2020年06月03日

「悔い改め」で振り出しに戻る、いつゴールに到着するか?! 《金元弼先生》



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天正宮に通じる道☆


金元弼(キム ウォンピル)先生のみ言。
題名に惹かれた部分もありまして、投稿します。
「悔い改めは出発の時と同じ」です。


  人の前に立つということ

み旨のために苦労している皆様に会えるということは、
非常にうれしく感謝です。

しかし何の準備もなく皆様にお会いするのは、
とても心苦しく、負債を負ったような感じがします。

皆さんはなぜそんなことを言うのだろうかと
思うかもしれませんが、
自分より以上にみ旨に励んでいる人の前に立つということは、
私の中にそれ以上の心を尽くした基準をもっていなければ、
出ることができないからです。

一生懸命み旨に励んでいる皆さん自身は
分からないかもしれませんが、
第三者から見れば、皆さんがみ旨に励むということは、
私自身も皆さんに近寄れないような作用をしているのです。

皆さんがいかに重要なことをしているのかを
知ることができるでしょう。


   勝負と勝利

今日守山修練所で壮婦の修練会があって、
行ってきたその帰りですが、
研修会、修練会あるいは復興会、大会ということを通じて
一つ考えてみたいことがあります。

私たちは、このような集会を通じて、
色々刺激を受けて自覚し、
がんばろうと決意をするものの、それが長続きしないで、
すぐ挫折してしまうことがよくあります。

決意しても挫折します。
悔い改めて、また決意します。
それを何度も繰り返します。

私たちはこういうことを通じて、
自分の心霊、信仰が徐々に高まって、
発展しているように思います。

しかし同じようなことが、悔い改めても何度も起こるのです。
このことを考えてみましょう。


分かりやすく話します。

勝負には、一本勝負というのがあります。
一本勝負で負けた人には、もっとこうすれば良かった、
こうすれば負けずに勝ったのに……というような未練があるのです。

だから大抵、競技というものは一本で決まるのではなく、
三本で決まります。
そして勝率が二対一の時に勝負が決まるのです。

普通、私が一本負けて次に勝ったとすれば、
その立場というものは、勝った立場ではなく
勝負をつける前の状態と同じです。

負けて、次に勝ったというのは、勝っている立場でなく、
負ける前の状態に立ち返ったということです。
そして続けて勝った時に、初めて勝った立場に立つわけです。


このことを考えながら聞いてほしいと思います。

私たちはみ旨を中心として、
必ずこの課題を成し遂げると心に決意します。

その時の私たちの位置は、A点です。

この位置から、この課題を成し遂げようと努力して、
ある期間を通じて成就していくわけです。
ところが、この課題を成し遂げる過程において失敗することがあります。

B点で失敗したとすると、失敗したその立場はどのようになるかというと、
A点から出発してB点まで上がって落ちたのですから、
落ちた所は、A点と思う場合が多いのです。

ところがそうでないのです。
落ちた所はA点ではなく、もっと下のC点になるというのです。


C点まで落ちた人は、A点まで上がっていかなければなりません。
ところが自分自身で落ちたのですが、
なかなか自分の力ではA点までたどり着くことができません。

ですから失敗した人は、心霊の復興とか、み言を受けたり、
あるいは集会に出てその雰囲気に触れたり、
いろいろなことをすることによって
「あっ、これは私が間違ったんだ。
よくやろう、今度はしくじることがないように、がんばろう」
と心に決めるのです。

そう決意した位置はどこかというと、
結局はA点に帰ってきたことになります。


私の説明が分かりにくいかもしれませんが、
よくこれを知っていただきたいのです。

C点まで落ちた人が復興会を通じて
「あっ、こうしてはいけない」と悔い改めました。
そうしたら、その位置は
B点に来ているかのように考える人が多いのです。

ところがB点ではなく、
A点に立ち返ったことにしかならないというのです。

さらにこの課題を成就するには、
まだまだD点まで上がっていかなければなりません。


A点からB点まで上がってくるには、
ある人は一週間、ある人は一か月、
ある人は一年間と人によって違いますが、
ある期間がかかるわけです。

この期間が一年かかったとしましょう。
一年かかったけれども、登りきれず、
成しえずに失敗してC点まで落ちてしまいました。

それで悔い改めて決意したその位置はA点です。
この期間が三か月かかったとしましょう。
そうすると、決意して出発したのは一年三か月前ですが、
今いる位置は結局一年三か月前に出発した、
その原点にまだいるということなのです。

(「悔い改めは出発の時と同じ」 
1975年11月2日 川崎・楚麗邑)


A点とかD点とかは、図になっていると思うのですが、
紹介することができません。
ご了承ください。

一度、心霊的に落ちたあと、復興しても
元に戻っただけである、
ということを説明されていると思います。

確かに、3回勝負で一度負けたあとに勝ったとしても、
ゼロ地点に戻るだけですからね。

私たちは復興したときに、過去のことは忘れ、
その時だけ有頂天になってしまうことがあります。
そういうところを戒めなければならない、
と教えてくださっているのかな、と思います。

続きます。






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posted by ten1ko2 at 08:43 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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