2017年06月17日

70年前の出会い!! お父様のみ言に火を受けました! 《金元弼先生の証言》



19670612kimwonpil.jpg


李ヨハネ先生よりも早く、
北朝鮮からお父様に従った方がいます。
それが金元弼先生です。

金元弼先生の証しは、
何度も紹介していますが、
「私の証言」と題した証しを紹介します。

金元弼先生のお父様の初期の証しは、
ご存知の方も多いと思いますし、
ブログでも重複しているところがあると思いますが、
改めて読み直して、お父様の歩みを知ることが
今の私たちの歩むべき道に通じると思いましたので、
ここに掲載させていただきます。


私が平壌で、初めて先生にお会いしたのは1946年7月です。
先生はそのとき27歳でした。

聖進様が生まれて2ヵ月が過ぎ、
先生は食物を得るために田舎に行かれたのですが、
その途中で「北韓に行ってみ言を伝えなさい」という神の指示を受け、
すぐその場からそれに従って困難に耐えながら38度線を越えて、
1946年6月6日に平壌に来られたのです。

そして1ヵ月後、先生は平壌にある
聖山という山に登られた後に、私と会ったのです。
聖山は平壌の多くの心霊的な人たちが登り、祈りを捧げる山なのです。


そのとき先生が集会を開いた所は、2組の夫婦が住んでいる家でした。
その方たちは、以前から霊的恵みの多い生活をしながら
信仰の道を求めて来た人たちでした。
先生はそういう家を探していたのです。

そのとき、韓国は第二次世界大戦を中心として、
日本人がキリスト教信者たちに東方要拝を強制したので、
大部分の人たちは戦争が終わるまで教会を離れて、
家庭で祈りの生活をしていました。

先生も聖書をどれくらい読まれたことでしょうか。
旧約の創世記から新約の黙示録に至るまで、
線が引かれていないところがないくらい、黒く書かれてありました。


多くの人たちは山や家庭で長い年月をかけて繰り返し祈っているうちに、
霊界から多くの啓示を受けました。
その啓示の内容は、今まで彼らが
教会の牧師から教えられた内容とは全く異なるものでした。

今までのイエス様の十字架は、人間を救援するための十字架で、
イエス様は十字架で亡くなるために来られたと、
牧師たちに教えられたのですが、啓示では
イエス様が十字架で亡くなるために来られたのではない、と教わったのです。

また、人間の罪悪の根本に対することもみな異なっていました。
そしてその人たちは、私たちの原理の内容を部分的に啓示で教わったのです。


神様が直接教えてくださるのであればすっきりするのですが、
啓示と牧師の内容とでは丸っきり反対なので、
どうしてよいか分からなくなってしまったのです。

牧師にもう一度尋ねてみても、牧師たちはひたすら
「それは誤ったことです。それは神様が教えてくださったのではなく、
雑霊が教えてくれたのですから注意しなさい」と言うのでした。

それで家に帰って再び神様の前に祈ると、
神様は「牧師たちが誤っている」というのです。


彼らは一人では聖書の解釈ができないために、
新しい指導者を捜し求めるようになったのです。
そのようなときに先生が北韓に来られたのです。

「真理と心霊で礼拝する南韓から来られた若い先生がいる」
という噂は、たちまちのうちに広がりました。
そして多くの人たちが先生のところに集まるようになりました。

特に多くの霊的体験と啓示を受けて来た方たちは、
封建社会の厳しい環境の中で育った夫人たちでしたし、
生命をかけて真理を追究するために、
家庭からの迫害などは既に卒業した人たちでした。ヽ


私が先生に初めてお会いしたとき、
先生は新約聖書のロマ書を2週間教えてくださいました。

そのときは7月で暑い夏でしたが、
狭い教会に多くの人たちがいっぱい集まって、み言を聞いていました。

先生の若いときの情熱はすこぶるばかりで、
講義が終わった後などは、韓国服は汗で絞るほど水が出たりしました。
夏だからというわけではなく、冬でも綿入りの韓国服から汗が絞るほど出ました。


先生はみ言を語り始めると、食口か用事があって立ち上がらない限り、
いつまでも語り続けられるのです。

また、先生がお話しされるときには、入神する人、
予言する人、異言をする人、その異言を通訳する人もいました。

そしてときには、スパイに来た人が異なる心をもって座ると、
霊通した人が目を閉じたまま、だれにも気づかれないように、
人の間を通って行ってその人の背中を打つのです。
そうするとその人は悔い改めながら慟哭するのです。

そのような雰囲気の中で、食口の大部分は火を受けるようになり、
ある人は肩から火が入って来るのを感じ、
また胸から火が入って来るのを感じたりして、
熱いながらも平和を感じたりしたのです。



真理と心霊(神霊)で礼拝をされたお父様。
私たちも足りないながらに、真理と心霊に触れて、
この道に来た者たちです。

これからも神様に導かれる歩みをしていくべく、
謙虚な心情をもって、
本心に働く神様の声を尋ね求めて、
歩んでいきたいと思います。

続きます。




にほんブログ村

良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!
(なお、記事の冒頭の家庭連合のバナーもブログ村のものです
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)





この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック