2011年03月26日

統一旗が家を守った?!震災の奇跡の数々…!福島の教会長様の証し1




昨夜、千葉中央修練所に避難生活をしておられる、
福島の教会長様をお迎えして特別集会を持ちました。

昨日までの3日間、北陸地方の5つの教区を巡回されて、
戻ってこられたばかりで、お疲れの中でしたが、
以前から約束をしていたことと、
救援物資を送ってもらったお礼ということで、
無理を押して、来てくださいました。

被災された教会長様ご自身と教会員の方たちの体験されたことが、
奇跡の連続であり、感じた世界があまりにも深いので、
お伝えできる範囲内で精一杯記していきたいと思います。

地震が来た時、教会長は別の場所で会議をしていました。
大きな横揺れが何分も続いたあと、すぐさま教会に戻りましたが、
途中、道が寸断されていたので、回り道をして、
何とか辿り着きました。

教会の中は大変な状況でした。
天井は落ち、台所の食器棚は倒れ、
階段も崩れているところがありました。

その日は、複数の霊石を整理するために、
たまたま倉庫から出して、
折りたたみテーブルに並べていました。
事務用の細長いテーブルですから、
みんな下に落ちてしまったのではないかと思っていました。
ところが落ちていなかったどころか、
部品の一つも全く変化がなかったのです。

さらには、天城旺臨宮殿の模型が棚から落ちてしまっていました。
ところが、1mくらいの高さから落ちてしまったのに、
中身も壊れていないし、ガラスの一つも割れていませんでした。

教会長も本当にびっくりしたといいます。

3階には教会長のご家族が住んでおられます。
「妻は一人、子供は9人生まれて2人を養子に出しました・・・。」
つまり、9人家族なので、荷物がたくさんあるわけです。
地震によって、すべてが目茶目茶になっていました。
何もかもが倒れている状況の中に、
長女が学校を休んで、一人でいました。
ところが、地震が起こったその時に、
たまたま寝室にいて助かったのです。
9人が全員で一つの部屋に寝ているので、
その部屋だけ何も置いていなかったのです。

地震が起こったとき、教会に数名の方がいましたが、
その中にいた婦人のご主人は、寝たきりであり、
海の近くに家があるので、すぐに帰りました。
息子さんが隣の家に住んでいるのですが、
仕事がたまたま休みで家にいたそうです。
直ちに、車に父親を乗せました。
婦人が「大事なものがあるから」
と荷物を取りに行こうとした時、
大声で「津波に巻き込まれるからダメだ!」
と息子さんが叫ぶので、婦人は仕方なく、車に乗ったといいます。
すぐさま津波が押し寄せて来ました。
少し走らせてから、マンションがあったので、
間一髪、全員で飛び移り、津波に巻き込まれずにすみました。
ちなみに、息子さんの仕事は消防士です。
息子さんの判断によって、家族みんなが助かったのです。

別の婦人も海のすぐ近くに住んでいます。
その場所は4m以上の大津波が来ていました。
津波が引いてから、家のあるところに戻りました。
家が流されているか、浸水で中身がメチャクチャになっているか
と思ったのに、家はそのままの状態で残っていました。
浸水がどうなっているか、おそるおそる玄関のドアを開けてみると
全く浸水していなかったのです。
しかも周りの家も助かったということです。
教会長も「そんなことがあるのか、4mの津波で飲み込まれてもおかしくないし、
浸水がなかったなんて、あなた嘘じゃないの?」
と聞いたのですが、本当に何もなかったのです。
玄関を開けたら、統一旗が家を守るように、倒れていたといいます。

こんな証がたくさんあったということです。
続きは次回に。

応援のクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村


こちらの記事も参考に
原発への祈りを!避難生活中の福島教区メンバーに物資を救援



posted by ten1ko2 at 10:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・食口の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

原発への祈りを!避難生活中の福島教区メンバーに物資を救援


Nausicaa.jpg


昨日、福島教区の教会員の家庭が避難生活をしている、千葉中央修練所に
教会長とともに、救援物資を届けに行ってまいりました。

大人約70名、子供約140名、210名の大所帯が、
避難生活を始めてから、「果物やヨーグルトなどを食べていない」
ということでしたので、教会のメンバーから持ち寄ってもらい、
ワンボックスカー1台分満タンに積み込んで、向かいました。

修練所に到着して、物資をプレゼントしましたが、
リンゴやバナナの山を見て、みんな感動していました。
ちょうど、子供たちが修練会を始めていたので、
私たちが持ってきたヨーグルトが、
すぐさま、おやつになっていました。

福島教区の中で、特に原子力発電所から近いところにある教会は
福島第一原発から、35キロ先にあります。

津波の被害で、数家庭が家を失われてしまったということですが、
やはり、放射能物質の影響を考えて、避難してこられた方が多いと聞きました。

みんな笑顔で歓迎してくださり、明るい雰囲気でありました。
教会長様も、みんな元気であると言っておられましたが、
やはり、「これから先どうなるのか」、
と不安を訴える方もおられるそうです。

教会員の中で、病院の医師をしている方が、
現場に残っておられると聞きました。
テレビでも報道されていますが、薬は来ない、食料も足りない、
医師も看護師もギリギリの人数で、看護をしているが、
自宅に帰るにも、車のガソリンがないので、帰ることも出来ない、
その大変さをメールで訴えてこられたそうです。

30キロ圏外は、放射能の影響がないにも関わらず、
救援物資が来ないのです。
物流業者が、放射能を恐れているから、行かないのです。

原発の影響はとても大きいことを改めて感じました。

地震と津波によって、被害を受けた方も
とても大変な思いをされていると思いますが、
原発の影響というものは、放射能が目に見えないこともあり、
風評被害が重なるので、さらに大変だと思います。
まさに、三重苦を乗り越えないといけないのです。

当事者の思いは計り知れないものがあります。
自分がもし同じような立場であれば、
どう受け止めるだろうかと考えると
「頑張ってください」と軽々しく言うこともできませんでした。

原発事故の復旧が早く実現し、
放射能被害がなくなって、
元のような生活が出来るように、
ただ祈る思いで、修練所をあとにしました。

とっちゃんさんが、
ブログでコメントしておられますが、→こちら
まさに原発の被害を受けている人達が、
「今までありがとう」と祈りを捧げることは、
簡単ではないと思います。

ですから、私たちが叫ばないといけないでしょう。

映画「風の谷のナウシカ」で、『オーム』の怒りを鎮めたのは、
ナウシカの決死的な行動と『オーム』に対する愛情でした。

原発の叫びは、科学万能主義を主唱する人間の傲慢さへの
悲痛なる訴えなのかもしれません。

今は嫌われている原発ですが、
それでも感謝の思いを持って、怒りよ静まれという思いで、
原発に祈りを捧げることも必要なのかと思います。


応援のクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村



posted by ten1ko2 at 09:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 震災・食口の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする