2021年11月26日

文氏から王が現れる?! 先祖は私生児から始まった・・・! 《史吉子先生》

イエス、モーセ聖誕時の再現、再臨主の家門がたどった茨の道



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平安北道定州郡 文鮮明師生家☆


史吉子(サ キルジャ)先生
「原理によるみ言の証」より
『再臨主の家門(文氏)の
共通した性稟と蕩減の役事』後半です。


ところで、文氏の間でどんな噂があったかと言うと、
「将来、文氏の中から文王が現れる。」
と言う噂があったそうです。

李氏王朝が王権を握っているのに、
突然、文氏の中から文王が現れたらどうなりますか?
それで、文氏の子供たちを皆捕まえて殺したそうです。

イエス様の時も、同年代の男の子たちを皆殺し、
モーセの時も男の子たちを探し出しては、
片っ端から殺しました。

私たちの民族の間では、
文氏一族が蕩減を多く受けたのです。

文氏一族の僕の中で、金氏の姓を持つ僕が一人いたのですが、
その人は自分の息子を文氏だと偽って、
殺すようにと差し出し、主人である文氏の息子を
自分の息子として取り替えて育てたそうです。

その子供が後になって、自分の本来の姓である
文氏として現れたそうです。
このように、文氏が茨の蕩減の道を歩んだのです。


お父様がお生まれになった所は平安北道定州郡で、
文氏が集落を形成していました。

そこでお生まれになった文昇龍長老(お父様の又従兄弟にあたる方)
証を聞いてみると、文氏一族の人は赤ちゃんができると、
みんながその子供が生まれて来る時まで安心できなかったそう
度々、障害児が生まれたそうです。

口唇裂や指が6本あるといった、
正常でない子供たちが生まれたと言うのです。
それで「ああ、また障害児が生まれた!」
と嘆きながら、心が安らかでなかったそうです。

ひっきりなしに氏族的に蕩減が起こったのです。
なぜかと言えば、サタン世界に神様の聖別された基盤を
作らなければならなかったためです。

神様の摂理はタダでは成せません。
それで、サタンに払わなければならない
蕩減の役事が多かったと言うのです。


お父様は、「皆さんが文氏と共に選民になると言うことは、
大きな栄光であるので、皆さんの親戚の中に、
あるいは先祖の中に文氏がいるはずです。」と語られました。

そうでなければ、韓民族が選民になり得ない
とおっしゃいました。

それで私も心配になって、実家の母に聞いてみました。
そうしたら、母の祖母が文氏だったそうです。
そして、 その祖母がとても優しくて良い方だったそうです。
それで、「私にも文氏の血が流れているんだ!」と安心しました。


お父様は、「人がこの世で生きていく上で、
決して人を利用しようとしてはいけない。
むしろ、人に利用される方がましだ。
そして、自分に仕えさせようとはせずに、人に仕えなさい。
他人に良いことをたくさんしなさい。

それがすぐには割に合わず、損をするように思えても、
その徳が子孫たちに大きな福として残されるから、
良い子孫が生まれる。」とおっしゃいました。


韓民族は、そんな文氏を迎えた特別な民族です。

皆さん、文氏が南平文氏だと言うことはご存知でしょう?
ところで、文氏の先祖が全羅南道羅州郡南平面の
小さな村で、私生児として生まれたと言うのです。

なぜ、文氏の先祖が私生児として生まれたのか?
お父様は、「私生児は、特別な神様のみ旨によって生まれた。」
とおっしゃいました。

サタン世界で正式に結婚した夫婦の間に生まれる子供は
サタンの血統の子女であるため、
そこからは神様の血統を見つけ出すことができないそうです。

それでイエス様も、私生児としてお生まれになったのです。
主はこのように復帰摂理の曲折を経て誕生されなければならず、
サタンの血統でない特別な血統として
お生まれにならなければならないのです。

史吉子/ 著「原理によるみ言の証」
第1章総序論
再臨主の家門(文氏)の共通した性稟と蕩減の役事



文家の背景の話、
やはり、再臨主が誕生するには、
韓国も国家的な蕩減を受けなければならないし、
それだけでなく、文家という氏族においても、
蕩減を受ける必要があったわけですね。

さらには、イエス様の家系においては、
イエス様ご自身が私生児として生まれましたが、
お父様ご自身は、そういう立場ではありません。

しかし、先祖の出発が私生児であった・・・
そういう点から見て、蕩減復帰に当てはまるわけです。

いずれにしても、お父様の背景、血統において、
再臨主誕生の条件を立てていたことになります。


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2021年08月13日

訓読会の伝統は、どこから始まったか?! 《鄭元周秘書室長の証し》



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鄭元周(チョンウォンジュ)総裁秘書室長が、
お母様の前で、訓読をされている夢を見ました。

私たちも行っているみ言の訓読会。
真の父母様は、いつから出発されたのでしょうか。

以前紹介した証しです。


お母様はどのみち一度経なければならない更年期の憂鬱症も
お一人でかみしめて苦痛を忍ばれました。

ご自身の苦痛を考えられる前に
お父様のことを考えなければならず、
ご子女様たちの困難を解決されなければなりませんでした。

大変でお一人で苦痛を受けられても、
何事もなかったかのように美しい微笑でお父様に対され、
耐えきれず涙を流されても慈愛に満ちた愛の眼差しで
ご子女様たちとお孫様たちに対されました。

24時間終始、お父様の傍らでお父様の健康のために
最善を尽くされるお母様、
ご子女様たちの困難を見られながらも、
ご一緒にいることができず、
神様とお父様のみ旨だけのために
すべてのことを後回しにされたまま、
お父様と共に歩まれなけれはならない
お母様の困難な路程を見守りながら、
私はそのお母様がどれほど感謝であるか分かりません。

そのかたがおられたからこそ、今日の私たちがあり、
また天一国を迎え、天一国の主人として
登場することができるのではないでしょうか! 


21年のイーストガーデンでの生活の中で、
ご父母様に侍って訓読会を通して、
私は本当に霊肉合わせて成長したと自負しています。

訓読会の伝統は、すでにかなり前から
ご父母様が立てられてきました。

私がイーストガーデンに入る前からももちろんありましたが、
私が入った1983年から、明け方4時や5時になると決まって
お父様の前でみ言集を2、3時間ずつ読んでさしあげました。

1986年からは、み言を録音して聞かせてさしあげました。
一日も欠かさずにそのような生活をしてきた中で、
1997年から公式的な訓読会の伝統を立てられることになったのです。

ご父母様はそのように
み言に酔って生きてこられたかたです。

「真の愛の勝利者」より


訓読会の伝統は、すでに真の父母様ご自身が
立てて来てくださったのでした。。。

しかも、鄭元周秘書室長が、父母様に侍るようになった時、
1983年から出発された、ということですから、
秘書室長は、訓読するために、責任を与えられたことになりますね。

真の父母様の前で訓読されて、
もう40年近くなるのですね。

毎日、2時間、3時間と訓読を受けられる真の父母様。
真の父母様は、み言に酔っておられるのです。

真の父母様が立てられた、み言訓読の伝統、
真の父母様の心情圏を相続できるよう、
私たちも守っていきたいと思います。




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2021年07月05日

幼い頃は、「一日泣き」と呼ばれた半端ない’きかん坊’だった 《アボジ10歳までの証し》


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小学生向け「ムーンワールド」での人気コーナー、
真の父母様の歩まれた道「汗と涙の歴史」。

今日は、誕生から幼少期のエピソード、
「幼い頃のあだ名は『一日泣き』」です。


真のお父様は、とてもかわいく、
お母さんがおんぶして汽車に乗ると、
人がのぞきに来て、抱きたがりました。

真のお父様の家があった定州から宣川という所にある
キリスト教系の病院に汽車で行ったときのことです。

具合の悪い真のお父様をお母さんが抱っこしていると、
横に座った人が、
「このようなりっぱな赤ん坊を一度、抱っこしてみたい。
そうすれば、私も恵みを受けて、
我が家の運勢も良くなるだろう」と言いました。


真のお父様の幼い頃のあだ名は、
「一日泣き」でした。
泣き始めると、一日中、泣いていたのです。

静かに泣くのではなく、大声で泣き叫んだので、
寝ている人は起きてしまい、
村のおじいさん、おばあさんたちが見物に来るほどでした。

のどが腫れ、やがて声が出なくなりました。
部屋の中で、ひっくり返って跳ね回るので、
体中が傷だらけになるほどだったといいます。

真のお父様は、それほど気性が激しかったのです。


真のお父様は、一度決心すると、どんなことがあっても
絶対に自分の意見を曲げませんでした。
10代にもならない、幼い頃の話です。

真のお父様は、自分が間違っていても、
お母さんに何か指摘されると、
「違う。絶対に違う!」と主張しました。

お母さんに、「間違っていました」と
一言言えば済むのに、決して言わなかったのです。

お母さんも気性が激しかったので、
「親が答えなさいというのに答えないのか!」と言いながら、
真のお父様を何回も叩きました。

あるときなど、何回叩かれたか分からないほど叩かれ、
最後は気絶してしまいました。
それでも、真のお父様は耐えたのでした。

真の父母様の歩まれた道 3
幼少期の真のお父様@
幼い頃のあだ名は「一日泣き」
(Blessed Lifeより)


「一日泣き」という言葉は、
聞いたことがある人も多いと思います。


幼いころから泣き虫だったということは、
生まれつき情的な素質をもっておられたわけです。

ご両親、または血統的なものを
受け継いでいるのだな、と思いました。

「間違っている」ということに関しての
お母さんとのやり取りは凄いですね。

正しいことに対して、絶対に曲げないという信念、
サタンを屈服させる要素を
備えられていたのだ、と感じます。




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