2020年01月17日

家庭連合秘話 一度座ったら離れられなくなる座布団の伝説?! 《方地区長》



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台湾 孝情文化真の家庭祝福祝祭
お母様を歓迎(右端が方地区長)☆


昨年の大会・祝福式の勝利で、お母様を喜ばせた
「天一国台湾」。

その勝利の立役者である、方(バン)相逸地区長が、
若き頃、教会に伝道された時の証しを紹介します。

さて「家庭連合」には、
座ったら離れられなくなる座布団があるとか・・・


私は、1980年に統一教会に伝道されました。
伝道される前は、キリスト教会に通っていました。

韓国ではクリスチャンが多いのは、ご存知ですよね?
牧師だけで5万人もいるんですよ。

その頃、私が通っている教会の牧師は、
全羅南道の会長様でした。
とても、素晴らしい方ですが、
日曜日の礼拝説教では、毎月1回、
必ず、真のお父様の悪口を言うのです。

お父様のことを呼び捨てにして、
「文鮮明は悪魔、サタンだ」
本当にたくさんの悪口を言います。 
そんなに悪い噂を聞いたのに、統一教会に来たんです。

私は、統一教会みたいに悪いところが
何で、成長しているのかな?
少し疑問があったのです。


実は、大学のクラスメートが食口(統一教会人)でした。
しかし彼は、証しできなかったんですね。
統一教会の「と」も話せませんでした。

ある日、その友達の家に遊びに行ったのです。
すると彼の部屋の本棚に、お父様のマルスム(み言)選集が
一冊だけ入っていたのを見つけました。

「あい、お前、統一教会じゃないのか?」
「いや違うよ」
「統一教会の文鮮明は、悪魔、サタンなんだよ」
その時、そんなやり取りをしました。


それから、何の音沙汰もありませんでした。
ところが、半年たって、その友達から連絡があり、
私の家に遊びに来たのです。

しかし、彼は何も話しませんでした。
そして、時間が経ってようやく話し始めました。
「実は、僕は統一教会人なのです」

私は「お前は、悪魔の子供だ!帰れ!!」
彼の顔につばをかけました。

皆様、韓国のキリスト教会の牧師様は真の父母様以上です。
どういう意味か分かりますか?
牧師様が話すことは全て正しいのです。
何を言われても信じるのです。
だから、彼は「悪魔の子」なわけです。

私は、彼のいうことを全く受け付けませんでした。


しかし、彼は怯まなかったのです。

「文鮮明先生は、キリスト教の牧師が言うような悪い人物ではありません。
文先生は本当に偉大な人物です。」
彼は、泣きながら真のお父様を証しました。

そして、こういいました。
「噂ではなく、自分の目と耳で確かめるために
修練会に行ってください」

2時間、3時間話し続けました。
返事しないと帰らない雰囲気でした。

私は根負けして
「わかった、そんなに言うなら
1週間の修練会に行くことにするよ。
でも一つお願いがあるんだ、
座布団には絶対座らないからな」

というのは、牧師先生が、かつて言っていたのです。

「統一教会には座布団があります。
私の教会でも、長老が統一教会に行ってしまいました。
長老様は統一教会の座布団に座ってしまったのです。
その座布団は、一度座ったら、立ち上がることができないので、
二度と戻ってくることができないのです」

そう聞いていたので、
「座布団には、絶対に座らない」
といったわけです。

彼はこう答えました。
「座布団ですか?
そんなのはありませんよ」


でも、私はこう言ったのです。
「でも、怖いから、友達を連れて行ってもいいか?」
「いいですよ」

それで、二人連れていきました。
皆さん、私は統一教会に入る前に、
この二人を伝道したのです(拍手)。

友達二人を連れて修練会に行きました。
そして、椅子をよーく見たんですね。
座布団が置いてあるかどうか確かめました(笑)
表にはなかったので、椅子の下を覗き込んで、
裏に貼り付けてあるか確かめましたが、やっぱりありませんでした(笑)


それで、統一原理を学んだわけです。
その当時は、基督教会においては、聖書の解釈は、
聖書の文字通り信じるように教えられていました。

だからサタンの正体は蛇だと聖書に書いてあるので、
蛇は悪い生き物だと思って、蛇を退治するため、
山に捕まえにいったくらいでしたから・・・

統一原理は、聞けば聞くほど素晴らしいものでした。
聖書の解釈も本当に明確に説明されていました。

一日経って、夜寝る時に興奮した気持ちでした。
「本当に凄い内容だ。
でも、明日座布団に座らされるかもしれない。
気をつけないと。
統一教会は、そういう風にいい気分にして騙すんだ」

そして、二日目が過ぎ、そのまま聞いていきました。
講義が最後の方になります。

再臨論の講義になり、「再臨のメシヤは文先生です」
そういわれたとき、頭がカーッとなりました。

6日間は、原理だったから素直に聞きましたが、
「今まで悪魔だといわれていた人がメシヤなんて!」
本当にビックリしました。
しかし、論理的に否定できないわけです。


私は講義のあとに、本音で祈りました。
今もそのときのことを忘れません。
本当に本心で真剣に祈ったのです。

「今まで悪魔だと聞いていた文鮮明先生は再臨主だったんですか?」
神様に訪ねてみました。
「本当にこの人なのですか?」
あまりの衝撃で立ち上がる力がありませんでした。

その時に悟ったのです。
これが座布団だと思いました。

統一教会には座布団があったのです。
それは「真の愛の座布団」です。
だから、離れることができないのです。

私は、このことを悟って、
それで、キリスト教会を辞めて、統一教会に入教したのです。

文責:ten1ko2


たとえば、草創期の梨花女子大事件の頃、
ミイラ取りがミイラになった教授たちの姿を見ても、
また、一般の教会でも、
従順で熱心な信徒たち、長老と言われる人たちが
統一教会に行ってしまった様子からも、
魔法の座布団ならぬ
「真の愛の座布団」があるのかもしれません。

一度座ったら離れられない座布団に座った私たち。
現在は、平和の母、真のお母様の愛に触れ
台湾においても、世界においても、
多くの人たちが、集まっています。

ではあるのですが、一方で
「原理はこのように素晴らしいです。
真の父母様は、素晴らしいです。
でも、私たちは見ないでくださいね。。。」
という思いを、持っているのも否めないですね。

私たちが真の愛の実体にならない限り、
本当の意味で「真の愛の教会」とは名ばかりになるでしょう。
ですから、現状はいろいろありますが、
あきらめずに目指し続けていきたいです。

まさに真の父母様が歩まれた道、
それを相続しながら、多くの人たちを
「真の愛の座布団」によって、
ひきつけていきたいと思うのです。







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2020年01月13日

勝共の久保木あり! 救世主を喜ばせる能力をもった人 《久保木会長・後編》



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久保木会長の証し。
後編です。


  世界平和にささげた生涯

「共産主義は間違っている」
面と向かって共産主義を批判する人がいない中、
このスローガンのもと全国各地で勝共運動を指導し、
岸信介元総理をはじめ各界有識者から「勝共の指導者」として高い評価を受けた。


  朴正熙大統領との会談

「あの久保木という男には注意しておけ、
あれは将来とんでもないやつになる」
そう言ったのは、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領だ。

1970年9月2日に行われた
朴大統領との会談は一時間以上に及んだ。
目的は、同年に開催されるワクル(WACL、世界反共連盟)
世界大会に韓国から代表団を招待することだった。

会談後、同席していた書記官が追いかけてきて、
「大統領は観相を見る天才なのです。
大臣も観相を見て決めています。
その大統領がこんなことを言っていましたよ」
と告げたのが、この言葉だった。


  勝共の久保木あり

200112-19700920.jpgワクル(WACL 世界反共連盟)世界大会
1970.9.20 日本武道館


ワクル世界大会は、1970年9月20日に
日本武道館において2万数千人が集う中開催された。

海外からは53カ国250人が参加し、共産勢力に対して
守勢の日本にあって「勝共の久保木あり」と称賛された。

1971年5月からは、ワクル大会に参加した各国の要人を訪ね、
21カ国を歴訪。蒋介石中華民国総統やローマ教皇パウロ6世、
マルコス・フィリピン大統領らと会見を行った。


  天啓のような衝動に駆られ

「自分自身が訴えねばならぬ」
そんな天啓のような衝動に駆られて行われたのが、
「救国の予言」講演会である。

1972年から73年にかけて全国124カ所で開催され、
参加した延べ17万人に、唯物思想や共産主義の脅威を訴えた。

また1984年には7大都市勝共国民大会を展開。
救国運動を常に前線に立って指導し続け、
日本のみならず、アジアの共産化を防いだ。


  真のお父様を喜ばせる

真のお父様に「救国の予言」講演会を行うことを報告した際、
講演の内容をお聞かせした。

お父様は喜び興奮され、その姿を見た幹部が
「久保木さん、あなたは
救世主を喜ばせる能力を持っている」と言った。


神からの啓示

「重要なことがあったら、
 いつも3時と4時の間に祈れ。
 そうすれば、神が直接啓示を与える」

そうお父様に言われた久保木会長は、
いつも重要な時になると啓示を受けた。

またお父様は会長を見て、

「坂本龍馬だね。
 坂本龍馬とは、100年先を見ぬけた男である。
 久保木はそういう男である」


と言われた。


  地上の使命を終えて霊界へ

「地上での使命は終わった。
早く霊界に行ってやることがある。
霊界に行かなければ」
脳梗塞で半身不随となった会長はそう言い、その夜中に聖和された。

久保木修己会長の昇華式(現・聖和式)は、
日本統一教会の基準におけるものではなく
「世界統一教会の昇華式」とするよう、

また
「式順の全てを聖なるままに、
そしてみこころにかなうように」行うように、
という真のお父様の願いにより、

1998年12月15日、
東京・渋谷の教会本部礼拝堂において世界昇華式として行われた。
 
そして真の父母様から久保木会長に、
「母奉士(モボンサ:母の国に侍る勇士)」の称号が贈られた。

(参考:『愛天 愛国 愛人』、中和新聞、ファミリー)
Blessed Life


久保木会長が聖和されて、
もう20年以上が経っているんですね。。。
(今回、私の母と会長の命日が同じだと
知りました。年は違いますが。)

お父様にいつも侍っておられた久保木会長。
とても船に弱くて、いつも船酔いをされていました。

お父様から、
「そんなに酔うのなら、陸に上がりなさい」
と言われた時、
「お父様。
私はいついかなる時でも、
お父様についてまいります」

そのように、返答されて、お父様を喜ばせた、
というのは、有名なエピソードです。

今霊界で、お父様のために、
常に侍っておられる
久保木会長の姿が、目に浮かびます。

霊界でのご活躍を祈りつつ、私たちも、
受け継いでいきたいと思うのです。





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久保木修己 会長(くぼき・おさみ、1931〜1998):
 世界基督教統一神霊協会(現・世界平和統一家庭連合)の初代会長。
 1964年から27年間にわたり、教会の発展と日本の救いのために献身的に歩みました。
 また世界日報社会長、国際ハイウェイ建設を推進する会会長、国際文化財団理事長、
 日韓トンネル研究会顧問を歴任。
 1996年には世界平和連合会長に就任し、生涯を世界平和にささげました。
 真の父母様より、「母奉士(モボンサ:母の国に侍る勇士)」の称号を贈られています。


  200110-kuboki.png


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2020年01月10日

九死に一生を得た証し、極寒の山で神にあった強烈な証し etc. 《久保木会長・前編》



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先日の梶栗会長の証しが好評でしたので、
今回は、世界基督教統一神霊協会の初代会長
久保木修己会長の証しを紹介したいと思います。

前編の今日は、少年時代から、
入教の頃までの証しです。


  神に守られ導かれた少年時代

「久保木は残れ!」。そう言われたのは突然だった。
中学1年生の時に第二次世界大戦中の学徒動員で徴用され、
北京の秘密兵器工場で働いていた。

完成した兵器を中ソ国境に運ぶ際に運搬隊の責任者として、
13歳になったばかりの久保木少年が、
十数人を従えて貨車に乗り込むことになった。

その役目から外されたのは、緊張しながら貨車の出発を待っている時だった。
理由は分からない。
意気消沈しながら出発する貨車を見送った。

その翌朝、兵器を積んだ貨車は爆破され、
乗り込んでいた運搬者たち十数人は全員爆死した。
久保木少年は、直前に役目を外されたことによって、命拾いをしたのである。


  祖国日本への帰国

日本への帰路は荒れに荒れた。
ようやく日本に着くかと思われた時、少年が乗った船を台風が襲ったのだ。
この船はあと一時間で沈むというアナウンスが流れ、船内は騒然となった。
日本にはすでに、船が沈んだという電報が送られていた。

しかし奇跡が起こり台風はやんだ。
そのあと急いで船を修理し、何とか山口県の港にたどり着くことができた。
こうして久保木少年は、13歳の時に祖国日本へと帰ってきたのである。


  立正佼成会時代

高校3年生の夏、ある家の門番の仕事を言い付けられた。
「尊いかたの家だ」とだけ聞き緊張して立っていたが、
車が通るたびに砂ぼこりで家が汚れる。
そのたびにバケツで水をかけ門や庭をきれいにしていた。

その様子をじっと見つめる人がいた。
立正佼成会で「生き仏」といわれた長沼妙佼先生である。

長沼妙佼先生といえば、幹部でさえ畏れ多くて会うことができないほど。
にもかかわらず、その心掛けに感心した先生から昼食をご馳走され
小遣いまでもらった久保木少年は、
その日のうちに立正佼成会中で大評判となった。


  統一教会との出会い

統一教会の聖日礼拝に初めて参加したのは30歳の時。
先に導かれた友人に熱心に勧められたのだ。

くたびれた二階建てのあばら屋の2階、六畳一間に
5、6人が座っているそこが教会だと聞いて驚いた。

しかし、まるで数万人に向かうように語る
説教者の姿に圧倒され、引き込まれていった。
やがて「いつかはこの青年たちのところに来なければならない」
という思いが心を占めていった。


  極寒の山で神と出会う

生きた神に出会うため、
1月半ばの極寒の山(神奈川県の大山)へ断食祈祷に行った。
真剣に祈るも、何もない日が続いたが、諦めなかった。 

断食5日目。極寒の中にもかかわらず、全身汗だくになって
絶叫するように祈っていた時、突然不思議な体験をした。

何か強い力が引っ張ろうとする。
「こっちへ来い、こっちへ来い」と、
それは心の奥底から聞こえるようでもあり、
宇宙の果てから響き渡るようでもある声だった。
その声に誘われ頂上へ登り、夜まで必死に祈り続けた。

しかし何事もなく、山を下りようかと思いはじめたその瞬間、
目の前の空が急に赤く焼けただれたかと思うと、
それはやがて紅蓮(ぐれん)の色に変わり、ぐるぐる輪を描いて迫ってきた。 

恐怖のあまり叫び声を上げようとするが、どうしたわけか口が開かない。
紅蓮の輪は、やがて白金色に変わり、その輪が煙のように広がり、
吸い込まれるようにして口の中に入ってきた。

思わず「わぁー!!」と叫ぶと、その声は前の岩にはねかえって、
甲高い金属音になって返ってくる。
次の瞬間大地が鳴動し、大地にたたきつけられて横倒しになった。
すると、先ほどの声が響いてきた。

「お前は、この信仰の道を最後まで全うする気持ちはあるのか?」
「はい、あります」
「それが本気なら、こんな所でぐずぐずするな。
すぐ山を下りて、早く真理の道を人々に宣べ伝えよ」

つい「一人では無理です」と言うと、
「一人で何でもやろうとするから迷いが生ずる。
私がいつも一緒にいることを忘れてはいけない」と言われた。

そうして一目散に山を駆け下りたその日は、
くしくも久保木会長の誕生日だった。
(参考:『愛天 愛国 愛人』、中和新聞、ファミリー)

【創立60周年記念企画】
日本統一運動史〜人物伝 1
救国救世に燃えた指導者
(久保木修己初代会長の歩み)
Blessed Life より


久保木会長が教会に導かれたことで、
立正佼成会から、多くの信者が導かれました。

その後も、統一教会、かつ勝共連合の会長として、
ご活躍されました。

日本の草創期において、基盤を広げた立役者であり、
久保木会長がおられなければ、今の日本家庭連合は
なかったといっても、過言ではないでしょう。

幼少期、立正佼成会での証しにあるように、
何事にも熱心に取り組まれる姿勢は、
天が準備された義人として相応しい
品格を持ち合わせておられたのだと思います。

また、大山で、『モーセが現れた』
そのようなことを聞いた記憶がありましたが、
神様との出会いのですね。
こんなに強烈な証しだったとは。。。
貴重な証し、ありがとうございます。

後編は、また近いうちに。。。






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久保木修己 会長(くぼき・おさみ、1931〜1998):
 世界基督教統一神霊協会(現・世界平和統一家庭連合)の初代会長。
 1964年から27年間にわたり、教会の発展と日本の救いのために献身的に歩みました。
 また世界日報社会長、国際ハイウェイ建設を推進する会会長、国際文化財団理事長、
 日韓トンネル研究会顧問を歴任。
 1996年には世界平和連合会長に就任し、生涯を世界平和にささげました。
 真の父母様より、「母奉士(モボンサ:母の国に侍る勇士)」の称号を贈られています。

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