2023年01月17日

牧会者(牧師)が3回同じ質問をしたら、信徒は・・・ 《方相逸大陸会長》




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家庭教会では、一般で言う牧師のことを
「牧会者」と呼びます。

「牧会」とは、牧師が礼拝などを通して
信徒たちを導くこと。

イエス・キリストが「わたしの羊を養いなさい」と
言われたみ言によって、
信徒は羊、牧師は牧者にたとえられます。

先日紹介した、方相逸(バン サンイル)大陸会長のみ言。
続編です。

教会で親の立場にある牧会者

皆さんは、イスラエルの十二支派のことをご存じでしょう。
各部族に土地が割り当てられたのですが、
祭司であるレビ族には分配されませんでした。

レビ族には、神様が臨在される祭壇を守る使命が与えられ、
ヨセフの子マナセ、エフライムの部族を加えた
他の十二部族が、自分たちの収入の
十分の一を捧げて支える仕組みになっていたのです。

これは、ユダヤ教やキリスト教の伝統として、
信徒が教会に十分の一献金を捧げる由来の一つとなりました。

レビ族が祭壇を守ることで、イスラエル民族は
神様の保護を受けることができました。


牧会者は教会の祭壇を守り、
食口たちの霊的生命に責任を持っています。
親の立場で、寝ても覚めても
食口のことをわが子のように心配するのです。

親はいつも、子供が元気でいるか、
悩んでいないかと気にかけ、つらそうなら
すぐに対処しようとするでしょう。

そのように食口と向き合い、話を聞いてあげるのです。

そのためにも、日々の祈りは欠かせません。
天の前に食口たちの名前を挙げながら、
涙を流して祈ってあげてください。


また、牧会者は絶対に驕慢になってはいけません。
常に謙虚、謙遜な姿勢が求められています。

真のお父様は、牧会者は
いちばんかわいそうな立場だから、
食口たちはよく侍らなければならないと
指導されたことがあります。

食口の中には、教会に対して
不平不満を言う人もいるでしょう。
牧会者は、それを全て受け止め、
愛をもって包み込んでいくのですが、
時には悩みも生じます。

食口の皆さんは、今が、「侍(はベ)る」ことが義とされる
「侍義時代」であることを忘れてはなりません。


キリスト教では、「信じる」ことが強調されました。

キリスト教徒たちは、イエス様の十字架による贖罪を信じ、
イエス様を救世主として受け入れることで
天国に行けると信じたのです。
家庭連合は、再臨主による救いを信じるだけではなく、
天に侍って慰めようとするところに
キリスト教との違いがあります。

そして、キリスト教徒たちは、
牧師を神様のごとく尊重します。
牧師が指導したり、牧会する内容について、
信徒たちはその言葉どおり信じるのです。

韓国でキリスト教が発展したのは、このように
牧師と信徒が一つになっていたからだと思います。


皆さん、牧会者や教会スタッフに
不平不満をぶつけないようにしてください。
真のお父様は、不平不満は
毒薬と同じだと指導されました。

教会の不足な点が目についたり、
思いどおりにいかないことが続いたりすれば、
不平不満を漏らしたくなるのは分かります。

しかし、そのようにすれば自らを害するのです。

私の姉は七十七歳になりますが、バリバリのキリスト教徒です。
イエス様に対する絶対信仰の持ち主なので、
今も、姉と会うと大げんかになることもあります。

姉は真剣なまなざしで私に言います。
「相逸、お祈りはイエス様の名前で
しなければならないんだよ」と。

姉が、自分が通う教会のことを悪く言うことは決してありません。
聖書の言葉をそのごとく信じ、
朝から晩まで「ハレルヤ、イエス様。
ハレルヤ、イエス様」 と唱える一途な信仰を見ると、
一刻も早くキリスト教徒たちを祝福に導き、
天国に行けるようにしなければならないと思わされます。

私たちは、お互いに悪口を言わないと誓いましょう。
言葉は貴いプレゼントです。
相手を賛美するためにあるのが言葉 なのです。


ここで、ある八十歳の父親と
六十歳の息子の会話を紹介します。

電線にすずめが二羽、留まっていました。
父親が、「あれは何?」と息子に尋ねます。
息子が「すずめだよ」と教えると、
父親は「ああ、そうなんだね」と、 うれしそうに答えました。

しばらくして父親が、「あれは何?」と聞くので、
「すずめだよ!」と、息子の言葉が少し荒くなりました。

そして、 再び父親が「あれは何?」と尋ねた瞬間、
息子は「すずめと言っているでしょう!
何度言ったら分かるの!」と、ついに怒り出してしまったのです。

そのとき、父親が言いました。
「私は、あなたが三、四歳の頃、
『お父さん、あれは何?』と聞かれて、
『すずめだよ』と答えるのを、
百回以上繰り返したんだよ。
それでも、全く嫌ではなかった。
一回、一回本当に愛を込めて
返事したんだよ」


この話を聞いて思い当たることはありませんか。

牧会者が三回、皆さんに同じ質問をしたら、
皆さんはイライラし始めるのではないでしょうか。

しかし、牧会者は親の立場なので、
皆さんが、十回、百回、同じことを尋ねても、
忍耐強く丁寧に答えてくれるでしょう。

皆さんが、牧会者のことを思いやり、
温かい関係を築いてくださるよう願います。

よく祈り、与えられた環境に
感謝して歩む

拝読したみ言では、「心情」についても語られていました。
信仰生活において、
天と心情が通じることはとても大切です。

方相逸・大陸会長
2022.11.6 渡邊一喜・南東京教区長就任式
2022.12 World Family『世界家庭』より


牧会者はどんな立場かというと、
神様が送ってくださった方である、
という認識を持つことが重要であると思います。

私自身は、同じ教会に長年いますが、
教会長は、8人目です。
その時に立てられた教会長は、
意味があって立てられた方である、
というのをつくづく実感します。

教会長の背後に神様を見出す、
そんな日々の信仰でありたいと思うのです。




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2023年01月08日

(証し)私と兄は、2世だと知らずに伝道されました! それを聞き、文先生が語ったこと 《大陸会長》




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大陸会長のみ言
「二世たちがみ旨の先頭に立つとき」
から抜粋して紹介します。


私は、三万双の祝福式が行われた頃、
韓国で巡回伝道団の責任者をしていました。

伝道団には、大学卒業後、牧会者になることを
希望する青年が約百三十人所属し、
現場に配置されるまでの一年間、
さまざまな訓練を受けていました。

そこで出会った一人の青年男性のことを
話そうと思います。

かれは自己紹介のとき、「私は最近まで、
自分が二世であることを知りませんでした」
と語りました。

彼の両親は、七十二家庭です。
ソウルで献身的に歩んでいましたが、
親を介護するため、三十八度線近くの
田舎に引っ越すことになりました。

貧しい暮らしで、真の父母様のお写真を
手に入れることもできず、仕事が忙しくて、
教会も遠いので、だんだんと疎遠になっていきました。

彼には兄がいます。
二人共勉強がよくできて、
兄はソウル大学、彼は延世大学に入学。

そして、彼が先に伝道され、兄を誘って
一緒に夏休みの修練会に参加したのです。

み言に感動した二人は復帰(伝道)され、
三万双の祝福式があることを知らされます。
それで、二人は書類を準備し、
一世の祝福の申し込みをしました。

彼らは、親に知らせずに結婚することが心に引っかかり、
一緒に田舎に帰り、信仰を証して(告白して)
祝福結婚式に参加する許可をもらうことにしました。

日本は今、ひどい偏向報道が行われていますが、
当時の韓国はもっと大変でした。
一千万人のキリスト教徒たちが、連日、
統一教会の批判を繰り返したのです。

親を前にした二人は、
激しく反対されるのではないかと心配し、
祝福結婚式の話をなかなか
切り出すことができませんでした。

いよいよ、母親から「話があるんでしょう!」と促され、
このように話が進んだそうです。

「実は結婚したいんだ」
「あなたたちは大学生でしょう。
何で今なの? 相手はいるの?」

「まだいないんだけど ......。
今、統一教会というところに通っていて、
祝福結婚式に参加したいんだ」。

横になって眠りかけていた父親は飛び起き、
母親は「何!」と大声で叫びました。

二人が身構えると、母親は泣きながら、
「真の父母様、ありがとうございます」と言いました。

あぜんとする息子たちに、母親は
「あなたたちは七十二家庭の祝福二世なんだよ」
と打ち明けました。

翌日、両親は仕事を休んで本部を訪れました。
自分たちが七十二家庭であることの確認を受け、
息子たちが提出した書類を探し出して、
改めて二世祝福を申し込んだのです。

彼らは、無事に二世祝福を受けて、
りっぱな家庭を築いています。


その報告を耳にされた真のお父様は、

「祝福家庭の夫婦が教会に来ないのは、
 自分たちで決めたことだから、しょうがない。
 
 しかし、二世たちは真の父母の子供であり、
 あなたたちの子供ではありません。
 あなたたちの体を通して生まれてはきたけれど、
 真の父母の子供なのです。

 だから、二世たちを全て捜し出して、
 真の父母の前に連れてくるように」

とおっしゃり、韓国中の教会で大騒ぎになりました。

今、さまざまな事情で教会に来られていない
二世がたくさんいます。
彼らを皆、天の前に連れて帰らなければなりません。

マスメディアに登場する二世たちとも向き合い、
苦しかったことや悲しかったこと、
胸の痛みを全部聞いてあげてください。

これが、神様の願いであり、
真の父母様の願いだと思います。

2022.12 World Family


私たちが3万双の祝福を受けたとき、
折よくグラウンドの席に並ぶこととなったのですが、
並んでいる私たちの前を
颯爽と入って来られた新郎新婦たちが
おられました。

それが、若い祝福2世のカップルたちでした。
彼らは祭壇近くの前のところに並びました。

その姿を目の当たりにしながら、
祝福2世の聖さを感じたことが、思い出されます。

私たちと同じ時に祝福を受けたこの兄弟が
教会を証しされずに育ち、
あとから導かれて、実は二世だった。。。
本当に感動的な証しです。

宗教二世という名でマスコミでは、
多くの批判に晒されている状況ではありますが、
その価値はどれほどのものでしょう。

私たちも二世を持つ父母として、
真の父母様に正しく連結できるように
貴く育てていかなければ、と思うのです。


これは、2世教区長の就任礼拝で語られた
メッセージの一部です。
また続編を紹介しますので
お楽しみに。



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2023年01月03日

旧統一教会、どうして否定ばかり受けるのか 最愛の人を失い続けた文先生の生涯 《史吉子先生》




神様のみ旨がある所には、
必ず道があります。



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史吉子(サ キルジャ)先生
「原理によるみ言の証」より
『自己否定の意義と秘訣 』を紹介します。


天使長が神様から愛されようとして犯した自己中心が、
エバに伝えられ、アダムに移されて、
これが結局は全ての子女たちに遺伝され、
堕落の末裔である人間は皆、
自己中心になってしまいました。

人類が神様のもとに帰るためには、結論的に言うと、
自己中心の反対の経路を行かなければなりません。
すなわち、徹底的に
「自己否定」の位置に進まなければなりません。

自己を中心とする人から、サタンは決して離れないそうです。
ですから、完全に自己を否定し、
神様を中心とする生活をしなければなりません。


自己を否定する方法には色々ありますが、
人から迫害をたくさん受けることが、
自己否定に最も役に立ちます。

厳しい迫害を耐えてそれに勝てば、
自然と自己否定になるそうです。


また、自分がやりたくないことをしながら
お父様について行くことも、
自己否定の重要な方法であり、
最高の精誠を尽くすことも、
自己を否定するもう一つの方法であるそうです。

お父様が私たちにできることはさせないで、
できないことを何度もさせるのは、
私たちに自己否定をさせるためです。

私たちはどうせなら、短期間に多くの苦労をすることで、
自己中心から脱しなければなりません。


お父様がアメリカで、

「天使長の自己を中心とした利己主義が人間に移ったが、
 天使長から受けた邪心と
 自分だけを考える利己主義を無くして、
 先に相手のことを考える利他主義へ変えるのに、
 神様の復帰摂理が6千年もかかった」


と語られました。


前にも述べたように、自己中心と
自己否定は、意味が正反対です。

自己中心は何かと言うと、
「自分がやりたいことはやれる!
自分がやりたいことはやってもいい!」
と言う態度のことを言います。

このように、天使長は自分がやりたいことをやりました。

自己否定は、自己中心とは反対に、
「自分がやりたくないことだが、やる。
やれないことだが、必ずやってみせる!」
と言う態度です。

ですが、 自己否定は容易ではありません。


では、誰が一番多くの自己否定の訓練を受けたかと言うと、
お父様自身だと語られました。

お父様が神様からどんなに徹底的に自己否定の訓練を受けたのか、
今までご自身のやりたいこと、できることを
神様がさせたことは無かったそうです。

ただ、 常にやりたくないこと、
できないことをやらなければならない
自己否定の訓練を受けられたそうです。


お父様が、例を挙げられました。

「私が自己否定の試練に遭った中で一番難しかったことは、
 私の最も愛する8人の人が私の側から離れたことだ」
と語られました。

お父様が大変愛していた妹が、幼くして亡くなったそうです。

また、ある友達に出会いましたが、
「この友達には、本当に自分の心を打ち明けて話したい」
と言う思いを持たれたそうです。
しかし、その友達は病気で急に亡くなってしまったそうです

このようにお父様が愛された人、 8人が行方不明になったり、
関釜連絡船に乗って行く途中、水に溺れて亡くなりました。


お父様は、「ああ、私はなぜこのような試練を
受けなければならないのか?
なぜ、神様はこんなにもひどく訓練されるのか?」
と思われたそうです。

後からよく考えてみると、

「そうだ! アダムは地上で完成して、
神様と愛の一体を成すことができなかった。
しかし、神様と私が愛で完全に一つになるまで、
神様と私の間に髪の毛一本も挟んではいけないから、
そうされたのか」

と言う悟りを得られたそうです。

このような猛訓練を受けて考えられたのが
何であるかと言うと、

「よし、神様が私をこんなにも徹底して
自己否定させることでサタンを分立させ、
この過程を経てから私を引っ張って行かれるように、
統一教会の指導者たちも徹底して自己否定させながら、
私が神様に引っ張っていかなければならない!」

とのことでした。


皆さん、統一教会に入教する時、
喜んで入って来ましたよね?
原理が素晴らしく、神様のみ旨も素晴らしく、
希望を抱いて入教しましたよね?

ところで、入教したみたら、どうですか?
教会ではやりたくないこと、
できないことをしきりにやらせますよね?
なぜでしょうか?

それは、サタンが好きなことはどこまでも
サタンと一緒にいなければならないし、
私たちはそれとは反対に、やりたくないこと、
できないことをして自己否定をしなければならないからです。

すべて自己否定の訓練、神様へと帰るための訓練です。

史吉子/ 著「原理によるみ言の証」
第2章 創造原理
一部割愛しています


自己否定の道・・・
真の父母様も、神様が信頼され、
愛される立場であるがゆえに、
神様ご自身が歩まれた道と
同じような道を行かれました。

神様と出会い、神様の愛を知ることで
喜びと希望の人生を送ることを行けると思ったのに、
誰かが行かなけばならない道ではありますが、
為に生きる犠牲と奉仕の道であり、
「自己否定」、と言わざるを得ない道を
私たちは進んできました。

親や家族が理解し、応援してくれるどころか、
反対されることの方が多いでしょう。

大切な人たちに理解されない、ということは、
本当に苦しいことでありますが、
しかし、神様が見つめてくださっているのです。

今、日本の教会全体が否定の道を歩んでいますが、
これが真の父母様が行かれた道であり、
必ず未来のために、世界のために、
神様のために、行く道であるということを、
自負しつつ歩んでいきたいと思うのです。





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