2014年03月27日

真の母は第二教主! お父様のみ言 ・ (証し)夢の中でお母様は…?!


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今日は、最近出版されたみ言
「真の父母の絶対価値と氏族的メシヤの道」
ここから、三つほどみ言を紹介します。



お母様は私の影のようです。
付いて回る影のようなので、
私は実体をもった主体の教主であり、
お母様は対象の教主です。
それで、私は第一教主、
お母様は第二教主です。
何を中心としてですか。
愛を中心としてそうだというのです。


お母様を中心として皆さんが一体に
なっていかなければならない時が来ました。
もう先生がいなくても、
お母様が代わりにできる特権を許諾したというのです。
お父様がいないときは、
お母様のことを思わなければなりません。
そのように理解して、
先生の代わりにお母様に侍る心をもち、
祈祷もそのようにするのです。
今までは先生を愛してきましたが、
これからはお母様を愛さなければなりません。
これからはお母様の時代に入っていくことを理解して、
特に女性たちはそのようにしなければなりません。
ここにおいて、先生が第一教主であれば、
お母様は第二教主であると世界的に宣布し、
天地に宣布します。


お母様は、第二教主の資格がありますか、ありませんか。
大講堂に立って凛々しく、
男性のような度胸をもってお母様以上に講演できる人は
手を挙げてみてください。
お母様から多くのことを学んだのではないですか。
お母様がここまで立派にできるとは
夢にも思わなかったでしょう。
大いに尊敬しなければなりません。
先生はもう七十を超えてくずかごに近づきましたが、
お母様は今、そのくずかごを収集して
すべて掃除できる主人になったので、
先生よりも、お母様をもっと重要視できる
統一教会員になれば福を受けるというのです。




真のお父様は
「真のお母様は第二教主である」
かつてそのようにハッキリと語られています。

お母様はお父様の影、と言われていましたが、
勝利され愛で一つになられた真の父母様は、
どちらかが現れれば、どちらかが影のようにおられるのでしょう。
今や、燦然と輝くお母様の背後には
お父様が影のようにいつもいてくださると思うのです。

教会長が印象的な夢を見られました。


御父母様の許に呼ばれました。
そして、記念撮影をすることになったのですが、
いつの間にか、お父様の姿が消えていました。
お母様の許に大勢の人が集まってきました。
お母様は最前列、教会長は人の群れの真ん中にいました。
そのとき、突然お母様が飛び出されて、
早歩きで食口の中に入り込まれました。
どこに行かれるのかと思っていたら、
教会長の目の前に、お母様がおられました。
まるで突進して来られたようでした。
そして、持っておられたコップを教会長に差し出されました。
コップの中には、ジュースが入っていて、
曲がるストローがついていました。
教会長は
「真のお母様の差し出された物だけれど、
飲むのは恐れ多い・・・」と躊躇していましたが、
「そうだ、私の親なんだから、いいのだ」
そう思って、飲もうとしたら、目が覚めたそうです。



お母様はお父様の代身として、
また私たちの親として、
私たちを愛し、導いてくださっています。

親孝行の道理を立て、
悔いの残らない歩みを
父母様に捧げるのが
今、私たちの歩むべき道なのだと思います。

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2014年03月23日

真のご父母様しか知らない道がある!? 〜子女様を背負い、手を引き、茨の道を…!〜 (真の母の証し)


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小山田先生が真のお母様の証しをされています。
二〇〇〇年一月十五日、ブラジルのジャルジンで行われていた
「世界平和と理想家庭のための四十日特別修練会」で、
証しされたものですが、「真のお母様の歩まれた道」
として掲載されていました。
その証しを紹介します。



今回、紹介したいのは、一九九二年十二月、真のお母様が、
フィリピンのマニラで、千数百人の教会員を前にして証しされた内容です。
このような証しは、日本の本部教会で語られたこともあります。

マニラで、真のお母様が証しされた内容の中で、
今でも印象に残っているのは、次のようなことです。

真のお母様は、この日、ある夢の話をされました。
真のお母様は、そのとき、ごらんになった夢について、
「今でも忘れることができず、
きのうのことのように思われる。」
と、語り始められました。

夢では、戦争の真っただ中、
真のお母様は、幼い孝進様を背負われ、
右手には、ようやく歩き始められた譽進様の手を取られ、
左手にはふろしき包みを持たれて、
どこまでも歩き続けられるのです。

道は険しく、茨が至る所にあるので、
服は、その茨で引き裂かれ、
血が流れているのが分かるのです。

真のお母様は、子供をあやされながら、
何かに追い立てられるようにして、
断崖や谷底を進んで行かれたというのです。
どこまでも続く道を歩きながら、
もうこれ以上、歩むことができない、
という限界にぶつかります。

その限界を越えた瞬間、夢の中で場面が変わり、
きれいなお花畑が見えてきたのだそうです。
そして、お花畑の遠方に、真のお母様と
ご子女様を待っている人の姿が見えました。
そのかたが、真のお父様であられたというのです。

そのとき、ふと後ろを振り返ってみると、
真っ黒い雲の下に、谷が見えました。
“ああ、私は、あそこを越えて来たのだ。”
と、真のお母様は思われたそうです。

そして、
「よく見ると、一人、二人と、後からついて来る姿が見えた。」
といわれました。
このような夢の話をされ、だれでも、
そのような道を越えなければならないという話を、
最初にされたのです。

次に、真のお母様は、このようなお話をされました。

普通、私を見れば、皆様には、
何の苦労もなかったように思えるでしょう。
たくさんの子供を生んで、
お父様のような理想的な夫を持ち、
夫から愛をたっぷり受けて、
何不自由のない女性のように思うかもしれません。
しかし、私には、皆さんに語ることのできない、
たくさんのことがあるのです。


このように証しをされながら、
真のお母様は、ぴたっと、口を閉じられたのです。
私は、この場面に遭遇して、
“これは、真のご父母様しか知らない道がある。
これは、だれにも語ってはならないのではないだろうか?”
と、思いました。

真の父母のみ、ご存じであって、
子供たちは知る必要のない秘密の内容が多いのです。





お母様の夢の証しを聞いたことがあり、
いつか掲載しようと思っていましたが、
小山田先生が詳細を証しされていたのを
見つけることができ、感謝です。

お母様はひたすらにお父様に侍り
付き従っていかれました。
しかし、その道は壮絶なものでありました。
夢のごとく、子女様を背負い、手を引かれながら、
峻しい山を登られた如くの歩みでした。

もちろん、勝利されたお母様ではありますが、
今も2020年に向けて、同じ心情を持って
歩んでいかれているに違いありません。

お母様は「ぴたっ」と口を閉じられた
と証しされていますが、
今も同じように誰も知らないところで、
神様だけしか知らないような心情と
精誠を尽くしておられるのだと思います。

明日に、続きます。

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2014年03月09日

大先輩の侍る姿勢に学ぶ! 先日の夢〜涙を流し祈られるお母様〜



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今日は、教会の公式説教ブログより、紹介します。

ちなみに、管理者を見ると、伝道教育局局長が
阿部局長から、方相逸(バン・サンイル)局長に代わっています。
阿部局長は、新設される
教会成長研究院の院長に就任されたということです。



「侍る生活と責任分担」


韓国に住んでおられる先輩家庭で、
特に教会の草創期から真の父母様と共に歩んでおられる大先輩家庭の方は、
真の父母様の天正宮博物館の近くにおられながら、
天正宮博物館にひと月に1回も入らないこともあり、
1年に1回も入らないことがあります。

目の前にいながらお父様から直接み言を受けることができない、
お父様の近くにおられながら、天正宮博物館では毎日訓読会が行われていながら、
その場に呼ばれない限り参加できません。

しかし、その方々は真の父母様と直接お会いできなくても、
真の父母様より直接み言を聞かなくても侍る生活を通して、
ただ侍るだけの生活を通して感謝の生活をしておられます。
肉体がきつく苦労が多くても、侍る生活を通して癒やされて感動しておられ、
それが信仰生活の全てです。

日本に住んでいますと、日本の生活の習慣の中に
侍る生活の弱いのを感じる時があります。
真の父母様が私たちに一番大切にしてほしいと願われているのが、
侍る生活です。
責任分担を果たしていくことにおいても、侍る生活を忘れてはいけません。

例えば、真の父母様に水をお持ちする場合、
ただ水をお渡しするだけではありません。
自分の気持ちも添えてお渡しするのです。
「この水を飲まれて疲れが少しでも取れるように、
この水で健康になられるように、おいしく飲めるように、
この水を通してさまざまなものが解決するように、
いろいろな大変なことが全部良くなるようにしてくださいと、
心を準備した土台の上で水をお持ちした場合と、
ただ自分の責任分担を果たすために
この水を運ぶのとどちらが良いかという話です。

真の父母様にいろいろな準備をしても、
その準備した内容に気持ちが込められている、
気持ちの精誠が入っている、精誠の条件を立てたものがある、
ということをお父様がよくお分かりで、そのことはよくご存じであられます。
ですから天正宮博物館での生活においても、
韓国に住んでいる場合でも、日本に住んでいる場合であっても、
侍る生活が大切になってきます。


説教の前半部分のみ紹介しました。

侍る生活は、御父母様が目の前におられない立場でも
十分にできるということを改めて、感じます。

特に日本にいる私たちだからこそ、
このような生活を相続する必要があるのだと思います。

先日、お母様の夢を見ました。
ほんの一瞬ではありますが、
神様に「天の父母様、申し訳ありません」
涙を流して祈っている姿です。

真のお母様は、切実な思いを持って
毎日を過ごしておられると聞いています。

その切実な心情をどれだけ求めて
日々歩んでいる自分自身であるか、
本当に悔い改めさせられます。

お母様の重荷を少しでも軽くできるように
一瞬一瞬、侍る生活を心がけていきたいです。


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