2020年02月27日

「人類を幸せに!」 父が真理を極めた強い意志、どれほど強かったか 《浅川先生の自叙伝講話》



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浅川先生の自叙伝書写講話。
今回は、「意志さえあればできないことはない」です。


文鮮明(ムン ソンミョン)先生の意志は
自分の能力を発揮して成功したスポーツ選手や
経営者たちとは一種異なるようです。

文鮮明先生の意志は、「人を幸せにする」という心なのです。

文鮮明先生は、少年の頃から並外れた自然観察力がありました。
そのため、科学者になろうという志もあったようです。

しかし、それを断念しました。
それは、あまりにも、不幸で苦しむ人々を思いやったからです。

 

「私は人々の流れる涙をぬぐい、
 心の底に積もった悲しみを吹き払う人に
 なりたかったのです。……
 人々に幸福をもたらす者になろうという
 心だけは固まっていきました」
(自叙伝58ページ)


 
十五歳のときに、イエス様と出会って、
その志は天命となりました。

イエス様は、

「苦しんでいる人類のゆえに、
 神様はあまりにも悲しんでおられます。
 ……苦しんでいる人類を救い、
 神様を喜ばせてさしあげなさい」


と命じられたのです。


あまりにも大きな天命です。

自分と家族を救うだけでも大変なことです。
文鮮明先生の青少年時代、朝鮮半島は
日本の統治下にありましたから、
民族を救うことだけでも至難の業だったのです。

しかし、イエス様は、

「人類を救って、神様を喜ばせてさしあげなさい」

と言われたのです。

人類の中には怨讐(おんしゅう)であった日本人も入ります。
この大きな困難を伴う天命を文鮮明先生は、
イエス様の悲しい顔が胸に刻まれたがゆえに決意されたといいます。

 
最初に文鮮明先生が取り組んだのは、
「幸福の原理」を解明することでした。

人類を救うためには、不幸の根本を突き止め、
永遠の救いの道を解明しなければなりません。
幸福の原理とは、誰でも実践すれば、幸福になれる法則です。

科学者や哲学者が、その分野の原理を解明するためには、
思索に没頭できる研究室などの環境が必要です。

多くの発見は、大学教授として研究している過程でなされています。
当然、生活の安定も不可欠です。
生活に追われていては、研究に集中できないからです。
また、多くの支援者も必要です。

しかし、文鮮明先生には、真理を探究するための
研究室もなければ安定的な収入も一切なく、
支援者もいませんでした。
施設もお金もなく、支援者もいなかったのです。

むしろ、迫害する人のほうが多かったのです。

 
1950年代、朝鮮戦争のさなか、北朝鮮から脱出した
文鮮明先生は釜山(プサン)で「統一原理」をまとめ始めました。

環境は最悪です。
その当時のことを、自叙伝で触れられています。


「釜山の地は避難民でごった返していました。
 朝鮮八道の人が全部集まったかと思えるほどで、
 人が生活できる所は軒先までぎっしりと詰まっていて、
 お尻一つ入り込める隙間も残っていませんでした。
 仕方なく、夜は林の中に入って木の上で眠り、
 昼になるとご飯を求めて市内に下りていきました」


(自叙伝122ページ)

このような過酷な環境の中で、
人類を救う『原理原本』を執筆されたのです。


 
「その頃、草梁(チョリャン)の労務者用の宿舎に
 入ることができました。
 部屋が呆れるほど小さくて、
 対角線で横になっても壁に足が当たります。

 その後、知り合いの家に泊めてもらい、
 その部屋で鉛筆を削り、心を尽くして
 『原理原本』の草稿を書きました。

 極貧の生活だろうと何の問題もありませんでした。
 たとえゴミの山の中で暮らしたとしても、
 意志さえあればできないことはないのです」


(自叙伝124─125ページ)

 
文鮮明先生は、神様と人類を愛する意志で
幸福の原理を体系化されたのです。

文鮮明先生の「意志」は、神様と人類を愛する、
真の愛のほとばしりだったのです。
真の愛の実践力だったのです。

自分の欲望を満たそうとする意志ではなく、
人類を幸福にしようとする真の愛そのものだったのです。

「真の意志」には次の三つの心がありません。

“できない”という心。

“諦(あきら)める”という心。

“何かのせいにする”心。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第九章 意志さえあればできないことはない
人を幸福にする意志


若干16歳で真理(原理)解明のために
献身された真のお父様。
一般の成功者と比較にならないような
強い意志をもって行かれました。

これは無理だ、不可能だという心、
あきらめの心、
人や環境のせいにする心
三つの心をなくしていったと言います。

お父様の強い意志が
多くの困難を乗り越えさせました。
それは、神様のご心情を
誰よりもご存じであったからでしょう。

お父様が未開の地を切り開き、
天国への道筋を示してくださいました。
そして、お母様が7年路程を勝利されたのも、
神様とお父様に贈り物をお捧げしたい、という、
強い信念があったからだと思います。

次元は違えども、
私たちに与えられたみ旨においても、
真の父母様に喜びをお返ししていく強い意志を
父母様に見習うべき時であると思います。






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2020年02月21日

誠を尽くせば、ウィルスからも守られる?! 真の父母の「至誠・精誠」 《浅川先生》



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どんなことでも誠を尽くせば、
我知らず神秘の境地に
入っていくようになります。


文鮮明先生・自叙伝



浅川先生、自叙伝書写講話
「あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす」
を紹介します。


人は誰でも幸福を求めて生きています。
では、どうしたら、幸福を得ることができるのでしょうか?

文鮮明(ムン ソンミョン)先生は
「あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす」ことだと言われます。

「精いっぱいの誠を尽くす」とは、全身全霊で愛し続けることです。
自分の全てを愛する人のために捧げ尽くすことです。

精いっぱいの「精」と、誠を尽くすの、「誠」を合体させると
「精誠」となります。
あらゆることに「精誠」を尽くすことで、真(まこと)の幸福に至るのです。

言い換えれば、手抜きをしないことです。
人は尽くしたにもかかわらず、好ましい結果が出ないと、手抜きをしたくなります。
「精誠」とは、手抜きをせずに、愛し続けることなのです。

 
かつて、手抜き建築を設計して逮捕された設計士、建築士がいました。
ビルやマンション建築では設計者は住人の命を預かっています。
建築は設計どおりに施工されるからです。

地震や暴風雨に耐えられる建物を設計しなければなりません。
ところが、この建築士は、原価を下げて収益を上げるために、
鉄筋の数を規定よりも少なく設計したのです。

殺人と同罪です。
骨組みを手抜きされたマンションは、軽度の地震で倒れて、
住民の命が危険にさらされるからです。
建築ですら、手抜きすれば、倒れるのです。

 
では、夫婦関係や家族関係はどうでしょうか。
あなたは夫婦関係、家族関係では、互いに、愛の手抜きをしていませんか?
もし、そうだとすれば、ささいな言葉のやり取りの“地震”で、
家庭は倒壊してしまうでしょう。

貧しさや病気などの“暴風雨”で、簡単に崩壊するでしょう。
ビル、マンションよりも強固であるべき高層建築が夫婦なのです。

あらゆることに「精誠」を尽くすとはどういうことなのでしょうか。
大きなことや自分の気に入ることのみに力を注ぐことではありません。
「あらゆること」に対してなのです。

家庭の主婦であれば、化粧や髪形、服装に時間をかけて、
掃除、洗濯を適当に行えば、手抜きしたことになります。
ましてや、ご主人が家を出たあと、化粧や髪形にたっぷり時間をかけるのは、
夫に「精誠」を尽くしているとはいえません。

 
ご主人の場合、大きな顧客を大事に扱い、小さな顧客を粗末に扱えば、
あらゆることに「精誠」を尽くしたことにはなりません。
へたをすると、全ての顧客を失うことになります。

かつて、国民的歌手の三波春夫さんが言ったように、
「お客様は神様」なので、全てをお見通しなのです。

ある会社のトップセラーは、お客様を大切にして億単位の営業実績を上げます。
その一方で、トイレ掃除のおばさんに頭を下げて、
「御苦労様です。ありがとうございます」と言って感謝するそうです。

上司だけではなく同僚や後輩の面倒をよく見るそうです。
分け隔てなく人を大切にする姿勢が、お客様からの信頼をかちえているのです。


あるタクシーの運転手がいました。
この方は、最高の実績を上げ続ける人です。
その秘訣(ひけつ)を次のように語っています。

「お客様を差別せず、誰でも、大切に扱うことです」。

ある大雨の日のことです。
急な雨だったので、行き交う人はびしょぬれです。

しかし、タクシーにとってはありがたい日です。
タクシーを必要とする人が多いので、
運転手は、人を選ぶことができるからです。
できれば、メーターが上がる遠距離に行くお客様を乗せたいところです。

車を走らせていると、いかにも貧相な老人が呼び止めたそうです。
ずぶぬれの老人を乗せればシートが汚れ、
しかも、短距離しか乗らないかもしれません。
一見すると、そんな人なのです。
売り上げを考えると見過ごしたほうがよさそうです。

しかし、この運転手さんは、そうはしませんでした。
どんな人でも差別せず、大切に扱う人だったからです。

ところが、お客様を乗せて仰天しました。
そのみすぼらしそうな老人は、大会社の社長だったのです。
そして、三時間かかる遠距離を指定したそうです。

一日の売り上げはその人一人で十分でした。
帰りは、余裕で海釣りを楽しんで帰ってきたそうです。

「タクシーは人生です」と語ってくださいました。


*自叙伝「平和を愛する世界人」より

私たちはあらゆることに
精いっぱいの誠を尽くすべきです。
それも一日、二日ではなく、常にそうすべきです。

刀は一度使っただけで磨かないと、
切れ味が悪くなってしまいます。
誠も同じです。
毎日刀を鋭く磨き、刀を研ぐという心で、
絶え間なく継続すべきです。
(自叙伝71―72ページ)


どんなことでも誠を尽くせば、
我知らず神秘の境地に入っていくようになります。

筆を握った手に誠心誠意の一念を込めて、
「この手に偉大な画家が降りてきて私を助けよ」と
祈りつつ精神を集中すれば、
天下の耳目を驚かすような絵が生まれます。
(自叙伝72ページ)


「誠を投入せよ! 眠けの中でも投入せよ!
へとへとになるまで投入せよ!
おなかが空いても投入せよ!」と
何度も何度も自分に言い聞かせ、
ありとあらゆる反対とデマの中にあって、
種を蒔(ま)く心情で祈りました。

そして、その種は大きく育って
必ず穫り入れられるだろうし、
韓国で穫り入れが難しければ、
間違いなく世界で穫り入れられるだろうと考えました。
(自叙伝148ページ)


浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第八章 あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす
手抜きをせずに誠を尽くす


至誠感天という言葉もありますように、
一つ一つに精誠を尽くされる、真の父母様。。。
まさに今のお母様の姿は精誠でできていて、
至誠の境地を表しているかのようです。

今月開催された基元節7周年を中心とした記念行事。
これも無事に開催されたことは、
奇跡、と言ってもいいのではないでしょうか。

数万人規模で開催されましたが、
新型ウィルスが猛威を振るっているにもかかわらず
現時点では、感染者がいないことも奇跡です。

また、実は、影響を考慮して、3月は清平の
2日修錬会がすべて中止になりました。
日本国内の様々な大会も中止になります。

基元節の一連の大会が、数週間遅かったら、
どうなっていたでしょうか。
ギリギリのタイミングで行われた、
これも奇跡です。

背後には、真のお母様の精誠と、
お父様を中心とした、
霊的なバックアップがあって、
なされたものである、と感じます。

小さなことにも手を抜かず
どんなことにも精誠を尽くす、
いつでも、どこでも、誰に対しても。。。
そんな真の父母様を相続したいと思うのです。






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2020年01月21日

「為に生きる」 宇宙で一番実践しているのは「太陽と空気」?! 《浅川先生》



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浅川先生の自叙伝講話、
「為に生きるのが宇宙の原理」。

真のお父様の自叙伝のみ言と共に、
「君はどうして国立大を卒業できたか」という
質問に始まる、松下幸之助さんのエピソードが
紹介されています。

 
人は誰でも幸福を求めて生きています。
ではどのように生きたら幸福になれるのでしょうか?

文鮮明(ムン ソンミョン)先生は、
少年の頃から人の幸せを真剣に考え悩みました。


「私は人々の流れる涙をぬぐい、心の底に
 積もった悲しみを吹き払う人になりたかったのです。
 ……人々に幸福をもたらす者になろうという
 心だけは固まっていきました」
(自叙伝58ページ)


文鮮明先生が悟られたのが、人は「宇宙の原理」に
従って生きれば幸福になれる、ということでした。

では、宇宙の原理とは何でしょうか?
とても単純な原理です。
お互いを認め合い、助け合って生きることなのです。

まず与え、そして、受けることです。
まず、愛して、それから愛されることです。

神様が創造された宇宙はその原理によって動いています。


忠実に実践しているのが、太陽と空気です。

地球創成以来、一貫して人間に与え続けています。
人間の生存には絶対不可欠なものです。
この二つがなければ人間は生存できません。

ところが、多くの人が感謝していません。
太陽と空気に、毎日「ありがとう」と
挨拶している人がいますか?

子供が友達からプレゼントをもらえば、
「ありがとう」と言います。
困窮したときお金を支援されれば誰でも
「ありがとうございます」と言います。

無償であればなおさらです。
太陽や空気は感謝されなくても、与え続けているのです。


文鮮明先生は

「空気とは何か。
 愛である」
   (『成和学生の道』54ページ)

と語られています。

空気がなければ人は瞬間的に死んでしまいます。
生活に絶対不可欠な空気を私たちはただで、頂いているのです。

光熱費などのように、今月の「空気吸い込み料金請求書」は来ないのです。
節約主義のお母さんが子供に
「今月は空気を吸いすぎよ。ときどき、息を止めなさいよ」
などと怒らないのです。

太陽はどうでしょう。
地球が誕生して以来、光と熱を与え続けています。
人間が戦争やテロを行っても与え続けています。
光や熱を悪用されても忍耐強く注いでいます。

しかも、ただです。
水道、ガス、電気には公共料金がかかります。
しかし、有り難いことに、太陽からは、請求書が来ません。

節約主義のお母さんが子供に
「今月は太陽に当たりすぎよ。
日射料金がいつもより高いじゃない。
家に閉じこもっていなさいよ」などと怒ったことはないのです。


太陽や空気は宇宙の原理を率先躬行(きゅうこう)しています。

「宇宙の原理」は、まず与えて「お互いを認め合い、
助け合って生きている」ことなのです。
この原理にそって生きれば幸福になれるのです。
まず、「ために生きる」ことなのです。

そして、もう一つ悟らなければならないことがあります。
人のおかげで生かされていることです。
誰かが私のために生きてくれたからこそ生活できるのです。
誰かが私を認め、助けてくれたから生かされているのです。


このことを悟って経営を行い、成功した実業家がいます。
経営の神様と言われた松下幸之助さんです。
こんな逸話があります。

ある時期まで、松下さんは直接人事面接をしました。
国立大学卒業後、松下電器に入社して何年にもなる社員を呼んで
面接したそうです。

「君は、どうして、国立大学を卒業できたと思うかね……」
と質問しました。

彼は得意そうに答えました。
「はい、私が一生懸命勉強したからです」。

松下社長はさらに尋ねます。
「それだけかい……もうないのかい」。

彼は、かなり考えてから答えました。
「あ、そうだ。父母が授業料を送り続けてくれたからです」。

彼は親の苦労を思い出したのです。
普通なら、これで面接は終わりですが、さすがは経営の神様です。
さらに、尋ねました。
「それだけかい。まだないかい……」。

彼は困惑しました。かなり考えましたが、
ついに答えを思いつきませんでした。
無言で悩んでいる彼に向かって、松下さんは、こう言いました。

「大学があったからじゃないか。
大学がなかったら君は受験できなかったじゃないか」。

彼は、恥ずかしくなって下を向いてしまいました。
当たり前のことに気づけなかったからです。
さらに社長は言いました。

「君の卒業した大学は国立大学だろ。
ということは、国民の税金で成り立っているわけじゃないか。

誰もが君のように大学に入れるわけじゃない。
同年配の青年たちは、高校を卒業してから働いているだろ。
その給料から税金を納めているんだ。
そのおかげで、君は勉強できたんだよ。

だから、君は、その恩を返すために、
社会の発展のために有益な商品を開発しなければいけないんだよ」。
そして、最後にこう言ったそうです。

「その道理が分かったなら、君を工場長に人事する。
その精神を忘れずに頑張ってくれたまえ」。


ところで、幸福は家族円満にあります。
古来、「家和して万事成る」とも言われます。
では、どうしたら、夫婦円満、親子円満になれるのでしょうか。

夫婦円満も「宇宙の原理」にそって成されるのです。
伴侶のために生きるという愛の原理を悟って、
まず、与え、尽くすとき円満になれるのです。

 
文鮮明先生は結婚の意義についてこう言われています。

 
「結婚は、私のためではなく相手のためにするものです。
 結婚するとき、立派な人やきれいな人ばかりを
 追い求めるのは間違った考えです」
  (自叙伝228ページ)


「結婚は、ただ婚期が来た男女が出会って
 一緒に暮らすことではありません。
 結婚は犠牲の上に成り立ちます。

 男性は女性のために生き、
 女性は男性のために生きなければなりません。

 私の利己心がすべて消えるときまで、
 絶えず相手のために生きなければなりません」
(自叙伝230ページ)


もし、夫が「俺の世話するために妻がいるのだ」と思い込み、
妻に要求ばかりすれば、妻は反発して夫婦関係に亀裂が生じます。
「宇宙の原理」に反するからです。

もし、妻が「夫は自分のために働くのだ」と思い込み、
夫に要求ばかりすれば、夫は猛反発するでしょう。
妻から雇われてるわけではないからです。

夫婦関係は社長と労働者の関係ではありません。
自分を利用していることが分かれば、誰でも反発するのです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第三章 お互いを認め合い助け合って生きる
為に生きるのが宇宙の原理


ために生きる道理を教えた、
松下幸之助さんのエピソード。
そのような印象的な面接を受けた人の心には、
私たちはすべて誰かのおかげで生きている、
と、しっかり残ったことでしょう。

当たり前のように日々享受している光や空気。
自然のありがたさ、貴さを感じなければならないと思います。

自然環境を当たり前のように思っていたら、
自己中心的に使ってしまうのではないでしょうか。
その究極が、地球温暖化であり、自然破壊です。

今、一年で最も寒い時期なのに、
それほど寒さを感じない日がありますね。
寒くないのもうれしい気持ちもしますが、
今後のことを考えると、
ある面、恐ろしささえ感じます。

お母様は、
「地球は熱病にかかっている」
そのように語られています。
自然環境が泣き叫び、訴えている、
肌身で感じておられる方の、
み言である、と感じざるを得ません。

「為に生きる」
宇宙の原理原則に沿った、
そのような歩みを成していきたいと思います。





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