2017年07月05日

家庭連合の妻たちへ?! 夫の長所を見て、「感謝します!」と祈ったことがありますか?! 《李ヨハネ先生》4



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李ヨハネ先生が1977年に語られたみ言を紹介してきましたが、
今日がラストとなります。
「教域長夫人の責任」というみ言です。


私の兄の話ですが、兄は結婚すれば父母によく尽くすだろうと思ったのに、
結婚して三ヵ月もたたないうちに、母から遠ざかっていくのです。
母が寂しがって「結婚するといとこになるのだなあ」と嘆きながら泣くのです。

そしてある朝には、兄が起きてあいさつもせずに布団を包み、
担いで出ていくではないですか。

「結婚すれば女性(妻)が布団の中で言った言葉が、
このように男性に大きな“聖霊の役事”を起こすのだなあ!」
と驚くべき事実を目撃しました。

自分を生み、育ててくれた母を置いて出てしまうとは、
どれほど“聖霊の役事”が強いか、考えてみてください。


私たちの祝福家庭の夫婦において、
自分は勉強をたくさんできなかったけれど、
子供には勉強させようという執念が
主の願いを果たそうとするよりも強い時は、親不孝になるのです。

教会のこともしなければならないけれど、お金も必要だし、
永遠もよいが、現実も重要だという思考方式をもった人は、
問題になる可能性があるのです。


先生は、お母様の長所を見て、
「神に感謝します」と祈祷されたといいます。

皆さん、夫の長所を見て
「神様、感謝します」と祈祷してみたことがありますか?
私は妻の長所を見て、「神に感謝します」という祈祷ができませんでした。
先生を通して今になって学び、悟りました。

皆さん、これから先生が尋ねたなら、夫の自慢をしなさい。
先生に夫の自慢をするのはかまわないのです。
先生は、男性を見ると夫人について尋ねられ、
夫人を見ると夫についてしきりに尋ねられます。

先生がお母様を与えてくださったことに対し神に感謝されたのを見て、
私も今になって悟るようになったわけです。


先生がお母様を称賛されたことを原理的に考えてみると、
私たちも心情的に敏感な人にならなければならないと感じるのです。

「あなたたちも神の心情を知ることにもっと敏感で、
すべての人に誤って対したり、判断してはいけない」ということです。

次には、アベルの前に忠誠がなければなりません。
私たちがアベルの存在を知ったのちには、
忠誠である以外にすることがあるでしょうか。

アベルを知らなかった時には、あれやこれやとためらうこともできましたが、
アベルを決めたのちは、絶対に従順でなければなりません。


女性が物質に対し、しきりに心配するようになると、
男性は立場に困るようになります。

教域長は神の生活を任された方なのに、
夫人がその生活に共に責任をもとうという考えをせず、
夫に心配をかけるようではいけません。

女性は、ちょっとお金を稼ぐとすぐ権力を握ります。
世の中にはお金を稼げない男性をいびる女性が多いでしょう。
皆さんは教域長夫人なので、神の前に正しく立たなければなりません。
夫人を通して万物が入ってくるのです。


きょうは、復帰路程にあって、先生が、神の恨み深い歴史を
この時代に行かれた道を、私たちも見習い、
責任を果たしながら歩まなければならないと思われましたので、
以上のように、お話ししました。

女性の行く道 1977年10月20日 中央修練所




私たちは相手の堕落性を見て指摘します。
しかし、その部分だけを見つめるということは、
自分自身にも堕落性があるということです。
また、その関係性には発展がありません。

お父様がお母様を称賛しておられたように、
私たちも夫婦でお互いにもっと
神様に感謝の祈りを捧げないといけないと思います。。。

今回の李ヨハネ先生のみ言は終わりますが、
これからもいろんなテーマで
お伝えしようと思います。
お楽しみに!






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*李ヨハネ先生のお名前について
李耀翰と書いて、イ・ヨハンというのが正式なお名前ですが、
日本では、李(リ)ヨハネ先生としてもお馴染みです。
ご父母様が、文鮮明(ムン ソンミョン) 韓鶴子(ハン ハクジャ)であるように
元老の方々のお名前についても、日本語読みではなく韓国語読みに変えるべきであるかとは思うのですが、
このブログでは、シリーズとなった《李ヨハネ先生のベスト・アンサー》で紹介するに当たり、
親しみを込めて李ヨハネ先生とお呼びしています。


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
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