2018年01月10日

(証し)啓示、啓示、啓示! 迫害に次ぐ迫害の中で… 《池承道ハルモ二5》



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池承道ハルモニの証し、
続編です。


私は全面的に先生に待る為に
釜山に来てからは裏の山に祈祷の場所を決めて、
朝晩そこに登って行って天のみ旨が成されることを願う祈祷を捧げました。

そうしたところ、天の秘密が地で成されること、
そして人類が一つに合わされることを、
すべて教えてくださるとおっしゃって下さりながら、

「お前は文先生だけを信じて、従順屈服しなさい。
そして精誠をすべて捧けて祈祷をたくさんして見つけるものを、
すべて見つけて霊界を隅々まで全部通して先生に報告して差し上げて、
天のプログラムに合わせて差し上げるのに不足なものがなくて
初めてお前の責任を果たすことができるのだ。」
とお言い付けになるのでした。

私は天から私に与えられた祈祷の使命を果たす為、
一日も欠かさず凡一洞の裏山の祈祷場所でお祈りを捧げました。

特に天の命令に従って百日祈祷を捧げる途中に生命の水と、
本然の万物の姿を見ましたし、
新しい天と新しい地の世界もみることができましたし、
霊界に入って行って先生と聖霊的お母様にお目にかかって敬礼を捧げたりもしました。


私は大邱(テェグ)に帰ってからもずっと祈祷生活をしました。
七月九日の明け方四時半に起きて祈祷を捧げているときに、
幻でイエス様が顕れました。

「承道姉も先生と一緒に仕事をうまくやることを願うよ」
と言われてお消えになりました。


李ヨハネ牧師が大邱にいらっしゃった後、
私たちは鳳山洞に落ちついて食口たちを集めはじめました。

李牧師は原理講義をして、私は祈祷を通して彼を協助しました。
そうすると始めは三人が集まったのがだんだんその数が増えるのでした。

このようなときに釜山を発たれた先生は、一旦ソウルにいらしゃった後で、
大邱にいらっしゃって劉孝元先生が入教したという知らせをお聞きになって、
十二月二四日に釜山にいらっしゃって影島で彼を中心とした十余名に
約二一日間原理講義をしてくださって再び大邱に来られました。


当時釜山では聖霊の役事が盛んに起こって、全食口が皆啓示を受けました。

ある学生は霊界を通して先生の存在と韓国を中心としてみ旨が成される、
そのすべての事実を知るようになりました。

そうかと思えば、ある食口が自動書記で啓示を記録したのですが、
その内容は「天の息子がいらっしゃったので侍れ」ということでした。


一方ですでに先生の後を追ってソウルヘ上がっていかれた第一のお母様は
最後まで先生の心を家庭的な方向に取り戻すために、
再び先生の後を追って大邱におりて来られたのでした。

従って多くの妨害の役事をキリスト教徒たちと一緒に始めました。
私たちは妨害工作によって集会場所を
ボンドク洞、トンサン洞、トンイル洞、テボン洞などに
およそ十四回も移さなければなりませんでした。

しかし先生を中心とした天の新しい摂理の方向は
微塵も変更することはありませんでした。


大邱ではこのようなことがありました。

鄭ドクキ勧士という婦人食口がいたのですが、
その夫は南山教会の長老でした。

鄭勧士が私たちの集会に出ているという事実を知って、
あらゆる方法で行けないように説得したのですが、
効果がないので、暴行で妨げようとしました。

それでも説得が駄目なところ鄭勧士の頭を刈ってしまった後に、
手に手錠を掛けて部屋の中に閉し込めまでしましたが、
とうとう変わらず出てきてしまったのでした。

そうかと思えば原理講義を引き受けてしていた李ヨハネ牧師も
薬局を経営する鄭東烈という人から、
無数に鞭を打たれたこともありました。


このように迫害がひどくなるに従って私も耐えることができなくなりました。
アンジランイ山に登って行って、熾烈な祈祷を捧げました。

するとあるときは「心配するな。お前の先生が解明して立てた原理が近い将来、
韓国の各地に全部伝播してしまうだろう」
と天から御言をくださるのでした。



草創期の迫害は、お父様だけでなく、
先輩たちも受けられていたのですね。
そういう道を乗り越えてこられた
先輩たちにも感謝の念が堪えません。。。

頭を坊主にされても
また、手錠をかけられても
それでも越えてこられた方がいたことも
以前聞いたことがありましたが、
本当にお父様を慕っていかれました。
そういう世界を相続しないとと思うのです。。



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2018年01月09日

平壌からソウル、そして釜山へ! お父様のため昼夜祈り続ける 《池承道ハルモ二4》



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池承道ハルモ二の証し、続編です。



すべての苦難の蕩減を経て

1948年2月22日、先生は社会秩序びん乱の嫌疑で保安所に拘束されました。

既成教団の指導者たちがおよそ83通の投書をしたといいます。
相次いで十余名の食口が召喚されては、釈放されて出てきました。

私は行事の主導者として追われて逃げて回りながら、
先生の為に祈祷をしていました。

そのような中、ある日は保安所に訪ねてゆくことを決心したのですが、
その日の夜、天から「入って行かないで、先生の為に
昼夜祈祷をして差し上げなさい」と言われたので真心を込めて生活しました。

そんなある日の夜「お前は神聖な決意をしていなさい。
私が早く出るからそのときまで無事にいなさい」
という先生の声が聞こえてきました。


このときから更に一生懸命祈祷をしました。

(数年が過ぎ、韓国動乱の前になって)
けれどもどうしたことか刑事たちが私を逮捕しようと
以前と違い物々しい捜査網をしいたので心がとても不安でした。

そのような祈りに啓示が降りて「南韓に下って行け」というので
公民証はありませんでしたが、老婆のかっこうをして、
米商人たちの中に入り、無事ソウルに到着しました。

ソウルで暮らしながらも先生の身辺の為に熱心に祈祷しました。

一・四後退を経た後からは、明らかに先生は出獄なさって
南韓にいらっしゃっるような予感ばかりしました。

そのとき、私は大邱に避難して「先生を見つけ出してほしい」と
毎日のように神様にせがみました。

そうしたところある日は「お前の先生がいらっしゃる家を見せてやろう」
とおっしゃりながら、幻で見せてくださるのですが、
山の下のちっぽけな家を見せてくださいました。


ある日、私が田舎に外出して帰って来ると、息子のチャンソンが
金インシエ氏に会ったのですが、
先生にお目にかかってきたのだそうだと言いました。

私はすぐ凡一洞の穴蔵の家を訪ねていって
先生と感激の出会いをすることになりました。

先生にお目にかかって、大邱の家に帰って来てから、
先生のことばかり思い出されて、我慢できずまた釜山に訪ねていったところ、
先生が「承道さんが釜山に来ていなければならないんだが…… 」と言われました。

しかし私は大邱の家を捨てて、釜山に行く気待ちになれなかったので、
大変もどかしいばかりでした。

それで一生懸命祈祷したところ
「過去の体で生きた供え物を捧げろ(ローマ書十二章)と言わなかったのか。
早く行け」という啓示がおりました。

このような天の御言を聞いて私はすべての物を捨てて、
釜山へ下って行ったのです。

釜山には姜賢實(カンヒョンシル)氏を始めとし、
金シェサン勧士(キリスト教の教職の一つ。伝道の任務を持つ)
李ヨハネ牧師、呉ヨンチュン執事、金スンチョル氏、
文スンギュウ氏のような方々が先生に侍っていました。

「神様の導きのままに」池承道

分かりやすい日本語に直して
少し編集して掲載しました
文責:ten1ko2



初期のお父様は、多くの迫害を受けました。
お父様の良いところだけを信じ、それを見た方たちは、
お父様の十字架を共に背負うことなく、離れていきました。

しかし、池承道ハルモ二のように、
祈りの精誠を捧げながら、お父様に侍った方たちは、
どのような状況であってもお父様に従っていきました。

今は、多くの基盤ができ、勝利の光が差し込む、
そのような一歩手前まで来ています。

そういう時だからこそ、足元をすくわれないように、
今の天の願いを見つめ、祈りつつ歩んでいきたいと思うのです。

続きます。





*池承道(チスンド)ハルモ二
 1895.9  平安南道にて出生
 1947.11 統一教会入教
 1968.2  二十一年路程功労賞受賞



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2018年01月03日

霊的役事の数々! 私がお父様に仕えた理由 《平壌時代の証し人、池承道ハルモ二3》



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池承道(チスンド)ハルモ二
証し、続編です。


ある日、天から次の様な声が聞こえてきました。

「お前の先生がおられる家がきれいじゃないので、
掃除をきれいにしなければならない。
そしてお前の先生がお住みになっている部屋の左右には
いつも韓国の地図と太極旗を置かなければならない」
と言いながら重ねて強調なさり、

「早く明け方に行って寝ている人々を全部足で踏みつけて起こせ。
そうしてきれいに掃除をしてから三日間断食をしなければならない」
と大声で怒鳴りつけられるので、私は霊的役事を引き起こして
下の部屋、上の部屋と走って回りながら叱りつけました。


このときに私は再度神様がなさることが
どれほど恐ろしいものかということを、今更のように感じたのでした。
しかしその次に生じたことが私においてはもっと恐ろしいことでした。

私が断食をしながら掃除をしようと決意していたときに、
どんな理由からか先生が「承道さんはご飯を食べなさい」
とおっしゃってくださるのでした。

それで私は断食をしなくてもいいのだと思い、
毎日のように家を往復しながら寝食していました。


三日目になる日だったが天から突然私に霊的役事を起こさせました。
私は狂ったように家を走り出て、
先生がいらっしゃる集会所に向かって走りました。

チョゴリの結び紐がとけてひらひらするのも分からず、
ただ走って集会所に到着するや否や
「部屋の中の物を全部持ち出しなさい」と声を上げながら
「主の部屋の中は白い紙で貼って、白い幕をかけなさい」
主の布団は白で新しくしなければなりません」と叫びました。

このようにした後に先生の部屋の壁紙を貼る為にのりを二度も炊いたのですが、
どうしたことかすべて水っぽくて貼ることができなくって、
突然私は物が言えなくなってしまいました。

そうしたら「天から三日間、断食をしろと言ったのに、
お前は従わず食べたので、それをすべて出しておかねばならない」
と言う声が聞こえながらお腹からの喉まで食べたものが上がってきました。

そして意識を完全に失ってしまい、
三時間ぶりに気を取り戻して話すことができるようになったのでした。


話せるようになるや否や、我知らず
「糊が薄くて壁紙を張り替えられませんでした」と話したしたところ、
「食べたもので糊を炊いたのではないか」と天がお咎めになるので
「はい。食べたもので炊きました。」と事実どおり答えました。

そうすると「駄目だ。新しいもので炊かなければならない」
という大きい声が聞こえてくるのでした。

私はすぐ立ち上がって新しいもので糊を炊きはじめました。
そうしたところ、とてもよく炊けました。

このようなことがあった後から、私たちはさらに厳粛に先生に侍るようになりました。


その後、私はこの先生の天的な背景をより具体的に知りたくなったのです。
それで一生懸命、祈祷したところ天から次のように教えてくださるのでした。

「私は太初に大和同の世界をなそうとした。
しかしアダムが堕落してしまったのでそのみ旨を成すことができなくなり、
第二のアダムとしてイエスを立てて、その目的を成就しようとした。
しかし当時のユダヤ民族がイエスを受け入れなかったので
十字架の苦難を受けてしまった。

私は今までの間、「何処に私のみ旨を成すことができる生命の種を蒔こう」
と世界方々をあまねくみてきた。
そうしていて今から二十八年前に地上で一番小さい国である韓国を選んで
その山川が美しい定州の地に天の雫を落としたところ、
そこに人が一人生まれるようになった。
その人がまさにお前の先生だ」

このような天の答えを受けて私は韓国に生まれたことを骨の髄まで感謝するようになりました。

「神様の導きのままに」池承道

分かりやすい日本語に
直して掲載しました
文責:ten1ko2



草創期に、真のお父様に侍るということは、
とても霊的な役事の中でなされていったのだと、
改めて思わされました。

キリスト教の基台があれば、
正しい形で真のお父様をお迎えすることが出来ましたが、
その使命を果たすべき人物が
お父様と一つになることが出来ませんでした。

それゆえ、数少ない基盤であるがゆえに、
霊界の協助があったのかな、と思います。

続きます。



*池承道(チスンド)ハルモ二
 1895.9  平安南道にて出生
 1947.11 統一教会入教
 1968.2  二十一年路程功労賞受賞




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