2019年11月20日

まず心の門を開く?! 拡張も自由自在、「心の家」でおもてなし 《浅川先生》



191120-20191119.jpg
アジア太平洋サミットinカンボジア☆


真のお母様は、カンボジアでのサミットを終え、
首相官邸での晩さん会があったと聞いています。
ハードな世界巡回路程のすべてが
勝利的に成されることをお祈りいたします。

浅川先生の自叙伝書写講話。
今日は、「心の門を開いて聞く」です。


文鮮明先生の言われる
「心を尽くして人の話を聞いてあげる」とは、
どのような聞き方なのでしょうか。

まず第一は、自分の「心の門を開いて聞く」ということです。


家には門があります。
親しい人は門を開けて家の中に入れて接待します。

ところが、見ず知らずの人には、インターホンや鎖のままで、
扉ごしに話を聞きます。

疑わしい人は、少し話を聞いただけで打ち切ってしまいます。
初めから聞く気がないのです。


心も同じです。

人の話を聞く気がなければ、心の門を閉じたままです。
人の話をインターホンで聞いているようなものです。

「心を尽くして人の話を聞く」というのは、
心の門を開いて心のおうちに入れてあげることなのです。
愛する心で相手の話に耳を傾けることなのです。
心のおもてなしをすることなのです。

こう考えると、どうやら、
人は“二つの家”をもっているようです。
「形ある家屋」と「見えない心」です。


家屋には、大広間のような広い部屋もあれば、
三畳ほどの狭い部屋もあります。

家屋の場合、広くしたり狭くしたりすることは簡単にはできません。
リニューアル費用がかかります。
また、家屋全体の面積は簡単には広げられません。

ところが、心の家はできるのです。
いくらでも、リニューアルできます。


しかも年齢も財力も関係ありません。

心の広い子供がいますが、一方、狭い心の大人もいます。
心の間取りが狭い人は、人を玄関払いしてしまいます。
うわの空で人の話を聞き、聞く耳を持っていない人です。

心を尽くして人の話を聞く人は、
心の家の間取りが広くて、床の間で心のおもてなしをするのです。

第五章 心を尽くして人の話を聞いてあげる
心の門を開いて聞く


真のお父様のごとく、真のお母様のごとく
広い心の家で
おもてなしができるように
まず、人を招き入れることのできる
大きな心を持ちたいと思うのです。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:12 | Comment(0) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。