2023年01月20日

あの時高熱を癒してくださったのは、真の母の温かい手だった 《真のお母様、感謝します》




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家庭連合(旧統一教会)では、教祖夫妻を
人類を救ってくださる真の父母と呼び、
韓鶴子総裁のことを、
聖霊の実体(生きて肉体をもった立場で、
聖霊の癒しの役目を果たされる方)であると
信じ、真のお母様とお呼びし、
敬愛しています。

光言社の本、「真のお母様感謝します」より
777双のお姉さんの証し
『聖霊の役事で癒やしてくださる方』
を紹介します。


祝福前のことですが、風邪で高熱がある中を
街頭伝道に立ち、目標を達成するまで、
あと一人、あと一人と
声を掛けていったことがありました。

教会に戻っても、食囗たちを心配させるのが
心苦しくて、
熱があることを隠して休みました。

高熱でうつらうつらしていると、
誰かが私の手を握っているのを感じました。
柔らかく、温かい手でした。

朦朧(もうろう)とする頭で、
「誰かしら」と思いながら、
すうっと眠りに入っていきました。

翌朝、目が覚めると、不思議なことにすっかり快復しており、
それだけでなく爽快にすらなっていたのです。

教会の姉妹たちに、
「夕べ、私の手を握ってくれた?」
と聞いても、誰も知らないとのことでした。 


その後、777双の祝福(1970年10月)で訪韓したとき、
水澤里(ステンニ)(当時)の中央修練院で
真のお母様とすれ違いました。

私は思わず、「お母様」と心の中で叫びながら、
その御手を握っていたのです。
その瞬間、「あっ」と驚きました。

病気のときに私の手を握ってくれた、
あの手の感触と全く同じだったのです。

あのときは「高熱」という、いわば小さな試練でしたが、
その小さな試練であっても、
越えようと必死になっている幼い者を覚えて、
恩恵を与えてくださる神様であることを実感しました。

そして、お母様は、聖霊の役事で
癒やしてくださるお方であると知ったのです。


【お父様がお母様について語られたみ言】

(韓鶴子という女性を)
真の母として宣布をするのです。
女性を代表して恨の峠を越えます。
それで、すべての母の根として宣布するのです。

(天一国経典『天聖経』2・1・3・15)

「お母様感謝します」より
『聖霊の役事で癒やしてくださる方』
松舟光子(777双)
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=18170
(blessed lifeより)


霊的でとても深い証しですね。

病気になった時、
母親が痛いところをさすってくれて
子どもの病気が治ってしまう。。

それは、お母様の自叙伝にも掲載されています。
(平和の母、245、246ページ参照)

まさに松舟婦人の体験は、
お母様の「母親の温かい手」によって、
癒された証しでありました。

真のお母様は、実際
聖霊の役事をおこされています。

これまでもそうでしたし、
いまだコロナ禍にあって、
離れて会えない状況でも、
温かい手を私たちに差し伸べてくださっているのだと
信じることのできる証しでした。
ありがとうございます。






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2023年01月13日

涙の祈りが、ダンベリーの父に届いていた! Dr.神明誕生 《UTS時代の神体験》




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毎回感動を呼んだ
「ドクター神明の信仰エッセー
UTS時代の神体験」より──

神明(しんみょう)先生が、統一神学校(UTS)で
教鞭をとることになるまでの
エピソード、「自分を無にしたとき、
お父様が干渉してくださった」
を紹介します。


私は1977年にUTS(ニューヨーク州ベリータウン)を卒業しました。
その後、他の大学でさらに神学の勉強を続け、
1984年の春、無事に神学博士号を取得しました。

その直後の6月末に、イーストガーデンに来るようにと
真のお父様からお呼びがかかったのです。

真のお父様はあと2、3週間後に
ダンベリー連邦刑務所(米国・コネティカット州)に
収監されることになっていて、
どちらかというとイーストガーデンの中は
緊張感が漂っているようでしたが、
お父様がわざわざ個人面接をしてくださったのです。

結論として、「これからUTSで教鞭を執るように」
と言ってくださいました。



 神明先生は、7月初めのUTSの卒業式の日に、
 当時の総長にあいさつしたのですが、
 あからさまな無視をされ、傷つきながらも
 静かにUTSを去ることにします。

 その際、誰もいないサッカーフィールドの中央で
 快晴の青空を見上げながら祈ったといいます。


「神様、UTSは決してこの私のものではありません。
あなたのものです。

ですから、誰か私よりもっと優れた人がいれば、
その人をここに呼んで、教えるようにしてください。

そしてUTSをりっぱな神学校にしてください。
UTSがりっぱになるのなら、
何も私はここで教えなくてもいいのです」

こう祈ると、涙があふれ出てきました。

そのときの切ない祈りが
時空を超えて神様と真のお父様に
伝わったことは後で知りました。


それから5か月たった12月のある日、
突然UTSから手紙が舞い込んできました。

これは後に総長から直接聞いたことですが、
総長がダンベリーのお父様にUTSの報告をしに行くたびに、
お父様は何度も語気を強めて
「神明はUTSで教えているのか」 と言われたとのことです。

それで、さすがの総長もこれ以上は
そのままにしておくことができず、
まだ私を雇っていないのに、
パートでもいいから雇ったという形にしたというのです。

それで、その翌月から、すなわち1985年1月から
正式にパートの講師の立場で、
UTSで教えることになりました。
まだフルタイムの助教授の立場は許されませんでした。


そんなある日、朝拝担当を頼まれました。

「カインの救い」 と題する説教を通して、
忍耐は必ず神様に通じるという内容を話したら、
参加していた数人のカイン的な学生が、
感動のあまり、すすり泣き始めたのです。

その渦は広がって、当時はほとんどの学生が
白人の米国人食口でしたが、
「ドクター・シンミョウの手にかかると
全ての悩みが解決される」という
うわさが流れ、次々に学生が相談しにきました。

私も、最も悩んでいる学生がどこにいるかと気になり、
神がかり的になって探し回り、
そのためには自然に足が動き出していました。

それを聞いた総長は驚いたらしく、
その月の終り頃には、私を
フルタイムの助教授に任命してくだいました。


最終的には、それから9年後の1994年に、
思いがけず私自身が真のお父様から
UTSの総長に任命されることになるのですが、

そのときお父様は、
「UTSは自分のものではないと祈った
その祈りによって自分を無にしたので、
総長に任命されたのだ」とおっしゃったのです。

そのように祈ったのは自分が全面的に
拒否されたからだったのですが、
その祈りは時空を超えて神様に通じ、
ダンベリーの真のお父様にも通じ、
お父様が干渉してくださることになったのだと思います。

今は霊界におられる真のお父様が地上の真のお母様と共に
神様の実体として立っていらっしゃるので、
そのような私たちの祈りと努力は
もっと敏感に感じられるに違いありません。

ならば、私たちのところに必ず来てくださり、
全ての問題を解決してくださるはずだと思います。

UTS時代の神体験:ドクター神明の信仰エッセー
「自分を無にしたとき、お父様が干渉してくださった」
神明忠昭
(世界家庭2019.6月号)より
中ほどの一部など割愛させていただきました。
ご了承ください。
文責:ten1ko


自分を無にする祈り、それがお父様の思いに通じたのですね。
お父様の霊的直観力に改めて感動するとともに、
私たちの精誠、真なる心情は、
天に通じるのだな、と思います。

そして、一番の試練の時に、
どのように受け止めていくのか、
これがターニングポイントなのだ、と思います。

私たちは天願うとおりにできないことがあります。
逆に天の願いだと思っても、そうならないこともあります。

そうだとしても、感謝して受け止め、
天を優先し、公的なものを優先していく、
それは、必ず天の父母様が見つめておられるのです。

しっかりと肝に銘じていきたいと思います。







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2023年01月11日

文師の霊が常に共に 聖杖を一緒に掲げられた父母様 《真のお母様、感謝します》




聖杖.jpg


光言社・刊『真のお母様、感謝します』より
今回は、横井先生のメッセージ
「基元節の式典で聖杖を
一緒に掲げられた父母様」です。


私たち夫婦は、これまでの信仰生活を通して
多くの霊的な体験をしてきました。

1975年に1800双の祝福を受けて、
私の実家に妻とあいさつに行ったときのことです。

家に足を踏み入れた時、霊的に、
血の海のようなものがパーッと晴れて、
先祖がずらりと並んでいるのが見えました。

先祖はそれぞれ、額に名札を付けていました。
そして「あなたたちのおかげです」と言いながら、
私たちに対して王子・王女に侍るように三拝したのです。

祝福の尊さを実感しました。
また祝福は、真のお父様お一人でお与えになることはできません。

真のお母様が勝利してくださったからこそ
可能になったことを思うと、
お母様に対する感謝が湧いてきます。

その後、清平で先祖解怨をするたびに、
私たちに三拝した先祖のかたと再会しています。


妻にはこういう体験があります。

神様王権即位式(2001年1月13日、韓国・天城旺臨宮殿)の式典に
日本の所属教会で参加したとき、
礼拝堂のお写真の中のお母様から雲のようなものが
もくもくと出てきたのが見えたそうです。

妻はイスラエル民族を導いた「雲の柱」を思い出し、
「お母様は本当に聖霊の実体だと実感した」
と言っていました。


お父様の天宙聖和式(2012年9月15日)を前後して
清平に10日間滞在した時は、
お父様がそばにいらっしゃるのをしばしば感じました。

ある時、お父様が、「どれくらい成長したの?」
とお尋ねになったので、
「お会いした分だけ成長しました」
とお答えしたら、喜んでくださいました。

また、この期間は大母(テモ)様も夢に出てきてくださり、
「お父様のお墓の周りをブーゲンビリアで囲みたいのです。
一年中、ブーゲンビリアが咲いているような
庭園に造ってください」とおっしゃいました。

私は造園の仕事をしているので、
大母様が励ましてくださったのだと思います。


お父様を霊界にお送りした後に迎えた
天一国基元節の式典(2013年天暦1月13日)でのことは
忘れられません。

私はそのとき、日本でインターネットを通して
参加させていただきました。

映像で見る会場はまばゆいばかりに光り輝いていて、
無数の天使が頌栄(しょうえい)をささげていました。

その中を、50代の若いお姿のお父様が、
お母様と共に入場されるのが見えたのです。

お二人は、金の光を放つ聖杖(せいじょう)を一緒に持っておられました。
そしてお母様が聖杖を持ち上げられるときは、
お父様の動きに合わせていらっしゃるのが、
はっきり分かったのです。

真の父母様は本当に一つでいらっしゃるのだと
確信した瞬間でした。


【お父様がお母様について語られたみ言】
 先生が第一教主であれば、
 お母様は第二教主であると
 世界的に宣布し、天地に宣布します。

(『真の父母の絶対価値と氏族メシヤの道』117ページ)

(光言社・刊『真のお母様、感謝します』より)
基元節の式典で聖杖を一緒に掲げられた父母様
横井 保典(1800双)

『真のお母様、感謝します』14
(blessed lifeより)


とても霊的に敏感なご夫婦ですね。
お母様とお父様が一つである、という
まさにその証しである、と思います。

いずれは、誰もがそのことをわかるように、
霊界と地上との関係が
はっきり証明するような時が来るのではないか、
と思っています。

何よりも、私自身がお母様とお父様が
いつもともにおられる、ということを
意識しつつ、感謝して
日々の歩みを成していきたいと思うのです。






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