2017年06月09日

過去の罪に悩む人に── 神はあなたの罪を忘れました?! 《李ヨハネ先生のベスト・アンサー》




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李ヨハネ先生の『ベスト・アンサー』
食口からの質問形式の回答文は、今日が最後です。

今回は、
『過去の自分の犯してきた罪を反省してみると、
もう取り返しのつかないような気持ちに襲われてとても苦しみますが、
どう心を整理すればよいのでしょうか?』
という質問に対しての回答です。


過去の問題は忘れなさい。
神も忘れようとするのです。

今来た人は、放蕩息子のようにして、帰ってきたのです。
財産がなくても問題ではありません。
生きて帰ってきたことが最高だ! 

これからが問題です。
今まで心配させて、これから無責任な立場に立ったら
親を悲しませる人間になってしまうのです。
親は、今までのことを忘れるのです。
それが親です。


また罪を犯した者は、罪ばかり考えているのです。
罪ばかり考えるから自殺してしまうのです。

まず、これからが問題であることを納得させることです。
それによって自分の罪を発見したと、喜べばいいのです。

自分は罪を犯して本当に恥ずかしいけれども、
恥ずかしい立場に立ったから、これからは希望がある。
希望ある立場に立ったと見るのがいいのです。

光の前に自分の汚れを発見した。
それを納得させて、安心させて、
これからを重要視すれば、解決してしまうのです。


それをまた、自分の問題とだけ思ってはいけないのです。
全体がこのような精神をもっていると思って悲しむのです。

その時、蕩減条件とか何とか考えないで、感謝して、
「これは世間の罪だ、よーし」と思う、
これくらいの自信をもった人なら、
信仰でもって簡単に解決できるのです。


積極的な信仰をもちなさい。

「人が嫌なことを私に任せなさい、
死んでもいいから私に苦しみを与えなさい。
全人類が祝福を受けるならば、私を祭物としてください」
と祈るのです。


だからイサクを殺そうとしたのです。
死のうとするものは生き、それを避けようと思う人は、
かえって苦しみを繁殖させるのです。

苦しみを喜んで受けようとする者は、
苦しみがなくなってしまうのです。

「死なんとする者は生き、生きんとする者は死なん」
というこのみ言は、積極的に死亡に対していく人で、
死のほうが逃げてしまうのです。


その時こそ、また「原理」を学ぶのです。
何か葛藤した時に「原理」を学ぶのです。

「原理」の勉強の仕方は、そこにあるのです。
本ばかり読んで「原理」を学ぶのではありません。
先生は、本ばかり読んでいる人を育てようとはしません。

何でも実践させて、学ばされるのです。
だから、修練会というものを何週間かやって、
すぐ開拓に出発させる。

そこに先生の教育の仕方があります。
世間とぶつかって、その中で自分を再創造していくのです。

過去のことよりも再創造、
これからの道を真剣に考える必要が出てくるわけです。




「親は、今までのことを忘れるのです。
それが親です」
これは本当にそうだ、と思います。

子どもにおねだりされて、
「これが最後だよ」
「わかった」
しかし、子どもはそれで終わらない時がありますね。

真の父母様もそうではないでしょうか。
最後の恩赦として、聖酒を与えてくださるのに、
また、改めて赦してくださる。。。
これは、本当に親だからこそ、
私たちに与えてくださるものだと思います。

しかし、おねだりされて与える立場としては、
内外の犠牲が伴いますね。
同じ気持ちでは与えることができません。。

神様も真の父母様も、「忘れる」ことをしなければ、
与えることができないのだと思います。
そして、その親の心情、立場を理解したときに、
初めて新しい出発ができるのだと思います。




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posted by ten1ko2 at 09:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰生活・信仰講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回は、『過去の自分の犯してきた罪を反省してみると、もう取り返しのつかないような気持ちに襲われてとても苦しみますが、
どう心を整理すればよいのでしょうか?』
という質問に対しての回答です。



過去の問題は忘れなさい。
神も忘れようとするのです。

今来た人は、放蕩息子のようにして、帰ってきたのです。
財産がなくても問題ではありません。
生きて帰ってきたことが最高だ! 

これからが問題です。
今まで心配させて、これから無責任な立場に立ったら
親を悲しませる人間になってしまうのです。
親は、今までのことを忘れるのです。
それが親です。

〜これからが質問です〜

このみ言はどこから引用したものえしょうか?
書籍なら「本のタイトル」を教えて下さい。
李ヨハネ先生のみ言の本はいくつかありますがこの様な素晴らしい、み言の書籍のタイトルを教えて下さい。
Posted by 峯村 力 at 2017年06月10日 10:07
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