2019年01月18日

(朴普煕先生の証し) 初めてみ言に出会った日は、嬉しくて眠れなかった!


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先日聖和された、朴普煕先生の証しを紹介します。

先生が伝道されたのは、梨花女子大事件の2年後でした。
韓国中に(旧)統一教会のデマが広がっていた頃です。
日本の伝道は始まってもいませんでした。


1957年の2月、私はソウルで陸軍将校として、
アメリカの将軍に仕えていました。
その時、駐韓米軍の司令部で働いておられた
金永雲先生に伝道されました。

入教して40年が過ぎました。

み言葉に接した時に、私は
「この内容が正しいだろうか。学者にも尋ねてみよう」とか
「評判がどういうものか」という考えが、全くありませんでした。

統一教会と全然知らないで、講義に招かれた夜に
「統一原理」の前編を聞いたのですが、
素晴らしいみ言葉に感動の至りでした。


私は、日本の支配下から一九四五年の解放、独立、
そして韓国動乱を体験してきました。
韓国動乱の時は陸軍士官学校の生徒として、
動乱勃発一日目から戦場で戦いました。

そういう人生を通じて、
九死に一生を得たことが一度だけではありません。

21歳の時から血まみれの戦場で生き延びながら、
「人生とは何か」「神様はいらっしゃるのか」
「本当の生き方はどういうものか」「死後に何があるのか」
ということに対して、「本当の信仰をもたなければならない」
と思うようになりました。

それであちこちの教会にも行ってみたり、
説教を聞き、聖書を読んだりしながら、
私なりに正しい道を探そうと、さまよい、
死に物狂いで努力をしてきました。


それで原理を聞いたその瞬間から、
「私が生きる道はこれだ!」と悟りました。
「私が行くべき道にようやく導いてくださった」と、
神様に感謝をささげました。

教会の名前は何でもいい、教会はどこにあってもいい、
いくらみすぼらしくても問題ないと思ったのです。
この真理こそ私が求めてきた真理でした。


翌日の夜、金永雲先生が私一人のために
特別に後編の講義をしてくださるというので、
その夜は興奮して家に帰りました。

ところが、翌日、出発の準備をして夕食を食べている間に、
ご飯がのどを通らないくらい大変な熱が出てきました。
7時が約束でしたが、目まいがするし、
熱が40度ぐらいに上がり、もうどうにもなりません。
それでご飯を食べず、妻が準備した寝床にそのまま倒れ込みました。

時計を見ると、7時半になっています。
金永雲先生が私を待っていることを考えると申し訳ないのですが、
あの時は電話もないので、連絡もできません。
妻が「このような状態では絶対に行かないでください」
というのを振り切り、車を呼んで、約束の場所に行きました。

約束どおり金永雲先生の後編の講義が始まりましたが、
私は苦しくて何を聞いているのか全然頭に入りません。
毛布をかけてぶるぶる震えながら、我慢して2時間ほど聞きました。

しかし、朦朧としながらも、韓国にメシヤが現れるという結論で終わった時、
私は何とも言えない興奮を感じました。

そして「またもう一回会いましょう」と別れるその瞬間、
今まで頭が割れるほど痛かったのが、すっきりとして、
いつ私が病気だったのかと思われるほど完全によくなりました。

その後3時間、金永雲先生と会話を交わした感動は、今でも忘れられません。


その時、私はまだ統一教会の名前も聞いていませんでした。
「どこの教会ですか」と言っても、教えてくれません。
金永雲先生はにこにこ笑いながら、
「そんなに急がなくてもよろしゅうございます」と言ってなだめるのです。

私がこんなにも興奮して、早く教会につながりたいと思っているのに、
なぜこう金永雲先生は躊躇するのかと不思議に思いました。
仕方なく家に帰りましたが、その夜はうれしくて一睡もできませんでした。



朴先生の霊の親は、
アメリカ開拓をされた金永雲先生でした。

青年将校だった朴先生を導いたのですから、
凄まじい精誠のもと、伝道されたのだと思います。

また、朴先生ご自身も
「真理に出会った!」その揺るぎない一点において、
迫害を受けていたであろう、統一教会に出会い、
み旨の道に邁進していかれたのです。

明日はお父様との出会いを紹介します。
お楽しみに。

朴普煕先生の経歴紹介を含む
聖和に関する本部からの公文を
下に掲載しました





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統一家の代表元老である36家庭 朴普熙(パク・ポーヒ)会長が,天一国6年天暦12月7日(陽暦 2019年1月12日)午前7時30分、享年90歳で 清心国際病院にて聖和されました。
真のお母様は、一生涯を天の父母様と真の父母様に侍り、忠孝の見本を見せられた朴普熙会長の聖和式を世界聖和式として挙行するようにと、祝福して下さいました.
朴普熙会長様の世界聖和式は下記の日程で執り行われますので、全世界指導者及び食口の皆様は朴普熙会長の霊界安着と、忠孝の生涯を相続できるように精誠を捧げて下さいますようにお願いいたします。


1.主要略歴 :
1930年8月18日忠清南道牙山郡道高面出生。1957年2月17日統一教会入教。1961年5月15日尹基淑女史と36祝福家庭聖婚。1962年リトルエンジェルス創設、1965年アメリカワシントン教会設立、1969年韓国文化財団創設及び総裁就任、1971年〜1994年真の父母様特別補佐官、ニューズワールド社長、UCI会長、世界報道人協会会長、国際カウサ運動総裁、ワシントン・タイムズ会長、世界平和頂上会議議長、パンダ自動車会長、国際勝共連合会長、南北統一運動国民連合議長、世界日報社長、カメルーン国家メシヤ、モンゴル国家メシヤ及び分捧王 など

2.主要受賞 :
1968年真の父母様功労賞、1992年中南米統合機構“自由と統一の大十字勲章、1996年牧会宣教部門33年真の父母様功労牌、2004年海外宣教貢献真の父母様功労賞、2014年真の父母様特別功労牌 ほか多数


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posted by ten1ko2 at 09:27 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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