2021年06月07日

幼い頃から宗教家の片鱗が・・?! 少年期の証し 《小山田先生自叙伝》



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小山田先生の自叙伝より、
少年期の証しを紹介します。


  受験に追われた青少年期、人生の問題に悩む

私は1941年5月10日、山形県東根市郡山で生まれました。

同年12月8日、日本は太平洋戦争(第二次間界大戦)に突入しました。
物心がつく頃には、周りは戦争のまっただ中で、
父や私の兄たちは、戦争のために召集されるという状況でした。

そして戦争が終わりました。
わが家は大地主でした。
終戦後のどさくさに乗じて、近隣の人たちが
わが家の土地を乗っ取ろうと謀りました。
彼らの中には、村の駐在や親戚までも入っていました。

それを阻正しようと祖父と母が対抗したのです。
私が六歳の頃です。
母は口癖のように、「あの時のことを考えると、
今でも悔しくて眠れない」とよく話していました。

幼心に私は決心しました。
「この悪い村人たちを、(自分が)偉くなって見返してやろう」と。

しかし、一方で、「それじゃ駄目だ」という声が
心の奥底から聞こえるのです。
「その人たちの心を変えなければならない。
そのためには、宗教家になるしかない」という
相反する考えに心が揺れました。


中学生のときは高校受験に一生懸命励みました。
当時、受験勉強は「四当五落」と言われていました。
四時間しか寝ないで勉強すれば合格、
五時聞寝ると不合格と言われ、
私は時間さえあれば寝ないで勉強していました。

そのような状況でしたから、中学から高校、大学に至るまで、
私は極度のノイローゼに悩まされたのです。

私は高校生のとき、両親に問い詰めたことがあります。
「あなた方は私の親だから人生の先生だ。
その息子が今、悩んでいる。
人生と宇宙の存在の意義は何なのか。
私はどうしたらいいのか」と。

のんきな父は笑いながら、「そんなに焦る必要はない。
じっくりやればいいじゃないか」と答えました。
しかし、母はとても深刻に受け止めたようです。

1ヵ月考えたのちに、「私は母親として回答できない。
おまえはどこからか。母親″を探してきなさい。
そのような人がいたら、私が手紙を書いて、
おまえの母親になってもらう」と言い出したのです。

母は、哲学者タイプでした。
苦しむ私を見かねて、母が聖書をくれました。


  自分に課した生涯の三大課題

私か中学生のときのことです。
試験の最中、急にひどい頭痛に襲われ、
途中で試験を放棄せざるを得なくなりました。

そして、ちょうど実家に来ていた私の三番目の兄嫁に勧められ、
兄嫁が婦長(看護師長)を務めていた病院で受診したのです。
原因は勉強による過労でした。

その夜、私は、故郷の神社の境内に座り込み、
談判祈祷ならぬ、談判思索″をしたのです。

そして、「人はなぜここまで勉強しなければならないのか。
そもそも人生と宇宙の存在意義は何か。
生涯をかけて問うことにしよう」と、
自分に課題を課しました。

それは三つの内容です。

第一は、生死を懸けるにふさわしい永遠の真理を得たい。
第二は、それを教えてくれる永遠の師と出会いたい。
第三は、人生は一人では歩めないから、
永遠の友か、あるいは結婚するとすれば、
永遠の伴侶に出会いたい───。
 
私は、これらの問題解決のために集中して生きていこうと考えたのです。

そのような人生の師がいればよし、いないのなら、
歴史上の人物からでも学ぼうと考えました。
そして、自分の良心を基準にして解決していこうと思ったのです。


その瞬間、暗闇がぱっと開けて、二つの囗が
私をじっと見ているのを感じました。

のちに私がクリスチャンになっても、
その目は私をずっと見続けているのです。

そして、私の良心が言いました。
「ああするな、こうするな」といった禁止の言葉でした。

「ああせよ、こうせよ」ではなく、律法主義的な内容でした。
以来、良心は常に私に語りかけるようになりました。

柱時計のカタン、カタンと鳴る音からも、
燃える炎の中からも、私の名を呼びかけてきます。
故郷を流れる最上川に行くと、川からも声が聞こえました。


私は小学校から高校まで図書委員を担当しました。
人間形成のため、生涯の読書計画を作りました。
生涯読むべき日本と世界の名著を十五冊ずつ選んで、
それを年に一回ずつ読むというものです。

私はまた毎年、一年を通して旧約聖書と新約聖書を
ひととおり読むようになりました。
聖書は、私の人生の指針となっていました。

(一部割愛させて頂きました
文責:ten1ko2)




偉人というのは、誰しも
小さなころから、片鱗がありますが、
小山田先生は、まさにその一人だといえるでしょう。

さらには、良心の声を大事にされました。
その土台で教会に導かれたのだと思います。

続きます。





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posted by ten1ko2 at 08:21 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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