2020年07月07日

(証し)腰まで積もった雪の夜、泣きながら祈っていたのは・・・





先日、柴沼先生のWEB説教
「孝情の泉から湧く水を飲みましょう」
https://youtu.be/cPetABWDcYY
この中で読まれた証しに心を打たれました。

430家庭で、アフリカの世界巡回師
金鎮文先生がイーストガーデンで
体験された証しです。


(金鎮文先生は、)1981年10月から、世界巡回師として
アフリカを巡回しました。

翌1982年初め、宣教の報告のために
アメリカ、ニューヨーク、イーストガーデンの
真の御父母様をお訪ねいたしました。
雪が降りしきる寒い日でした。

その夜はイーストガーデンに泊ったのですが、
眠りについてから、
一、二時間後、目が覚めました。

外から、人の泣き声が聞こえるのです。
外はとても寒く、降った雪が凍ってしまいました。

声のする方に行ってみると、
そこは聖地でした。
なんと、真の父母様がお二人で、
腰まである雪の中に立って、祈祷しておられたのです。

お母様はその時、情進様をお腹に宿しておいででした。
お二人とも泣きながら祈っておられました。

その時聞こえてきた父母様のお祈りの大半は、
前線で闘う宣教師たちのものでした。

「もし原理がなければ、全世界的、歴史的に見て、
 私が一番悪い人間です。
 可愛い子供たちをみんな奪ってきて、
 難しいところに送ったからです。

 しかし、原理があるから、
 私はそうしなければなりませんでした。
 ですから、どうぞ、苦労している宣教師たちに協助してください」


このように祈っておられました。

私は祈られている御父母様の背後に行って、
涙を流し続けました。

(文責:ten1ko2)


宣教師たちに対する
真のお母様の思いは、
自叙伝「平和の母」にも綴られています。(140ページ〜147ページ)

父母の心情で宣教師たちを見つめる真の父母様。
子供たちに苦労の最前線を歩ませることに対して、
本当にいたたまれない思いを持っておられます。

私たちも足りないながらも、
前線活動を行うことに対して、
背後に真の父母様の祈りがあることを
決して忘れてはならないと思います。

そして、そのように私たちを押し出される真の父母様は、
何よりも神様の願いであり、神様を解放するために、
最前線の道を与えてくださっているのです。

柴沼先生の説教もとても胸打たれる
素晴らしいお話しです。
お時間のある方、ぜひ、お勧めいたします。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:00 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月10日

(証し)倹約家のお母様、幼い子女様たちのお菓子を・・・?! 《沈明玉先生》



200609.jpg


沈明玉(シム ミョンオク)先生(72双 2014年聖和)の
証しを紹介します。

貧しかった教会草創期のある日、
お母様のとられた思いがけない行動──

兄弟姉妹を愛されるお母様の心温まるエピソードです。


私は1963年から
真の父母様の家庭で、
侍る生活を始めました。

真のお父様が幹部を連れて外出されると、
真のお母様は、ガレージまで出て、
お見送りされました。

家に戻られるその後ろ姿は、
私には寂しく見えました。

それでもお母様は、
お父様が戻ってこられたときに不便がないように、
部屋を整理して準備なさいました。

お母様は、お父様のご気分が良くない時と、
平安であられるときの献立の区別はもちろん、
語るときの音色や音程までも考えて、
注意深く生活しておられました。

お母様は食口たちが真心をこめて捧げた献金は
封筒までも大切に保管されました。
封筒に文字が書いていないものや、
鉛筆書きで消せるものは再使用されました。

そして残りの封筒は
祈祷して燃やされました。
当時は食べるものにも事欠くような
貧しかった時代です。


ある日、私は真の子女様にお出ししようと
久しぶりにお菓子と飴を買ってきました。

しかしお母様は実際にはすぐには
お分けにならず、
棚の上にしまっておかれたのです。

私はおなかをすかせておられる
子女様のことを思って胸が張り裂けそうでした。

その夜、私が台所で一人の姉妹に
韓国語を教えていたら、
戸締りのために見回りに来られたお母様が、
「何をしているの?」とお聞きになりました。

韓国語を勉強していることを知ったお母様は、
棚にしまっていた子女様のためのお菓子を出してきて、
「居眠りしないように、一生懸命やりなさい」
と激励してくださったのです。


複雑な恨の峠を
全て清算する
という決心が強いのです。


(真のお父様)

書籍『真のお母様、感謝します 心を打つ50の証し』より
第5回「お父様のご気分に合わせ、語る声にまで注意を払われた」
沈明玉先生
U-ONE TV


教会初期のお母様の倹約生活は、
本当に徹底しておられたのだと思います。

その徹底さの背後には、
深い心情の世界もありました。

ご自身の愛する子女様のためのお菓子を
ご子女様たちにすぐにあげずに残しておいて、
韓国語を勉強している姉妹のために
そのお菓子をあげられるお母様。。。

アベルを犠牲にしてカインを愛する道、
それが蕩減復帰の道であると
お父様は語っていかれましたけれど、
お母様の歩みをみていると、
自然なままに行われているような気がします。

食口に対しても、
ご自身の子女様と同じように愛されるお母様。。。
本当に感謝でなりませんし、
そういう繊細な証しを残してくださった
沈明玉先生にも心から感謝いたします。





にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)



posted by ten1ko2 at 07:19 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

(証し)イーストガーデンで受けた母の愛、忘れらない父のみ言



STAY HOME!☆☆☆
新型コロナウィルスの
終息を心からお祈りします☆

200514.jpg


お母様を生涯、
二時間か三時間しか
寝かせてやれなかったことが
申し訳ない


真のお父様



光言社の書籍
「真のお母様、感謝します」より
777双のお姉さんの証しを紹介します。

題目は
「『生涯、二、三時間しか
寝かせてやれなかった』とお父様」です。


1973年に渡米し、
ニューヨークのイーストガーデンで
真の父母様に間近に
侍る機会がありました。

イーストガーデンでは、
ご家庭のランドリーや
お食事の準備を担当しました。

イーストガーデンに入ったとき、
真のお母様は、

『真の子女様は
非常に重要な責任、使命、天命を持っているので、
皆さんは、子女様がサタンに
侵入されないようによく祈ってください』


と語られました。


お母様は、細かいことまで非常に
きちんとしておられるのです。

掃除にしても、
普段は目に見えないところまで、
例えばソファーのクッションの下まで
きれいにするように、
具体的に指導してくださいました。

洗濯物もきちんと
畳んでいないとやり直させられます。

父母様にしっかりと侍るには
信仰と体力の両面が
必要であることを痛感しました。


後に夫が日本から
アメリカにやってきたのですが、
その時、お母様は、
『あなたは洋服を持っているの?』
とお聞きになり、私に洋服一式と
靴までそろえてくださいました。

後にアメリカに着いた夫にも
上下の洋服を揃えてくださいました。

私たち夫婦が家庭を出発するとき、
お母様は、大母様が使用されていた
ベッドを使うように言ってくださり、
シーツ、たんす、電気スタンドまで
準備してくださいました。

そこはお風呂がなかったので、
父母様のご提案により、
シャワールーム、トイレなどの洗面室を
隣の場所に増設してくださったのです。


もちろんこのような恵みは
私たち夫婦だけが受けたのではありません。

お父様に侍って、
日々大変お忙しい中にあっても
衣類や靴下など
細かいところまで気を配り、
ご自分の息子・娘と同じように尽くしてくださる
お母様のお姿がそこにありました。

実の親と変わりなく、
いや、それ以上の心情を
全ての食口たちに注いでくださったお母様から、
『母の愛』を
感じることができたのでした。


お父様が

『お母様を生涯、二時間か三時間しか
寝かせてやれなかったことが申し訳ない』


と語られたのを聞いたことがあります。

イーストガーデンでのお母様の歩みを
思い出すにつけ、このみ言が
胸痛く思い出されるのです。



真の父母様に、直接侍るということは、
簡単ではないんだな、という印象を受けました。

私たちの家庭においては、
直接父母様に侍る機会は
現実的にはおそらくないでしょうが、
いつもお母様をお迎えできるように
準備することはできます。

「侍る」ということに関しては、
今の環境圏においても、十分可能だと思います。

真の父母様と共に生活する、
という心情をもつこと、
祭壇をしっかりと築いて、精誠を捧げること。
そして敬礼式を捧げる。。。

証しの中では、お母様からすべての食口に
注がれる「母の愛」を感じたとあります。

私たちもともに生活している、という意識を持てば、
そのような恩恵が与えられるのではないかと思います。

掃除にしても見えない部分にまで
気を配られるお母様ですから、
地球の裏側にいる家庭であっても
愛してくださっているに違いありません。

もっと日々の生活を質さないと、
と悔い改めさせられました。






にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の家庭連合のバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 10:15 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする