2017年12月29日

天からの啓示「5年後に主に会うだろう」 平壌時代の証し人、池承道ハルモ二! 1



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(右側の眼鏡をかけた方が、池承道ハルモニ)


真のお父様は、たったお一人で
み旨の道を出発されました。
その道は孤独な道でした。

一人で、天宙復帰をしなければならない。。。
その覚悟と決意はいかばかりかと、
お父様の初期のお写真を見ながら、
思うことがあります。

しかし、その深刻なる思いを神様はご存知で、
霊的な準備をしておられました。
初期のころからお父様に侍っていかれた方も
神様が準備しておられたと感じざるを得ません。

今回は、三役事の一人、池承道(チスンド)ハルモ二の
証しを紹介したいと思います。



「神様の導きのままに」

5年後に主に会うだろう


1943年、私の年が49歳になった年の陰暦1月15日、明け方でした。

3時頃、起きて祈祷するのですが、幻想でサタンが現れて
「私がお前に福をやりに来た」と言いました。
サタンは頭が巨大で顔が赤くて歯が指ぐらいの大きさで突き出ていました。

私はカ一杯走って「こいつめ。サタン、
お前がどんな福を与えることができるんだ。
さっさと立ち去れ」と言って声を上げました。

私の勢いに押されたのか、サタンはどこかに消えてしまいました。


ちょうどそのときです。
部屋中に白い鳩の群が一杯飛んで入ってくるのが見えました。

私は驚いて「神様、これは何ですか」と尋ねたところ
「それは天の聖霊だ」とおっしゃいました。

それから聖霊の力が私の身体中にどっと入って来ると同時に
「今からは天の聖霊がお前に福を与え、お前を主管する」
という声が私の耳に入ってきました。

私は感電でもしたように全身への強力な力の作用によって
心は完全に天に昇って行って神様とともにありました。


そのときにまた声が聞こえて
「これから5年後に主がいらっしゃる」と言うのです。

私が感激に溢れて感謝の祈祷を捧げていると
「パンッ」という音とともに私のチマの上に二冊の本が落ちてきました。

私はびっくりしましたが神様は私を鎮められて
「一冊の本はモーセのときに書かれた本で、
もう一冊はこれから再臨主がいらして書かれる本だ」と言われながら、

ロマ書12章1〜2節の内容とヨハネの黙示録12章1〜6節、
14章1〜6節の聖書の句を見せてくださった後に、
常に忘れずに覚えておくようにと言われました。


とても重大で大変なメッセージでした。

ところで「神様はなぜ私のように不足なものに
このような御言を語ってくださったのだろう」
私はずっと考えました。

思い起こしてみれば、私は12歳のときから
人とは違った考えを抱いていました。

理由は分からないのですが何か複雑なことに対面したときは
正気ではないぐらいに、それが深刻に感じられたりしました。

そして夜でも昼でもいつも空想にとらわれるときが多かったのですが、
「お金ができればどこかに礼拝堂を建てたい」
または「どこかに学校を建てたい」
そうできそうになかったら「何処かに橋を架けて
たくさんの人が楽に川を渡って行けるようにしてやらなければならない」
という考えに浸ったりしました。

その当時はイエス様を信じてもいないときだったのですが
なぜだか、夜には火影(ほかげ)が明るく照るのを
いつも見ることができたのも、今になって考えてみれば
なんとなく理解できるような不思議なことの中の一つです。


私は1920年3月1日からイエス様を信じ始めて、
「セソコル」という礼拝堂に通いながら、外の人とは違って
特別にイエス様を熱心に信じているといって、
牧師から洗礼を受けたりもしましたが
神様との関係が本当に曖昧であるばかりでした。

そうした中でイエス様を信じ始めて24年ぶりの、
その日の明け方にこのような天の恵みを受けたので、ただごとではありませんでした。
しかし問題は「これからではないか」という思いがしました。

「どうすれば再臨主に会うことができるだろうか。」
「私が14万4千人の群に入って子羊の前で
栄誉ある救いを受けることができるだろうか」
次々と起こる思いに耽っていました。


このようなことが起こった後から、世間の人たちは私を異常な人と思い、
私が「5年経てば主が来られる」と言えば、狂った人として扱われました。

伝道して回っては、人知れず道の上で涙を流したときも
一度二度ではありませんでした。

しかしどう考えても私の言葉を信じない世の人たちが
狂っているのであって、私自身が狂ったのではない
という確信がいつも胸の中にありました。


そうしているうち、日帝から解放されるや、
共産主義者たちが北韓を占領してしまったので
キリスト教の信者たちは反動分子として追われて、
公然とは伝道して回ることができなくなりました。

それで静かに信仰生活をするうちに、
啓示を受けた年から5年が過ぎ、
再臨主のことがしきりに頭をかすめました。

私は到底、家の中にいることができず、再臨主を訪ね始めました。


当時私は平壌市内の道庁の近くに住んでいましたが、
なぜかその日、再臨主に必ず会うような予感がしました。

私は聖書と賛美歌を持って上需里から出て、
景昌里に向かって行きながら、あの家この家くまなく調べました。

まさにそのとき、賛美歌の声のする
ある家を発見することができたのです。

「おお、この家ではないだろうか」という思いがして非常に焦りました。

私は恥を偲んで台所のなかへ入っていってみたところ、
たくさんの靴が置かれてありました。
勇気を出して部屋の戸を開けて中に入ってみると、
人々が嬉しがり喜んでくれました。


部屋のなかに座って心を落ちつけるやいなや、
私は礼拝を主管している30才前後の青年に心がひかれました。

第一に彼の顔から光体が出るのが私の心を動揺させました。
いくら見ても、この世の人のようでなく、
天に属する人のように思われました。

彼の顔の周辺には雪のように白い気が溢れて、
見た目には極めて厳かでした。
いくら考えても普通ではありませんでした。


礼拝が終わるやいなや、その青年は
まごついている私に話しかけてきました。

「イエス様を信じるようになって何年になりますか」 
「20年が過ぎました」私は丁寧に答えました。

「それでは信じている間、恩恵を受けたことがあるでしょう。」
「はい」と私は慎ましい態度で答えました。

そうすると再度、
「記録しておいたものを持っていますね」と私に尋ねられました。

この言葉を聞いて私は心のなかで
「どうして私だけが知っている事実を知っていらっしゃるのか」
と驚き、恐ろしい思いがし始めました。

「はい。記録しておいたものを持っています」
私の答えは若干震えていました。

「それでは来週の聖日に必ず持っていらっしゃい」
と言われました。


次の日曜日、私は記録しておいたものを持っていって、
見せて差し上げたところ、
「5年後に主がいらっしゃると言われたので
その主を見つけなければならないのではありませんか」と言われました。

「そうですね。
今年が啓示を受けてから5年目になる年なのですが……」

「それでは家に帰ってよく祈祷してご覧なさい」と青年は言われたのです。

分かりやすい日本語に
直して掲載しました
文責:ten1ko2



本当に神様が準備された方なんだな、と思います。
そして、お父様との劇的な出会い。

「再臨主に必ず会うような予感がしました」
そんな思いになったのも、5年間の精誠、
祈りを捧げ、聖書を読み、求めたがゆえの
神様の導きだったのだと思います。

お父様とのその後のやり取りは。。。
不定期に続きますので、お楽しみに。
 

*池承道(チスンド)ハルモ二
 1895.9  平安南道にて出生
 1947.11 統一教会入教
 1968.2  二十一年路程功労賞受賞




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posted by ten1ko2 at 11:01 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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