2017年05月18日

集中して祈れない人に?! どうしたら神に通じるのか、主の祈りに近づく方法 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のベスト・アンサー、
今回は珠玉のみ言です。
栞をはさんで、何度も読み返したい内容です。

信仰がない人も、あると思う人も、
よく祈れない人も、祈れる人にもお勧めします。

『意識が集中できず、祈りに起伏があるのですが』
に対する回答です。


祈りやすい時は、何か公的に尽くした基準で、祈祷ができるのです。
生活に対してふまじめな時は、祈祷ができないのです。
与え、尽くすという心がない人は、祈れないのです。

祈れる人は、悲しい人、苦労する人を自分のように思える人なのです。


祈祷は自分のことではしないのです。
絶対に私のために祈るのではなく、人のために祈るのです。

その人の苦労を自分が痛感したその時には、
それは一人の苦労だけれども、兄弟の苦痛となる。


それを考えれば、神も大先生もイエス様もみな、気の毒な方であったのです。

一人の問題が自分の問題のごとく思ったその種が、
神様の苦しみにまで繁殖するから祈りができるのです。

だから、涙はどういう時に出るかというと、
目の前の人を愛したのちに、大先生は私たちのような人間を担当して苦痛を受けたか、
神様はどれほど信じられない人間に対して摂理され、どれほど苦痛だろう。
そこまで神を慰めたくなるのです。


だから私は、「なんでもかんでも祈祷せよ」とは言わないのです。
何かにぶつかった時に、「ために」暮らしたいと思っても、
思うようにいかない時、祈祷せよというのです。
神様が憐れんでくださるからです。

人間関係と同じで、相対基準が立たないと、祈祷しづらいのです。
心を閉じていると話が通じないし、
神様の心のドアを開けられる実績をもたないといけません。


祈祷は報告なのです。

これからこう暮らしたいと願うのです。
自分で考えるよりも、神様がこう願うから、
このように生きたいと報告するのです。

いつも神に報告して委ねていくのです。
すると神様は、危ない時に主管してくれるのです。


聖書にもあるように、日曜日に礼拝に出るのが神のみ旨です。
その日に行くために、日曜日には火事や戦争が起こらないように、
祈祷しておけというのです。
前もって報告し、お願いしておくのです。
日曜日は聖日です。
その日はいつも頼んでおくのです。

私たちはみ旨を勝利しようとするのですから、常に頼んでおく。
するといつも守られるのです。

私は、一カ月に一度の地区長会議には、大先生にお会いしているのです。
その時に事故がないように、いつも祈っておく。
そういう時に、いつも参加できない人がいるのです。

あなた方も三年間の信仰を積んで、
一生に一度の祝福の日に出席できない人がいるのです。
悔しいことです。
事故が起こったり、反対する両親につかまったりしてです。


生活の中で、常に神に尋ねてみるのです。

そばに相談して教えられる人をおいていると、神は干渉しないのです。
一人ぼっちの所へ開拓に行った人は、いつも霊界が干渉します。

大先生と共にいる人は、全然霊界のことを知らないのです。
私たちの教会の食口より、他の教会の霊通者が、
大先生の価値を、天の秘密をもっと知っているのです。


兄弟を貴重に思って、苦痛を共に祈祷しなさい。
主体者と自分との関係をいつも分かって、祈祷するのです。

起きる時、顔を洗う時、服を着る時、自分がやると思ってはいけない。
観念的ではなく、神と共に暮らしているという生活に、
情的に生まれ変えさせなくてはいけません。


最初、私たちも訓練しました。
「何も知らない人々と、共に風呂に入ることを条件にしてください」

バスに乗る時も、席がない時、お父様の席を考えていると
パッと他の人が立って席があくとか、道を歩く時、
右側は大先生が歩いていると思うのです。

それが慣れたら神と共に暮らすという実感をもつのです。
家を出る時の三歩は必ず思い、御飯を食べる時の三回は必ず思い、
そのうちに基準が立てば、初めは私は神のものだと思い、
慣れれば自分が自分でないという実感をつかむのです。


先生が御自身のことを「先生」と言われるのは、
自分でないからです。

自己否定ということは、大事なことなのです。



「祈祷は報告なのです」
神様に通じている方は、
こういう世界がわかられるのかな、と思います。

昨日の夜に、この記事を作り、
家内に修正してもらい
朝に皆様に送っていますが、
「家を出る時の三歩は必ず思い、
御飯を食べる時の三回は必ず思い」
肝に銘じないといけないな・・・
そう思って休みました。

ところが、子どもの用事で朝、少し外に出た時に
早速忘れてしまいました。。。
反省しきりです。
四六時中意識できるように、
真の父母様を慕っていかないと、ですね。






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posted by ten1ko2 at 09:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰生活・信仰講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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