2020年10月03日

日本語版の原理講論ができた日! 恩讐・日本を愛するため、原理を忘れた劉孝元先生?!



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この原理講論は、早く出して、
みんな一生懸命勉強するように
しなくちゃなりません。

劉孝元先生



昨日、10月2日は、日本家庭連合(旧統一教会)の
61周年となる創立記念日でした。

また、8年後の同じ日が、日本語の「原理講論」が
発刊された記念日だといいます。

それにまつわる2つの証しです。


『原理講論』を日本語に翻訳する経緯については、
野村健二先生は次のように記しています。

「劉孝元先生じきじきの指導のもと、
原理講論の翻訳が開始されたのが、
1967年7月2日。

奇しくも3ヵ月目の10月2日、統一教会創立記念日に、
紙の香りも真新しい600余頁(ページ)の汗の結晶が、
父のみもとにささげられる運びとなった。

われわれは、たかだか汗を流しただけであったが、これが著されるまで、
どれだけ多くの血と涙が費やされたかということを考えると、
ただ感無量である。

最初の3週間ばかりは、李貞玉先生と張泳暢先生の
大変な努力によって下訳された原稿に、めいめいが手分けして手を入れ、
それを劉先生と他のメンバーの前で読み上げ、誤り、
もしくは稚拙と思われる個所を指摘していただき、
さらに書き改めるという方法で原稿を整え、
最後に野村がそれらすべてに目を通して
加筆添削するというやり方で仕事を進めた。


その間、劉先生の真理に対する厳しさと、子供のような純真さ。
半身がほとんど動かないという肉体的な悪条件を、
ものともせずに闘ってこられたこの偉大な、
しかし、極めて親しみやすい人格と日夜触れえたことは、
本当にうれしいことであった。

『ここの個所が分かるまでにわたしは2年かかりました。
ここは半年かかりました』
と淡々として語られるのだが、それを聞いていると、
実にさりげなく書き下ろされているように見える。

しかし、ほんの五、六行の章句の陰に、どれだけ多くの血をしぼるような
苦しい思索があったかということが、しみじみと思わされるのである。

『この原理講論は、くれぐれも早く出して、
みんな一生懸命勉強するようにしなくちゃなりません。』
劉先生のあの懐かしいなまりが、今日も耳に響いてくるような気がする。」


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「成約週報」第141号
「原理講論事始め」
野村健二



小山田秀生先生は、1967年の「原理大修練会」について、
次のように語っています。

「1967年6月12日に、真の父母様と三人の子女様と
韓国の先生がた(10人)が来日されました。

『原理大修練会』では、真のお父様は劉孝元先生が講義する横におられて、
ポイントごとに解説されました。

真の父母様ご一行が、羽田空港に到着され、
タラップから降りられたときのことを今もよく覚えています。

真のお父様は孝進様を抱かれて、虎のように堂々としたお姿で
タラップを降りて来られました」


「続いて、杖をついて深刻な顔をして降りて来たのが、劉孝元先生でした。

ところで劉孝元先生は、総序から再臨論まで
『原理講論』を全部暗記して来られたのです。

劉孝元先生が日本に来るに当たっていちばん心配だったことは、
怨讐の中の怨讐である日本人に会ったときに、
日本人を赦す気持ちになれるかということでした。

劉孝元先生は、食口を見た瞬間、日本人が敵であることを忘れただけでなく、
暗記してきた『原理講論』も全部忘れてしまったと言われました。

そのため、『原理大修練会』では、『原理講論』を読みながら講義されたのです。
いわゆる訓読式原理講義でした」

(小山田秀生)

日本版原理講論発刊40周年


日本に初めて来られた時、
深刻な顔をして降りてこられた劉孝元先生。

日本語が流暢だったということは、
日本に対して、いろんな思いがあったことでしょう。

しかし、食口たちを見た瞬間、
日本人を敵だと思ったことを忘れてしまった、と言います。
とても感銘を受ける一文ですね。

日本に対する思いが転換された土台で
日本語の翻訳作業にも携われたことと思います。

お父様が、血と汗と涙を流して勝ち取られた真理のみ言、
その宝石のようなみ言をひとつひとつ集められ、
ネックレスのように、見事に束ねられた劉孝元先生。

「原理講論」として、体系化された背景に
このようなことがあったのだ、ということを
一日遅れではありますが、
創立記念日の出来事として、
心に刻み付けていきたいと思います。








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posted by ten1ko2 at 08:10 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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