2021年08月10日

神は責任をもつ! 私が原理的か、非原理的なのかが問題 《李ヨハネ先生の信仰サプリ》



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モーセが岩を打って水を出す(ホレブ)


李耀翰(リ ヨハネ/イ ヨハン)先生のみ言。
今回は、『蕩減生活を通して本然の人間に』です。


心情の誘発が、原理的か非原理的かが問題です。
それによって、蕩減条件をつくるか、
讒訴条件をつくるかが決まるのです。

蕩減条件を積んでいなければ、何年たっても、
理論的知識はもてても、霊的には成長できません。

なす業が、蕩減条件を結んでいるかどうかが問題です。
自分の生活を、原理的に分析しなければなりません。

環境によって刺激を受けると、簡単に処理してしまって、
歴史的、未来的内容を見つめようとしないことが多いのです。


イスラエルの人々は、モーセが人を殺した時、
その意味を考えずに、人殺しだとしてしまいました。

ある事件を、その時間圏内のものとしてのみ判断してしまい、
深い意味を考えなければ、蕩減条件にはなりません。

それでは神の立場から見る情を誘発できないし、
苦労しながらも、信用されない結果となってしまいます。


自分の原理的基準を、どれほど生活に適用し得るかが問題です。

サタンの血統にある私たちは、ある人がそこにいる時は、
どういうこともなく、いなくなると尊敬し、寂しがるのです。
だから、過ぎ去ったあと、「しまった」と思うことが多いのです。

原理的基準を、どれだけ責任をもって生活に展開し得るかです。
主に対した心情を、兄弟に対しても展開し得るか。

主には忠孝を尽くしても、兄弟に対しては
無責任になってしまうことが多いのです。


内的決心が、どれだけ生活にでき上がっているか。
どれだけ実行されているか。

自分さえ勝利できれば、生活さえ勝利できれば、
付き合っていた相手は復帰されてくるのです。

自分をどう取り扱うか。
神の立場から見た私とするのか、それとも
私の立場から見た私とするのか。

全体の中の自分として、どれだけ仕事に
責任をもっているかを反省しなければなりません。


人を伝道する時、霊的に真心を尽くし、誠意を尽くせば、
神が責任をもつのです。

三度真心を尽くして訪問すれば、神が責任をもつのです。
何も言わずに、涙を流しただけでも復帰できるのです。

神に到達する祈りは、み旨を思い、
真心を尽くし、涙を流す祈りです。
そうすれば必ず聞かれるし、その心情を取って神は摂理できるのです。

1.牧会
「蕩減生活を通して本然の人間に」
信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」李耀翰
(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)


私の一挙手一投足も
『神が成す私である』ことを自覚すると
神が主管する私になる、というのです。

今、天寶家庭の登録をしていますが、
この取り組みも教会に責任を持つ者としても
簡単なことではありませんが、
地区、さらには、日本全体を考えても、
お盆返上でやらざるを得ない立場です。

こういうことも、神様・真の父母様の前に行う
貴い聖業である、と自覚していくことが
どれほど重要であるか、と思わされます。

神様が働かれる私になれるように、
今日も一日、精誠を尽くしていきたいと思います。





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posted by ten1ko2 at 10:18 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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