2019年12月27日

「私は独生女」報道をした記者、様々な反対をどのように収拾したか 〈顛末記〉



図1.png


真のお母様は、全世界で
「独生女(独り娘)」宣言をされていますが、
初めて韓国の記者が報道したときの、
前後の証しです。

数年前、韓国メディアとの橋渡しをしておられる、
安豪烈(アン ホヨル)対外協力本部長が
日本に来られて、集会でその証しをされました。

翻訳だと多少違和感があるので、
少し編集して紹介します。


私は、お母様に「記者たちが会いたいと言っています」

(そのように報告した時)私は心の中で、
「お母様が『時間がないから会えない』
このように言ってくださらないかな」
そのように思っていました。

しかし、お母様は言われました。
「そうなの。
じゃあ、お茶一杯でも飲んでもらわないといけませんね。
連れてきなさい」

私は、思いました。
「あぁ、きかなくてもいいことをきいてしまった。。。」


それで記者懇談会を行いました。
左の真ん中に眼鏡をかけているのが私ですが、
(左手前から4番目の人)

この時の私の心境はどうだったかというと
心臓の脈拍が止まっていました(笑)
それぐらい緊張していました。

この記者たちがいったいどんな質問をするだろうか・・・
お母様の品性を汚してはいけないわけですから。。。


そして、一人の記者が質問しました。
「総裁、健康はどのように維持しておられますか」
その時、妍娥ニムが「バウンス」の話をされたんですね。

また、家庭連合の業績、実績を記者たちが見てきたので、
彼らはお母様に対して、礼儀を尽くすんです。
とても心配していたので、少し解放されました。


ある記者がお母様にこのように質問しました。
「総裁、194か国に宣教活動をしておられるといいますが、
具体的に戦略があるなら、そのことを聴いてみたいです」

そうしたら、お母様はこのように語られたのです。


「そうね。みなさんは、
私が誰なのか、知らないでしょう?」



それで、みんな黙っているわけですね。
そして、お母様が語られた一言。


「私は、独り娘(独生女)ですよ」


お母様がこのように強く出るとは思いませんでした。
さらにお母様が言われたのは、


「私が万人の真の父母です。
あなたたちも私を通じなければ、
霊界のいいところに行くことができません。

独り娘が誰であり、
真の父母がどんな人なのか、
それを知るためには、
原理を勉強しないといけないですよ」



このように語られたのです。


私は気絶する直前です(笑)
記者たちが強く出ると思っていたら、
お母様が強く出られたので(笑)

そして、お母様はさらに語られました。

「みなさんは、記者なので、よく聞いてください。
個人でも団体でも、国家でも民族でも、
どんな宗教でも平和世界を望んでいるのに、
なぜ、平和世界ができないのですか?」



そのように質問されたのです。


「でも宗教は非平和的なんじゃないだろうか、
それがどういうことか、わかりますか?

宗教組織は、
利益や利潤を追求する組織ではなく、
目的を実現するために、
神様が作った組織なのです。

その目的は平和世界です。
宗教は手段であり、
究極の目標は平和世界なのです。

しかし、今の宗教は
自分の教団ばかりを考えていますね。
それで平和世界を求めるので、
衝突が成されるのですよ」



このように語られました。


私は緊張しながら聞いていました。
記者たちは何を考えながら聞いているだろうか。。。

40分くらい、このような時間を過ごしました。
私は懇親会を終えて、階段を降りましたが、
降りたのだか、昇ったのか、わからないくらいの状況でした。

「彼らは一体、どういう記事を書くだろうか・・・」


それで、記者が聞くわけです。
「今、総裁が話したことを書いてもいいのですか?」と。

「私は独り子(独生子)、ということを聞いたことがあるが、
『独り娘(独生女)』という言葉は初めてきいた。
そして、キリスト教が責任を果たせなかった、ということ。
これは、キリスト教に対する挑戦状ではないでしょうか。
書いてもいいんですよね?」と。

私がそのように言われて、
記者たちをどうして止めることができるでしょうか。
だから、「どうぞ、ご自由にしてください」
そのように言うしかありませんでした。


そして一人の記者がこのように書いたのです。

「神様の使命を受けた真の父母、独り娘として
人類救援のために真の家庭運動を広める。

インタビューに臨む韓総裁の印象は、
カリスマ溢れる宗教指導者というより
慈愛に満ちた母のような印象だった」

さぁ、問題は、これを読者たちが読んで、
どういう反応をするかということです。

私は「この記者は死んだな」と思いました。
だって、そうですよね。
韓国のキリスト教がこの記事を読んで、
放っておくはずがないです。


それで、1週間くらいして、記者たちを呼びました。

「この記事を出されて、怒った人たちはいませんでしたか?」
そのように質問したら、案の定、
「もう言葉にならないくらい、多くの人たちが反対しました。
しかし、本部長、私が綺麗に整理しました」
というんです。

「どういうことですか?」
と聞いてみると、

あまりにたくさん文句を言われたので、
このように答えたというのです。


「私が韓総裁にインタビューして、
『私が独り娘(独生女)だ』と言ったんだ、
そして、文総裁と
『私たちが真の父母だ』と言ったんだ。

だったら、あなたの教会に
救世主、メシヤ、再臨主がいるのだったら、
私がインタビューして記事を書く、
それでいいじゃないか」

そう言ったのです。(拍手)

そして、さらに、
「あなたの教会には、執事しかいないじゃないか、
メシヤにインタビューしたいから連絡ください」
そう言ったら、二度と連絡がありませんでした。
(文責:ten1ko2)



「私は、独り娘(独生女)ですよ」
そのように語られるお母様。。
その時の心情は、母の心情だったと思います。

実際に記者が、
「慈愛に満ちた母のような印象だった」
そのように書いています。

今、真のお母様を「独り娘」として、
アメリカの牧師たちが証ししています。

英語には、
「Only Begotten」神の独り子
すなわちイエス様を表す言葉はありますが、
「Begotten Daughter」独り娘、
という言葉はありません。
ある意味、新語ですね。

いよいよアメリカ聖職者大会
「CLERGY RALLY
A NEW HOPE FOR A HEAVENLY
UNIFIED WORLD」
が日本時間、日曜日午前5時に開催されます。

お母様を「Begotten Daughter」と証しする牧師たち。
歴史的な大会の成功を心からお祈り申し上げます。





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posted by ten1ko2 at 11:04 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月18日

真のお母様は、過去も未来も変わらず、真理であり善です!! 《金元弼先生》



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金元弼先生がヨーロッパの責任者をされている時、
礼拝説教後、質疑応答をされたことがありました。

その時、ある食口が
「第一次七年路程でのお母様の歩みについて教えてください」
そのように質問をしました。

以下の内容が金元弼先生の答えです。


お母様の路程で最も重要なことは、お父様に一体化していかれたことです。
完全な服従の道でした。

お母様は、
「自由に暮らしている世の中の遊女がうらやましいくらいだ」
と言われたことがありました。

お母様には自由というものがなくて、
お父様のみ言に絶対に服従してこられたのです。
お母様の道はお父様の道に合わせて行かれた道です。


例えば、お父様が十二時前に寝ることができなくても、
朝早く起きられたなら、お母様もそうだったということです。

お父様が寝る前に寝床に入ってはいけないし、
たくさんの子供を生んで世話をし、疲れていて先に休むとしても、
服を着たままでなくてはいけないのです。

お母様は幼くして四十歳のお父様と一緒になり、
お父様に育てられる立場でしたから、
自分というものが許されなかったのです。


私たちにとって、自分を否定することが一番難しいことです。
私たちが言い争うのも、自分を正当化することによって起こるのです。

最初のお母様がお父様について行くことができなかったのも、
簡単に言えばその一点です。

お母様の路程は、エバとして立たされた人が
歴史的に乗り越えられなかったことを
すべて勝利しなければならない道なのです。
そうしなければ、その人たちがお母様を恨むのです。

 
氷山は、見えるのはその一画だけであり、
見えない部分を見ることができるなら、
氷山にぶつかって船が壊れることはないでしょう。

皆さんも見えるものを通して、見えないものを見るようにしてください。
見えるものだけ見るから、つまずいたり疲れたりするのです。

またご父母様と一緒に生活していないから分からないと考えがちですが、
そうではありません。

今のご父母様を見れば過去と未来が分かります。
なぜなら真理とか善というものは変わらないものだからです。
過去がそうであれば、現在も未来もそうだということが分かるのです。

 
皆さんはお母様のことについて教えてほしいと言いますが、
お母様の今のことも分からないのに
どうして過去と未来が分かるでしょうか。
十年後に入会したメンバーが、お父様のことや、
お母様のことを教えてくださいと言うでしょう。
その時、皆さんは何と答えるつもりですか?

今のご父母様をよく見ていないと答えられないでしょう。
今を見れば、善なる人というのは不変ですから、過去と未来がよく分かるのです。





「見えないものを見るようにしてください」
元弼先生が語られたみ言。
これはまさに真理です。

真の父母様が歩まれた、
一つ一つの現象の背後に、
どれだけの心情が込められているか、
そのことを求め、悟らなければ、と思います。

真のお母様は、真のお父様の前に
絶対服従の道を歩まれました。
今もそうなのではないか、と思います。

お父様に贈り物を捧げると誓い、
決意して歩んで行かれた7年の路程です。
基元節7周年を越えると、
さらに大きな実が結ばれていくと思います。

家庭連合に対して、多くのご指摘があります。
しかし、足りないのは私たちであって、
真の父母様なのではありません。
出発が善ならば、善なるものとして、
実を結んでいくのです。

明日、明後日は、カンボジア大会ですね。
大会の勝利を心からお祈り申し上げます。






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posted by ten1ko2 at 08:20 | Comment(2) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

草創期、お父様は怖くて警察から逃げ回っていたのではない?! 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言。
今回は、「草創期の先生と私」
とても貴重な証しです。


草創期に先生が憲兵や警察を避けて回っていた時は、
先生がおじけづいてそうされるのだと思いました。

しかし過ぎてみると、おじけづいたのではなく、み旨が重要だと思い、
神のためにそうされたのだということが分かりました。

そのように逃げては再び集まって礼拝すると、
「韓国がしがみついて、文先生を殺そうと押しかけてきても、
私が死にさえしなければ勝つのであり、
世界が先生ゆえに風を起こそうと、
私が死にさえしなければ私の前に負けるのだ」
このように語られたりしました。


凡一洞(ポミルドン)の谷にいながらも、大きな話ばかりされました。
将来は人々があまりにも押し寄せてくるため、
ジェット機に乗って逃げなければならないとか、
世界旅行をするのも、一文もなしにできるようになるとか、

「李牧師、あなたも一等で歩めば、
将来世界のどこにいるのか分からない一等の食口の家に行くようになり、
二等の食口になれば、世界の二等の食口の家に行くようになるのだ」

こういうみ言を語られながらも、憲兵隊が来れば、
なべや瀬戸物の器をみな投げ捨てて逃げていきます。

そのようにして帰ってみると、
警察が所帯道具をすっかり持っていってしまっているのです。
大邱でも何回も所帯道具をすべて失ってしまいました。
そういう時節に信じることができたでしょうか?


その時の私の願いとは何だったかというと、
まず家でも一軒買って、先生の部屋を一つ造り、
礼拝堂でも一つ造って看板を掛けることでした。

貸家に隠れて通い、礼拝を受けるので人々が一層疑いました。
しきりにうわさが立ちました。

平壌から来た文なにがしという青年が、教会でよく信じる
教会員ばかり引き抜いていくといううわさが立ちました。
事実、よく信じる人たちが啓示を受けて来るので、
引き抜いてくるみたいでした。

ですから、他の人たちが聞けば疑うのは当然です。
堂々と看板でも掛ければ、それほどでもなかったでしょう。
それで、私の願いは家を買って看板を掛けることでした。


そのようにしたのならいいのですが、
先生はお金ができるとよく使いはしても、
家を用意する考えはもたれませんでした。
私には理解できるはずがありませんでした。

ただ来る人ごとに服を買って着せてあげました。
男性が来ると、洋服を買って着せ、
女性が来ると高級なチマチョゴリを買って着せて、
恨を解いてあげられました。

その日に稼いできたお金を、その日に全部使ったりされるのですが、
私は横にいながらも意図が分かりませんでした。

過ぎてみると「ああ、あの期間には、
先生の財布に一文もあってはならなかったんだなあ」
ということが理解されたのですが、
その時は一言のみ言もなくそのようにされるので、
理解ができませんでした。


先生はその時既に神の悲しみを知っておられ、
「世界が自分を追い詰めるならそうしたらいい、
世界が追い詰めてきた時は、私が父の恨を解いてさしあげるのだ」
こういう覚悟で暮らしておられたので、逃げていって座っても、
泰然自若としてみ言を語られました。

私たちなら再び捕らえられるかもしれないとおじけづき、
心配になって精神が曇り、み言がよく語れなくなるでしょうけれど、
先生は前後左右をすべて知って出遭う事件なので、
毅然としておられました。


その時私には十分に理解できませんでしたが、
今は凡一洞で語られたことがたくさん成されていくのを見て、
本当に驚くべき方だなあと、いまさらのように感じられます。

私も今まで信じると言いつつも驚き、悩み、
心配になる時が多かったのですが、
過ぎてみると神の心配は考えもせず、
自分の心配が先立ったからだなあと悟るようになりました。

「み旨による私だ」
このように言いながらも、
自分の事情による役目をより多くしていたということです。

職員修練会での説教 
『み旨による私』より
1977年5月23日 中央修練所




草創期、お父様は引っ越しを
たくさんされていたことは聞いていましたが、
このような事情があったことは、初めて知りました。

食口たちには、事情を言うに言えなかったことは、
お父様としてはあまりにも歯がゆくて歯がゆくて、
本当に仕方がなかったと思います。。。

しかし、教会の看板もかけることができない、
そのような生活をせざるを得ない、
蕩減の期間があったのだと思います。
そして、将来のことも、大きな基盤ができることも、
目に見えるようにわかっておられたので、
毅然としておられたのだと思います。


どんな時にも、「生きた神様がともにある・・・」
そのことを確信されながら歩まれた真のお父様でした。
今こそ私たちも強い気概をもって、
立ち上がらないといけないのだと思うのです。






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