2018年02月13日

人間関係、思い通りにならない時が、自分を知るチャンス?! 《金元弼先生》4



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金元弼(ウォンピル)先生のみ言。
「神と真の父母の心情で生きる」
今日が最終回です。



親の心で怨讐をも愛する

私たちの周りには、自分の思いどおりにならないことがあったり、
うまくいかない人に出会ったりすることがあります。

そういう時こそ、神の前の自分、真の父母の前の自分は
どういうものかに気づくチャンスです。

私たちは自分で自分を見ることはできませんから、
神は私たちの心情や成長の度合いを見せるために、
同じようなものを見せてくださるのです。


自分の話を聞いてくれない、問題のある人と出会ったとしましょう。
そういう場合、私たちはその人が問題だととらえてしまうのです。

しかし、そういう人を見るとき、神が
「あなたはその人を問題児だと言うけれど、
神の前では、あなたもそうなのですよ」
と知らせていることに気づかなければなりません。

神は、実体を通して見せてくださっているのです。
あなたがたが、その人を問題児だと言うとき、
神もまた「あなたも私にとっては、その人のように問題児なのです」
と教えてくださっていると受け取ることが重要なのです。

今まで、その人を許すことのできない問題児としてとらえていたのですが、
神の目から見れば私自身が問題児だったのです。

神はそういう私に対して「いつかは分かってくれるだろう。
いつかは私のもとに帰ってきてくれる時が来るだろう」
と望みながら、変わらない心で尽くしてくださっているのです。


では、私たちは問題のあるメンバーに対して、どうしたら良いのでしょうか?
神のような心をもたざるを得ません。

常に、変わらない愛で導いてくださる神の心、
真の父母の心を受け入れながらメンバーを見るときに、
そのメンバーを許す心が出てくるというのです。

私たちが神の心、真の父母の心でとらえない限り、
人を許すのはなかなか難しいのです。


ですから、聖書の主の祈りの中にも、
「私たちに負債のある者を許しましたように、
私たちの負債をもお許しください」とあるのです。

自分の許せない人を許すということは、
神の前で、真の父母の前で、私の犯した罪が許される条件になります。

怨讐を許さなければならない理由がそこにあります。
堕落することによって、私たちは神の怨讐になったからです。

ですから、私たちもこれを考えなければ、神を中心として、
真の父母を中心として一つになるということはできないのです。


夫婦の関係も全く同じです。

自分の相手に対して、「これは……」ということがある時、
神や真の父母は、そういう自分に対してどうしてくださったのかを考えるのです。
そういう心で相手に対していかなければなりません。

そうして初めて、神と真の父母を中心として
夫婦が一つになることができるというのです。

私たちは神と真の父母を中心として出会った夫婦ですから、
合わないことがある時には、
神と真の父母を中心とすれば合うことができるのです。


ですから、夫婦の間にあっても、まず神と真の父母が一つとなったように、
私たちも心と体が神と真の父母と一つとなって初めて、
お互いが一つになることができるのです。

家庭においても、神と真の父母を中心としてお互いが一つになって初めて、
一つになることができるのです。

夫婦が互いに相手の中に足りないものや、満足できないもの、
受け入れることのできないものを見たとしても、
神の心、親の心をもって受け入れることによって一つとなることができるのです。

親の心をもって、相対者が足りないのではなく、自分が足りないととらえるのです。
それが神を中心として、真の父母を中心として、夫婦が一つになるということです。


神は変わらない愛で導いてくださったという、
神の、また真の父母の心情をもって相手に対していくのです。

神の心、親の心をもたなくては、人を許すことも愛することもできないのです。

「神と真の父母の心情で生きる」
1986年8月10日 ドイツ・カンベルグ修練所(信徒大会)
 


何度も読み返しましたが、
本当に「なるほど、その通り!」
そのように思うとても貴いみ言でした。

私たちは人間関係を自分の視点で見てしまいます。
しかし本当はそうではないのです。

「自分の許せない人を許すということは、
神の前で、真の父母の前で、私の犯した罪が許される条件になり」
私自身が神様に近づく道を与えられているのだ、
そう思うとどんな人間関係でも感謝なんだ。。。
そのように思わされるのです。

金元弼先生、いろんなことを気づかせてくださり、
ありがとうございました。





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posted by ten1ko2 at 08:35 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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