2020年10月23日

次期総長候補の優秀な後輩のために祈ったら・・・ 《UTS時代の神体験》



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神明(しんみょう)先生の「UTS時代の神体験」より
『UTS次期総長有力候補の兄弟のために尽くす』
を紹介します。


私はUTSの第1期生ですが、第2期生の中に
とても優秀な米国人の兄弟がいました。
彼とは、よく神学的なディスカッションをしたものです。

彼は私と同じ専門分野で、イェール大学で神学博士号を取得しました。
その後は、UTSに戻ってきて神学教授になり、
いずれはUTSのトップリーダーになることを期待されていたのです。

総長も彼に大いなる期待をかけておられたので、
彼は次期総長の有力候補でした。

実は、私自身は1984年に博士号を取得した後、
UTSに行くようにという真のお父様からの人事発令がありましたが、
以前、エッセーでも書いたように、
初めの頃、総長は私をUTSに受け入れてくださいませんでした。

それは、彼の存在があったためと考えられます。
私のような日本人よりも、彼のような優秀な米国人に
UTSに来てもらったほうが、
UTSにとってどれほど良いか分からないからです。

いよいよ彼が博士号を取得し、今後の身の振り方を
総長と話し合うために、UTSを訪問してきました。

その頃までに、私は僕の僕として下から仕えることによって、
総長からは絶大なる信頼を受けるようになっていました。

しかし、やはり総長としては、彼こそ
将来のUTSの最高の有望株だと考えておられたのです。
そして、その旨をそのとき彼に伝えられました。

それを知った私としては、正直言って気分は良くはありませんでした。
男同士の闘いというか、競争というか、そういうものがあって、
後から来た者がこの自分の上にのし上がることに
良い気持ちはしなかったのです。

しかし、私はそのときに祈りました。

「神様、UTSはあなたの神学校です。
しかも米国にある神学校なので、やはり
優秀な米国人がトップのリーダーになるべきでしょう。
ですから、どうか彼が将来、りっぱな総長になれるように、
本当に助けてあげることのできる者とならせてください」と。

ところが、ふたを開けてみると、
彼は条件に不服だったせいか、UTSに来るのを躊躇したのです。

最初からアカデミックのトップである
学術部長(アカデミック・ディーン)の位置を与えられることを期待したのに、
その補佐の位置から始めよと言われたそうなのです。

そのとき私は、すでに
彼の下に回って彼を助けてあげると決意をしていたので、
彼のことを心配しました。
彼がUTSに来るのを躊躇していることを、
自分の出世の絶好の機会だと思うような邪念は一切ありませんでした。

彼を優秀な兄弟として
本当に愛してあげたいという思いでいっぱいでした。

それで、私は彼を近くのレストランに誘ってごちそうしてあげて、
たとえ学術部長の補佐の立場から始めたとしても、
必ず将来は神様が君をトップとして大きく用いてくださる時が来るから、
今のその条件をのみ込んでUTSにぜひ来てくれ、と訴えました。

そして、この自分も必ずサポートするから、とも付け加えました。

彼としては、私に対して「実にありがたい」とは言ってくれましたが、
やはり最終的にはUTSには来ないことになりました。

彼とは今でも交流していますが、
彼はその後、神学を捨てて生物学に転向し、
生物学博士号を取得して、ダーウィンの進化論を論破するための、
ある有名なグループのプロジェクトで頑張っています。

このように一人の兄弟のために仕えて愛してあげようという
気持ちになれたのも、神様が
そういう思いにさせてくださったからであると感じます。
そうでなくては、嫉妬心の強い私に、
こんなことができたはずはありません。

一部編集 文責:ten1ko2

「UTS時代の神体験:ドクター神明の信仰エッセー」
現在、『世界家庭』に連載中


自己牧会プログラムにおいても、
自分にとって、マイナス的な思いになった時、
自分の何が原因かを探り、ワークを通して、
祈り求め、心を解放させることがあります。

一般的な取り組みとしても、
「ホ・ポノポノ」があります。
「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」
これを何度も繰り返していく、というのです。

神明先生は、本当に純粋な方だと思います。
証しを読むと、
後輩のために「祈った」とあります。

そのことによって本心が啓発され、
後輩を愛する心情を持つことができました。

つたない証しですが、昨夜、江戸川土手を散歩していた時、
向こうからやってきた、大柄なおじさんから、
突然、肘鉄を食らいました。

「なんだ、このおじさん!」
食って掛かろうとしましたが、
冷静になって、ホ・オポノポノを実践してみました。

「なんでこのおじさんに
『ごめんなさい、許してくださいなんだ・・・』」
複雑な思いになりましたが、
やっているうちに気持ちが整理されました。

「結局は、複雑な思いを持っている私の問題だったんだ」
すなわち『囚われからの解放』です。

神明先生のように、祈りを通して、
本心の啓発をすることの重要性を改めて感じます。

(冒頭の写真は、本文と直接関係がありませんが、
 今朝、お母様の自叙伝を訓読した中で、
 真の父母様がクレムリン宮殿でゴルバチョフの前で
 祈祷をすると、そのあとの会談が導かれたという記述がありました。
 今日の証しにも通じる内容だと思い掲載してみました。)






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posted by ten1ko2 at 09:23 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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