2017年03月20日

私たちは世界のために! お父様の語る祝福の価値  《金元弼先生の信仰サプリ》



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金元弼先生のみ言
『先生に倣う生活』の最終回です。


文先生が与えてくださる祝福(結婚)について
お話ししてみたいと思います。

祝福には四つのポイントがあります。

まず神の愛を中心として心と体が一つになった
真の男性、真の女性になることです。
心と体は愛を中心としてこそ一つになることができるのです。

第二番目は真の夫婦になることです。
真の夫婦というのは、相手のために生まれ死んでいく夫婦です。

第三番目は、真の親になることです。
親は子供のためにあり、子供は親のためにあるという関係をつくることです。

次は、真の家庭をつくることです。
真の家庭は氏族のために、国家のためにある家庭です。


先生は神の愛を実践するに当たり、
ご自分の子女よりも弟子たちを愛してくださいました。
先生は一番心情の近い家族を犠牲にして自分の周りの人を愛されたのです。

そして、私たちにも常に、どこの国に行っても
その国の人を自分の子供たちよりも愛しなさいと教えられるのです。
それはなぜでしょうか。

自分の子供よりもそういう人を愛したならどうなるでしょうか。
その愛を受けた人は、授受作用の原理によって受けたごとくに、
自分の子女を犠牲にして愛を返してくれるからです。

結果的には多くの人に尽くすならば、
多くの人から愛を受けるということです。



世界のためにある統一教会

神が理想の出発を「ためにある」ということに
置かれた理由がそこにあるのです。

神が「自分のためにある」ことに幸せの原点を置いたならば、
人間が神のために尽くせば幸せでしょうが、人間には喜びがないでしょう。

人間を中心に考えれば、神は人間のために存在するのですから
人間には良いでしょうが、神には喜びがないでしょう。

では神も喜び、人間も喜ぶためにはどうしたらよいでしょうか。
他のために在る以外にはないのです。
そうなれば神は人間のために在り、
人間は神のために在るので、両方に喜びがあります。

ですから神が理想の出発点を自分のためではなく、
他のために生きるところに置かれた理由が分かります。


夫婦の関係も、もしお互いに自己中心的ならば、
自分を喜ばせるために相手が存在するとして要求し合い、
一体化することはできず、幸せにはなれません。

しかし、夫は妻のために、妻は夫のために生きれば、
お互いに満足することができるのです。


先生は、統一教会は統一教会のためにあるのではなく、
統一教会を犠牲にしても世界を救うためにあると語られます。
そうすれば世界が統一教会を守ってくれると言われるのです。

例えば、このヨーロッパの統一を歴史の中で
考えた人たちは多くいました。
しかし、なぜそれができなかったのでしょうか。
それらの人々は、自分の民族や国を中心として
やろうとしたのでできなかったのです。

もしその民族や国が自ら犠牲になって
ヨーロッパの統一のためにやったならば、
それが不可能であったでしょうか。


民主主義と共産主義の一体化も、
神の愛を中心として「ために生きる」時に
初めて統一された愛の世界が実現されるのです。

先生がこのたびモスクワに行って、ゴルバチョフ大統領に会って
話されたことが正にそのことなのです。

今若い学生たちはどの方向に行くべきか分からず、さまよっています。
こういう若者の行く道を文先生に任せておくだけではいけません。
私たちの協力を先生は必要としておられますから、
今から心を一つにしてヨーロッパを、世界を救うようにしましょう。

文先生ご夫妻に代わりまして、神の愛が皆様に、皆様の家庭に、
国にありますようにお祈りしながら、これで私の話を終わります。


何度かにわたって紹介したみ言ですが、以下のように紹介されています。
※5月4日から8日まで、プラハにて第4回ISUM
(Introductory Seminary on the Unification Movement
:統一運動紹介セミナー)が開かれ、
チェコから13名、東ドイツから3名、ハンガリーから5名、
ポーランドから12名、ルーマニアから11名、ブルガリアから11名、
ソビエトから7名、ユーゴスラビアから10名、
合計72名の代表が東欧圏から参加しました。

4名の講師が統一原理の概観を紹介し、
フレデリック・ソンターク教授が今日の東欧におけるメシヤ観、
ユダヤ教とキリスト教のメシヤ観の比較、
真の父母としてのメシヤ観を紹介しました。

そして、最終日に金元弼先生がこの証を話されました。



真のお父様の『ために生きる』精神、
その心情を金元弼先生がわかりやすく解説してくださいました。

真の御父母様に倣う生活を
私たちの家庭、そして教会がなしていくならば、
間違いなく発展していきます。

御父母様の心情を受け継ぎ、
そのごとく実践していくことなのです。
誰が何と言おうとも・・・





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2017年03月18日

「心配しないでください」 お父様の祈りに倣おう! 神様を慰め、人類に責任を持つ 《信仰サプリ》



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金元弼先生の信仰サプリ
今回は、「神を慰める祈り」です。


先生は夜に窓の外の木を見ながら、木が自分を守っているのだと感じ、
そしてまた、神をそのように
自分が守ってあげないといけないと感じられるのです。
すべてを神を中心として生活しておられるのです。

夜遅くなって、疲れて仕方なく寝なければならない時、
先生は「神のみ旨のために成さなければならないことがいっぱいあるのに、
疲れて寝なければなりません。
そういう私をお許しください」と祈って休まれるのです。


また、先生は余りにも疲れているために
バスルームに入ってそのまま休んだり、
トイレの中でそのまま寝ていることがたびたびあります。

先生の奥様は無理をしないようにと先生に言われるのですが、
先生は「神は今まで休んでいないのに、
どうして私が休むことができようか」と言われるのです。

足が疲れている時には、まだやることがあるから
力を出して前向きに歩こうと、
足を励ましながらやっておられるのです。

そういう先生を身近で見ている私も、それに倣う生活になるのです。


私たちは、神は栄光の神でなく
人間が堕落した時から苦しみ悩んできた神であると分かった瞬間、
神に何かを助けてくださいと言えなくなりました。

文先生のお祈りを聞くと分かりますが、
神に何かが難しいから助けてくださいという祈りは絶対にされません。

常に神の心情や、イエス様を中心とする
霊界の聖人たちが成し得なかった仕事を
私たちが代わりに責任をもって全うして、
神を解放し、人類を解放しますという
祈りの内容であることが分かるでしょう。


ろう屋に入られた時も神を慰める祈りをされました。
なぜならば神の愛する子供がろう屋に入らなければならない時、
神の心はどれほど痛かったでしょうか。
その神に対して助けてくださいと祈ることはできず、
先生は「私のことは心配しないでください」と祈られたのです。

このように文先生の生活は神をいかに解放するかがすべてでした。
ですからいつも時間が足りないし忙しくてならないのです。
それで二十四時間を二十五時間にしていく心で歩まれるのです。


文先生と共に生活して、先生の神や人類に対する姿勢を学びながら
私たちは訓練を受けました。
そうすると真夜中になって寝ようとする時に、
何だか罪を犯したような気になるのです。

先生はまだ寝ておられないのに、
今私が休むのは申し訳ないという思いになるのです。
そういう気持ちを原動力として、神のために、国のために、
世界のために、私たちは邁進していくようになるのです。

先生は決して「こうしなさい」とは言われませんが、
先生が神に倣って生活されるのを見て、
私たちもそれに倣っていくようになるのです。
先生は神を私たちに常に証してくださるので、
それを通して自動的について行くようになるのです。



神様に慰めを求めなかったお父様。。。
助ける祈りを捧げなかったけれど、
だからこそ、助けてあげたい思いが募っていた、
そのような親子の姿があると感じます。

今も、真のお母様はどれほど困難な中にいるでしょう。。。
しかし、お父様と同じように、
「助けてください」というような祈りはされないに違いありません。

真の御父母様に倣うというのは、簡単ではありません。
しかし、孝情の心情で歩むこと、
このことを念頭に置きながら、日々の歩みを捧げていきたいと思うのです。




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2017年02月28日

頭だけで話さず、真心で! 休みなく歩まれるご父母様!  《金元弼先生の信仰サプリ》



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昨日、中断なき前進をされるお母様の話がありましたが、
今日は、金元弼先生の証しを通して、
お父様のかつての姿を紹介します。
1989年ドイツで語られたものです。



休むことなく歩み続けられる先生


文先生がカンベルグに到着されたのは、
韓国時間で朝の四時でした。
夜通しかかってここまで来られたのに、
それからすぐ三時間半もみ言を語ってくださいました。
ドイツ時間で夜中まで語られ、
翌朝四時にはまた話を始められました。

皆さんは先生が全く休まれなかったのを見ましたね。
先生は四十年以上、このような生活をしておられるのです。
先生の過去の生活は分からなくても、
年を取られた今でさえこうなのですから、
若い時の先生がどのような生活をされたか想像できるでしょう。

このように先生と過ごした二日間のみを見るのではなく、
これを通して先生の過去と未来はどうなのかを見るように努めましょう。
そうしなければ、皆さんは本当の意味で先生を理解することはできません。


先生はリーダーや幹部だから、メンバーだからと区別されません。
先生の目にはみな同じなのです。
私たちは同じ時間に、同じ場所で、
真の親をはっきり見ることができました。

先生は平等に私たちの前に現れ、
同じみ言を語ってくださいました。
そして、同じくみ言を実践するようにと言われました。

ですから私と皆さんは何も違うところがありません。
例えば、私は実践せず、皆さんは実践したとするならば、
私と皆さんの位置が変わっていくでしょう。
私たちは同じみ言を聞きましたから、
お互いが助け合って共に実践しましょう。



理だけでなく真心込めて語る


真の父母はどんなに私たちに尽くしてくださったことでしょうか。
先ほども一人の兄弟が言ったように、
先生に「少しはお休みください」とお願いしても、
「もっと話してあげたいことがいっぱいある」
と言って聞き入れられないのです。

先生は、私たちを他人として考えるのではなく、
子女として考えておられるので、
十年ぶりに会う子女に何でもしてあげたいと思われるのです。

尽くしたくてたまらない、話したくてたまらない、
そういう先生に、私たちは本当にこたえていかなくてはいけません。


私たちは立派な話をしながらも、お互いに傷つけ合うことがあります。
それは、心から話してあげられないからです。
原理を語る場合も、頭ではなく心を通して話さないと、
相手に生命を与えることはできません。

先生が私たちに「皆さんには涙がない」と言われるのは、
そのことなのです。


夫婦の間でも、涙なくして相手に意見してはいけません。
「これがみ旨の道ではないですか、これが神の伝統ではないですか」
と話す前に、心の中で「伝統を守り続けない限り、
この命はどうなるのか」と心配して、
涙ながらに語れるようでなければならないのです。

そういう心がない時には、話すのをやめてください。
心なくして話すならば、論争やけんかにしかなりません。
涙がないのが問題です。


例えば、皆さんがその人のためを思って話をしたとしても、
相手が寂しく感じているように思う時には、
そのままにしてはいけないのです。

そこでいったん別れたとしても、
「神様、私は彼のことを思って話しました。
しかし、彼は私の心を理解できなかったようです。
どうぞ、私の本当の心を分かるように導いてください」と祈りなさい。

そして、一日たって、彼の心がまだ満足できないでいる時には、
もう一度話してあげることが大事です。
そして、喜ぶのを見るまで尽くして、
自分も安心しなければなりません。


繰り返しますが、頭だけで話さないようにしましょう。
先生に倣って、私たちも心で話す努力をする時に、
先生が語られる心を理解することができるのです。
もし、「ためにする心」なくして話すなら、
それはみ言を利用することになるのです。

真の父母は、私たちの所に来る時は
何をあげようかと準備されるのです。

そのような心があるので、先生は休まれないで
私たちにみ言の恵みを与えてくださるのです。

このような恵みは、教会と国を代表して皆さんが受けたものです。
自分が受けた感動や恵みを自分のものにしながら、
そこに参加することができなかった人に分けてあげるようにしましょう。

1989年11月19日 
ドイツ・カンベルグ修練所(欧州リーダー会議)
「真の父母を迎える心」


「頭だけで話さないように・・・」
心情を中心とした生活習慣を身につけないといけないですね。

「夫婦の間でも、涙なくして相手に意見してはいけません」
金元弼先生はこのように語られていますが、
家内に、涙を流して意見したことなんて、あったかな。。。
恥かしながら、そんなことも思いました。

夫婦は一番感情がぶつかる相手だと思います。
だからこそ、心情を中心とした授受作用を
意識していかないといけないと思います。

真の御父母様においても
お父様とお母様は愛の表現の仕方は違うので、
食口に対する接し方は違うのかも知れません。

心情を中心としていけば、
私なりの表現方法で相手に接することができると思います。
努力していきたいと思います。





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