仰を捨ててしまっている。
イエス様とは反対なのです。

私たちは一人でいる時、不信される立場にいる時こそ、
今神がどのように私を眺めておられるか、尋ねてきておられるかを、
よくよく考えてみなければならないのです。



真のお父様とイエス様は、
全く同じ次元で歩まれたのだということがわかります。

一つの物事を神様の視点で捉え、
一人の人を万民のごとく愛する。。。
この精神に徹しています。

日本人は特に、一人ではなく、チームやグループで
一つとなることが得意ですが、
集団を離れたらどうしたらいいのかわからなくなる
という性質もあるかもしれません。

私たちも日々の歩みで相続していきたいし、
そのような歩みを続けていれば、
信仰が弱くなる、とか考えている暇もないでしょうね。。。




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posted by ten1ko2 at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰生活・信仰講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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