2017年06月20日

平壌の熱い日々! 「淫乱の教会」と誤解された理由(ワケ) 《金元弼先生の証言》



10845895_397877960362608_3463102540395047991_n.jpg


金元弼先生の証し、続編です。

70年前、平壌で「泣く教会」と言われた時代。
熱い信仰がみなぎっていました。
26歳の情熱あふれるお父様。

そんなお父様が興南に行かざるをえなかった
その前触れのようなものがすでに始まっていました。


先生に従う人たちは、大部分が熱心に信仰生活をしていた霊的な人たちや、
以前既成教会の財政を支えていた人たちでしたので、
既成教会の牧師たちが迫害をして来たのです。

牧師たちは「青年が来て神学をするというので、
彼がどれくらい知っているのか」
と信者たちを連れて先生を訪ねて来ました。

その頃の平壌には、立派に神学を勉強した牧師たちが大勢いました。
先生はそのような牧師たちが訪ねて来れば、
彼らが何を質問しようとしているのかを知っているばかりか、
彼自身のことについてとか、またその牧師のみが知っている
事実についても既に知っておられました。

彼らが知りたかったことを先に語ってあげると
「ありがとうこざいます」と言って帰って行ったのです。


その頃、不思議なことには、教会に来るようになってからは、
とても仲のよかった夫婦が、夜近づくのがいやになってきたというのです。
それは若い人ばかりではなく、年輩の人たちも同じであったというのです。

二人が一緒に教会に出れば、自然に相談して
静かになることができるのですが、
どちらか一方だけが教会に出るので問題となったのです。

教会に出る前よりも教会に出てからの方が、
より精誠を尽くしてくれるのですが、
夜は聖別生活を願ったので問題となったのです。

以前は遅く帰って来ても特別なことはなかったのですが、
私たちの教会に出るようになってからは、
遅く帰って来ると疑いをもって問題視するようになったのです。


私は叔母に伝道されました。
叔父と叔母は夫婦伸が非常に良かったのですが、
叔母が教会に入ってからは夫婦生活を拒むので、
教会に入っていなかった叔父は、
「先生が美男子だから自分から心が離れてしまった」
と思い、叔母を疑ったのでした。

60歳の老人たちでさえもそのように思ったというのです。
それで私たちの教会は『淫乱の集団である』
という話が出るようになったのです。

また先生は「魔術をする人だ」という噂が出たのです。
一般の教会で一生懸命やっていた信者が、
先生の話を聞いてからは牧師の言うことを聞かなくなって、
教会を切ってしまい、すぐ私たちの教会に来るようになったからです。



夫婦が一つになって教会に来れば何の問題もないのに、
そうではない場合、表面的に見れば、
誤解が生じてしまうのは、わからないわけではありません。

私自身もそうですが、親に何度も、
「自分の目で確かめたらいい」と言っても、
反対牧師の言いなりになって、
一度も教会に来ることはありませんでした。

今もそうです。
前線をしていても、「名前が変わっただけだろう」
「狂った集団だ」
と言い放っていく人もいます。
うわさだけ聞いて、自分の目で確かめもせず、
残念極まりないですね。。。

「淫乱の集団」というレッテルを張られても
お父様は変わらずに突き進みました。

今も、お母様に批判する人は多いですが、
それでもお母様は突き進んでおられます。




にほんブログ村

良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!
(なお、記事の冒頭の家庭連合のバナーもブログ村のものです
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック