2021年07月03日

「泣く教会」の礼拝模様 神の愛とみ言に酔った人々、歌い、踊り… 《金元弼先生》



210703.jpg


金元弼(キン ウォンピル)先生の貴重な平壌時代証し
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」

一章を終わり第二章に入ります。
「いつも弟子に関心をもたれる先生」より
2コマを紹介します。


祈りと神と人への愛

礼拝のお祈りの時、あるいは準備をしている時には、
常にほかの人のことを考えてほしいと思います。

お祈りしているということは、神との対話の時間になるわけです。
お祈りしている時に、“バン”と音がしますと、
皆さんのお祈りはパッと切れ、分散されてしまいます。

ですからお祈りをしている人がいる時には、
神を愛する、人を愛するという礼儀作法として、
その人の邪魔にならないようにするということは
非常に大事なことだと思います。

私がたまたま部屋でお祈りしていると、非常に大きな音を立てて、
そのまま気にかけずに歩いていく人がいますけれども、
皆さんはそういう人に教えてあげなければいけません。

祈祷は神との対話の時間だということを皆さんはよく心得て、
人の邪魔にならないような生活をするということ自体が、
その人を愛し神を愛することになるわけです。


み言に酔った信徒

日曜日には、サンデー・サービス(礼拝)があります。

説教者に予定されたとき、どのように説教したらよいか
分からないので、日曜日が来るのが非常に不安な時があります。

聖書を中心としてどのように説教したらいいのか。
統一原理の内容と聖書をどのようにかみ合わせていったらいいのかと。


先生はいつも朝早くみ言を語られました。
今は聖書をそんなに見られませんけれども、
先生が韓国におられた時に、サンデー・サービスの前には
必ず聖書を読んで、聖書の内容を中心として、
ずっとみ言を語ってくださいました。

先生が説教していらっしゃると、
霊能者たちは高い心霊の状態になりました。

ある人にお祈りをさせると、代表して
立ってお祈りするのですが、霊界に入ってしまうのです。
その祈りが終わらないと、次の式順に進めません。

非常に不思議なことですが、先生が「もうやめなさい」と言われると、
霊界に入っていたその人は、自分の意識に帰るのです。
そういう場面を見ますと、先生の世界がちょっと分かりました。

 
礼拝が進行しているうちに、先生のみ言を聞いて、
自分はどれくらい神に心配をかけていたことかと
悔い改めの悟りをしました。

ですから説教の時にも、お祈りの時にも、
涙を流して泣かない人はいないのです。

中には恵みを受けて喜んで涙を流す人もあれば、
悔い改めの涙を流す人もあり様々でした。
神の愛に感謝して涙を流す人もいました。
涙を流す動機はそれぞれ違いました。

涙を流すにも、ただ涙を流すのではなく、
胸をたたきながら泣く人もいました。
ある人は体が震え、ある人は大きな声を出しました。


その人はおばあさんですが、立って踊るのです。
しかし皆様が思うようなそういう踊りではありません。

韓国の女の人は、人の前では踊ることも
歌うこともありませんでした。
ですからこれは自分の意志ではなくて、
霊の助けによって踊っていたのです。

踊る人自身も目を開けているのではなく、目をつぶって踊りました。
ある人は喜びがあふれて、歌を歌うにしても
手をたたきながら歌うのでした。


酒に酔っぱらった人のことを考えてみれば、
大変理解がしやすいだろうと思います。
酒に酔ったら黙っていません。

歌を歌い、踊って喜びを発散させます。
笑ったり泣いたり、話をどんどんする人もいますし、
いろいろな人がいるのです。

もともと人間が神の愛に酔っぱらう世界が
神の理想世界だというのです。
神の理想世界は神の愛で酔っぱらう世界。

そのような酔うという本性がありますから、
神の愛に酔うことができないと、
トランプでも良いし何かで酔っぱらおうとするのです。

お酒に酔っぱらっている様子と神の愛に酔っている様子は、
全く異なるものではないということをお話ししたかったのです。
しかし、方向性が違います。


初期の先生による礼拝の雰囲気は、
本当に神の愛に酔っぱらったようなものでした。

ですから騒がしくて、それを理解できない
周りの住宅街の人たちは、教会の隙間からこれを見ていたのです。

こういう状態で、夜になると夫や妻を近づけないということと
連結して考えてみると、これは本当に
淫乱なことがあるからそうなのではないかと考えたのでした。

I 平壌開拓から興南解放
第二章 いつも弟子に関心をもたれる先生
「祈りと神と人への愛」
「み言に酔った信徒」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


「神様の愛に酔う」・・・
お酒に酔うのと同じような状態だと考えると
神様の愛をまだまだ知っていない、
まだまだ到達していないな、と思わされます。

信仰生活とは何か、
「神様と善霊がともにある生活である」
昔、先輩から講座を受けたことがあります。

本然の世界というのは、
本当に素晴らしい世界であるに違いありません。
ただ待っていても到達するわけではないですから、
日々、神様と絶対善霊を意識しつつ
感謝して過ごしていきたいと思うのです。





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:20 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月25日

開拓伝道先に息子が高熱の知らせ・・・母の決断は (日本草創期の証し)



210525-1962.0531.jpg


日本家庭連合の草分けの時代、
松本ママに名古屋で伝道された
長谷川みつゑさんの証しです。


  竹内(現 長谷川)みつゑさん、入教(1961.9)
  ◇竹内みつゑさんの手記


春の神様ってどんな神様かしら、
昔幼い頃よく考えたものでした。…

しかし成長する過程にあって…
無情で冷たい神様に思えてしまったり、…
神様と自分は遠く離れた存在になってしまった。…

そんなさびしい私が再び幼児に蘇生したのは
一昨年の9月でした。
神様と共に自然一切が私の教材として戻ってきたのです。…

神様は草木一つにも道端の石ころ一つにも、
それを通じて私たちに語り続けていて下さったことを
知ることができたのです。…

一日も早くすべての人に父の御旨を、
万物のうめきを知らさねばと、
せかされる毎日です。…

名古屋→大阪→東京→京阪神→九州福岡を回り、
そして再び振り出しに戻ったのは(名古屋)
昨年11月4日でした。

一昨年9月三つ子として誕生した二人のお姉様
(大野幸子さんと松本静永さん)と涙の再会をなし、
新たな決意と誓いのもとに天の父の導きを得て、
日も遠くなく次の三つ子の誕生を見ることができました…。
…私たちは声をあげ涙の賛美を天に贈りました。

(『成約新聞』第35号、1963.4.15付より)



  ◇竹内さんを伝道した松本道子さんの証し

竹内みつゑさんが、実地訓練のために大阪にやってきました。

ところが彼女が来て40日ほどたった頃、
息子が熱を出して死にそうだからすぐ帰って来い
という電報が来たというのです。

彼女は困って「どうしたらいいでしょうか」
と相談に来ました。

「私は行くなとも、行きなさいとも言うことはできません。
…神様に祈って、あなたの知恵と責任で考えてごらんなさい」。

私にこう言われて、彼女は必死に祈って考えたようです。
…ところが翌朝「ママ、私やっぱり行かないわ」
と、こう言うのです。

その訳を尋ねると、「夕べ、夢を見たの」ということでした。
…「私は、神様の多くの子供を救わなければいけないんです。
たった一人の自分の子供のために退くことはできないわ。
だから、私は行きません」と、真剣な顔で言うのでした。

そして、家には行かず、福岡の開拓へと出発しました。
するとその3日後、再び家から連絡が来て、
子供は3日間熱を出したが、
3日後に熱が下がって良くなったということでした。

…こうして彼女は福岡の開拓者となり、
地区長までやるようになりました。

(松本道子『信仰は火と燃えて』より)

歴史編纂委員会・編著(光言社・刊
『日本統一運動史〜文鮮明先生御夫妻と日本の統一教会および統一運動の歩み』より)
第三章 日本に真の御父母様を迎える準備時代
三、草創期を築いた人々の歩み
(3)最初の主要都市開拓伝道以後の歩みと入教者の証し(1961.6〜)
2. 竹内(現 長谷川)みつゑさん、入教(1961.9)

日本統一運動史 33
日本に真の御父母様を迎える準備時代P
(blessed lifeより)


前回の記事でもお伝えしたように、長谷川夫人は、
松本ママが名古屋で最初に伝道された方です。

その後、福岡で責任者をされていた時、
お父様が来日され、劇的な出会いを
もっていかれるようになります。

証しを読ませていただく中で、
アブラハムのイサク献祭の話を思い出しました。

愛する子供が熱を出したのに
み旨を優先して開拓伝道にまい進された・・・
これは家族や周囲から見れば
非常識にしか見えないと思います。

しかし、神様に祈った上での選択でしたから、
きっと天に守られたのでしょう。

長谷川夫人は、日本の草分け、
本当に何もない中を、基準を立ててくださいました。

草創期の先輩たちは、家庭を犠牲にされ
み旨に投入していかれましたが、
韓国における1970年からの3年間の開拓伝道は
その最たるものの一つでしょう。

このとき、摂理的に見れば、どうしても
天側の精誠の条件が必要な時でした。
南北韓の緊張の中で、
真冬に漢江(ハンガン)が凍れば
北が攻めてくる計画があったといいます。

その当時、開拓伝道に出た婦人たちは、
そのような深刻な摂理的な事情は知りませんでしたが、
天の願いを優先し、歩まれました。

そういう先輩たちの歩みがあって、
今の私たちがいるのだ、ということを
決して忘れてはならない、と改めて思いました。





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)



posted by ten1ko2 at 08:27 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月12日

裏切られて泣いた日もあった… 松本ママ 日本統一教会の草分け、名古屋開拓伝道の証し



210515-1961.07matsumoto.jpg


日本家庭連合の初期の初期、
日本の母、松本ママの名古屋開拓伝道の証しです。


初めての開拓伝道が開始されました。
名古屋に行って伝道所もできない間に、
西川先生が巡回に来られるというので困ってしまいました。

その時は金おばあちゃん(金在任《キムジェイム》さん)の家に
住んでいたのですが、そこは焼け跡に
トタンで囲いを立てて畳2枚を敷いた所なんです。

仕方なくて名古屋城とか市内を案内していたら、
西川先生は「どこに泊まっているの?」と聞くのです。

「おばあちゃんの家にいるのだけれど、
そこは焼け跡で、とても案内できる所じゃないんです」
と答えたのですが、それでも連れていくように言うのです。

案内すると西川先生は
「神の娘が泊まる所は天国だ」と言います。

金ばあちゃんもメシヤに会うような喜びようで
「今夜はごちそうだ」と言って、
スイカを切って出したりしました。

その日は深夜まで話が尽きなくて、
翌日西川先生は帰られました。」

(『ファミリー』1983年9月号より)

一足きりのサンダルは、減ってスリッパのようになり、
石につまずいて足から血を流しながら
名古屋中の教会を片っ端から訪ね、
ただひたすら伝道して歩きました。…

しかし、すべての教会は…こぞって私を非難し嘲笑したのでした。
そうしたある日、路傍で一人のクリスチャンの女性に会い…
自分の家に来てほしいと言います。…

往復3時間もかかるところにありましたが…
毎日その家を訪ね、2時間ずつ講義をしていきました。…

いつものように彼女の家を訪ねていくと…
お母さんが出てこられ『娘は今朝旅に出ました。…
明日からは来なくて結構です。
これは…今まで…通って下さったお礼です』
と言って、封筒を差し出すのです。

込み上げてくる悲しみと義憤にかられて…
封筒を床に叩きつけ…あまりに悲しくて…
そのまま気を失うかと思うほどに泣いたのです。…

どんなに…殴られたり、蹴られたりしても、
そんなのはちっとも痛くないのです。
このように裏切られた時の心情というものは、
本当に耐えられないもので、岩の上に座ると、
また涙が溢れて来るのでした。

そして、二千年前の…イエス様の心情が
ひしひしと伝わってきて、
また絶叫の涙が溢れるのでした。

そして『…神様、私はもうクリスチャンを伝道しません。
こんな悲しさに耐えられません』と
神様に向かって泣いて訴えました。

 
伝道する力はないのですが、路傍伝道の時間が迫ってくると…
黒板をさげ、山をとぼとぼと下りて…
名古屋の駅前に立って、この日は泣きながら訴えました。

…家につくと、一晩中泣いて祈って、
その夜は泣きながら眠ってしまいました。

目が覚めると…この日からはもう
クリスチャンにこだわらず…
すべての人々に伝道することにしました。
…それで40日を終わろうと思ったのです。

…そうして歩いていくうちに…講義の約束ができ…
3人の婦人が待っていました。
…細心の注意を払って…救世原理を語りました。

イエス様のゲッセマネの心情を訴え…
神様の歴史的心情を訴えました。

…ところが講義が終わりに近づいた頃、
…竹内みつゑさんという婦人が…やってきました。

この婦人はとても熱心なクリスチャンで
途中からでしたが側へ来て、
じっと話を聞いているのです。

そして…人間の罪の根、原罪は淫行にあると結論づけると、
彼女は噛み付きそうな顔をして怒り出しました。

『どこの聖書に、原罪が淫行だと書いてあるんですか。
…とんでもない話です。あなたは異端です』
と、私に食ってかかるのです。

…後から来て水を差すものですから…
「あなたは途中から入って来たのではありませんか。
初めから聞かないで…間違っていると
結論を出すことはできないでしょう」…。

そうなると、竹内さんも私に劣らず勝ち気な人ですから、
その場で激しい口論が始まりました。
そして「…初めから聞かなければわからない
というなら、初めから聞こうではありませんか」
と言い出したのです。…

 
翌日、大野(幸子)さんの家に行くと、
8人くらいの人が集まっていました。

竹内さんは昨日の話に憤慨し、
「とんでもないことを言う人が来ました。
皆さん、話を聞いてみましょう」
と仲間のクリスチャンに呼びかけて集めていたのです。

…創造原理から始めて…復活論まで、
私は機関銃のように一気に語りました。

…夜には13人に増え、気が付いたら夜中の1時でした。
…その時には、もう貧血で倒れそうでした。

…その日はちょうど、開拓を始めて40日目でした。…
「…私はもう東京へ帰らなければなりません。
どうか最後にこの終末論だけ聞いて下さい」
と必死で頼むと、…翌日、…13人の中の一人、
松本静永さんの家で講義をすることになったのです。

…希望に満ちた終末の話を聞き、
彼女たちは泣いて喜んで
『ハレルヤ、ホザナ』と口々に叫びながら、
私の周りに集まってきました。

そして「松本先生、どうぞ行かないで
私たちを指導して下さい」と言って私を引き止め、
その中の小牧さんというお婆さんは、
まだ開業していない幼稚園を
教会として献納して下さいました。

そのうえ、金婆さんが来て…5万円という大金を
献金してくれたのです。
…名古屋に初めての統一教会ができたのでした。

(松本道子『信仰は火と燃えて』より)

歴史編纂委員会・編著(光言社・刊
『日本統一運動史〜文鮮明先生御夫妻と日本の統一教会および統一運動の歩み』より)
第三章 日本に真の御父母様を迎える準備時代
三、草創期を築いた人々の歩み
(3)最初の主要都市開拓伝道以後の歩みと入教者の証し(1961.6〜)
1. 松本道子さんの名古屋開拓伝道

日本統一運動史 32
日本に真の御父母様を迎える準備時代O
松本道子さんの名古屋開拓伝道

(blessed lifeより)


松本ママの証しは、
古い方なら誰もがご存じかと思います。
また、ブログにも過去、何度か掲載しました。

今回、ブレストライフに取り上げられていたので
改めて読み直して、
伝道の原点に帰らされたというか、
み旨を歩む動機をただされるので、
皆様にも紹介しようと思いました。

どんな迫害にあっても決して屈せず、
真の限りを尽くして歩まれた松本ママ。。。

先日の勝利報告大会では、
自叙伝を多数配布された家庭が式典に招待され、
表彰を受けていました。

知り合いの韓日家庭の婦人も、
毎日一人で伝道実践をして、
自叙伝を配布しているそうです。

松本ママの心情、精神を相続して、
多くの人にみ言を伝えることができるように、
み旨に邁進していきたいと思うのです。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 09:49 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする