2017年03月13日

「原因があって結果があるんだよ」  私たちが、お父様、お母様を慕う理由(わけ)?! 



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〈大阪〉


櫻井先生が生前、礼拝に来られた時の
お父様の証しです。
以前、ファミリーにも載ったことがあるので、
御存知の方もおられると思います。。。


1991年にお父様がご来日された時の証です。

大阪でみ言を語られた後に、
新幹線で東京に向かわれました。

途中、京都駅のホームに人だかりがありました。
お父様の乗った車両近くに多くの食口が
お父様を人目見ようと、待ち構えていたというのです。
みんな、涙、涙でした。

本部教会に到着された後、
同行された36家庭の先生方が、
「日本の兄弟たちは、みんな涙、涙で
お父様を慕っていますね。
何と深い心情、信仰を持っているのでしょうか」
とお父様に話をされました。

その時、お父様は、ポツリとこう言われました。

「君たち、原因があって結果があるんだよ。
先生ほど日本の食口のために涙を流した男はいないし、
先生ほど日本民族のために涙を流した者はいないんだよ」

 

青坡洞(チョンパドン)の旧本部教会には、
お父様が祈祷を捧げた部屋があります。
その机には、日本の金閣寺と
韓国の亀甲船の模型が飾ってあります。

お父様は、日本と韓国のために
涙を流して祈祷され、
そして、その涙が、一階まで滴り落ちた・・・
そのようなエピソードが残っています。

お父様の祈りの涙の一滴が
まさに私自身であることを思うと、
どれだけ感謝であるかしれません。




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2017年03月12日

お父様の愛し方! 食口のための祈りを絶やさない真の父母!!  《金元弼先生》



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金元弼先生のみ言、
今回は、「寝食を共にし愛し尽くされる」です。


文先生は、そのようにして
先生の所に来た人の話を熱心に聞かれました。

年を取った霊能者たちになると、
一度話したことを忘れて何度でも話すのです。
しかし、先生は常に話を止めないで、
最後まで聞いてくださいました。
それが夜中の一時、二時になってもです。

そして、先生は弟子たちが
教会から自分の家に帰るのを寂しがられ、
いつまでも一緒にいることを願われました。


この先生の姿勢は今も同じです。

全世界からリーダーたちが報告に来ると
朝七時から朝食に招きます。
食事の時からリーダーたちと話し合いをし、
食事が終わっても食卓から離れず、
そのまま夕方まで続くことがたびたびあります。


ですから先生には事務所というものがありません。
先生の事務所は食卓であり、リビングルームであり、
山に行けば山が、舟に乗れば舟が事務所になります。

そのように先生は、
食口たちが常に共にあることを喜んでおられました。


初期のころ、家庭の迫害のために教会に行って、
先生に会えない食口がいました。

ある冬、文先生はその食口が恋しいので、
その家の近くに行って
ベランダにその人が姿を現すのを一日中寒いなか待って、
その姿を見て帰るということがありました。


このように弟子を非常に愛されたのです。

北朝鮮でろう獄に入られた時にも、
先生は一日に三回、
一人一人の食口のための祈りをやめられませんでした。


先生は私たちに、自分の国を離れて宣教に行ったならば、
その国を自分の国よりも愛さなければならないと教えてくださいます。
そして、その国のために骨を埋めることを考えなさいと言われます。

先生ご自身が、どこの国に行ったとしても、その国を愛した愛国者、
その国のために尽くした聖人以上の基準を立てて生活されるのです。
それは先生が、神が人類を救うために苦労された、
その愛をだれよりもご存じだからです。

私たちには常に、神の心情と真の親の愛をもってこられたメシヤの心情を、
涙をもって教えてくださいました。
神の心情とは親の心情であると説明され、神は人類の親だと言われるのです。


最近、私たちがある所で、「みんな肌の色が違うが、どこから来たのですか」
と尋ねられました。
「一人はオーストリア人、一人は日本人、一人は韓国人、一人はイタリア人です」
と答えました。
そうするとその人はびっくりして、
「あなたたちはとても仲良くしている。不思議だ」
と言うのです。

私は、「それは一緒に生活しているからです」と答えました。
私たちにとってはこういうことは何でもないのですが、
他の人にとってはそうではないようです。

先生は、神の目で見た場合、愛の色はあっても肌の色はない、
私たちが「ためにある」という神の真の愛をもっているとするならば、
外的な色というのは全然問題にならないと言われるのです。



お父様は自分のことは一切考えず、
ただひたすら食口のことを考えておられるから
このような祈りを捧げられるのだと思います。

韓国にお嫁にいった姉妹が、
祈りが苦手だったのに、教会長にアドバイスを受け
祈りが深くなったと言っていました。


最初は1分でもいいから、
下手な祈りでも、実践すること。
最初は祈る人の名前をノートに書いて祈ってもいい。

身の回りの人、家族、氏族、
そして教会の人たち。
さらには、大変な人、お世話になった人、
嫌いな人、嫌われている人にも、
「神様が愛する人」という立場で祈りを捧げること。

その人のために祈っていくと、
私の思いが神様の思い、親の心情になっていく、
そして、相手が変わっていく、
ともに喜びあえるし、私自身が霊的な恩恵を受け
啓示や悟りを与えられていく・・・


そんな証しをしてくれました。

私も先日、清平に行った時、
ともに行った方があまりにも祈祷を捧げる方だったので、
これほど祈ったことがない・・・
本当に祈りの清平でした。

お父様はどんな環境でもどんなに忙しくても
祈りの精誠を捧げていかれました。
もう一度、祈りに向き合っていかないといけないですね。。。



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2017年03月10日

どうして文先生が再臨のメシヤなのか?! 霊能者たちが信じた理由(わけ) 《金元弼先生》



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昨日に引き続き金元弼先生のみ言です。
今回は、「メシヤ再臨に関する啓示」を紹介します。


それは1946年、今から44年前のことです。
当時は多くの人々が真理を求めて啓示を受けて、
私たちの教会にやって来ました。


皆様、「メシヤは雲に乗ってくるのではなく、人の体を通して来る」
と言ったら、今もなお信じ難いでしょう。
ところが霊能者たちは、「人間の体を通してメシヤは来る」
と霊界から啓示を受けるのです。

牧師からの教えとは違うので、彼らは葛藤し、
牧師の所に行ってそのことを話しました。
すると牧師は、それは神からのものではなくサタンからの教えであり、
間違いであるといって聖書を見せるのです。

霊能者たちは牧師を神のごとく、主のごとく、
メシヤのごとく信じていましたので、神に祈って尋ねました。

牧師の教えと啓示と、どちらが本当なのかと神に聞くと、
神は啓示のほうが正しいと答えるのです。
それでも教会から離れるわけにはいかないので教会に通っていました。


やがて文先生のうわさを聞き、先生に直接会って話を聞くと、
それは神から啓示で教えられたものと同じでした。

霊能者たちが霊界から教えられるのは結論だけで、
なぜかという説明がないのですが、
先生は聖書を中心として全部説明してくださいました。

それで先生から話を聞いた霊能者たちは、
自分がそれまでいた教会を離れ、先生のもとに来るようになったのです。
なかには先生のいる所を霊界から直接教えられて来る人もいました。
こうして、私たちの教会が迫害されるようになったのです。




今の時代には、今回の証しのように
霊能者として、啓示を受けて、教会に来る・・・
そのような例は少ないかもしれません。

でも、「本心(良心)に働く神様」の声に耳を傾け、
その声に忠実に従って、この道に来た人は
とても多いのではないでしょうか。

また、ちょっとした現象や夢を通して、
この道に来ることを悟られた方もいると思います。
そして、霊能者ではないにしても、
「私に働かれる神様」はおられます。


約1年半前に証しを書いたことがあるのですが、
寒い冬の路傍伝道の時、
ある婦人が青年に出会い、受講決定しました。

ある信仰をもっていて、祈りを捧げていく中で、
「神様のことを話す人がいれば、
その人に従っていきなさい」
そのような思いにさせられたといいます。

まだ、その信仰はもっていますが、
私たちの教会に来て、み言をずっと学んでいます。
「教会に来て、み言を学ぶと、心がとても復興します」
彼はそのように話してくれます。

私たちも本心に働く神様の声を聴きながら、
謙虚な思いをもって歩んでいきたいです。





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