2018年03月06日

【解答】 神は「男性格主体」ではなく、「父母」?! ・・・その意味とは?! 



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創造主である神様は
万物世界を見たとき、
男性格の主体ではなく
天の父と天の母として存在され、
生命体が誕生したということを
知らなければなりません。




先日、お母様のみ言の記事をあげました。

それに対し、いくつかコメントをいただきました。
また、記事を書いた方もおられるようです。

タイトルに「男性格主体じゃない」と掲載したため、
多くの批判をいただいたものと判断しています。

掲載したみ言には「男性格の主体ではなく」という部分がありますが、
お母様が「男性格主体」を全否定しているわけではありません。
それ以上に強調されたいことがあるのだと思います。
前後のみ言をふまえて、もう少し深く読む必要があるでしょう。

私がお母様の語られたみ言に対して、責任を持って解釈する資格もないし、
さらには、その立場にあるとも思っていませんが、
以下、今回のお母様のみ言について、
あくまでも、私なりに理解した範囲でお答えしたいと思います。


『原理講論』に、「被造世界が創造される前には、
神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、
形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかった」
とあります。

この通りに解釈すると、主体である神様は、
「被造世界が創造される前には、
神は性相的な男性格主体としてのみおられた」のでありますし、
被造世界は「形状的な女性格対象」ということになります。

これについては、真理であると思います。


ただ、そのことを前提にしつつも、
被造世界を見れば、被造物は陽と陰の二性性相からなっており、
被造物を創造された神様ご自身が陰と陽の存在、
即ち「父と母」両側面を備える存在です。

お母様は、神様は父母であるということ、
これを私たち、食口ばかりではなく、他宗教の信者を含めて、
75億全人類皆が理解することが必要である。。。
このことを強調されたかったのだと思います。


この御聖誕日敬礼式のお母様のみ言のうち、
ブログに掲載したのは、ほんの一部に過ぎませんが、
問題の部分を話される前に、
お母様は次のように語っておられます。


「神様が天地を創造されたとき、ご自身の形状、
 ご自身の姿に似せて被造世界を創造され始めました。

 鉱物世界のプラスとマイナス。
 植物世界のおしべとめしべ。
 動物世界の雄と雌。

 最後に、人間始祖となる男と女、聖書でいう
 アダムとエバを創造されました」



また、ブログでは省略していますが、
お母様は次のようにも語っておられます。


「聖書には『神様は愛である』とあります。
 愛です。

 私たちが天地万物に対して感じることは、
 愛らしいほどに美しく慌惚になり、
 見つめれば喜びで一つになる、
 そのような心を経験するようになります」



そのように言及された上で、次のように語られたのです。


「創造主である神様は万物世界を見たとき、
 人間世界を見たとき、
 男性格の主体ではなく、
 天の父と天の母として存在され、
 生命体が誕生したということを
 皆さんははっきりと知らなければなりません」




お母様は、このみ言を
アフリカから来られた宗教指導者たち等が
おられる前で話されました。

これまでキリスト教で、
神様を「天の父」「父なる神」と呼んできたように、
「男性格主体」としての側面にだけに目を奪われるのではなく、
「天の父と天の母」であることに、
もっと目を向けなければならないという意味で語っておられるのだと思います。

事実、お母様は、「男性格主体」について言及された直後、


「今まで宗教人たちは
 一側面だけ見つめてきました」



と語っておられます。

神様が男性格主体であるということを認めたうえで
それは外的な一面にすぎず、
神は父母、親であることがより本質的で大切なことと
教えてくださっているのではないでしょうか。

聖書に「神は自分のかたちに人を創造された。
すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(創世記1章27節)とあります。

神様は、男性格主体としてだけではなく、
天の父・天の母としていらっしゃるがゆえに、生命体が誕生し、
人間が男(アダム)と女(エバ)として存在するようになったのであって、
神様は本陽性と本陰性からなる「父母なる神」であることに、
もっと目を向けなさいという意味なのだろうと思います。


いろいろと書きましたが、
お母様のみ言の行間を読み取ってみると、
私はこのように考えます。

『神様が、被造世界に対して男性格主体なのは、真理である。
 ただそれ以上に重要なのは、
 陽陰の二性性相の主体としておられる
 父母なる神様であることだ。。。』
お母様は、そのことを訴えたいのだと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 06:51 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
神様は被造世界に於いては男性格主体とは
精神的支柱を意味し 女性格対象とは実現する意識を意味すると思います
イエス様は女性格対象が持てなかったからこそ
神様の悲しい気持ちを例えとして、語られたのでは?
お母様の語られるのは
お母様が主体だ、と聞こえてくる感じなので難しいのでは
インスピレーションは縦で、イメージは横
現実化するのは、横の力なので
実体化するのは、父母の強い絆は必要でしょうね。
しかし、お母様の語られる内容を具体的に知るのはまだまだ難しいかもしれません。
何故なら、生活を共にしていないからです。
Posted by 花火と案 at 2018年03月06日 12:05
原理講論の二性性相をごちゃごちゃに解釈されておられるのでは・・・・。
神様が父母格であることを集まった基督教指導者たちに言いたいのであれば、このような言い方は良くないですよね。我々が混乱します。
神様は、二性性相の中和的な主体であるので、父母とも言えるでしょうがそのような狭い領域で理解している食口は少ないです。
被造世界から見て父母なる神様を性相的な男性格主体と考えるのは原理的には普通だと思います。
言われたい内容はわかりますが、あまりにもすっ飛んだ話の内容のように思います。
Posted by 秀 at 2018年03月06日 19:53
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