2022年06月02日

夫婦は最も貴重な首脳会談?! だから王と王女のように「礼儀」が必要 《奈田先生》



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(夫婦の)お互いの間の礼儀は
両親、先生、兄弟姉妹に対する
礼儀以上に大切です。
なぜでしょうか。
それは最も貴重な首脳会談だからです。


文鮮明



奈田先生の「父母と共なる生活」より
夫婦のあり方についての章、
2回目は、「礼儀を守る」です。

今回も、真のお父様(文鮮明師)のみ言を
ふんだんに紹介してくださっています。

 
愛は秩序をもって現れますので、
お互いに礼儀を守ることが必要です。

前に述べたように、
すべてのものの基本的関係は四位基台ですが、
そこには位置、格位があるのです。

神は神の位置、夫は夫の位置、妻は妻の位置、
子女は子女の位置、それぞれの格位に対して
礼を尽くさなければならないのです。

(文)先生は礼儀を守るということを非常に強調されます。


「神様は愛を見いだすためには
 あなた方が必要であるし、
 あなた方の結婚を必要としています。

 ……ですからお互いの間における
 永遠の倫理・道徳観が必要とされます。

 ですから理想の夫婦は、
 普通良い家族・親類に囲まれているのです。

 ……親類・両親・兄弟姉妹に
 囲まれているほうがずっと良いのです。
 なぜなら、数多くの教訓を学べるし、
 より多くの例を見ることができるからです」

(一九七九・五・一二)


「結婚生活は実に、日々の生活における
 美の成就であり、天の理想実現です。
 それが結婚生活です。

 ですからあなた方は真剣でなければなりませんし、
 お互いに礼儀正しくあらねばなりません。
 しかしいったん失敗すれば天地は崩れ、
 あなた方から去ってしまいます。

 堕落論を覚えておかなければなりません。
 それは我々にとって天の命令です」

(一九七九・五・一二)


「お互いの間の礼儀は
 両親、先生、兄弟姉妹に対する礼儀以上に大切です。
 
 なぜでしょうか。
 それは最も貴重な首脳会談だからです。
 首脳会談においてはすべての配慮がなされます。

 それと同じように、王と王女が会い
 結婚する時には、配慮と礼儀が
 尽くされなければなりません。
 お互いに十分理解し合わなければなりません。

 私はあなたに仕えるために、
 またあなたを愛するために生まれた、
 私の心も身体もあなたのためにつくられ、
 存在している、という
 絶対的確信を持たなければなりません。

 そのような関係が心身共に、
 また霊的にまず開発されるべきです」

(一九七九・五・一二)

父母と共なる生活 信仰生活の真髄をつかむ」
1991年5月1日 初版発行
奈田壽美子(なだすみこ)
(1940.1.5〜1989.3.7)

三 復帰過程における神の心情の体恤
第五章 夫婦観(夫と妻の在り方)
二 礼儀を守る


人生のパートナーである夫(妻)は、
当然のことながら、一緒にいる時間が一番長く、
ともすれば、空気のような存在になってしまいます。

しかし、そうではなく、礼儀をもって、
王と王女のような態度で接する、というのです。

おそらく、真の父母様も
同じような思いをもって、
接していかれたのだ、と思います。

「夫婦は貴重な首脳会談」
お父様の素晴らしい名言だと思います。

夫婦が一つになることによって、
神様が顕現する。

そのことを肝に銘じながら、
新たな境地を見出すために、
礼儀をもっていきたいです。


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奈田寿美子(なだすみこ)1940.1.5〜1989.3.7
 東京生まれ
 早稲田大学で心理学を学ぶ
 世界基督教統一神霊協会巡回講師
 統一思想研究院会員
 教育問題研究評論家 牧師
 著書「神と共なる生活」「キリストと共なる生活」ほか


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あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
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過去においても、今後においても
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2022年03月30日

私は夫(妻)の重荷にはならない! 強力な「愛の注射器」に 《奈田先生》



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奈田先生の「父母と共なる生活」
今回は、『夫婦観(夫と妻の在り方)』です。


具体的な夫と妻の在り方に関する
文先生のみ言を取りあげてみます。

文先生はまず基本的に、男性にとって
女性は母親であり、妻であり、姉であり、妹であり、娘である。

女性にとって男性は
父親であり、夫であり、兄であり、弟であり、息子であって、
お互いにそれらのすべての立場に立てるのが
理想的な夫婦だと言っておられます。

理解・協力・研究が必要

「夫婦はお互いに理解し、協力し、研究せよ」
と、文先生は言われています。

顔が皆違うように、人の運勢もみな違います。
それぞれの運勢によって組み合わせを
決められるというのです。

男性の運勢が悪ければ、女性の運勢が良いのです。
逆に女性の運勢が悪ければ、男性の運勢で埋めていくのです。

文先生はそのことを、
「夫婦とは山と谷を崩して平地をつくるようなもの」
と表現しておられます。

以前、「富士山を崩して琵琶湖を埋めてみようか」
などとおっしゃったこともありました。

 
「……理解できるような夫婦になるということは、
 人格的に立派な女性、
 立派な男性になることである。

「……最初の三年間は非常にぶつかるところが多いが、
 三年たてばいろいろな方面で、
 美しいところを発見し始め、
 深いところの情で結ばれる」

(一九七七・二・八)


「夫婦は絶対的統一の代表であり、
 それからずれるようなことがあってはなりません。

 車の両輪のごとく、
 また二本の足のごとくになって、
 調和をもって一つの目的に向かって
 進まなければなりません」
(一九七九・五・一九)


ですから、場合によっては、
一方が足踏みして待つような時もあるというのです。

「問題は、私たちは世界救済を完成した上で
 結婚しているのではないということです。

 私たちの前には救済されなければならない
 世界があります。
 ですから私たちの前には
 私たちの任務があり使命があるのです。

 男性と女性はこれから
 右足と左足のようになって歩くのです。

 そこには平等な立場での二者の
 共同、協力があって初めて
 前に進むことができます。
 
 夫は右足、妻は左足の立場です。
 そして早く確実に歩くためには
 両足が同じように動かなければなりません」
(一九八二・七・一)


これはアメリカの教会員に対して語られたみ言ですが、
大変細かいところにまで心が配られていると思います。

 
さらに、“愛の注射器”とか、
“愛の発電機”になれ、というみ言もあります。

「皆さん一人ひとりが
 強力な愛の注射器になろう〃
 と決意しなければなりません。

 “私は夫の重荷にはなりません”
 “私は妻の重荷にはなりません”
 “私は発電機になります”。

 与える要素、愛の注射器こそは
 すべての問題の解決策であり、
 万能薬なのです。
 愛は最高の力なのです」
(一九八二・七・一)


 
さらに、お互いによく研究し合わなければならない
とも言われています。

「結婚は現実には研究課題なのであり、
 男性は女性を研究し、
 また女性は男性を研究するところです。

 お互いを研究する過程において
 愛を発見していくのです。

 これが結婚の意味であり、あなたの発見は、
 ちょうど実験室での試験管の中の発見と
 同じようなものです。

 私がこう言ったら、彼がこう反応したとか、
 怒ったとか、すべてのことについて
 統計をとり、グラフに描くのです。

 何でもないようなふりをしていて、
 急に強くあなたの夫をつねって
 その反応を見てみなさい。
 すべてのことについて、
 その反応を観察することができるのです」
(一九七九・五・一二)



「自分の相対者がとても厳格そうに見えて、
 何も表現しないように見えたとしても、
 失望してはいけません。

 研究する余地がかなりあると思って、
 かえって喜ばなければなりません」


 「いつも話してばかりいる人は
 すべてにおいて失敗者です。
 とても味のある人は、話す代わりに聞く人です」

 「あなた方が互いに相会う時は、
 すばらしい思いを表現する代わりに、
 感情、喜び、幸福感を抑えて、
 ゆっくり研究し始めなさい」


 上げたり、下げたりで、何とかして
一つにしようとされる先生のお気持ちが伝わってきます。

父母と共なる生活
第五章 夫婦観(夫と妻の在り方)
一 理解・協力・研究が必要


夫婦の愛がどれだけ貴く素晴らしいものであるか。。

夫婦愛に関しての、
真のお父様のみ言はふんだんにあります。

しかし、昨今においては、夫婦は男性、女性ではなく、
同性でも同意義である、というパートナーシップ制度を、
日本においても導入しているところが増えております。

テレビなどマスメディアを通しても、
同性愛を助長するような、
そんな状況の中にあります。

夫婦の愛は、神様が創造された貴いものであり、
それを私たちが表していけるように、
実体で示していかなければ、と切に思います。

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posted by ten1ko2 at 09:28 | Comment(0) | 夫婦講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月27日

ムラッとくる出来事に、家で愚痴ると、夫の一言・・・! 《橘先生*夫婦愛講座》



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橘先生のエッセイ「夫婦愛を育む」より
「一緒に怒る」です。


わが家の道路の斜め向かいに簡易郵便局があり、重宝しています。

年賀はがきを買い足しに行くと、あいにく先客がいました。
中は幅1メートルほどの狭さですので、密にならないよう
ドアを開けたままにして外で順番を待っていました。

結構時間がかかっています。
そのうち、年配の男性がシニアカーでやってきて、
中に入って奥に一つだけある椅子に座りました

ようやく先の人が終わり、はがきを買えると思ったら、
後から来た男性が涼しい顔をして窓口に立ってしまいました。
驚き、あきれて腹が立ちました。

お年寄りの無謀な行動は時々メディアでも
話題になっていますし、レジで割り込みをされたことも
ありましたが、この時は自分でも意外なほどに
腹立たしさを覚えました
(おまけにこのご老人の要件もなかなか終わらない!)。

疲れていたせいもあるでしょう。
これだけ済ませたら休憩しよう、と少し無理をしていたのです。

夕食時、主人にそのことを話すと、
「それはひどいね!」と言ってくれました。

実は内心「お母さん、そのくらいのことは
大目に見てあげようよ。お年寄りなんだし。
そんなことに相対しちゃだめだよ」
みたいな言葉が返ってくるかな、
と思いながら話していたのです。

アンフェアなことをされた上に、
怒ったことに対してみ言で正され(裁かれ)たら、
ある意味踏んだり蹴ったりです。

でも、「それはひどいね!」のひと言でスッキリしました。
それ以上文句を言い続けることもなく、それでおしまい。


何の時だったか忘れましたが、
「人が怒っているのを見ると、(同じ対象に対する)
自分自身の怒りがそれほど強くならないからね」
といった内容のことを娘が言っていました。
過去に自分にも経験があったので、妙に納得しました。

知人から無神経なことを言われて傷ついた時、
話を聞いてくれた友人がものすごく怒ったのです。

「ひどい! その人はどういうつもりで
そんなことを言うの?!…」

その憤慨ぶりに私の方が「そこまで怒らなくても…」
と思ったほどです。
慰められて、私自身の怒りはずいぶん静まりました。


郵便局の一件の二日後、新聞にタイムリーな記事が載りました。
「グチコレ」という活動をしている大学生たちについてです。

「グチ」は「愚痴」、「コレ」は「コレクション」、収集の意味です。
仏教を学ぶ学生たちが、道行く人たちから不満を聞き取ります。
聞くだけで助言はしません。

個人が特定されない表現で内容をネットで公開しているそうです。
 
「否定的な印象が強い愚痴を本音と前向きに捉え、
気軽に話せる場や共感できる機会を作りたい」
との狙いで2012年から続けているそうです。


ネガティブなことを聞いて、気持ちがそれに相対し、
いわゆる悪の授受作用をしてはいけませんが、
相手の負の感情を否定して正そうとするのは
賢明ではないかもしれません。

受け止めてもらってスッキリしたら、
人はちゃんと良い方向に向かうようになっていると思うのです。

夫婦愛を育む 177
一緒に怒る
ナビゲーター:橘 幸世


「グチコレ」面白い活動ですね。

負の感情をどう受け止めるか、
本当に大事なことだと思います。

受け止める側の器が問われますよね。

良き授受をしていきたいと思うばかりです。



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