2017年07月12日

旅立ちの前に一家団欒のプレゼント、家族が一つになった時間! 《周藤夫人聖和式》



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敬愛してやまない周藤先生の奥様
周藤董代(すどう まさよ)さんが聖和されました。

聖和式の時の長女の周藤一子(いちこ)さんの送辞(一部抜粋)と、
周藤先生の家族代表挨拶を紹介します。


小さい頃から、私の服を手作りで作ってくれてありがとう。
日本語の読み書きを、一生懸命教えてくれてありがとう。

お母さんが作るお雑煮を食べたいです。
その味が恋しくて。

お母さんはいつも節約して、自分のためには一切お金を使いませんでした。
最後に好物を食べてもらえて本当に良かったです。

お母さんのおかげで、2か月ほど家族が一緒に過ごすことができました。
お母さん、頑張ってください。
愛しています。


娘が4歳の時(1975年)に家族は渡米しました。
私は40修や120修の講師を担当し、
欧米の修練生たちと朝から晩まで過ごす日々でした。
一方、妻は真のご家庭に侍って過ごしました。

そのような中で、我が子には親らしいことを何もしてやれなかったのです。
子供たちは、「愛されたいときに、愛してもらえなかった」
という傷ついた心を40年間抱えてきました。

妻が闘病した最後の数十日、
子供たちが米国から駆けつけてくれたことで、
親子が、心の中にあるさまざま思いを語り合うチャンスに恵まれました。
そのことが本当に感謝でした。

妻は、思っていることの3分の1も、5分の1も口に出して言えない人でした。
だから私は、「あなたが私を愛していることは知っているよ」
とはっきり言ってあげました。

性格の違いがあろうが、髪の毛の色が白くなろうが、
病気になろうが、そんなことは問題ではありません。
私にとってただ一つ貴いことは、董代(まさよ)が、
董代としていてくれるということです。

この数十日をかけて得ることができたのは、
妻への無条件の愛でした。

「あなたがあなたであるというたった一つの理由で、
私は無条件に愛します」と妻に伝えたとき、
妻は「ありがとう」と真剣に受け止めてくれました。

癌が新たに見つかり、妻が死の宣告を受ける中、
家族が一緒に立ち上がれたことを、天に感謝します。

「過去、現在、未来、永遠に夫婦の愛は消えません」
と断言したいと思います。


周藤先生は、アメリカ・日本で多くの指導をされたので、
ご存知の方も多いと思いますが、
奥様は、私自身も面識がないですし、
直接的にかかわった方もそれほど多くはないかもしれません。
今回、やはり周藤先生とそのご家庭にとって
なくてはならない素晴らしい方であったと知りました。

娘さんの送辞、周藤先生の挨拶を通して、
ご家族を犠牲にしてみ旨にまい進してこられた
周藤先生ご夫妻の姿を垣間見ました。

また、周藤先生は心から奥様を愛しておられ、
そのことを誇りに思っておられます。

私たちもいつかは霊界に旅立ちます。
また、夫が先か、妻が先か、それは神のみぞ知ることです。

周藤先生ご夫妻の姿を通して、
私たちも永遠を目指しつつ、
さらに一つになる努力をしていきたいと思わされました。

また、この聖和式で徳野会長が語られていたということですが、
生涯、み旨を歩み続けていかないといけないですね。

ご冥福を心より、お祈り申し上げます。。。



(略歴)
周藤董代(すどう・まさよ 旧姓・倉森)夫人は、
1935年10月1日に北海道で誕生。
61年9月に大阪で統一教会(家庭連合)に入教後、
名古屋、広島、京都などで開拓伝道に励みました。
69年5月1日、周藤健(けん)先生と43双の祝福を受け、
長女・一子(いちこ)さん(二世200双)と
長男・正登(まさと)さん(二世400双)を授かります。
75年に渡米し、ニューヨークを拠点に歩みながら真のご家庭に侍り、92年に帰国。
96年、「ポルトガル国家メシヤ」を拝命しました。
2016年9月、「本部特別認定家庭教会」の認定を受け、
夫婦で神氏族メシヤ活動を推進する中、
17年7月1日午前8時0分、病気のため聖和。享年81。



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2017年06月14日

(証し) 真のお父様に呼ばれて、霊界に行ってきました! 霊界総動員って?!  



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お父様が聖和されて以降、
霊界に行かれている先輩家庭・食口たち
また解怨祝福された先祖たちは、
お父様を中心として
昼夜もなく総動員で頑張っていることでしょう。

実際にはどうなのか、霊的体験の証しです。

韓国・清平、つつじ祭の先祖祝福式で
主礼をされた、柳慶錫(ユ ギョンソク)韓国会長が
語られた内容を整理したものです。


少し前、私は脚を怪我して手術を受けました。
手術後、3日ほど過ぎた時でしょうか。
真のお父様に呼ばれ、私は霊界に行きました。

霊界に行くと霊界への入り口から続く道が、
この清平の様子と同じでした。

色とりどりに、薄紅色に染まる花の道が過ぎていくのですが、
少し離れた所に天正宮博物館が見えました。
白い石で造られた道の横には白い家々があり、
その合間に満開のつつじが咲いているのです。


私をその霊界に導いた人は劉孝元(ユ ヒョウウォン)初代協会長です。
「初めてお目にかかります。真のお父様が呼ばれています」
と言われ、私を導いてくれました。

なぜ私が霊界に行ってきたと言えるかというと、
ベッドで寝ている私を、劉協会長が起こして立たせてくれたのですが、
私が起き上がると、そばに私(肉身)が寝ており、
その横に私の妻が寝ているのが見えたからです。

「(妻に)話してから行かなければならないのに」
と思っていたら、そのまますっと消えました。
霊界に向かったのです。
もし夢であるならば、それは見えなかったことでしょう。


霊界の扉を開いて入ってみると、霊人たちが雲集していました。
彼らは聖歌を讃美し、拍手をし、熱く情熱的に讃美をしていました。

その前を見ると、遠くのほうに、とても明るい光が輝いて、
そこから情熱的な声が聞こえました。

「地上の命令に従って霊界も3年総動員だ!」
それは真のお父様の声でした。

そこにいた数多くの霊人たちは、きょう、
この場に参席した皆さんを通して祝福を受けた祝福家庭です。

私は、お父様の前に出て行こうとするのですが、行くことができません。
その熱気に押しやられて行くことができないのです。
どれほどの力でしょうか。

そのようにして、身もだえしているうちに時間となり、
劉協会長が「もう行かれなければなりません」
と言われ、再び下りてきました。
そして目が覚めたのです。


真のお母様によって私たち統一家は、3年総動員を通して、
全食口がビジョン2020に向かって出征しました。
これとともに霊界でも、真のお父様を中心として3年総動員を出発しました。

皆さん、考えてみてください。
この周辺に、おそらく霊界まで、数千億の善なる祝福家庭の先祖たちが
今、皆さんと共におられるのです。

皆さんは、以前の先祖祝福式をされる時とは
全く異なる霊的気運を受けるでしょう。

そして家に帰ってから、生活の中で目を閉じている時、
ある瞬間、皆さんの善なる先祖たちが訪ねてきて
皆さんの歩みをせき立てるのです。

この3年路程を新しく出発するよう、
懇切な心情で皆さんと共にいることでしょう。

そのような霊的気運を受ければ、この3年路程に
驚くべき天の役事と恩寵が共にあるでしょう。
火のように降りてくる役事を
胸で受けるために準備しなければなりません。

このような時に、先祖祝福式に参加することは偶然ではありません。
皆さんこそ、新しい摂理の偉大で歴史的な生を生きていく人々です。


真の父母様が願われる通りに成就してさしあげ、
真の孝子、孝女として忠臣の位置に入り得る唯一の道は
ビジョン2020に向かう道です。

真の父母様に、「私はこのように来ました」
と涙ながらに歩み寄る時、父母様が、
特に真のお父様が両腕を広げて明るくお笑いになれるような、
私たちの生涯の実績がなければなりません。

祝福家庭の皆さん。
天が下さった最後の瞬間を、私たちは天の父母様(神様)と
真の父母様にお仕えしながら、この3年路程を通して、
誰よりもみ旨のために精誠を尽くし、忠の道、
孝の道を歩んだという印を受けることができるように願います。

2017天運相続つつじ祝祭 孝情 清平特別大役事
「1-301代先祖祝福式」主礼の辞
天一国5年天暦4月12日(2017年陽暦5/7)
天宙清平修錬苑



柳慶錫会長が幽体離脱をされていたんですね。。。

霊界は、地上での摂理と直結しているんだなと感じます。
地上ではお母様が2020年までに向かっているのと同じく、
霊界ではお父様を中心に総動員体制なのです。

ですから、お母様の願いに応えるべく歩むならば、
霊界の全面的な協助が成されていくのだと
確信することができました。
皆様、頑張りましょう!!





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2017年04月28日

(証し) 祝福家庭はすごい?! 霊界の父との交信、先祖解怨210代で起きた奇跡!!



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伝道の証し。
前回に引き続き、霊界の証しです。


この度は、真の父母様と祝福家庭、
そして清平の凄さを改めて認識させられた証しをさせて頂きます。


私は大学4年生の時に復帰されました。
霊の親は同じ学科の同級生です。
私と同じクラスでありながらグループが違うため、
4年間話をした事が殆どありませんでした。

そんなある日の授業を終えた休憩時間での事です。
ベランダで外を眺めていた私の隣に霊の親が来ると、
私は何故だかわかりませんが「神様いると思うか?」
と唐突に尋ねたのです。

すると霊の親は机に戻るや否やノートを取り出し、
原理で学んでいる内容を私に話し始めました。

ちょうどその頃、霊の親は教会で
原理の勉強を始めて間もなかったようで、
私に原理を紹介して原理講義のビデオを観るようにと執拗に勧めてきたのです。

私は元々、宗教が嫌いで「自分の信念を持って生きるべきだ」と思っており
「霊の親を宗教から救わなければ」という思いで、ビデオを見始めました。
それがきっかけとなり現在に至っています。


私は大学4年生のギリギリの段階で神様に救われたのです。
しかし、既に就職が決まっており、
そのまま新卒で東京の会社に勤務。

その後1年程働いたのですが、
私が「教会の活動を献身的にしたい」と告白した時、
父親から猛反対を受け「殺す」とまで言われました。


その後、私は神奈川の教会で約5年間教会活動をし、
1988年に6500双の祝福式に参加し、日韓祝福を受けさせて頂きました。

私と家内は真の父母様を通じて夫婦となりましたが、
私の先祖が韓国で亡くなり、その墓石を
家内の先祖が作ってくれたことが後日わかったのです。
改めて真の父母様の偉大さを感じさせていただきました。

祝福以降は、韓国・ソウルで約5年間過ごし、
故郷には、子供3人を連れて15年ぶりに帰郷しました。

私の両親はその後、聖酒を飲み祝福感謝献金を捧げ、
家庭連合の賛同会員に登録したのですが、教会には反対し続けていました。


そのような中、今年1月3日、父親が入浴中に倒れ90才で昇天しました。
2日前の元日は、家族・親族が全員無事に迎えることができ、
「また来年も同じ様に皆で元気に迎えようね」
と言ったばかりで、正に突然の出来事でした。

それから9日経った1月12日の夜、
私が寝ていると父親が夢の中に現れました。
それがあまりにも鮮明な体験だったため、ノートに書き記しました。
その内容をそのままお伝えします。


父:気が動転している。霊界に行って驚いている。
  お前のお陰だったんだね。
  教会に反対したけど、すまなかった。
  結果として教会で良かったんだね。

私:霊界に行くとき、どんなだったの?

父:お迎えが来たんだ。
  おじさんも来たけど、迎えがすごかった。
  天使?が来た。

  もっと教会の事とかいろんな事を話しておけば良かったね。
  親からすれば子供はいつまでも子供だからね。
  お母さんを頼むよ。
  お母さんを頼むよ。

私:今どうしてるの

父:昔の思い出の場所を見て回っていた。
  海水浴をした海辺を見たり、新幹線をなつかしく見に行った。
  近所にも挨拶に行ったよ。
  
  先祖が何代か戦に行っている。
  銃弾に倒れた先祖や田原坂で死んでいる先祖が見える。
  船に乗って韓国に行っている先祖もいる。

  (母親に対して)お母さんを残して先に行ってゴメンね。
  もっと話したい事があったのに。
  もっと大事にしてあげれば良かったね。
  おいしいものももっと食べさせてあげれば良かった。

  〇〇(家内)と 〇〇(姉)が仲良くね。
  墓は〇〇寺に頼む。
  (姉に対して)お母さんに顔をたくさん見せてあげて。

  これから俺はどうすれば良いんだ?
  神様について行けば良いのかな?

私:そうだよ。
  神様について行けば良いんだよ。
  そして霊界の良いところに行くんだよ。

父:そうか。分かった。
  死ぬ気は無かったんだけどビックリした。



そして、私が父を早く霊界に送るために、
「祝福家庭を誕生させた功労により、
絶対善霊の中心人物として送って下さい」と祈ると、
父の前から天に伸びる様に絶対善霊200人ほどが2列に並び、
その間を父が歩き始めたのです。

父が通り過ぎるごとに並んだ両側の先祖たちが頭を深々と下げ、
その間を父親は天に向かって歩いて行ったのです。

祝福家庭の祈りに従って、そのまま霊界が動いている事を実感しました。
整列した200人ほどの絶対善霊は、
恐らく直系210代の先祖解怨祝福を終えた先祖の方々だと思われます。


以上が夢の内容ですが、これは夢では無く事実だと私は思っています。
メモまできちんと取った訳ですから。

この話を教会に反対している母や姉に話したところ、
「良かった」と答え、「そうだと思う」と
不思議と何の抵抗も無く受け入れてくれたのです。

この体験を通して、すべては真の父母様が語られる
み言の如くになっている事を改めて確認し、
清平役事によって先祖が絶対善霊となり、
祝福家庭の祈りは霊界に直結する と実感しています。

まだ、私と家内の直系210代までしかできていないのですが、
「先祖の霊界解放は神様にはできない、後孫しかできない」
というみ言を振り返ると、何とかして解放しなければと思っております。

以上、ありがとうございました。



私も何度か書いたことがありますが、
霊界に行った父と交流したことがあります。

証しの方と同じく、
「地上で統一教会を反対して、申し訳なかった」
そのように言っていました。

父の霊人体が私の体に入ってきた感覚です。
普段は霊的に鈍い方ですので、
このような体験はこの時だけでしたが。。。

先祖解怨をした人たちが、列になっている。。。
この証しもすごいですね。

そう考えると、私の立場は、
どれほど重要か知れません。

目に見えない世界ではありますが、
確実に先祖の解放をしている「私」であることを
心から誇りに思って、さらに頑張っていきたいと思います。







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