2020年01月19日

親子関係がすべての問題の核心、心を育てるためには?! 《氏族伝道の心理学》



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大知(おおとも)先生、氏族伝道の心理学、
続編を紹介します。


氏族的メシヤを行っていく上で、何よりも大切なのは親子関係です。
本然の親子関係を回復することが、
氏族的メシヤの中心的課題であると言っても過言ではありません。

まず、親子関係の回復という観点を考えてみましょう。

一般の心理学でも、私たちの心の問題の背景に
親子関係があることは知られています。


発達心理学では、アイデンティティーの基礎が親子関係にあるとしています。

私たちは、意識的にあるいは無意識的に
人生のモデルとして親から多くのことを取り入れます。
ですから、親のことが好きであれば自分のことが好きになれるし、
親のことを大切にしたいと思えば自分のことを大切にするようになります。

逆に、親のことが好きでなければ自分のことを好きになれないし、
親をないがしろにしていて自分のことを大切にできるはずがありません。
なぜなら、親は私の原因であり、私の結果だからです。


また、臨床心理学の多くの学派が、親子関係の問題が
心の問題や病気の原因となり得ることを指摘しています。

先に挙げたアダルト・チルドレンの考え方や
精神分析学などを学べばすぐにわかることです。

また、不登校や非行など子供たちが引き起こす心の問題の背景に
親の養育のあり方があることも周知の事実です。

そして、心の問題や心の病を改善し解決していく際には、
その背景にある親子関係を改善する、あるいは整理することが重要です。

 
では、一般に心理学では、具体的にどのように親子関係を
整理し、改善していこうと考えられているのでしょうか。

子供の問題で保護者が相談に来た時には、
教育相談という形で保護者の相談に乗ります。

その際には、親の子供への関わり方を変えることにより、
現実の親子関係を変化させます。
すると子供の問題行動は解決に向かっていきます。

私自身、十年以上にわたりスクールカウンセラーとして
公立小中学校でカウンセリングをしていますが、
高校生ぐらいまでは、本人のカウンセリングより、親に来談してもらい、
親の子供への関わり方を変えてもらえるようアプローチします。

そのほうが、子供本人に関わるより、ずっと変化が大きいし、
解決までの時間が短いからです。

大学の教員時代にも多くの学生の相談に乗りましたが、
やはり保護者が変わってくれるほうが、
ずっと学生の問題解決にとっても有効でした。


ただし、来談者が大人の場合は、少し事情が変わってきます。

親子関係を整理していくとしても、
その人自身の親が亡くなられていることもありますし、
存命であったとしても、遠くに住んでいたり年を取っていたりして、
来談に来てもらうことが難しいことも多いからです。

また、ある程度の年齢になると、親から受けた過去の心の傷が問題となり、
今更親から関わり方を変えてもらっても仕方がない、というケースもあります。

こうした場合は、その人の中にある、
親に対する捉え方を変えていく、というようになります。

つまり過去は変えられなくても、
過去に対する考え方を変えていくというやり方です。

親の事情や心情を理解して、親に対する感情を変化させたり、
自分自身が見つめていた親とは違う親の姿があることを受け入れて、
親へのイメージを肯定的に変えていくというやり方です。

 
また、親子関係を直接扱わず、
親によって傷つけられた自分、愛されなくて育ち切れなかった
自分の中の内なる子供(インナー・チャイルド)を自分自身で癒やしていくか、
親に代わる誰かから受け入れてもらう、あるいは愛してもらうことによって、
心の傷を回復させ、自分自身を育て直そうという考え方です。

こうした考え方は、教会の中でも、一般的に考えられているやり方です。

親に代わって信仰の親や教会長が愛してあげることにより、
伝道対象者の心の傷を癒やしていくとか、
あるいは神様や真の父母様の私たちに対する愛を伝えることにより、
教会員の心を育てていこうという考え方、
つまり、愛されなかった心の傷を、
愛されることによって癒やしていこうという考え方です。

しかし、こうした一般的な心理学や
教会で考えられている親子関係の整理や改善の方法には限界があり、
さらに原理的に見たときに、
その考え方ややり方は不十分であると言うことができます。

では、どのように親子関係の整理・改善を図っていけばよいのでしょうか。

大知 勇治・著
(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)
第3章 氏族的メシヤ勝利と心の問題解決
心の問題と「四大心情圏」


神様は人類の父母です。
すなわち、親です。

み言を聞いて、神様を素直に受け入れることができない人は、
実際に、親子の関係に問題があったりします。
親に怨みがあると、神様がわからない、
理解しづらいということが言われています。

そういう意味では、
実体の父母との関係を克服できなくとも、
心情の世界において、
親子関係の回復がなされる、ということは、
とても希望的なことだと思います。

また、真の父母様に対して、
「親」という気持ちになれない人も、
解決できるのではないでしょうか。

次回、もう少し掘り下げて
具体的に四大心情を育て解決していくための
貴重なお話に入っていきます。




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posted by ten1ko2 at 08:38 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月22日

教会長を一番喜ばせるためには、礼拝に・・・?! 私の生活がみ旨 《李ヨハネ先生》



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ドミニカ祝福式12.19☆


李ヨハネ先生のみ言。
今回は、『み旨に拠る生活』です。


神のみ旨は四位基台を造成することであり、創造目的を成すことです。

教会に所属されているなら、教会長の意図をよく知らなければなりません。
教会長の心配や願いが何なのかをよく知らなければなりません。

それをよく知っている人は、職員として教会のみ旨をよく尊ぶ人です。
そうでないなら、その職員は、教会を発展させる位置や、
教会を協助する立場に立ってはいない人です。


家庭でも、家族の意図や事情が一つになり、
家庭の目的が一つになってこそ、神がその家庭に臨むことができるのであって、
みなばらばらに暮らす家庭を、神はどのように助けてあげますか?

夫人は夫人の思うとおりに、夫は夫のやり方で、
子供は子供で生きていく家庭は駄目です。
それでは信じても信じなくてもうまくいきません。
これは何かの道徳論ではなく、原理がそのようになっているのです。

ですからみ旨による私となろうとするなら、
原理的な思想だけもてばそれでいいのではなく、
教会の中心がだれなのか、その方の心配や願いが何なのか、
そういうことからよく知らなければならないのです。


職員である皆さんが教会の責任者を喜ばせようとするなら、
礼拝時間に早く行くことが一番です。
時間前に参席するほど、教会の責任者を喜ばせることはありません。
焼肉定食をごちそうすることよりいいです。

毎週日曜日にきちんきちんと時間を守ってあげれば、
それこそお父様のようであり、お母様のようであって、
忘れようにも忘れることができないでしょう。
それを分かっていましたか?


皆さんが本当にみ旨による自分になろうとするなら、
教会長の意図を知り、教会長の心配を知り、
教会長がもどかしく思うことをよく知って、
心が教会長と一つにならなければなりません。

そして調子が合ってこそ、生活が合ってこそ、み旨が可能なのです。
そうなってこそみ旨による私の位置を見いだすことができるのです。

原理をいくらよく知っていても、目の前に見える、
もどかしさを抱えている教会の責任者を尊重しないなら、
それは何のみ旨を知っている人だと言えるでしょうか?


皆さんはどのようにみ旨による自分の生活をしようとしましたか?
「み旨による私」は、まず自分の生活圏内において常に公的であり、
み旨的であり、心がお互い和合することのできる
関係をもって生きなければなりません。

家庭でもそのようにし、教会に来てもそのようにしてみてください。
そういう関係を離れるようになると、私たちの心霊は沈みます。
明らかな道理です。

み旨だといって、原理や先生のみ言だけ頭に覚えておくのではなく、
私たちの生活で実際にみ旨が何かということを
考えることができなければなりません。

「あなた、私」を中心として意志が疎通しなければならないということです。
「あなた、私」を中心として遠慮なく通じ合える私にならねばなりません。

職員修練会での説教 
『み旨による私』より
1977年5月23日 中央修練所



『焼肉定食』のたとえはなんとも面白いですね。。。
確かに私も毎週、礼拝の司会を担当し、
また時には説教をさせていただくことがありますが、
早く礼拝に参加してくださる方にはありがたい思いが湧きますね。

また、何か事情はあるのかもしれませんが、
毎回のように礼拝が始まってから参加される人を見ると、
「しっかりと恩恵を受けてくださいね」と祈らずにはいられません。

相手を喜ばせること、ために生きることが原理の本質ですから、
常に教会長に喜んでいただくように生活することが、
何よりも重要であることを感じます。
そして、自分自身にも恩恵が来るのだと思います。

家族もそうですが、情が近くなればなるほど、
相手に要求したり、相手のマイナス部分が見えて、
そのことを指摘してしまったりします。
しかし、そのことによって、
何の発展もありませんね。
結果的には、『自己満足』に繋がってしまいます。

日々の生活の中においても、
家族や食口たちとどのように接するのか、
それが、『私のみ旨』に連結されていくということだと思います。
日々、努力していきたいですね。。。







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2019年12月19日

氏族メシヤの勝利が、心の問題の解決に、なぜ?! 《大知先生・氏族伝道の心理学》



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アルバニア祝勝会☆


大知(おおとも)先生
心の問題解決は「氏族的メシヤ」から


しかし、残念ながら、これでめでたしめでたし、
心の問題は解決しました、というわけにはいきません。

なぜならば、この「創造本性の授受作用」というのが
簡単にはいかない、かなり難しいことだからです。

わかってはいても、どこからともなく湧いてくる、
夫や妻や子供に対する「不安」と「怒り」、
この不安と怒りのコントロールが簡単ではないからです。

良くないことだということはわかっていても、
この不安と怒りの感情をコントロールできず、
それに巻き込まれて、家庭の中が
不安と怒りの授受作用の舞台になってしまっているのです。

ですから、私たちの中に湧いてくる、不安と怒りを
どのようにコントロールするのかをお伝えしなければ、
終わりにすることはできません。

 
では、どのようにすれば、
私たちの中にある不安と怒りをコントロールでき、消失できるのでしょうか。

この本の前半で、私は次のように述べました。

「私たちの不安と怒りが親から来ているのと同じように、
私たちの親の不安と怒りは、
その親、すなわち祖父母から来ています。

では、祖父母の怒りはどこから来るのでしょうか?
曽祖父母から来ています。
曽祖父母の不安と怒りは、その親から来ており、
その親の不安と怒りは、そのまた親から来て……」。

「このように考えていくと、私たちの中にある心の問題や心の病は、
私たちの問題である、というより、人類始祖より歴史を通して、
血統を通して、脈々と受け継がれてきた、歴史的・血統的問題である
ということが理解していただけると思います。

堕落によって生じた不安と怒りは、代々の親子関係を通して、
実体的に私たちにまで受け継がれ、
様々な心の問題となって現れてきているのです」と。

 
ですから、私たちの心の問題や家庭の中にある問題を考えていく時には、
その問題は歴史的な問題であり、
私たちの先祖たちが、同じような問題を抱えて苦しみながら
解決することができなかった血統的な問題であると考えていくことが大切です。

そして、私たち自身の問題を解決していくということは、
先祖たちが解決できなかった問題を代表して解決していく、
つまり血統を代表して、血統的問題を解決していく
ということを意味することを常に認識しておく必要があります。

縦的に積み重なってきている問題が、横的に展開して
現在の家庭の問題となっているのです。

それゆえに、その問題の解決のためには、縦的な問題としてとらえ、
縦的な方法で解決していく必要がある、という結論が出てきます。

私たちの中にある不安と怒りは
血統が抱えている歴史的な問題である、ということです。


では、血統的な問題を解くには、どうしたらよいのでしょうか。

今、歴史は終末を迎え、さらに後天時代に入っていこうとしています。
歴史的な問題がすべて地上界に展開している時です。

そして地上での問題を解決していく中で、
歴史的・血統的問題が解決されていく時代です。

ですから、私たちの心の中にある不安と怒りの問題も、
歴史的な問題として実体的に地上に展開しています。

歴史的な縦的なつながりの実体展開が親子関係ですから、
親子関係の中の不安と怒りを解いていくことが、
私たちの中にある不安と怒りの情を解いていくことになるのです。

さらに、縦的な親子関係が横的に展開したものが兄弟関係であり、
親子と兄弟の縦横の関係がさらに拡大して展開したのが親族関係です。


ですから、親族関係の中にある不安と怒りの情を解き、
創造本然の授受作用をしていくことが、
私たちの中にある不安と怒りを解いていくことになります。

つまり氏族的メシヤの勝利ということになります。

ここで、心の問題についての解決方法がはっきりしました。
心の問題の解決の結論は、「氏族的メシヤ」です。
氏族的メシヤを進め勝利することによって、
心の問題は改善され、解決に向かいます。

では、氏族的メシヤ勝利のために、
具体的にどのようにしていったらいいのか、考えていきましょう。

大知 勇治・著
(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)
第3章 氏族的メシヤ勝利と心の問題解決
心の問題解決は「氏族的メシヤ」から


心の問題解決は、神氏族メシヤの勝利。。。
なんて、シンプルな答えなのでしょうか。

真の父母様は、私たちに、
「幸福になってほしい。
しかも、あなたたちだけでなく、
先祖も、周囲の人たちも・・・」
そのような思いをもって、
氏族メシヤの道を開いてくださったのです。

お母様が何度も何度も、
祝福家庭の責任、として、
神氏族メシヤ勝利を願われ、
強調しておられますけれど、
私たちのために語ってくださっている、
母親の深いご心情を感じます。

具体的な取り組みについては、
次回に譲ります。





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教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

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