お父様の原理講義、
説教は
“涙”です。
説教は
“涙”です。
☆
史吉子先生の証し、続編です。
☆
こうして「原理原本」を基に
『原理講論』が執筆されていったわけですが、
当時においては、いろいろな問題も生じてきました。
例えば、「洗礼ヨハネが責任を果たせなかった」という内容は、
大変な反対を引き起こしました。
クリスチャンにとって、洗礼ヨハネという人は、
とても尊い聖者ですから、それも当然です。
また、イエス様の母親のマリヤのことも「原理原本」には、
すでにはっきりと書かれていました。
しかし、それらの内容は、当時はそのまま出すことができないので、
「これくらいだけ発表しなさい」ということで、選んで書かれたようです。
☆
また当時は、「皆さん聞いてください。
六千年の神様の秘密が文鮮明先生によって解き明かされました」
という調子で、既成教会を意識して書かれたので、
そこには聖句がたくさん引用されていました。
こうして、まず第一段階としてまとめられたのが、『原理解説』です。
『原理解説』は、原理の一部を説明するものにすぎません。
そして当時は、原理講義と言わず、「原理宣布」と言っていました。
その10年後の1967年に、
「今度は、講師が読みながら講義することができるように、
もっと論理的に書くように」と言われて、何年間かを費やして、
今の『原理講論』がつくられました。
これは、“読みながら論ずる”ということです。
☆
特に、お母様が来られて以降は、平和の時代となり、
愛と教育で世界を迎える時代になりました。
ですから、今さら暗記をする必要はないので、
お父様は、「原理の本を読みながら講義しなさい」
と強調されるようになったのです。
☆
けれども、それまで劉協会長から伝統を受け継いだ
講師や牧会者たちには、一つの癖があるのです。
それは、相手を説き伏せるための“けんかのような講義”です。
当時は、今のように「静かに本を読みながら聞いてください」と言っても、
だれも聞いてくれないような時代です。
そのような中での原理講義は、例えていえば、
正規軍ではないゲリラ部隊のようなもので、
激しい戦いの中で口で言えるだけバババッと言って、講義していたのです。
その癖が、いまだに抜けない講師たちは、口さえ開けば、
あとは自分なりに講義ができるので、
今さら本を見ながらするのはめんどくさいらしく、
なかなかお父様の言われるとおりにやらないのです。
何回も何回もお父様からしかられながらも、
それでもやっぱりやらないのです。
☆
原理講義において、『原理講論』をほったらかして、
自分の言いたいことを言い、たくさんの例え話や本で
読んだ知識を語るとどうなるでしょうか。
お父様の原理は薄められて、原理の味がしなくなってしまいます。
☆
お父様の原理講義、お父様の説教は“涙”です。
金恵子さんのお母さんであり、平壌から侍ってこられた
金仁珠さんの証しを伺ってみると、そのことがよく分かります。
金仁珠さんが平壌で、お父様に初めてお会いしたとき、
お父様はまだ二十七歳(数え年)でいらっしゃいました。
お父様の歌われる讃美歌はとても静かでしたが、
やがてお父様の額からは汗がにじみ出て、しばらくすると、
涙が滝のように流れ、鼻水も垂れて、後で見てみると、
コップの水を半分くらいこぼしたように、床に水がたまっていたそうです。
それを見た金仁珠さんは、原理を聞く前に、
“ああ、このように必死になって讃美歌を歌われ、神様の心情、
イエス様の心情をこれほどまでに真剣に伝えてくれるこの方から、
私はもう離れることができない”と決心したというのです。
☆
要するに、原理講義というものは、
その講師がどのような心情で行うのかによって、
聞く人の決心が決まるのです。
そのことを理解できないので、適当に例え話をしながら、
物知り屋みたいに、あれやこれやと本で読んだものを語っても、
聞く人は絶対に心霊的に復活しないのです。
「いいお話でした。面白かったですよ」とは言うけれども、
“この道をついていこう”という決心は、なかなかできないというのです。
ですからそのような講師は、
霊的生命に最後まで責任を持つことができないのです。
☆
お父様は、原理を訓読するように、
昔から指示されていたんですね。。。
原理のみ言をしっかり受肉していれば、
今の分派の問題もないのだろうな、と思います。
原理講論は、本当に理路整然としていますが、
背後には、深い神様とお父様の涙があることを、
噛み締めながら、受肉していきたいです。
続きます。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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