2021年12月01日

幸せになるために 「原理」のトリセツ・復帰原理篇 《李ヨハネ先生の信仰サプリ》



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李耀翰(リ ヨハネ/イ ヨハン)先生のみ言。
今回から、復帰原理のみ言を
生活に適用するためのお話となります。

今日は、「生活的原理の理解」です。

4.復帰歴史に見る生活原理
生活的原理の理解


今まで復帰摂理に対して、歴史的に、原則的に
学んだのですが、直接私たち自身がどういう立場で、
何を蕩減しながら、どういう条件を立てて、
自分の外的位置、内的、心情的位置を開拓していくのか
という、具体的な自分の路程を知らずにいました。

こういう意味で、「原理」の取り扱い方を
今までの立場ではなく、自分自身に対してどう応用していくのか、
どのように利用していくのか、どういうように
生活するのかという面を、講義していきたいと思います。

もちろん、「原理」を本のとおりに体得しなければなりませんが、
そのあとに、どういう環境で、何をしているのか
という生活的原理を理解しないといけません。

 
み言に接する時は、自分自身をよく整えなければなりません。
言葉は生命を基台として必要なのです。

ただ耳で聞いて知るのではなく、情を主体として
み言を受けなければなりませんから、相当、
皆さんもこちらへ来る以前から
内的に整備しているかもしれませんが、
この期間は整備した態勢でみ言に接しなければいけません。

 
ついこの前まで、百十名くらいの祝福の新婦たちだけが
講義を聞いたのですが、相当霊的な圧力があって、
頭が痛くなったり、締めつけられて、
のどが痛くなったりした人が、五名近くいましたし、
歩けなくなって三日か四日の間、ベッドに寝たままの人もいました。

なぜかというと、言葉の背後に
霊的な圧力が加わっているのです。

 
復帰原理をどのように見るかを説明している「緒論」に、
「蕩減復帰摂理」という言葉、「蕩減」という言葉が出てきます。

蕩減という条件によって復帰摂理を進めるというのですが、
この蕩減というのは結局、一つの闘いです。

自分を中心として、二人の主人に因縁をもっている自分は、
絶対者なる神だけに主管されるべき人間だと知りました。

そして原理的でない非主人の主管から脱出して、
完全に縁を切って、もとの創造主との因縁を結ぼうという目的で
信仰をし始めた者が、悪の力によっての因縁が結ばれている
ということを実感し、一つの闘いを宣布したわけです。

戦争を宣布して、それからの戦いが蕩減なのです。

結局、本然の自分にならなければならないという目的をもって
方向転換してからは、すべてが蕩減路程、
蕩減期間の中に存在している私たちの立場なのです。


蕩減の意味のとらえ方ですが、何か事故が起きたから
蕩減だと思う人が多いのです。
何か引っ掛かった時、事件が起きた時、「これは蕩減だ」と思っている。

しかし、そうではなく、私たちは今も
蕩減路程期間中にいるのであり、全体が蕩減なのです。

成長期間というのは、堕落していなければ、
自分の主体者との縦的関係を結ぶ責任分担期間です。
それが堕落したため蕩減というものが加わったのです。

非原理の主人との関係を完全に解決しながら、
もとの原理的路程においては、
絶対者と授受をしながら行かなければいけない期間に
いるのだということには間違いありません。


それでは、蕩減期間中の条件、蕩減条件とは何かといえば、
蕩減している中での成績、自分の目的に向かって
内的に積み上げた実績、これが条件になるのです。

例えば、三日間なら三日間の精神生活の出発の動機と結果が、
途中で変わらずに一貫したものであれば、
蕩減条件が立てられたということになるのです。


一番良い例は、アブラハムのイサク献祭です。

アブラハムがイサクを献祭しに出掛けて、
三日目にイサクを祭物としてささげて剣でもって
殺そうとする瞬間まで、一貫していたのです。

出発した動機を、自分の事情で直したとか、疑ったとか、
そういうことがなく、一貫して目的に向かって、
何も顧みることなく前進したので、
動機と結果が同じだったのです。
それで勝利を得たのです。


ノアが箱舟を造るのに百二十年かかったように、
あるいはその他の祭物も、みなそのような期間があります。

自分が決意をしたその瞬間から、三日間なら三日間、
その期間が満ちるまで重ねてきた実績が、そしてその結果が、
神から祝福を受けることのできる条件になったのです。

そういう意味で、復帰摂理の中においては全部、
蕩減生活と見ることができます。
4.復帰歴史に見る生活原理
「生活的原理の理解 」

信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」李耀翰

(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)



信仰生活において、最初から最後まで、
変わらずに条件を立て続けること、
その重要性を教えていただきました。

お父様は、「出発の決意、すでに勝利」
というみ言を語られましたが、
さらに言えば、その決意は瞬間的なものではなく、
持続しなければならない、ということです。

み旨の出発の原点に返りつつ、
今年も残り1か月、与えられた責務を果たしていきたいです。




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posted by ten1ko2 at 09:08 | Comment(0) | 李ヨハネ先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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