2018年02月26日

簡単ではなかった! 原理講論・日本語版ができるまで 《小山田先生》



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小山田先生自叙伝「真の父母様の御跡を慕って」より、
光言社HPに掲載された要約を紹介します。


1967年6月12日に真の父母様が来日された際、
韓国で発刊された『原理講論』を日本語に直訳した
分厚い資料を持ってこられました。

日本留学の経験があるなど、日本語の達者な韓国の先生方が
翻訳を担当されたものでした。

その内容について、劉孝元先生を中心として
一つ一つチェックしていきました。

韓国語から日本語への直訳だと繰り返しが多く、長くなります。
それを日本語に訳していくと、
今度は韓国語の元々の意味が失われることがあります。

すると、「それは日本語では通じません」ということになり、
侃々諤々の話し合いが続きました。

私は「翻訳とは、こんなにも難しいものか」と感じました。
「原著者が来ても、このぐらいかかるのだから、
普通の翻訳なら数割しか正確に伝わらない」
ということを強く感じたのです。

例を挙げると、前編・第一章「創造原理」の「神の二性性相」の中の
「神の本性相と本形状は、
各々本陽性と本陰性の相対的関係をもって現象化する」

との言葉は、元々ありませんでした。
それを劉孝元先生が、お父様に進言し、
「それでよい」と許可を頂いたわけです。

また、同第七章「キリスト論」には、
「重生論」とありますが、日本には「重生」という言葉がありません。

そのため、「最初の段階では『新生』としてよろしい。
しかし、版を重ねる際には『重生』にしなさい」となったわけです。

もう一つ重要な部分として、後編・第六章の「再臨論」では、
メシヤが来られる国、韓国について、いろいろと条件が記されていますが、
初版は簡潔にまとめられています。

これについても、お父様から
「再版のときは詳しく載せるように」とのご指示を頂きました。

天来のみ言ですから、聖書のごとく
「一言一句加えてはならない、削ってもならない」というのが原則ですが、
お父様はそれぞれの国の事情を考慮し、多少の手心を加えてくださいました。

日本がこのみ言を受け入れやすいよう、配慮してくださったのです。

小山田秀生先生の自叙伝「真の父母様の御跡を慕って」
第2回「真の父母様の御来日と原理講論」より
「祝福家庭」87号(2017年冬季号)にも掲載



原理講論の発刊にあたって、
多くのご苦労があったということ、
特に日本に対して、お父様が
様々な配慮をしてくださったということを
初めて知りました。

確かに日本には、「重生」という言葉はありません。
今では当たり前のように受け取られるみ言も
時代の恩恵圏、霊的勝利圏が土台になっているのだと思います。

多くの精誠が詰まった原理講論。
もう一度、貴く思いつつ、
み言を噛みしめていきたいと思うのです。





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〜このブログの文字が小さいというご指摘について〜

いつも当ブログを愛読して頂き、ありがとうございます。
ごもっともなご意見なので、
即変更していきたいところですが
このsesaaブログのサービスでは、
通常のサイズと拡大と、縮小の
3タイプのサイズしかありません。

大きくするとなると拡大ですが、
pc用の画面で、1行24文字までになり
一つ一つの記事がとても長くなってしまいます。
いずれ大きくすることも検討したいと思いますが、
今しばらくは、これまでのサイズのままにしていきたいと
思いますので、小さくて不自由をおかけしますが、
皆様の方で、表示を拡大するなど
工夫して頂けるとありがたいです。

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posted by ten1ko2 at 10:34 | Comment(2) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

(証し)啓示、啓示、啓示! 迫害に次ぐ迫害の中で… 《池承道ハルモ二5》



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池承道ハルモニの証し、
続編です。


私は全面的に先生に待る為に
釜山に来てからは裏の山に祈祷の場所を決めて、
朝晩そこに登って行って天のみ旨が成されることを願う祈祷を捧げました。

そうしたところ、天の秘密が地で成されること、
そして人類が一つに合わされることを、
すべて教えてくださるとおっしゃって下さりながら、

「お前は文先生だけを信じて、従順屈服しなさい。
そして精誠をすべて捧けて祈祷をたくさんして見つけるものを、
すべて見つけて霊界を隅々まで全部通して先生に報告して差し上げて、
天のプログラムに合わせて差し上げるのに不足なものがなくて
初めてお前の責任を果たすことができるのだ。」
とお言い付けになるのでした。

私は天から私に与えられた祈祷の使命を果たす為、
一日も欠かさず凡一洞の裏山の祈祷場所でお祈りを捧げました。

特に天の命令に従って百日祈祷を捧げる途中に生命の水と、
本然の万物の姿を見ましたし、
新しい天と新しい地の世界もみることができましたし、
霊界に入って行って先生と聖霊的お母様にお目にかかって敬礼を捧げたりもしました。


私は大邱(テェグ)に帰ってからもずっと祈祷生活をしました。
七月九日の明け方四時半に起きて祈祷を捧げているときに、
幻でイエス様が顕れました。

「承道姉も先生と一緒に仕事をうまくやることを願うよ」
と言われてお消えになりました。


李ヨハネ牧師が大邱にいらっしゃった後、
私たちは鳳山洞に落ちついて食口たちを集めはじめました。

李牧師は原理講義をして、私は祈祷を通して彼を協助しました。
そうすると始めは三人が集まったのがだんだんその数が増えるのでした。

このようなときに釜山を発たれた先生は、一旦ソウルにいらしゃった後で、
大邱にいらっしゃって劉孝元先生が入教したという知らせをお聞きになって、
十二月二四日に釜山にいらっしゃって影島で彼を中心とした十余名に
約二一日間原理講義をしてくださって再び大邱に来られました。


当時釜山では聖霊の役事が盛んに起こって、全食口が皆啓示を受けました。

ある学生は霊界を通して先生の存在と韓国を中心としてみ旨が成される、
そのすべての事実を知るようになりました。

そうかと思えば、ある食口が自動書記で啓示を記録したのですが、
その内容は「天の息子がいらっしゃったので侍れ」ということでした。


一方ですでに先生の後を追ってソウルヘ上がっていかれた第一のお母様は
最後まで先生の心を家庭的な方向に取り戻すために、
再び先生の後を追って大邱におりて来られたのでした。

従って多くの妨害の役事をキリスト教徒たちと一緒に始めました。
私たちは妨害工作によって集会場所を
ボンドク洞、トンサン洞、トンイル洞、テボン洞などに
およそ十四回も移さなければなりませんでした。

しかし先生を中心とした天の新しい摂理の方向は
微塵も変更することはありませんでした。


大邱ではこのようなことがありました。

鄭ドクキ勧士という婦人食口がいたのですが、
その夫は南山教会の長老でした。

鄭勧士が私たちの集会に出ているという事実を知って、
あらゆる方法で行けないように説得したのですが、
効果がないので、暴行で妨げようとしました。

それでも説得が駄目なところ鄭勧士の頭を刈ってしまった後に、
手に手錠を掛けて部屋の中に閉し込めまでしましたが、
とうとう変わらず出てきてしまったのでした。

そうかと思えば原理講義を引き受けてしていた李ヨハネ牧師も
薬局を経営する鄭東烈という人から、
無数に鞭を打たれたこともありました。


このように迫害がひどくなるに従って私も耐えることができなくなりました。
アンジランイ山に登って行って、熾烈な祈祷を捧げました。

するとあるときは「心配するな。お前の先生が解明して立てた原理が近い将来、
韓国の各地に全部伝播してしまうだろう」
と天から御言をくださるのでした。



草創期の迫害は、お父様だけでなく、
先輩たちも受けられていたのですね。
そういう道を乗り越えてこられた
先輩たちにも感謝の念が堪えません。。。

頭を坊主にされても
また、手錠をかけられても
それでも越えてこられた方がいたことも
以前聞いたことがありましたが、
本当にお父様を慕っていかれました。
そういう世界を相続しないとと思うのです。。



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posted by ten1ko2 at 09:14 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

平壌からソウル、そして釜山へ! お父様のため昼夜祈り続ける 《池承道ハルモ二4》



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池承道ハルモ二の証し、続編です。



すべての苦難の蕩減を経て

1948年2月22日、先生は社会秩序びん乱の嫌疑で保安所に拘束されました。

既成教団の指導者たちがおよそ83通の投書をしたといいます。
相次いで十余名の食口が召喚されては、釈放されて出てきました。

私は行事の主導者として追われて逃げて回りながら、
先生の為に祈祷をしていました。

そのような中、ある日は保安所に訪ねてゆくことを決心したのですが、
その日の夜、天から「入って行かないで、先生の為に
昼夜祈祷をして差し上げなさい」と言われたので真心を込めて生活しました。

そんなある日の夜「お前は神聖な決意をしていなさい。
私が早く出るからそのときまで無事にいなさい」
という先生の声が聞こえてきました。


このときから更に一生懸命祈祷をしました。

(数年が過ぎ、韓国動乱の前になって)
けれどもどうしたことか刑事たちが私を逮捕しようと
以前と違い物々しい捜査網をしいたので心がとても不安でした。

そのような祈りに啓示が降りて「南韓に下って行け」というので
公民証はありませんでしたが、老婆のかっこうをして、
米商人たちの中に入り、無事ソウルに到着しました。

ソウルで暮らしながらも先生の身辺の為に熱心に祈祷しました。

一・四後退を経た後からは、明らかに先生は出獄なさって
南韓にいらっしゃっるような予感ばかりしました。

そのとき、私は大邱に避難して「先生を見つけ出してほしい」と
毎日のように神様にせがみました。

そうしたところある日は「お前の先生がいらっしゃる家を見せてやろう」
とおっしゃりながら、幻で見せてくださるのですが、
山の下のちっぽけな家を見せてくださいました。


ある日、私が田舎に外出して帰って来ると、息子のチャンソンが
金インシエ氏に会ったのですが、
先生にお目にかかってきたのだそうだと言いました。

私はすぐ凡一洞の穴蔵の家を訪ねていって
先生と感激の出会いをすることになりました。

先生にお目にかかって、大邱の家に帰って来てから、
先生のことばかり思い出されて、我慢できずまた釜山に訪ねていったところ、
先生が「承道さんが釜山に来ていなければならないんだが…… 」と言われました。

しかし私は大邱の家を捨てて、釜山に行く気待ちになれなかったので、
大変もどかしいばかりでした。

それで一生懸命祈祷したところ
「過去の体で生きた供え物を捧げろ(ローマ書十二章)と言わなかったのか。
早く行け」という啓示がおりました。

このような天の御言を聞いて私はすべての物を捨てて、
釜山へ下って行ったのです。

釜山には姜賢實(カンヒョンシル)氏を始めとし、
金シェサン勧士(キリスト教の教職の一つ。伝道の任務を持つ)
李ヨハネ牧師、呉ヨンチュン執事、金スンチョル氏、
文スンギュウ氏のような方々が先生に侍っていました。

「神様の導きのままに」池承道

分かりやすい日本語に直して
少し編集して掲載しました
文責:ten1ko2



初期のお父様は、多くの迫害を受けました。
お父様の良いところだけを信じ、それを見た方たちは、
お父様の十字架を共に背負うことなく、離れていきました。

しかし、池承道ハルモ二のように、
祈りの精誠を捧げながら、お父様に侍った方たちは、
どのような状況であってもお父様に従っていきました。

今は、多くの基盤ができ、勝利の光が差し込む、
そのような一歩手前まで来ています。

そういう時だからこそ、足元をすくわれないように、
今の天の願いを見つめ、祈りつつ歩んでいきたいと思うのです。

続きます。





*池承道(チスンド)ハルモ二
 1895.9  平安南道にて出生
 1947.11 統一教会入教
 1968.2  二十一年路程功労賞受賞



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