2021年12月29日

受ける資格はないが、メシヤに出会ったから祝福を授かった 《小山田先生》



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小山田先生の自叙伝「真の父母様の御跡を慕って」から
『マッチングに不眠不休で投入される』です。


一九七五年二月八日、同じくソウルの同じ会場で
一八○○双国際合同祝福結婚式が 挙行されました。
世界二十カ国から参加し、日本からは八一一双が参加しました。

この祝福式に先立ち、真の父母様は、一月二十日、
一八○○双のマッチングのために、この年初めて来日されました。

二十一日に東京(世田谷区)の八幡山ボウリング場(当時)に
候補者たちを集めてマッチングをしてくださり、
二十二日には韓国に帰国されたのです。

当時、私は会長代理として
真の父母様に侍らせていただきました。
このときのようすについてお話しします。


一八○○双の祝福のために真のお父様は、
来日直前まで韓国でマッチングをされていました。

そして、日本でのマッチングのために、
二十日の最終便の飛行機で羽田空港に到着されたのです。

そして、いったん渋谷区の松濤本部に来られたのですが、
夕食もほとんど取られないまま、すぐマッチング会場に向かわれました。

お父様が天の摂理をなさるときは、
食事も眠ることも忘れて投入なさいます。
それは、お父様の伝統だといえます。


このときも真のお父様は、会場で待っている
候補者たちに向かっ て、「祝福の意味」について
一時間ほどみ言を語られました。

そのとき、おっしゃったのです。

「君たちに祝福を受ける資格はありません。
 しかし、真の父母に会ったために、
 祝福してあげるのです」


と。


マッチングが始まったのは午前零時でした。
そして夜を徹して約六○○組が成立したのです。

その後、真の父母様は、松濤本部に戻られましたが、
そこにもマッチングを待つ候補者たちがいました。

真の父母様は、お休みにもならず、
さらに百数十組のマッチングをされたのです。

このマッチングを通して、真の父母様の、
子女である私たちのために投入してくださる、
正に親としてのお姿を目の当たりにしました。


お父様は、'球体'であられる神様(天の父母様)に似て、
私たちも'球体'となれるよう、
いちばん近い相対を探してマッチングしていると語られました。

もちろん、マッチングを受けたからといって、
すぐに'球体' になれるのではありません。

二人が一体となるためには、
少なくとも二、三年はかかるというのです。
相対と一体となることで、 神様がそこに臨在なさるのです。

またマッチングの場は、霊界が
一○○パーセント開かれている、と言われます。

私は、マッチングをしていかれるお父様に侍りながら、
そのような場面にたくさん接することができました。

私たちが、組み合わせられた対象者たちに対応する際、
その組み合わせを間違えたりすると、すぐさま、
お父様は「それは違うよ」と言って正してくださいます。
常に完全な球体になれるような人を合わせてくださるのです。


こうして真の父母様は、二十二日午後の便で韓国に向かわれました。

そのとき、父母様と一緒に帰国する予定の崔昌林先生が、
韓国への再入国の手続きをしていないことが分かりました。
そこで、久保木修己初代会長の指示で、
急きょ私が、真の父母様に同行することになったのです。

ソウルに向かう飛行機で、私は生まれて初めて、
お父様の隣の席に座りました。

お父様は席に着かれるとすぐに、大きないびきをかいて
眠ってしまわれたのです。
あたかも天宙を貫くほどの大いびきでした。

そのお姿に女性の客室乗務員は、
「社長様、はとてもお疲れのようですね」と驚いていました。

私は、「そうです。二日間、
徹夜が続いていましたので」と答えました。

しばらくしてお父様は、ご自分のいびきの音に
驚かれたように「おおーっ」と言って目を覚まされました。
そして、ちょうど配られた機内食を召し上がられたのです。

私は、お父様に侍りながらソウルの旧本部教会に行きました。

小山田秀生 自叙伝
「真の父母様の御跡を慕って」より
第七章 祝福と「血統転換」
「マッチングに不眠不休で投入される 」


祝福を受ける資格はないけれど、
真の父母に会ったために、祝福してあげる・・・
これは、1800双の先輩たちに向けて語られたみ言ですが、
祝福結婚を受けた、すべての人に当てはまるのだと思います。

唯一の条件が何か。
それが真の父母様に出会った、ということなのです。

飛行機の中で大いびきをかかれるお父様。
霊界を総動員して祝福を与えられますが、
やはり、お父様の生身の人間なのです。。。

文字通り、完全投入されるお父様に
感謝の言葉しかないですね。



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posted by ten1ko2 at 07:41 | Comment(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月03日

極と極のカップル、私たち夫婦もそうでした *お父様とのエピソードも 《徳野会長》



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HJ天宙天寶修錬苑日本分苑の徳野英治分苑長が
千葉中央修練所で修練生たちに講話をされています。
題目は、「純潔、純血、純白、純金の生涯を貫こう」です。


きょうは、祝福の相対関係についてお話しします。

一般的に離婚原因の第一は「性格の不一致」とされ、
それに続いて「精神的な虐待」や「異性関係(不倫)」になります。

私たちが幸福な結婚生活を送れるかどうかは、
私と性格が異なる配偶者をいかに受け入れるかにかかっています。
それは祝福結婚でも一般結婚でも、本質的には通ずるものは同じです。

祝福家庭の中には「この世でふたりが出会っても、
結婚するとは到底思えないほどの極と極のカップル」が
多いのではないでしょうか。


私たち夫婦もその一組です。

祝福を受けた直後のことです。
妻から「どのような生活が好きですか?」と尋ねられ、
私は意気揚々と「燃えるような人生を歩みたいので、
刺激の多い生活が好きです」と答えました。

びっくりしたようすの妻に同じ質問をすると、
「平凡な生活が、いちばん良いです」と返ってきました。


私たち夫婦は一九九八年に南米ブラジルでの
ジャルジン四十日修練会に参加しました。

日本のカープ会長として真のお父様にお目にかかったことがあった私は、
妻に「和動会でお父様から歌うように言われるかもしれないから、
ふたりで歌える歌を準備しておこう」と提案しました。

すると妻は、「あなたは本当に自意識過剰で傲慢ね。
天地が引っ繰り返っても当たらないわよ」と言うのです。
和動会で、私はなんと二人目に指名されました。

韓国語の歌を披露してほっとした瞬間、
真のお父様が「隣にいるのは誰なの?」とお尋ねになったのです。
妻が「徳野の妻です」とお答えすると、なんと、
妻に対してまでも、突然に歌うようにおっしゃいました。

妻はとっさに、「忘れな草をあなたに」という歌を歌ったのですが、
「別れても、別れても」という歌詞を気にされたお父様が、
妻が歌い終わるやいなや、
「あんた、そんなに徳野と別れたいの?」と聞かれたのです。
今でも、顔を真っ赤にした妻の姿が懐かしく思い出されます。

このように極と極のふたりですが、お互いの神様と真の父母様への信仰ゆえに、
今までなんとか仲良く、喜怒哀楽を共にしながら歩んでこられました。
そして、このように控えめな性格の妻に支えられて、現在の私があるのです。


「原理」が分からなければ、純潔、 貞操を守ることは簡単ではない

「家庭を出発して一緒に暮らし、交流中には気づかなかった
相対者の癖や考え方の違いが見えてくると、
葛藤が生じるようになります。

そのようなときには常に、相対者とは、
私の愛の訓練のために神様が下さった贈り物だ。と考えてください。
神様は、「あなたなら私の息子 (娘)をりっぱに育ててくれるに違いない」と、
私を信頼して、そのような相対者を与えてくださったのです。

夫婦関係で大切なことは、相手に自分の理想像を押しつけず、
お互いに許し合い、補い合い、支え合う努力をしていくことです。

世の中には男女の愛の誘惑があふれ、
「原理」が分からなければ、純潔、貞操を守ることは簡単ではありません。


私の知り合いに、長い間、国会議員の秘書を務めた人がいます。

ある日、彼は議員から、ナイトクラブでの酒席に同行するように言われました。
彼がコーラを注文し、酒席が早く終わるように願いながら過ごしていると、
突然、ホステスが彼の手を握ってきたそうです。

一般の男性なら、どうするでしょうか。
彼はピクリとも、手を動かさなかったそうです。

彼は自宅に帰って祈祷室に向かい、貞操を汚すことなく、
無事に戻れたことに感謝の祈りを捧げました。

そして、妻に何と説明しようかと思いあぐねながら寝室に入ると、
妻は口を大きく開き、いびきをかいて寝ていたのです。

夫が神とサタンの一線上にあったとも知らずに爆睡する妻を見て、
最初は頭にきたそうです が、そこまで安心しきって、
自分のことを信じて疑わないのだと思うと、
むしろ慕わしさと感謝の思いが湧いてきたといいます。


私たちは生殖器を持っていますが、結婚前は神様が私の生殖器の主人で、
結婚後は相対者が私の生殖器の主人になります。
ですから、自分のものだといって、かってに使ってはいけません。

同棲やVできちゃった婚Vが当たり前の、この世の風潮の中でも、
祝福家庭として純潔、純血、純白、純金の生涯を貫き、
天から授かる永遠のパートナーと共に
幸福な人生を歩んでいってください。

第7回孝情天寶21日修練会での講話7/13 世界家庭9月号


本当に「極と極」のお二人ですね。
お父様とのやり取りも微笑ましいですね。

議員秘書の証しにもありますように、
純潔であり、貞操を守る、ということは、
どれほど誇りあることでしょうか。。。

お互いを信頼しあえるということは、
私たちから見ると当たり前のことですが、
本当に素晴らしいことだと思います。

神様から与えられた相対であり、
愛することを通して、「私の愛の結実」になる、
それが夫であり、妻である・・・
そのことを天地に誇れる私でありたいと思うのです。


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posted by ten1ko2 at 06:42 | Comment(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月24日

(証し)生涯で一度だけ、霊的にビンビンに冴えた体験 6000双マッチング



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6000双祝福のマッチングにまつわる証し、
「霊的に鈍い私が人生で初めて敏感になった日」を紹介します。
(光言社編集ブログより)


10月14日は6000双の祝福記念日です。
今年で39周年となります。

私が韓国・水澤里(当時)のマッチング会場に到着したのは
1982年10月7日の夕刻。
日本の各地から祝福候補者が続々と集まっているときでした。

部屋に荷物を置いて一息ついていると、
「お父様が来られました」というアナウンスが聞こえてきました。

あわてて中庭に走っていくと、アボジロード(真のお父様がお通りになる道)を
挟んで両側に敷かれたシートに、
男性と女性に分かれた祝福候補者がすでにびっしり座っていました。

遅れを取った私は、アボジロードを
遠くに見ながら後方に座りました。

すると、「いつマッチングが始まるか分かりません。
恐らく夜中まで続くと思います。
冷えますから、何か羽織る物があったほうが
いいですよ」というスタッフの声。

女性たちの多くが一斉に部屋に戻っていく中、
私は動きませんでした。
なぜか「寒くなる前に決まる」と思ったのです。
もちろん何の根拠もないのですが、
不思議なくらいにそう確信したのです。

私の前がスッカスカになったので、前方に詰めていったら、
いつの間にかアボジロードの近く、
3〜4列目あたりに移動していました。


やがてお父様が会場に来られました。
私にとっては初めてのお父様との出会いでした。

お父様は終始、上機嫌で、
日本語でみ言を語ってくださいました。

お父様「日本人はアリみたいに腰が曲がるまで
    働くんだね。だから、アリが?」

私たち「とう!」

お父様「十匹!」

うろ覚えですが、こんなしょうもない(ごめんなさい)
ダジャレが炸裂し、そのつど会場は爆笑に包まれました。

 
いよいよマッチングが始まる段になると、
首にスカーフを巻いた数十人の男女がぞろぞろと入場してきました。
そして男女に分かれて最前列に座ったのです。

事情があって、マッチングが決まったら
すぐに日本に取って返し、14日の祝福式までに戻ってくるという、
何とも慌ただしい人たちでした。

お父様がその中の一人の男性のスカーフを引っ張って、
「何だ、この風呂敷は」とおっしゃると、会場がどっと沸きました。

マッチングは、この“風呂敷群団”優先で始まりました。
お父様は男性を先に立たせて、その相手の女性を選んでいかれました。

 
50分ほどたった頃でしょうか、まだ“風呂敷群団”の
男性のマッチングが続いていたとき、
お父様がちらっと私のいるほうに視線を走らせました。

私と言うより、私の少し後ろの上あたりだったのですが、
キターッと思いました。
分かっちゃったんです、次は私だと──。

それで私は、まだ指されてもいないのに、
図々しくも、すぐに立てるように
靴とバッグを抱え、腰を浮かせて待ちました。

すぐに一人の男性が立たされ、
続けて指されたのは、やはり私でした。

アボジロードに出ていくとき、何か夢の中のような、
ふわふわした足取りだったことを覚えています。

お父様は、並んだ私たちを確認するように
ごらんになると、次のマッチングに向かわれました。
あっという間のことでした。

こうして、予想どおり、夜が更けて
冷え込む前に相手が決まったのです。

恐らく神様は、私と“風呂敷群団”の一人を
マッチングするために、私をあらかじめ
前のほうに座らせてくださったのだと思います。


さて、自慢ではありませんが、私は霊的に鈍感です。

その例としてふさわしいかどうかは分かりませんが、
清平で善霊や天使を見たことはありませんし、
それどころか、恥ずかしながら、
そばにいるなと感じたこともないんです。
悪霊も同様です。

日頃の生活でも、夢はめったに見ないし、
虫の知らせとか予感などとも無縁です。トホホ……。

以前に大母様の、
「霊的に敏感になりたければ、ために生きなさい」
といった意味のメッセージを聞いたことがあり、
そのときは「そうか、ために生きていないから
鈍いのか」とちょっと落ち込みました。


そんな私が、このマッチング会場では、
なんとビンビンに感じてしまったのです。

考えてみると、マッチングの場には、
「私」というものがあっては臨めません。
そこでは、先祖が固唾を呑んで見守っているでしょう。

もしそこで私が自分の好みとか希望を先だてて、
「やっぱ、やーめた」となれば、
先祖の救いは遠のくわけです。

その意味では、マッチングの場とは、
意識するとしないとにかかわらず、
最高に「ために生きる」場なのかもしれません。

だからこそ、日頃、全く霊的に鈍感な私が、
まるで霊界の中にすっぽり包まれているかのような時間を
過ごすことができたのだと思います。


以来、39年間、夫とは同じB型同士、仲良くやってきたと思います。

ありがたいことに、夫は私より
はるかに霊的に鋭いところがあるので、
迷ったときは夫の言葉を天の声と思ってきました。

天寶入籍時代に入り、道はまだまだ遠いですが、
祝福40周年に向けて、さらに夫婦の絆を深めていきたいと思っています。



昨日は、秋分の日なのに、
とても暑かったこともあり、
夕食の時に「3万双のときは暑かった」
と子供たちに話していたのでした。

そんな中、祝福の証しを見つけ、
とてもほのぼのとした証しでもあったので、
思わず皆様にも、紹介したくなりました。

ありがとう(十匹)のエピソード
面白いですね。
この時だけでなく、水澤里修錬会でも
聞いたような気がします。。。

編集部員さんが感じられた
「マッチングはために生きる場」
という言葉に納得しました。

私だけのものでもないし、
相対者のためのものでもない、
先祖たち、後孫たちの幸せのためでもある、
そのような貴い祝福であると
改めて感じさせていただきました。

最近は、「子供たちは親の愛の結実である」
と思うことがよくあるのですが、
「妻(夫)は私の愛の結実なのだ」
そう思ったら、本当に貴い存在なのだ、
と感じさせていただいています。



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