2020年08月02日

(伝道の証し)「時と場所」に合致したとき、天が導く?! 《天一国時代の信生講》



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前田先生の「天一国時代の信仰生活講座」
今回は、『時と場所』です。


神様は、ご自身がその人を導きたいと思われたならば、
その人にふさわしい時と場所を設定し、
ふさわしい方法で導かれます。

私の体験を紹介してみます。

一時期、電車が停まったときだけ人が通るような
小さな駅で伝道していたことがあるのですが、
いくら声をかけても伝道できませんでした。

それで、その地を離れる最後の日に、
教会に戻って祈りました。
 
「神様、私がここにいるのは、
神様が伝道したい人がここにいるからです。
しかし、私はきょう、ここを離れなければなりません。
ですから、本当に神様が伝道したい人がいるなら会わせてください」
と切実に、神様に談判して祈りました。

そして再び駅に戻り、
最初に出会った女性に声をかけたのです。

「人生の問題について考えていますか?」
「はい」
「受験生ですか?」
「はい」
「落ちたらいいですね」

自分で言いながら、「自分は何を言っているのだろう」と
血の気が引くのが分かりました。
受験生にこんなことを言うなんて……。
でも、私の口がかってに動いたのです。

彼女の返事は「そうですね」でした。
これにも驚かされました。

私は彼女を教会まで案内し、「総序」を講義しました。
そして「関心があったら、教会にぜひ来てください」
と言い、別れました。

しばらくして、彼女から「落ちました」と
電話がかかってきました。
そして「予備校に行くのと統一教会の七日修練会に行くのと、
どっちが大事だと思いますか?」と聞かれました。

「やはり七日修じゃないでしょうか」と答えると、
彼女は「そうですよね」と七日修に出て、
そのままみ旨の道を歩むようになりました。

その後、私は「あの日、なぜあの駅に来たのですか?」
と聞いてみました。

その日、彼女が家の周りの草取りをしていたときに、
「隣の町に行け」という声が聞こえたそうです。
それで着替えて電車に乗り、隣町までやって来ました。

途中、何のために隣の町に行くのか≠ニ自分でも思ったそうですが、
手相を見る有名な人がいる≠ニいう話を思い出したそうです。

そしてその人に手相を見てもらいながら、
「神様はどうしたら分かるんですか?」と尋ねたところ、
「うーん。手相では分からない」と言われたそうです。
それで、駅に向かって帰るときに私と出会ったのです。

彼女は求めていた人でした。
彼女は真剣に求めていて、神様も切実に
その人を復帰したいと思っていらっしゃったのです。

そのような中で、私も真剣に神様の求める人に出会いたいと
お祈りしたとき、その人に出会わせてくださったのです。

神様がその人を伝道したいと思われるならば、
神様はその時と場所にふさわしく、
その人を電車に乗せてでも導かれるのです。

神様の願い、その人の時、そして
行動する私たちの動機が正されたときに出会わされると、
伝道をしながら実感しました。

前田千代子・著『天一国時代の信仰生活講座』
第一章 神による召命
3. 召命される者の条件(一)時と場所


私は、学生時代に
友人を通して伝道されたのですが、
一度誘われた時に断ったのです。

もし、それで、霊の親があきらめていたら、
この道にはいなかったかもしれません。

しかし、数か月後に
もう一度、その霊の親が、誘ったのです。

実はそんなに深い交流をしていたわけではなかったのに、
二度も誘ってくるなんて、断るのも申し訳ないし、
何か意味があるのかもしれないな、
そう思って、誘われて行ったことにより、
今に至っているのです。

やはり、「時と場所」というのはあると思います。
しかも、私が決めるのではなく、天が準備しているのです。
天の導きのままに、天が準備した人を
導いていける者になっていきたいです。








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posted by ten1ko2 at 08:40 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月01日

イエスと再臨主はどこまで許されたか?! 「7たびの70倍」2回目《金元弼先生》



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金元弼(キム ウォンピル)先生のみ言、
「悔い改めは出発の時と同じ」より
「七たびを七十倍するまでに許す」の後編です。


マリヤは、自分が生んだ方がメシヤである、
人類のメシヤであるということをよく御存じでした。

イエス様は、そのマリヤを怨讐とは
考えなかったというのです。
許したのです。

ユダという弟子を考えてみなさい。
イエス様を売ったユダに出会った時に、イエス様から離れ、
イエス様を売るような兆候が前からあったというのです。

ですからイエス様は、何度も話してあげたのです。
こうしてはいけないと教えてあげたのです。
それをユダは聞き入れなかったのです。
そういう期間を通じてサタンと手を結んでいったのです。

しかし、メシヤはそういうことを全部許してあげたのです。
そればかりでなく愛したのです。
それぞれの永遠の生命に対して非常に心配しておられたのです。


ですから、ペテロはイエス様に
「七たびを七十倍するまでにしなさい」と言われたその瞬間に、
イエス様のそのような内面の世界を知らなければなりませんでした。

そしてこんなふうにして許してくださったイエス様であり、
自分の事情よりも大きい事情、自分の心情よりも深い心情、
自分の痛みよりも大きな痛みを、
イエス様がもっておられるということを知った時には、
自分の心が痛いからといって、その人を許せないとは言えないのです。

神様も、イエス様もこれを耐え忍んだのに、
どうして私は耐え忍ばないでいられるだろうか、
とこう思うようになるのです。


ですから皆さん、先生からみ言を受ける時には、
先生の過去の内面の世界や現在の内面の世界において、
こうしたことがいつあったのだろうか、
今はどのような心の世界なのだろうかと考えながら聞くのです。

そうすれば本当に、神様の心に、先生の心に響く、
呼応することのできる私たちになれるでしょう。

そういうことですから、今もそうですが、
これからたくさんのみ言を学ぶ時には、
常にそういうことを考えながら聞かなければなりません。


原理で学んでいるように、本当にサタンは少しのすきも与えません。
ですから神は、サタンが少しでも
未練をもつようなことはされないというのです。

サタンに未練があるならば、やってみなさいというのです。
ヨブの信仰を試されたことがありますけれども、
サタンの未練があるならば、それをサタンの手に渡してしまいます。

渡すのは神の子を苦しませるためではなく、サタンが未練をもたない、
そういう完全なる、絶対的な、愛する子女として
誇らんがため、たたえんがためなのです。
「見よ、我が子はこうだ」とたたえんがためなのです。


そういうことがありますので、先生が
この復帰の摂理を解いていくには、
先生御自身もアダム家庭やノアの家庭や
アブラハムの家庭での摂理を通じて私たちが学んだように、
心を少しもゆるめることのできない生活の
延長だということを、私たちは考えていかねばなりません。

時の重大なことに対しては、諸先生からも聞いていると思います。
現実というものは、非常に厳しいものです。
ですから現実の中にあって、いつもその観念、理想と
現実とが合わない、それで非常に苦しいのです。

そういうことで、この現実をいかに勝利していくか
ということに対して、皆さんも苦労していると思います。

「悔い改めは出発の時と同じ」 
1975年11月2日 川崎・楚麗邑


お父様が、北朝鮮で活動されていたころ、
その教会は
「泣く教会」と言われていました。
イエス様のことを思って、
話される時に泣かれ、祈るときにも泣かれました。

イエス様のためにこれほど泣かれたのは、
天の父母様を除けば、
この世界中で、また歴史上でも
真のお父様の右にでる方はいないのではないでしょうか。

「7たびの70倍」というのは、
無限に許せ、ということです。
だから、最も愛しがたい
自分を殺そうとした
恩讐をも愛されたイエス様であり、
真のお父様でした。

その愛に抱かれているのが、
「私」である、ということを
何よりも感謝していきたいと思うのです。





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2020年07月27日

100%私は神から召命された! 父母様は知っている 《天一国時代の信仰生活講座》



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前田千代子講師の
『天一国時代の信仰生活講座』より
「 召命は神様のご意思」と「召命される者の条件」です。


召命は100パーセント、神様のご意思によってなされます。

地上天国をつくるようアダムとエバを創造されたのも、
100パーセント、神様のご意思でした。

そのアダムとエバは堕落してしまいましたが、
これは神様のご意思ではありませんでした。
堕落によって、神様の計画の全てが地に堕(お)ちてしまい、
神様は全てを失ってしまいました。

そこで神様は、創造をやり直そうとされました。
失われた子女を取り戻そうとされたのです。
そのために、地上にメシヤを送って
本来の計画を完成しようと摂理されたのです。

それは100パーセント、神様のご意思でした。

今、私たちがこの時代に生まれてきたのは、
神様のご意思に基づいてのことです。

神様は、私たちが生まれる前から準備し、召命し、
今という時代にメシヤに出会わせたのです。

そして、メシヤと共に神様の理想を実現するよう、
その願いを一人一人に託されたのです。


召命された人たちは、天の復帰摂理に用いられる中心人物です。
そこには条件が必要です。

では、召命される者には、どのような条件が必要でしょうか。

まずその人は、神様のみ旨を担当してきた
選民の中から選ばれます。

そして、先祖が善の功績をたくさん遺している子孫であり、
み旨を成すにふさわしい天稟(てんぴん)を備え、
後天的条件があり、時と場所にかなって現れた人です。

私たちは、これらの条件を全て満たしているからこそ、
導かれ、選ばれたのです。

父母が祝福を受け、神の血統圏に生まれた二世は、
既に選民として、先祖の善の功績など、
天の功労をもった「召命された存在」だと言えます。


私が1972年に訪韓して真のお父様にお会いしたとき、
このように言われました。

「あんたたちは、先生が自分のことを何も知らないと思っているだろう。
そうじゃないんだよ。
先生は、あんたたちがどう思って、
どのようにしてここに来たのか、全部、知っているんだよ」

「知らないと思っているだろう」と言われたときと、
「全部、知っているんだよ」と言われたとき、
ぱっとお父様と私の視線が合いました。

その時、お父様が私の目を見られ、同時に、
すうっと背後の全てを見通していらっしゃると感じました。

その瞬間、「このお方は
私の全てを知っていらっしゃるんだ」と実感しました。

神様も真の父母様も、私たちが今までどのようにして生きてきたのか、
過去の先祖たちがどのように生きたのか全てご存じなのです。

自分の歩んできた道、時として悩み苦しみ、探し求めてきた、
その全てを見つめ、共にいてくださったのです。

それでは実際に、人が伝道される過程を追いながら、
召命の条件について確認していきましょう。

前田千代子・著
『天一国時代の信仰生活講座』(3)(4)
第一章 神による召命
2. 召命は神様のご意思
3. 召命される者の条件
(Blessed Lifeより)


今回の内容は原理講論・予定論の箇所ですね。

「なんで私のような者が・・・」
と思うことがありますが、
神様が必要だからこそ、
「私」を導いてくださったのだ、
絶対的な確信をもっていきたいものです。

「私たちがどう思って、
どのようにしてここに来たのか、
全部、知っている」真の父母様であり、
天の父母様です。

天が必要だから、
そして愛されているから、
今があるのだと、
召命してくださったことに
感謝して、応えていきたいと思うのです。





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