2021年05月17日

「獄中で主に会う」啓示は果たされていた?! 20世紀の春香の末路 《金元弼先生》



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20世紀中盤の平壌(日帝時代)


金元弼先生のみ言。
「大同保安署へ連行される」続編です。


先生は、腹中教の責任者である婦人(許孝彬)に、
何とかして手紙を渡して、
彼女が出るようにしなければなりませんでした。

そこで、留置されている人には全員に
弁当が与えられますが、
その中の底の方に小さなメモを入れました。

もし、それが見付かれば大変なことです。
先生御自身も、スパイの疑いをかけられて、
そこに入っていて大変な拷問を受けていた時でした。

では、そこにはどういうことが
書かれてあったのでしょうか。

その手紙には、まず
「腹中教を否定して出て行きなさい」と書かれ、
そして終わりに、
「これを書いた人がどういう人であるか、
神にお祈りしなさい」
と書き加えられていました。


後にそれが発見されて、先生は大変な拷問を受けました。
その当時は、日本が韓国を植民地として支配していた時に
韓国の人たちを治めていたそのやり方で拷問したのです。

耐え切れないほどの拷問を受けて歯は折れ、
たくさんの血を吐きました。

約80日から100日ぐらいの間の拷問の後に無罪とされ、
(19)46年11月21日、牢屋から出るようになったのです。

けれども先生は瀕死の状態で、たくさんの血を吐きました。
そこで先生の周りに集まっていた食口たちは、
死んでしまわれるのではないかと心配してお世話しました。

 
結局そのリーダーは、先生のメッセージのごとくしませんでした。
そこでそのリーダーとメンバーは、
六・二五の韓国動乱の真っ最中に、全員殺害されました。

今まで長い間、直接の啓示によって
すべてをなしていた彼女にとって、
今まで教えてくれたその事実を否定することは、
死ぬ以上に難しいことでした。

しかし牢屋の中で再臨の主を迎えるようになるだろうと
啓示されたことを考え、また
「手紙の主が誰であるかお祈りしなさい、
書いた人が誰であるか神にお祈りしてみなさい」
という、そのことをその婦人が
本当に思い浮かべたとするならば、
今お話ししたような失敗はなかっただろうと思います。

結局は全員強制労働所に送られて、
二年後に動乱が起こり、全員虐殺されてしまったのです。

 
神の啓示のごとく、
「あなたたちを迎え入れる人がいるでしょう」
と言われたとおり、迎えたのです。

それは迎えることによって、
次のみ言に合わせるためです。

というのは、春香が自分の約束の人と
牢屋で会えるようになるだろうと言われたごとく、
その人たちを牢屋にぶち込む者が
いなければならなかったのです。

それによってメシヤを牢屋に迎え入れるという、
み言のとおり、約束のとおりにするためであったのです。


では、その婦人のリーダーが失敗した点は何でしょうか。

それは、弁当の中に書き入れたメモに
「否定して出なさい」
「これを書いた人は誰か」
と書かれたことを神にお祈りしなかったことです。

神に祈るということは、
霊能者や指導者がつまずかないために、
一番重要なことです。

謙遜に、素直な心で神にお祈りしたとすれば、
神は必ず答えてくださったはずです。

それは、乗り越えなければならない個人の責任分担です。
これが非常に恐ろしいことなのです。
神が何年も何年も教えてくれたけれども、
それができないときには、全部が無になってしまうのです。


では、なぜその人がそれを
乗り越えなければならなかったのでしょうか。
なぜ神はそれを願ったのでしょうか。

神の啓示があれば、誰でもついて行くことができます。
しかし、その最後のお祈りによって、
今まで神が啓示したものは、
神がお告げしたということではなく、
自分で解決したという結果をもたらせたかったのです。

I 平壌開拓から興南解放
第一章 平壌開拓の日々
「大同保安署へ連行される」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


神様が4000年間準備された
すべての基盤が崩れてしまった。。。
それが、この場面でした。

許孝彬女史は、啓示を受けていましたが、
すべてメシヤがしてくださる、
監獄から救い出してくれる、と思っていました。

きっと拷問を受け、頑なになっていたので、
そのことを信じるあまり、
他のことを受け入れる余裕もなかったのかもしれません。

お父様の手紙を読んで、
手紙に書いてあるように、祈ったらよかったのですが、
それが「責任分担」であるとは
知る由もなかったことでしょう。

手紙は読んだと思われますが、
でも、看守に見つかってしまった、ということは、
元弼先生が言われるように、
祈りを捧げなかった、ということだと思います。

神様は100%すべてを準備するわけではなく、
人間の責任分担だけは干渉されずに、
信じて待っておられる。。。

そういった意味で、
私たちも責任を果たすことが重要であること、
また、いついかなるときも、
祈り尋ねていく習慣は必要であることを
教訓としていかなければならないと思うのです。




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posted by ten1ko2 at 09:07 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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