2019年09月06日

初めて母が霊通したのは・・・ 奇跡的に助かった父! 《北谷先生》



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(天正宮に現れた虹 8/30)

北谷先生の『死んだらわかるけど、それでは遅い』
続編、「奇跡的に快復した父」です。


  父の交通事故

実は、私は幼少の頃から先祖や霊界をとても身近に感じてきました。
父親の交通事故をきっかけに、私の母親が霊界に通じるようになったのです。
私の五歳の時です。

母は神様=i霊)から指導を受けて自宅を教会(神道)にし、
家族がみな宗教的生活をするようになったのです。

父親の事故のいきさつはこうです。

母をオートバイに乗せて買い物に送って行ったのですが、
母の買い物の時間が長いので、いったん家に帰ることにしたのです。
その途中でダンプカーとぶつかったのです。

私はまだ小さかったので、いつも父親と母親の間に座って
買い物などにも一緒に行っていたのですが、
その日は母親に「だめ」と言われて、一緒に行かなかったのです。
それで家の前にあった神社の境内で遊んでいました。
そこに叔父(父の弟)がやってきて、
「お父さんが事故に遭ったから、早く病院に行こう」と言うのです。

病院で見た父の姿は悲惨でした。
包帯が頭のてっぺんからつま先までぐるぐるに巻かれていました。
その包帯が真っ赤に染まっているのです。
その光景は、今でも忘れることができません。

医者の説明では、顔の皮膚がめくれ上がり、
そこにたくさんの小石がめり込んでいる、鼻も取れているというのです。
左腕は後ろ向きにひっくり返っており、右足は体の中にめり込んでいました。

医者はどうせ助からないだろうと思っていましたから、
応急処置として、顔の中にめり込んだ
石の中の大きなものだけを取り除いて縫合しただけでした。

医者は「今夜で、だめでしょう。親族を呼んでください」と言ったのです。
事故の知らせを受けて、その夜、親族が続々と集まってきました。


ところが、その時、母に霊が入ったのです。

母に霊が入るのを見たのは、その時が初めてでした。
その時は、母に入った霊を“神様”だと思っていました。

驚いたことに、その“神様”は、
医者が横で「今夜で、だめだ」と言っているにもかかわらず、
母を通して、

「今からこの体を調べてみる。
一週間調べてみて、自分のことが自分で
できないようだったら、霊界に連れて行く。
しかし、調べてみて、自分のことを自分でできるまでに
快復する可能性があるようだったら、
霊界から引き戻してくる」と言ったのです。

私の横にいたおじさんは、母の言葉を聞いて、
「狂った!」と言いました。
母がショックのあまり気が狂ってしまったと思ったのです。
私も「あ、狂ったんか」と思いました。


ところが、医者が「今夜で、だめだ」と言ったにもかかわらず、
父はその夜、持ちこたえたのです。
そして一週間後に意識が戻りました。

母に入った“神様”の言葉のとおりになったのです。
奇跡が起こったのです。

しかし、命を取り留めたものの、
父の顔は、まるで“フランケンシュタイン”のようでした。
右目は飛び出し、鼻は曲がっていました。
そして、顔にめりこんだまま取り除くことができなかった小石が、
皮膚の縫い目から出てくるのでした。

それでも父は、少しずつ快方に向かっていったのです。


ひっくり返った左腕について、
医者は「もう治ることはありません。
そのまま放っておくと腐ってきて、命に関わるようになります。
せっかく助かった命なのですから、
左腕は付け根から切断しましょう」と言いました。

そして、その手術に同意する書類に印鑑を押すようにと言ってきたのです。

すると、また母に“神様”が入りました。
そして母を通して、「(腕は)治る」と伝えてきたのです。

もちろん医者は、それは母の言葉だと思っており、
“神様”が言っているとは夢にも思いません。

当然、医者は怒りました。
レントゲンを撮り、様々な角度から検討し、
他の医者とも話し合って「治らない」と判断したのです。
そして、「そのままでは命が危ないから切断する」
と結論を出したのです。

それに対して、医学的には全くど素人の母が
「治る」と言うのですから、医者が怒るのは無理もありません。
家族ですら、母は事故のショックで気が狂ってしまったと思っていたのですから……。

医者は怒って部屋を出て行きました。

するとまた、“神様”が母親を通して
「今、医者は詰め所まで行ったが、すぐに戻ってくるぞ」と言うのです。

本当にすぐに戻ってきました。
そして今度は、別の書類に印鑑を押せと言うのです。

それは、「腕を切らなかったことが原因で、
もしものことがあったとしても、医者を訴えない」
ということに同意したことを確認する書類でした。

母はその書類にサインをし、印鑑を押したのです。

北谷 真雄・著
(光言社刊『死んだらわかるけど、それでは遅い』より)
2.父の事故をきっかけに母が霊通



お母さんの「霊通」
本当の本物ですね。。。

そのような背景をもった家庭だとも聞いた気がしますが、
お母さんはそれまで霊媒体質だったのではなく、
突然、「霊が入った」のですから、
確かに親戚の方が、気がおかしくなった
そのように思われるのは、
仕方のないことだったようにも思います。

いずれ家庭連合に導かれるようになるのですが、
北谷家、そしてお母さんも
大きな使命があって、
霊通するようになったのでしょう。

いずれにしても、
お母さんをきっかけとして、
北谷家は、信仰の道に入っていきます。

次回をお楽しみに。。。





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posted by ten1ko2 at 07:34 | Comment(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月04日

先祖たちは、地獄からこのように叫んでいる! 《浅川先生霊界シリーズ》



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浅川先生の霊界シリーズ。
いよいよ佳境に入ってきました。

「霊界人からのメッセージ」より
今回は、「地獄からのメッセージ」を紹介します。


霊界人からのメッセージとは、少し不思議なタイトルですが、
これは既に霊界に行った人たちから
地上人に対して送られてきたメッセージのことです。

たくさんの人たちが霊界に行きました。
偉大な宗教者から極悪人と言われる人たちまで、
様々な人生を経て霊界に行きました。

これらの人たちは霊界でどのように考え、
どのように生前の人生を振り返り、
何を私たちに訴えようとしているのでしょうか。

有名な人たちの霊界からのメッセージをかいま見ることを通して、
私たちの人生を振り返るのが、この章を学ぶ意味です。

 
霊界においては、最上階に天国、
その下に楽園という天国の待合室、
その下に中間霊界、一番下に地獄があります。

ある霊的な人は、先祖の十人中、八人は
地獄に行っていると言っています。

ですから、まず地獄に落ちた人たちのメッセージを紹介します。

 
私たちの先祖の中で、
地獄の霊界に行った先祖は、次のように叫んでいます。

「子孫たちよ。今私たちは期待と願いを失い、
(うら)みと鬱憤(うっぷん)でいっぱいになっている。
子孫たちを通してこの暗い地獄から抜け出すその日を待ちに待っていたのに、
もうこれ以上は待つことはできない。

子孫たちよ、お前たちは水の中で息もせずに何分間我慢して耐えられるのか。
水の中で息ができない苦痛は、それを経験した者にしか分からないだろう。

ここの地獄は、そのような状況だと言うことができる。
暗く、悪臭が立ち込め、争いと憎しみとが……。

私のこの痛みを子孫に知らせるために、お前たちに痛みを与え、
病気にさせてでも、私の苦痛を伝え、私の苦痛を和らげようと思う。

子孫たちよ、ぜひ私の哀れで切ない言葉を聞いてほしい。
そして一日でも早く私をここから救い出してくれ」

このように絶叫とも言うべき、悲しい叫びを上げています。

 
地獄という恐ろしい世界に行った人の中には、独裁者となって、
自分の政策や、思想の誤りによって、
多くの人たちを不幸に陥れてしまった政治家もいます。

自分一人が人を殺害すれば、自分一人が地獄に落ちるだけですが、
一国の支配者が悪なることをした場合は、
国民全体を苦しい霊界に追い込むことになります。
これはもっと大きな犯罪と言うべきでしょう。

そのような罪を犯し、
地獄に行った政治指導者たちのメッセージを紹介します。(続く)

浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第七章 霊界人からのメッセージ
「地獄からのメッセージ」


霊界では、地上での生き方が、
そのまま反映されていきます。

特に地獄にいる人たちは、
その苦しい思いを伝えたいがために、
子孫たちに、その業を与えるというわけです。

ですから、罰を与えたいから
そのような仕業をするのではなく、
どうしようもない叫びであり、
絶叫なのだ、というのです。

先日、清平に7年ぶりに参加した婦人がいました。
「7年ぶり」ようするに、
お父様が聖和された以来だったわけです。

清平に到着して、
「受付は混んでいるだろうな」
そう思った途端、次の思いが沸いてきたそうです。

自分の先祖たちが、解怨されるこの瞬間に
どれだけ感謝しているだろう。。。
この日を迎えるまで、今まで、
どれくらい待ってきたことか。

そう考えたら、自分が受付で待ったとしても、
数十分、数時間のことだ、
先祖の皆様のことを思ったら、感謝していかないと。

そうして受付に行ったら、
全く待つことなく、
すぐに手続きができたそうです。

地獄にいる人たちは、
苦しい思いをして、ずっと待ち続けています。
その人たちを解怨できる道がある、
ということがどれほど感謝なことか知れません。





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2019年08月24日

先祖供養だけでは、怨みの霊は、後孫までずっと離れない?! 《浅川先生霊界シリーズ》



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浅川先生の霊界シリーズ。
今回は、「怨みの霊の分離」です。


怨みの霊が、激しい嫉妬心や、血気、怒気を起こし、
様々な事故を起こそうと体の中で働いているのですから、
この怨みの霊がいる限り、完全な解決はできません。

できないばかりか、もし自分の体の中に
何人も怨みの霊がいたとするならば、私が死んだとき、
間違いなく怨みの霊は子供か孫に移動するはずです。

そうすると、不幸が私の死と同時に、
子供や孫に移行されていくことになります。


家系に代々伝わってきた悪霊の移動を阻止するためには、
どうしても私の体の中にある怨みの霊を体から取り出さなくてはなりません。

霊人体は、私の体にただ一人という正常な状態に戻さなくてはなりません。
そのために、私の体の中に先祖から受け継いだ怨みの霊がいるならば、
体の中からどうしても取り出さなくてはならないのです。
そして霊界に送らなくてはなりません。

死んだ人は霊界に住み、生きている人は地上に住む、これが原則だからです。

死んでいるにもかかわらず、人の体の中に取りついているのは、
霊人にとっても、取りつかれた人間にとっても不幸なのです。

したがってこの怨みの霊を、
本来の居場所である霊界に送ってあげなくてはなりません。


しかし、それだけでは解決にならないのです。
なぜならば、本人が霊界に行かず、
子孫に取りついたのは、怨みがあったからです。

怨みがあったことが原因で子孫の体に取りついているのですから、
霊界に送ったとしても、怨みをなくしてあげ、怨みを消してあげない限り、
再び子孫の体の中に入ってくることになります。

いったん霊を体から出したとしても、
怨みそのものを解いてあげなければ、再び体の中に入ってきてしまうのです。


このために、怨みの霊に対する愛の治療が必要となってきます。
愛と教育が必要となるのです。
怨みの霊に、人を怨むことの過ち、人を怨むことの不幸をよく教えてあげ、
愛ではぐくんで、怨みを解いてあげなくてはなりません。

怨みの霊に起因する不幸の根本的な解決は、
怨みの霊を体の中から抜き出して霊界に送り、
愛と教育による治療を施して、怨みを解いて、善霊に変えてあげて、
二度と子孫に災いを起こさない霊に生まれ変わらせることなのです。


ところで先祖供養として、真心を込めてお供え物をし、
先祖の名前を呼び、先祖の幸せを祈願することは貴いことです。

しかし先祖の供養だけで、不幸が完全に解決するのではありません。
供養している先祖が、多くの人の怨みを買っていたらどうでしょうか。
怨みの霊を解放してあげない限り、先祖も子孫も解放されないのです。

このために、先祖供養と同時に、
先祖に苦しめられた怨みの霊を解放することを
同時にやらなければ、真の幸せの道は開かれないのです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第六章 怨みの霊と人間の幸・不幸
怨みの霊の分離


私たちの恨みの思い、
その背景には、霊界の影響、
悪霊、恨霊の影響があるということです。

そして、その霊を解放しても、
「いったん霊を体から出したとしても、
怨みそのものを解いてあげなければ、再び体の中に入ってきてしまうのです」
これは、本当に恐ろしいことですね。。。

ですから、御祓(おはら)いをしても、
また霊は戻ってしまうわけですね。
やはり、本当の霊界の解放のためには、
御祓いや供養だけでは駄目だということになりますね。

ここでは書かれていませんが、
本当の解放には、天寶(清平の)役事が必要だということでしょう。
真の愛の教育についても、同じです。

そして最終的には、怨みをもった霊たちも、
真の愛を身に着けて、
ともに神氏族メシヤ活動をする道が
準備されている、本当に
素晴らしいことであると思うのです。

続きます。






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