2020年08月16日

「み言を語りながら、倒れて死にたい!」 真の父の願い 《史吉子先生》前半



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史吉子(サ キルジャ)先生の「原理に関するみ言の証」より
『殉教を覚悟して語られるお父様』前半を紹介します。


皆さんは、「御言葉選集」をたくさん読まなければなりません。

皆さんが信仰生活をするに当たって、
牧会する利点が何なのかご存知ですか?

聖日ごとに説教をしなければならないし、
教会へ来る人々に原理講義をしてあげなければならないので、
いずれにしても、み言の勉強をせざるを得ないのです。
これは知ってみると、大きな祝福です。

皆さんが世に出て博士課程まで勉強をしても、
それは霊界ではあまり役に立たないのです。
その反面、牧会をすれば、自分なりに最善を尽くして
食囗たちに充分に恩恵を与えようとするので、
自然とみ言を探すようになります。

ですから、み言集をくださったお父様がどれだけありかたいでしょうか?
私たちに400冊を超えるみ言集をくださったので、
これからは私たちがみ言を掘り下げて行かなければなりません。

み言を一生懸命読むと言うことは、
私と他人が同時に生きるようになることです。
そして、牧会者の道で得ることができる一番貴い利点が何なのか?
それは、まさにみ言をたくさん読まなければならないこと、
み言をたくさん語らなければならないと言う点です。

お父様を考えてみてください。
お父様が地上へ来られた目的は何ですか?
お父様は、堕落で失ったみ言を人類にくださるために来られました。

お父様のように、神様の心情をこんなに正確で、
次元高く語られた方がいたでしょうか?
有史以来、誰もいませんでした。

堕落した人間の先祖がみ言を失ってしまったので、
お父様はまさに供え物の立場からみ言を探して、
段階別に上がって行かれました。

お父様は最高の位置から、心情世界のみ言を
私たちにくださっています。
そして、お父様のみ言は再創造のみ言です。

お父様は地上の人間として誕生され、
神様と完全に心情を一つに一致させたので、
お父様が語られたみ言と理想に勝る人は現れ得ないのです。

それでお父様は、これから時が来たら、
全世界の人々が書店にある本は必要ないと言いながら、
全て燃やしてしまうと言われました。


私はお父様のみ言に接した以後には、何十年の間、
他の本は読みませんでした。
そのような本は読んでみても、
とても味わいが無く、時間だけが勿体無かったです。

皆さんの何人かの先輩牧師たちが、まだ足りないと思って説教する時、
既成教会の牧師たちの説教集を見るのですが、
それらを見てはいけません。
お父様は、これをとても嫌われます。

そして、皆さんは絶対に説教巣を出さないようにお願いします。
お父様は誰かが説教集を出したと言えば、とても怒られます。
「あなたたちが説教集を出せる内容があるのか?」と言われます。
せいぜいお父様のみ言を一言二言入れておいて、
自分の話ばかりをするからです。

しかし、食囗たちの証集は、聖書の使徒行伝のようなものなので、
構わないそうです。


私たちにお父様が願われることは、絶えずお父様のみ言を読み、
そのみ言を食囗たちに話してあげながら、
み言の中で生きて行くことです。

お父様が(ご自身に)色々と願われることがありますが、
その中の一つが、み言を私たちに絶えず語っている途中、
足がこれ以上耐えるに耐えかねて、倒れて殉教することだそうです。

普通の人のように、呑気に病気になって寝込んでから死ぬのは、
時間が勿体無くて駄目だと言われます。

編集・文責:ten1ko2

史吉子先生「原理に関するみ言の証」
第7章、復帰原理 緒論
『殉教を覚悟して語られるお父様』


韓国の牧会者(教会長)に語られたものかと思いますが
とはいえ、私たちにも通じる内容です。

お父様のみ言はどれほど、貴いものでしょうか。
血と汗と涙を流されながら、骨身を削られて
解き明かされたみ言です。

「既成教会の牧師たちの説教集」とありますけれど、
読んで理解しやすいものに目移りしてしまいがちですね。

しかし、お父様のみ言は、根っこの中の根っこ、
骨の中の骨です。
もっとも中心的な部分です。

「豚に真珠」とならぬよう、
貴いものを貴いと思える私になれるよう、
み言を求めていく私になれるよう、
精誠を捧げて歩んでいきたいと思うのです。

(後半の内容は、お父様の生々しい証しです。
 明日に続きます。)






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posted by ten1ko2 at 09:29 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月04日

(証し)人類の真の母の、肝の据わったエピソード 1992、最初の世界巡回路程で



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見かけはおとなしく見えますが、
度胸があるのです。

真のお父様



777双の杉山もと子さんのお母様の証し
「人類の行く末をもっとも案じておられる女性」です。


1992年、真のお母様が
統一運動の世界平和女性連合の大会で、
世界を巡回講演されたとき、
同連合の日本会長として、
ご一緒させていただきました。

以前、真のお父様が、
「今日の私たちの教会があるのは、
お母様の絶対服従の道があったからだ」
とおしゃったことがあります。

そのような
お母様の勝利圏を相続させていただきたい、
という思いで、随行させていただきました。


お母様はとても肝の据わった大胆な世界をお持ちで、
あまり物事に動じないお方です。

フィリピン大会(1992年12月8日)でのことです。
フィリピンは講演の予定に入っていなかったのですが、
あるVIPクラスの婦人が来るということで、
急に行かれることになったのです。

実際は、直前になってもその婦人は来なかったのですが、
お母様は、「ああ、そうですか」という感じでした。

またお母様の荷物が届かず、当日ステージに立つために
必要なものがないなど、
いろいろなハプニングもありました。

そういうマイナスの状況の中でも、
お母様は少しも慌てることなく、
むしろ非常に冷静な指示を下さいました。

そして、大会では
満身の力を込めて語られたのです。


またお母様は、お父様と同じように
人の心情の世界をとても敏感に、
また細やかに感じ取られます。

お母様はまさに、愛と真理に立って
分別されるお方だ、ということを感じます。


1992年の初めころ、
お母様から、私にはとても買えないような、
高級なバッグとコートをいただいたことがあるのですが、
お母様はおそらくその頃から、
私が近い将来、対外的な場に出ていく
ということを感じておられたのだと思います。

それから1年ほど後に、
お母様にお目にかかったとき、
「本当に役立たせていただいています」
とお礼を申し上げたところ
「ん?何のこと?」というお顔をなさいました。
お母様は覚えておられなかったのです。

このようにお母様は、
誰かに物を上げたことを
すべて忘れてしまうお方です。

また、物を上げるときも、
その個人に対してではなく、
その人が持っている使命や、
先々こうなるだろうということを考えて
くださっているのです。


お母様による世界巡回講演は、
112回に上りました。

真のお父様から
「112回、回った感想を言いなさい」
と言われたお母様は、
「子供を生むときは命懸けですが、
それと同じような苦痛を味わいました」
と報告されたそうです。

正に命を削る大会だったのです。

お母様とご一緒に世界を回らせていただいてみて、
私は
「人類の行く末を最も案じておられる女性は、
このお方である」と確信しました。

書籍『真のお母様、感謝します 心を打つ50の証し』より
「人類の行く末をもっとも案じておられる女性」
杉山もと子(777双)


お母様が大胆な世界を持たれているのは、
お父様が聖和されて、お父さまがともにおられるので、
そうなられたのだ、と思っていましたが、
どうやらそうではなさそうです。
もともと備えておられるお母様なのですね。

そして、与えて忘れられる姿は、
本当に素晴らしいです。

自叙伝には、お父さまからいただいた
結婚指輪を誰にあげたか覚えていないという、
そのようなお母様の記述がありますが、
並みのおかたではない、と感じます。

大胆かつ繊細な心情をお持ちのお母様。
真のお母様、すべてに感謝いたします。
本当にありがとうございます。








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2020年06月23日

北からの生還と韓国動乱、独生女5歳と7歳の奇跡 《浅川先生・10大奇跡》2



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漢江大橋爆破(1950年6月28日2時30分)


浅川 勇男先生の
「『平和の母』に見る10大奇跡」より、
今日は、
「第2奇跡〜北朝鮮脱出と朝鮮戦争危機回避」です。

奇跡の連続の、北からの脱出劇、
さらに2年後、韓国動乱が勃発し、
ソウルからも逃れなければなりませんでした。

 
サタンは、(数え)6歳まで
神の独り娘(韓鶴子総裁)を殺害できませんでしたが、
北朝鮮に拘束さえしていれば、
いつでも殺害蹂躙(じゅうりん)することができました。

この期間は、独り娘の命を巡る神とサタンの
壮絶で激しい戦いの分水嶺であり、
一瞬一瞬が生死の岐路を分かつ奇跡の連続でした。

祖母(趙元模)は南に行くことを決断します。
祖母の息子(韓鶴子総裁にとっては叔父)が南の軍隊にいたからです。

「天は叔父に対する祖母の切実な思いを通して、
 私たちが出発できるように役事(やくじ)されたのです」

(韓鶴子総裁自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』77ページ)


(1948年秋、)祖母、母(洪順愛)、娘の三人は、
200キロメートルを超える道のりを、
千辛万苦して38度線にたどり着きます。

しかし、北朝鮮軍に拘束されました。
万事休す。
サタンにとって、最後の北朝鮮内での拘束のチャンスです。
救われる可能性は皆無。
しかし奇跡が起こりました。

寒さと空腹で苦しむ歩哨に、
6歳(満5歳)の女の子が食物を分け与えたのです。
生死を分かつ死線の中で、怨讐への愛が道を開きました。

「故郷に帰れと言って、人民軍が
 私たち三人を解放してくれました」

(同、78ページ)


38度線を超えましたが、新たなる死の危険が迫っていました。
もしそこで、北朝鮮の歌を歌ったら、
瞬時に南の軍隊に銃撃されていたでしょう。
しかしこの時、「南の歌」を歌ったのです。

「もし、私が歌を歌っていなければ、北の人民軍と誤解され、
 その場で銃弾を浴びて命を落としていたでしょう」

(同、79ページ)

その後、ソウルで奇跡的に叔父と出会えました。


1950年6月25日、サタンは、あたかも独り娘の殺害のために
一挙に南に進攻しました。
またもや、危険にさらされたのです。

(6月27日夜)
住居から避難しますが、そのまま漢江大橋を渡っていたら、
命を失っていたでしょう。
 
その時です。

「私はふと何かを感じるものがあり、
 祖母の服の裾を引っ張りました。
 祖母は足を止めたのを見て、母がいぶかしげに尋ねました」

(同、82ページ)

祖母は来た道を振り返り、息子(叔父)が
「来るかもしれない」と言い、戻ることにしたのです。

叔父は家に迎えにきました。
軍隊の通行証をもっていたので、早く橋を渡れたのです。
その直後、橋は爆破されました。

「わずか数メートルの差で、
 生と死が分かたれた瞬間でした」

(同、84ページ)

サタンは、独り娘の命をわずかの差で逸したのです。
祖母のひらめきが奇跡的に道を開いたのです。

 
「私は幼い年でしたが、戦争の残酷さを直接目撃し、
 悲惨な避難民の生活を経験しました。
 純朴な人々がまるで虫けらのように死んでいき、
 親を失った子供たちが泣き叫びながら街頭をさまよっていました。

 私は数えで八歳にして、戦争は地上から
 永遠に消えさらなければならないという思いを強く持ちました」

(同、85ページ)

編集・文責:ten1ko2
(年月日、年齢について括弧書きで加えました)


『平和の母』に見る10大奇跡 2
第2奇跡〜北朝鮮脱出と朝鮮戦争危機回避
浅川 勇男


まさに「奇跡の生還」ですね。

感想文にも書いたのですが、
韓国動乱(朝鮮戦争)において、お父様は興南監獄から
奇跡的に解放され、生還することができましたが、
真のお母様も北朝鮮から韓国に、
奇跡的に逃れることができたのですね。

お父様の場合は、
興南監獄で12名の基台を立てた、
その土台で霊的に守られましたが、
お母様の場合は、
母と祖母、お母様ご自身、
三代にわたっての信仰によって
守られたのだと思います。

そういう意味で、
韓国動乱は、真の父母のための
聖戦であったといえるのではないか、と思います。

お母様の自叙伝にも、
参戦した国々の兵士たちを集めて、
リトルエンジェルスの公演をして、
慰労した記述がありますが、
受けた恩を忘れない、御父母様なのだと思うのです。





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