2021年07月29日

「やっぱり謝れない夫たち」の行動パターンから「愛」を見る 《橘先生*夫婦愛講座》



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橘先生のコラム
「やっぱり謝れない?」です。


「講座で聞いておいてよかったわ」

ショッピングモールでばったり出会った友人が、
あいさつもそこそこに、こう言ってきました。

どの講座かと聞けば
「男性はプライドがあって謝れないって言ってたでしょ」
と彼女。

大半の男性は一般的に、気持ちはあってもプライドが邪魔して、
妻に対して「ごめん」「悪かった」がなかなか出てきません
(深刻な問題の場合は別です)。

私自身、このことを知って20余年、わが夫を見れば
思い当たることが時折あります。

男女の心理の違いを知らなかったら、
内心責めていたかもしれません。


友人が話してくれたのは、こんなエピソードでした。
 
ある件で話をしている時、旦那さんがイライラし始めて、
ついには強い口調で何か言い放って部屋を出て行きました。

彼女は、「どうして怒るの?」と理解できません
(よくあるパターンです)。

やがて気が収まらないのか、旦那さんは出掛けてしまいました。

彼女は、「え〜っ? そんなに怒っているの?」
とあぜんとします。
「私の言い方が気に入らなかったのかしらねぇ?
他に考えられない」。


男性は怒ると、

@手が出る、
A物に当たる(壁をたたく)、
Bその場を離れる、

と覚えていたので(これを聞いたある男性は
“3パターンともよく分かります”と言っていました)、
彼女は夫の気が鎮まるのを待つばかりです。

「講座を受けていない若い頃の自分だったら、
もっとあたふたしていたと思うし、
うちの主人は出て行くタイプなだけよかったわ」


数時間後、旦那さんはブスッとしたまま帰ってきました。
手にはしゃれたデザートの入った袋があります。

「あ、これも聞いたとおりのパターン!」と心の中で思う彼女。
男性は悪かったと思うとき、言葉ではなく態度で表すのです。

女性は「ごめんね」の一言を聞きたいかもしれませんが、
その行動自体が「ごめん」と言っているのですから、
男性なりの謝罪を受け入れるのが肝要、
と知っている彼女は、ぎこちないながら受け取ります。

「でも今は便利な時代ね。
翌日仕事先から謝罪の絵文字を一つ、
ポツンとLINEで送ってきたの。
私も絵文字で返したわ」


時には、子供に対してもなかなか非を認められないことも
あるかと思います。

子供としては納得しかねるかもしれませんが、
男性の(父親の)プライドを考慮に入れると、
少し受け止めやすいかもしれません。

神様は男性と女性に異なった特性を与えられました。
「堕落性だ」などと責めるのは控えて、
愛を見るようにしましょう。

夫婦愛を育む 165
やっぱり謝れない?
ナビゲーター:橘 幸世

(blessed lifeより)


これは、お恥ずかしながら、
自省の念を込めて紹介させていただきました。

とともに、「男性というのは、往々にして
プライドが高いんだな・・・」
とちょっとホッとしたような気持にもなりました。。。

自分が正しいことを主張しても、
相手は(間違っていることを自覚したとしても、)
非を認めようとしない、ということがあります。

思春期真っただ中の我が家の三男は、親からは
「お小言しか言われない」と思う節があり、
何かあるとすぐにその場を離れてしまいます。
食事をとる時くらいしかじっくり話せません。

相手を愛する気持ちを先立てて、
より良い家族関係を築いていきたいものです。
もちろん、自分の非は棚に上げないように・・・





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posted by ten1ko2 at 10:21 | Comment(0) | 夫婦講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月10日

虹は半分しか見えていない! 天から見れば・・・ 《橘先生》



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橘先生のコラム「夫婦愛を育む」
今回は、『虹は半分しか見えていない』です。


車を走らせていると、ラジオからNHKの
『子ども科学電話相談』が流れてきました。

「虹は本当は丸いけど、半分しか見えない。
残りの半分はどこにあるんですか?」という
小学1年生の男の子の質問に答えているところでした。

理系の知識に乏しい私は、「へー、そうなんだ〜!」と驚きます
(後で主人に話すと、常識だよ、とあきれられましたが)。

下の部分は地球に隠れていて、私たちが平地に立っている時は
上半分しか見えないけれども、飛行機からとか
高いビルの上からなら下の部分も見えますよ、
と解説者が答えていました。

新しい知識に、何とも言えない新鮮な感動を覚えました。


もう一つ、虹がよく見えるのは太陽の位置が低い時、
すなわち朝と夕と話していました
(考えたことはありませんでしたが、言われてみれば…ですね)。

大半の人が、虹を見るとうれしくなったり
祝福を感じたりすると思います。

朝ならば、「あ、今日は何かいいことありそう」と
一日の始まりに励ましてくれているように受け止めるでしょうし、
夕方に見れば、「一日お疲れさま。頑張ったね」
と慰労してくれているように感じるかもしれません。

朝と夕に見せてくださるとは(科学的には光の角度の問題ですが)、
神様の粋な計らいではありませんか。

 
旧約聖書では、虹は人間に対する神からの「契約のしるし」です。

ノアの箱舟で知られる大洪水の後、神がノアとその子孫、
全ての生き物に対して立てた永遠の契約として、
地を滅ぼす洪水を二度と起こさないという約束の証しとして、
虹がかけられたとあります(創世記 第9章)。

この約束の背後にあるのは、神様の愛。

希望・平和・祝福の象徴ともされる虹は、
砂漠以外のほとんど全ての陸地と
ほとんど全ての海で見られるそうです。
神様の愛が全世界に及んでいるんですね。

 
中学の国語教科書に載った吉野弘さんの
『虹の足』という詩では、こんな光景が描かれています。

山路を登るバスの中で現れた虹に感動し、
目を投じると虹の先が眼下の村に届いています。
でもそこに住む人は虹に気付いていません。

その位置では見えないのです。
太陽を背にした位置にいる人にしか虹は見えません。

作者はこの現象を、
“他人には見えて本人には見えない幸福の中で、
格別驚きもせずに生きている”様子に例えています。

太陽を背に、すなわち神様と同じ目線に立たなければ、
恩恵は見えないのかもしれません。

その上、見えたとしても半分しか見えていない…!
どんなに神様の愛に感動していても、
半分しか感じ取れていないのだ、
分かっていないのだ、と思わされました。

つらい中にあっても、大きな大きな愛で覆われている、
まあるい虹の中にすっぽり入っていることを
想像できたならいいかもしれません。

夫婦愛を育む 161
「虹は半分しか見えていない」
ナビゲーター:橘 幸世


昨日、本当にちょっとしたことではありますが、
家計に響く「ある出来事」があり、
気が滅入っている時にこの記事を目にしたので、
載せてみました。

虹も久しく見ていないな、と思った先日、
女性連合で活動していた妻を迎えにいった夕方、
雨上がりの空に虹が見えたのでした。

虹を見ると、何とも言えない感動が押し寄せてきます。
虹は、民族を問わず、時代を問わず、
人々に感動を与えてきたのではないでしょうか。。。

今、生かされていることに感謝して、
毎日を精一杯歩んでいこう。。。
真の万物の日に新たなる出発を期したのでした。



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2021年04月20日

感情のジェットコースター、うまくいくと思ったのに… ヨセフの場合 《橘先生》



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橘先生のエッセイ「夫婦愛を育む」
今回は、『感情のジェットコースター』です。

嬉しいことがあったとき、
期待に胸を膨らませていたとき、
すべてが水泡に帰する出来事が起こったら・・・


先回本欄で書いた横断歩道での出来事。
実は感動して幸せな気分に浸っていた数日後、
今度はがっかりすることが起こりました。

ショッピングモールの入り口に立てておいた傘が
無くなってしまったのです。
今まで安心して置いていたので、ちょっぴりショックです。
やっぱり良い事・悪い事、波があるんだなと思いました。

それくらいの緩やかな波なら平穏に過ごせますが、
時には一日・二日の間に大波が来たかと思ったら
サーッと引いていくことがあります。

ある朝、信じられないような良い知らせが舞い込み、
期待と不安が交錯する一日を過ごした後、
翌日には水泡に帰すということがありました。

もともと知らせは可能性レベルでしたので、
理性では期待し過ぎないようしていました。
翌日の知らせも「ああ、そうなんだ」
と理性的に受け止めようと努めましたが、
感情の疲労は半端ありませんでした。

表向きは穏やかにしていましたが、
内面はまさに感情のジェットコースターです。


希望を感じて前に進める出来事であった一方、
心の消化機能が動きません。

そんな脱力した私に、神様はその日のうちに、
第三者を通じて軟着陸できるメッセージを下さいました。
神様の介在を改めて感じた後は、消化が楽になりました。

これからもいろいろあるでしょうが、夫婦で二人三脚、
いや神様も一緒ですので三人四脚?
この先の大波小波の中も進んでいけるかなと思います。

人生を大きなスパンで見ても、やはりさまざまな波がやってきます。
自分の人生を振り返っても、忍の時期もあれば、動き出す時もあります。
時にはじっと忍の字で、気が付けば数年を過ごしていたりします。

 
願いがあり祈り続けていても事が動かないように感じる時、
思いを馳せるのがヤコブの息子ヨセフです。
(ディズニー映画『ヨセフ物語』はとても感動的でしたね)

兄たちによって奴隷として売られエジプトに行った彼は、
無実の罪で投獄され、いつ釈放されるか
分からないという時期を通過しました。

一度、釈放につながるかもしれない
大きなチャンスが訪れましたが、
望みを託した人が彼のことを忘れてしまいます。
どれほど落胆したことでしょうか。

さらにじっと解放の時を待つこととなり、
次のチャンスが訪れたのは2年後でした。
その2年間も希望を失わず、神様を信じ続けたヨセフでした。

ヨセフと共にあられた神様は、私とも
私の家族とも一緒にいてくださる。
その思いを柱に、与えられた道を
歩んでいけたらと思います。

夫婦愛を育む 156
感情のジェットコースター
ナビゲーター:橘 幸世
(blessed lifeより)


聖書に出てくる義人たちは、
私たちが壁にぶつかったときに
乗り越える術を与えてくれる友ですね。

試練を乗り越えられた真の父母様も
当然、生きた教訓ではありますが、
聖書の義人たちも、
時代は違ったとしても、
身近に感じる存在ではないかと思います。

神様が今の時代に生きる私たちに
残して下さった貴重な証し人達ですね。







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