2021年07月27日

北谷家の守り神は、天使と善霊だった?! 《死んだらわかるけど、それでは遅い》



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北谷先生の「死んだらわかるけど、それでは遅い」
今回は、『天使と善霊に導かれて』です。


私の家が神道の教会になり、母親を通じて“神様”の指示があったのですが、
その“神様”とはどのような存在なのでしょうか?

後に家庭連合の教義である「統一原理」の内容を知って分かったのですが、
母に入って指示していた“神様”は、キリスト教や家庭連合が信じる、
天地を創造された唯一神ではありませんでした。

それは神様に仕え、神様の使いとして善の業をなす天使であったり、
もともとは地上で生きていた人間で、
亡くなって霊界に行って高い位置にいる善霊(人) でした。

神道では、竜(蛇)や稲荷神社などのようにきつねなども祀っていますが、
それらはみな、神様の使い、天使なのです。

母の守り神は聖姫大神(ひじりひめおおがみ)でした。
その名前や柔らかい話し方からして、てっきり女性神と思っ ていました。
ところが、李相軒先生(一九九七年聖和)の霊界からのメッセージによると、
「天使はすべて男性格である」というのです。

そこで、聖姫大神に「あなたは男性だったのですか?」と尋ねたところ、
「そうです」という答えが返ってきて、驚いたことがありました。

神道ではまた、日本最古の歴史書『古事記』に登場するイザナギとイザナミ、
この二人から生まれた三貴子(天照大御神あまてらすおおみかみ、
月読命つくよみのみこと、須佐之男大神すさのおのおおがみ )をはじめ、
太古の昔から亡くなって霊界に行った人たち(善霊)も、“神様”として祀っています。

後に、母を通して出てくる “神様”の須佐之男大神に、
「あなたは人間ですか、天使ですか?」と聞いたことがあります。
すると、「人間であった」という答えが返ってきました。

また、私の守り神の金剛龍王は、「天使だ」と答えました。

ちなみに、天使の“神様”には、それぞれ担当する分野があります。
霊界を守る天使と地上を守る天使がいますし、
地上を守る天使にも、山を守る天使、海を守る天使など、
それぞれ担当する分野があるのです。
山の神、海の神とも言います。

それだけでなく、特に秀でた人のことを「学問の神様」などのように、
「○○の神」という表現も、日本では昔からよく言われています。

例えば、かえるのような姿をした
金福大神かなふくおおがみという“神様”は、経済を担当しています。
わが家では、無駄遣いをすると、この金福大神に叱られました。
千円のお金を使うのもチェックされるほど、厳しかったのです。

北谷 真雄・著
「死んだらわかるけど、それでは遅い」(光言社刊)


日本の神様は八百万の神々ですが、
統一原理の観点から考えると、
『天使』であり、『善霊』であるのです。

先回もお伝えしたと思うのですが、
北谷家だけでなく、私たちにも
護ってくださる、いわゆる『守護神』『守護霊』がいます。

私の守護霊が誰なのか、明確にはわかりませんが、
しかし、働いてくださっていることは確実です。

私たちの信仰生活における精誠条件は、
霊界の方々のための善なる栄養素である、と言えると思います。
そういう意味でも、日々の信仰生活、
まさに、天寶修行の重要性を感じます。。。



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2021年07月21日

幼い姉弟に任せられた、毎朝晩の神へのお祀り(お供え) 《北谷先生》



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北谷先生の「死んだらわかるけど、それでは遅い」
今回は、『守り神を祀る役目』です。


そんな姉と私に、霊界から特別な使命が与えられました。

“神様”をお祀りする祭壇は、
教会と家にそれぞれあったのですが、
それとは別に、姉と私に
「あなたたち二人は特別に“神様”をお祀りしなさい」
という指示が与えられたのです。

神道では、一人一人に、守ってくれる
“神様”(守り神)がついているのですが、
姉と私は、その守り神をお祀りすることになりました。

神様を祀るというのは、具体的にどうするかといいますと、
毎朝、水とお酒を供えます。
食事も供えます。

また、私の守り神である金剛龍王大神(こんごうりゅうおうおおがみ)
卵が好きなので、
卵も欠かさず供えていました。

それが毎日の日課です。
朝も夜もします。
何か買い物をしたら、まず買った物をすべてお供えします。
そうしてから頂くのです。


小学五年の時、石の階段で転んですねを打ち、
傷口がパカッと割れたことがありました。
普通ならすぐに病院に行くところですが、
こんなとき、わが家ではまず、
母を通して“神様”に尋ねるのです。

その時の“神様”の答えは、
「消毒して、傷薬を塗って、
包帯を巻いておいたら大丈夫だ」というものでした。
実際、それで治ってしまいました。

もちろん、 病院に行かなければならないときには、
病院に行くよう言ってくれます。


そのように、私たち姉弟の生活のすべては、
霊界の指示どおりに動いていました。
私にとって霊界は親のようで、
「育てられた」という実感があります。

怖いとか気持ちが悪いとかという感覚は
全くありませんでした。

時には、母が人の悩みを聞いている時に、
恨みの霊が母を通して出てくることもあります。
しかし、それはほんの一部で、
総じて霊界は私たちを温かく守ってくれる存在でした。

北谷 真雄・著
「死んだらわかるけど、それでは遅い」(光言社刊)


神道で言われている「神様」は、
私たちからするなら、善なる霊(霊人または、天使)
ということになると思います。

善霊が具体的にお祀りするように
言ったといいますから、
北谷家では幼い頃から、
善霊たちが、姉弟を教育してきた
といえるかもしれません。

『善霊』ですから、
私たちに善なる協助をしてくださいます。

私たちも、同様に
『善霊』に喜んでもらえるような歩み、
原理原則、本心に忠実な歩みをすることが
願われていると思います。

『善霊』へのお供えをすることがあれば、
実体的にその方がいる、
という前提で、捧げる必要があるでしょう。

神様と善霊がともにある私。。。
もっと意識して生活していきたいと思います。

北谷家の守り神(善霊)たちのお話は
次回に続きます。





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2021年07月11日

小学生から始まった霊界教育?! 《北谷先生*死んだらわかるけど、それでは遅い》



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天正宮の花


北谷先生の「死んだらわかるけど、それでは遅い」
の続き、『祝詞を子守歌に育つ』 です。

さて、家が教会になり、毎日大勢の人が
相談にやってくるのですが。。。


教会では、毎日、夜八時から、
祭壇のある部屋でお勤めが始まりました。

かむづま 「高天原(たかまのはら)に神(かむ)留(づ)まり坐(ざ)す......」
で始まる祝詞を、まず、’神様’に四十分ほど上げ、
さらに続けて先祖に二十分くらい上げます。

集まった数十人の信者たちが一斉に祝詞を上げるのです。
(かね)をチャーン、チャーンと鳴らしながら、
大きな太鼓をドーン、ドーンと打ちます。

「ちゃんぽん」という言葉がありますが、
この「チャーン」という鉦の音と「ポン」という鼓(つづみ)の音を
合わせた言葉という説もあります。
それはそれは賑やか、というより、
うるさいこと、この上ありませんでした。

その頃、私は小学校に上がったばかりでした。
お勤めをする部屋の隣の四畳半が、
私と二歳上の姉の寝室になっていました。
お勤めの時間になると、母は「寝なさい」と言って、
私と姉を寝室に追いやりました。

ですから、私たち姉弟の子守歌は「高天原に神留まり坐す......」です。
私が今、どんなにうるさい環境の中でも眠ることができるのは、
この時に訓練されたおかげです。

九時過ぎにお勤めが終わると、母は信者たちの
お加持(かじ;神仏の加護、災難の除去を祈る儀式)を始めます。

病気を抱えている人、仕事がうまくいかない人、
家族や人間関係で悩んでいる人など、様々な人が集まっていました。

母は一人一人について、その原因を’神様’に尋ねます。
すると’神様’から、先祖の犯した罪や失敗などが伝えられ、
それに対して、こうしたらいい、ああしたらいいという
指導が、母の口を通して示されるのです。

お加持は、一人五分としても三十人いれば二時間半、
四十人いれば三時間以上かかります。

それが終わって信者たちが帰ると、母は一人で
またその人たちのためにお勤めをするのです。
ですからすべて終わるのが、
夜中の十二時、一時になる日もざらでした。

信者たちが’神様’の指導のとおりにすると、
病気が治ったり、商売がうまくいったり、
人間関係が改善されたりと、奇跡のようなことがたくさん起こりました。

こうして、母の教会は評判になっていったのです。


「神様はいつも見ている」

私たち姉弟は、時々、母から「お勤めが終わるまで
寝ないで待ってなさい」と言われることがありました。
それで待っていると、お勤めの後に呼ばれます。

そして母の前に座ると、母にぽっと’神様’が入るのです。
そして、その’神様’が、その日私が何をしてきたかを、
ことごとく当てるのです。

私は初め、’神様’の言葉だとは、とても信じられませんでした。
母があらかじめ私の友達に、私がしたことを
聞いておいたに違いないと思っていました。
そして私の躾のため に、
「神様はいつも見ている」と思わせているのだと思ったのです。

ところが一週間後にまた母に呼ばれたとき、
’神様’は私の行ったことを当てるだけではなく、
「その時、こう思ったやろ。あの時、ああ思ったやろ」
と心の中を言い当てるのです。
私の心の中は私しか知らないはずなのに......。

そして、「神様、いつも見てるで。 いつも共にいるで」
と言うのでした。
それは恐いという感じではなく、優しい感じでした。

そういうことが重なると、さすがの私も、
「そうか、神様っているんやな。いつも見てるんやな」
と思うようになりました。

学校に行く道すがら、ふっと後ろを振り返っては、
「来てるかな? 見てるかな?」と確認しようとしたことを思い出します。


ある時、夜中に目が覚めると、隣の部屋から、
何やら人の話し声が聞こえてきました。

「きょうは遅くまでお勤めしてるんやな」と
寝ぼけ眼でふすまを開けてみると、誰もいないのです。

あれっと思って閉めると、また声が聞こえてくるのです。
そういうことが何度か続きました。


宗教では修行をして霊的感性を開いていくということがあります。
それから、体質と言うのでしょうか、
何かのきっかけで霊通するようになったりするのです。

姉と私は、そういう体質なのか、あるいは家が教会という
環境だったためか、霊の声が聞こえるのです。
そのうちに、私にも時々、霊の姿が見えるようになりました。

姉に至っては、いわゆる’霊眼’が開けて、
はっきりと霊が見えるようになったのです。

小学生の姉と私には、霊界が見えるようになってからも、
分からないことがありました。
それは霊界の組織、仕組みです。

ですから二人でよく、「どちらかが先に死んだら、
霊界がどうなっているのか、知らせに来ようね」と話をしていました。
傍から見れば、異様な小学生だったと思います。



霊能者となったお母さんが
神からのお告げを受けるようになり、
自宅が教会だった北谷先生。。。
日々の生活も、信仰を中心とした生活でした。

それを当たり前のように信じていかれたのも、
親との関係が良かったからなのではないか、と思います。

そして、お母さんを通しての『神様』とのやり取り。
『神様はいつも見ている』
ある意味では、私たちの子供たちの教育にも
とても必要なものかもしれないと思いました。

また、北谷先生のお母さんや、
北谷家の人たちは特別かもしれませんが、
私たちには感じられなかったとしても
実際、私たちの背後では、いつも神様(善霊)が
共にあることを知らなければ、と思うのです。






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