2021年10月09日

朝昼晩、父母様はどうされているか考えてみましょう 《姸娥ニム最終回》



211009-2018.0601.jpg
孝情文化フェスティバルでメッセージを語られる文姸娥様
(2018年6月1日、東京・新宿)


姸娥(ヨナ)様のみ言のシリーズの最終回です。
「真のお母様が語られる孝情とは」
今回は、3年前のメッセージです。


2018年6月1日、東京都内の会場に文孝進(ムン・ヒョウヂン)様家庭から
文姸娥(ムン・ヨナ)様と3人のお子様をお迎えして、
首都圏の中高生や青年など約1800人が集う中、
「文孝進様聖和(ソンファ)10周年記念
孝情文化フェスティバル2018」が開催されました。

以下は、その場で姸娥様が語られた内容を翻訳し、
整理したものです。(文責・『世界家庭』編集部)


(日本語で)真の父母様が本当に愛する皆様、
お会いできて本当にうれしいです。

日本語ができなくて
……(ここまでですが)、
でも、心は分かりますよね?(歓声)
ありがとうございます。

真のお母様に代わって皆さんに会いにきました。
一か月後に真のお母様は
(日本に)来られますから、
今から私たちはもっと一生懸命に歩み、
一か月後にはさらに発展した私たちの姿を
見せてさしあげることができればと思います。
(拍手)

もっと力強く、約束!(「イェー〈はい〉」)
皆さんが約束したと、真のお母様にお伝えしますね。

皆さんは、孝情の話をたくさん聞かれていることと思いますが、
もう一度復習しましょう。

ハワイで、真のお母様が
孝情について説明してくださった内容を紹介します。



「孝」は、父母様に親孝行すること。

ここで言う「父母様」は、
天の父母様(神様)と真の父母様が別々でなく、
一つとなられた父母様です。

ですから皆さんは、「父母様」と言えば、
天の父母様と真の父母様を同時に感じられなければなりませんね。

「情」は、私たちが親孝行をして、
天(の父母様)と永遠の因縁を結ぶことです。
ここでも天の父母様が、すなわち真の父母様です。

心情一体ですから、「真の父母様」と呼ぶこともでき、
「天の父母様」と呼ぶこともできます。

私たちは、天の父母様と真の父母様は一体であり、
一つとなっていること、一つの心であることを知っています。


「父母様と心情一致するとは、どういうことか?」について、
真のお父様は次のように語られました。 


「今晩、父母様は何をされるのだろうか、
 目を開けたまま
 夜を明かされるのではないかと考えながら、
 父母様の立場に立って父母様に似るようにし、
 父母様の心情を感じてみなさい……」

(『真の父母経』第五篇第二章 9)


これは、朝、皆さんが目を開けたら、
「ああ、天の父母様、真の父母様、お元気ですか?」と言い、
食事の時間になれば、「(父母様は)ちゃんと食事をしておられるだろうか」
と考えるということです。
難しくはないでしょう?

皆さんがどこにいても、いつも天の父母様と
真の父母様が皆さんと共にいらっしゃる、
そのように考え、慕い、会いたがって、
そして何よりも、最も良いものをお捧げしたい心、
そのような心で実践するのです。
(「イェー」)

ところで、自分一人がそうであってはいけないでしょう?
皆が共に、孝子、孝女になることができるように努力すること。
分かりましたか?
(「イェー」)

真の父母様は、皆さん一人が孝子、孝女になったからといって、
お褒めになりたいわけではありません。
ここにいる全員が真の父母様の前に、
「アンニョンハセヨ。サランハムニダ」と言えば、
どれほど喜ばれるでしょうか。

神日本にいる全国民が真の父母様にご挨拶ができれば、
どれほど良いでしょうか。
そうですね?

そのように日々、真の父母様、天の父母様に、
自分が最善を尽くしたものをお捧げする心を持ってください。
「明日は、もっと良く行う」と決意し、
床に就く皆さんであってください。

そして朝、目を開けたら、「ああ、会いたい真の父母様、
天の父母様、きょうは昨日より一つだけ多く行います。
自分一人ではなく、自分の横にいる兄弟姉妹たちと
共に行います」と言うのです。

そのような心で一か月を過ごせば、
真のお母様がとてもお喜びになるでしょう。
分かりましたね?
(「イェー」)

皆さん、ありがとうございました。
愛しています。


(『世界家庭』2018年8月号「文姸娥様のメッセージ
真のお母様が語られる孝情とは」より)
私たちの真の父母様
(blessed life)

2018年6月1日東京・新宿
「文孝進様聖和10周年記念 孝情文化フェスティバル2018」


真の父母様に対する孝情、
その心情姿勢を教えていただきました。

今は、天心苑特別祈禱室が安着され、
真の父母様に侍る環境が与えられていることが
本当に感謝していきたいです。

また、姸娥様も真のお母様に
直接侍られておられるので、
よりお母様の状況も知ることができました。

今後もどんどん紹介してくだされば、と思います。
ありがとうございました。



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 11:15 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月28日

真のお母様は、未来がはっきり見えている 学んでも学んでも到達できない心情世界 《文ヨナ様》



210927-2015.1107.jpg
中和文化祭東日本大会2015.11.7


2015年10月10日、千葉で語られた
姸娥(ヨナ)ニムのメッセージ。
少し長いですが、後半の内容をまとめてご紹介します。


  お母様は天一国の歌を聴きながら精誠の一日を出発される

真の父母様が心から願われているのは、
「世界中にいる祝福家庭、愛する子女たちが、
父母がいなくても保護を受け、真の父母と天の父母様の
原則を伝統のとおりに守りながら、幸せに暮らすこと」です。

今はそのことを心配しながら、
準備していく過程にあるのだと私は感じました。

真のお母様の生活をそばで拝見すると分かりますが、
お母様はとても早く起きられます。
午前1時、2時、3時になれば、
既にお母様の一日が始まるのです。
私たちは眠っている真っ最中でしょう。

まだ外は真っ暗な中、真のお母様は、天一国(てんいちこく)の歌を
何度も何度も聴きながら一日を出発されます。

世の中には美しい音楽、良い音楽がたくさんあり、
健康になるための音楽、瞑想(めいそう)のための音楽もたくさんあるのに、
なぜ天一国の歌なのでしょうか?
しかも、毎日同じように聴かれるのです。

私もそうですが、皆様も、いくら良い歌だとしても、
毎日繰り返し聴けばうんざりすることがあるでしょう。
いくら良い食事でも、毎日そればかり食べなさいと
言われれば、逃げ出したいでしょう。

それなのに、真のお母様はなぜ天一国の歌ばかり
聴いていらっしゃるのでしょうか?
お母様は、それが天の父母様と、真のお父様の
願いであることをご存じだからであると、私は思うのです。


世の中では、同性婚を合法化するという動きもありますし、
男女が平等ではない夫婦関係は
離婚して解消しなければならないとも言っています。

もちろん、夫婦が互いに尊敬し、愛することは重要です。
しかし、家庭よりも個人が優先されるのが、今のこの世界です。

アダムとエバの堕落以降、何千万年たったか分かりません。
人類が誕生し、堕落して以来、数千万年、探し求め、
さまよわれた天の父母様のご苦労の結果、皆様がここにいるのです。

そんな私たちが、保護を受けられず、
再びこの世界に押し流されていくとすれば、
それはどれほど悲惨で、胸の痛いことでしょうか。

数千万年の時を経て探し出し、出会った子女なのに、
保護してやれる国がなくて、彼らが再び苦しみ、
遠ざかるとすれば、どうでしょうか。

彼らが親子の情も知らずに生きなければならないとすれば、
それはどれほど胸の詰まる悲劇でしょうか。

ですから真のお母様は、子女が永遠に
天の父母様の基準を持って共に通じ合いながら暮らせる国を、
ご自分が地上にいらっしゃる間に探して立てたいと
思っていらっしゃるのです。

体系づけ、準備してあげたくて、
毎日、天一国の歌を聴きながら、考えに考え、
精誠を尽くして、一日を出発されるのだと思います。

真のお母様は、世の中に良い音楽があることを
ご存じではなくて、天一国の歌ばかり
聴いていらっしゃるわけではありません。

全て皆様のためなのです。
皆様が、そのようなお母様の思いを感じ取り、
理解してくだされば幸いです。

 
私は777双の祝福家庭に生まれた子女、二世です。
40歳を超えました。
「お姉さんです」と言いたいのですが、おばさんの年齢です。(笑い)
ここにいらっしゃる先輩がたにとっては、妹のような年齢です。

このような自分が、この場に立って皆様の貴い時間を
頂くことが心苦しくもあり、申し訳なくもありました。

そのうえ、きょうは家族連れで集まってくださいました。
もしかしたら、親が手をつかんで「行かなければならない」
と言うので、ついてきた子供さんもいるかもしれません。
それとも、来たくて来ましたか?
ありがとう。

真の父母様をそのように慕ってくださり、ありがとうございます。
きらきら輝くかわいい顔で座っている子供たちを見ると、
このように話ばかりして申し訳なくも思います。

しかし、それでも、真のお父様の聖和(ソンファ)以降、
真のお母様のおそばで侍り、そのお姿を拝見しながら、
私がどのようなことを感じたのか、どのように変わったのかを
申し上げなければならないと、強く感じます。(拍手)

なぜなら、おそばにいる私がきちんとお母様について
お伝えできなければ、皆様はお母様について知るために、
より多くの時間を費やし、さらに苦労しなければならないからです。

また、私が誤解し、間違って伝えれば、大きな過ちを
犯すことになります。それも実際、心配です。

 
過去3年間、私は夫を霊界に送った者として、
真のお母様のお気持ちが少しは分かると思っていました。
傲慢だったのです。

しかし、真のお父様の聖和2周年が過ぎて、
そうではないことに気づきました。
孝進様が霊界に行かれた後の私と、
真のお父様が霊界に行かれた後の真のお母様では、
まず心の持ち方が違い、生活態度が違いました。

お母様は常に前進されました。
全世界の子女のために、ご自分は何を準備するかを
考えながら、日々、精誠を尽くして過ごされました。

一方私は、個人的に愛すべき5人の子女をまともに
守ってやることもできず、「とにかく生きなければならない。
まずは自分自身がしっかりしよう」と考えながら、
多くの時間を費やしていたのです。

そんな私も、5、6年過ぎる頃から落ち着いてきました。
そして「孝進様が霊界に行くことによって、
私の子供たちは心情的、心理的に、母親まで一緒に失ってしまったのだな。
私が子供たちを孤児にしてしまったのだな」と、ようやく気づいたのです。


真のお母様を拝見していると、
真のお父様は霊界に行かれましたが、
「お母様は私たちに関心もない。
お母様はご自分のことだけを考えながら生きていらっしゃる」
とは全く感じません。

お母様はお目覚めになれば、いつも一日の始まりとして、
「全世界の子女たち、祝福家庭はどのように過ごしているか」
について報告を受けられます。

五大洋六大州、多くの大陸の至る所で食口(シック)が努力していること、
喜ばしいこと、悲しいことを全て聞かれながら、
お母様も喜んだり、悲しんだりしていらっしゃいます。
本当です。

きょうの皆様のことも、真のお母様は
きょう遅くか明日には耳にされるでしょう。

「集まりはどうだったの?
どのようなことを感じたと言っていたの?
元気に帰っていったの?」と、
お母様は興味津々に聞かれるのです。
そのように生活していらっしゃるお母様です。

真のお父様が霊界に行かれた後、私たちが
お父様のことが慕わしくて胸を痛めていたときも、
真のお母様は絶えず前進されました。

それは、お父様を失った悲しみなどないからでしょうか?
違います。違うのです。


孝進様が霊界に行かれた後、私が食口の前で
涙を流さなかったからといって、
私が孝進様を愛していないのでしょうか?

私が笑っているからといって、
孝進様が亡くなったことを忘れて、
楽しく過ごしていたのでしょうか?
全く違います。

何も言わないでいると、誤解されます。
周りの人から、
「あまり笑わないほうがよいのではないか」
と言われたときは、天が崩れるような気がしました。
深く傷つきました。
「私が足りないからだ」とも思いました。

そのように忠告してくれるのも、私に対する愛ゆえであると
受け止めなければならないのですが、当時は
「どうして、これほどまでに私の気持ちが分からないのか」
と悲しくもなりました。


私は今も、先のことを考えて不安になることがあります。

ところが真のお母様は、
「あなたは10年後、20年後、
30年後の心配をなぜするの?
そのとき私たちはもっと発展しているから、
心配することはない」
と言われます。
確信していらっしゃるのです。

なぜでしょうか?
中心がはっきりしているからです。

天の父母様のみ旨がはっきりしており、
天の父母様の目的がはっきりしており、
天の父母様の摂理的な原則がはっきりしているので、
ただそのとおりに行けば、私たちは発展せざるをえないからです。

私が心からそのように感じられるようになったのは、
最近のことです。

聖和2周年が過ぎて、真のお母様について改めて学び、
勉強し、認識を新たにしたと思ったのですが、
3周年が終わってから再び、「私はまだまだだ」と感じています。


  真のお母様のなさる全てのことの背後にあるのは「愛」

私たちは、そのような真のお母様の子女ですから、
お母様に似なければならないでしょう?
真の父母様に似なければならないでしょう?(「はい」)

ですから、私たちもお母様のように前を向いて、
「私たちはどのようにすれば、さらに大きく発展できるか」
ということを真剣に悩まなければなりません。

具体的には、「私の生活、私が勉強する分野、
私が責任を持つ分野において、どのようにすれば
さらに改善していけるか」を考え、努力していかなければなりません。
私はそのことを皆様にお願いしたいのです。

私たちが「家庭連合」として出発できるようになることも、
誰が予想していたでしょうか?
しかし、実際にそうなったでしょう?

私たちはそれに対して、「確実にそうなる」と信じていましたか、
「そうなればよいが、ならなければしかたない」
と思っていませんでしたか?

真の父母様はいつも「うまくいく、発展する」と考えて歩まれます。
真のお父様もそうでしたし、真のお母様もそうです。
当然です。

私たちの中心はどなたでしょうか?
天の父母様です。
天の父母様が滅びることがありうるでしょうか。
その偉大なる愛で全てを包むとき、
その愛から人間が逃げ出すことができますか? できないでしょう?

協力し、助け合いながら、希望を持って進みましょう。
「私たちが足りないから問題が起こるのだ」と考えるのではなく、
「私たちの現在の段階はこのぐらいだが、
ここからさらに良い方向に発展させ、改善するためには、
何をすればよいだろうか。
どのようにすれば、もっとうまくいくだろうか」と、
日々、肯定的な気持ちと希望を持って歩むことができればよいと思います。

なぜでしょうか?
真の父母様がそのようなおかたであり、
真の父母様が感じ、学び、経験した天の父母様が、
そのようなおかたであるからです。

私たちはその子女である祝福家庭ですから、
当然、父母に似なければなりません。

 
ですから皆様、真の父母様がなさることに対して、
その内的な事情、歴史、心情、願い、目的が何か、
本当に精誠を込めて祈り、訓読を通して学んでいくようにお願いします。

私たちは、父母の事情と心情と願いを知り、
真の父母様が見詰められるとおりに私も見詰め、
真の父母様が感じられるとおりに私も感じ、
全く同じ考え、全く同じ感覚、全く同じ目標を持って
努力することができなければなりません。

それが正に、真の父母様が生涯、
天の父母様を見詰めながら実践された生き方です。
私たちはそのような真の父母様を見詰めながら、
真の父母様の生きざまを通して、
天の父母様の前に進み出ることができるのだと思います。

私は、真のお母様がなされる一つ一つの背後に愛を感じます。
祝福家庭の皆様や未来を担う子供たちに対して、
希望と愛、関心を持っていらっしゃるのです。
お母様がなされる全てのことは、
お母様が霊界に行かれた後に残される子女たちのための準備だと思います。

私はその切実さを目撃したので、
皆様のもとに来て、お話しするのです。

今後、多くの困難と誤解が生じることがあるかもしれません。
しかし、私は自分が見て感じたとおり、
私がみ言と真の父母様の生涯について勉強し、
学んだとおり、この道を行こうと思います。
逃げることはできませんから。

弟、妹の皆様、一緒に行きますか?
一緒に行きましょう!(拍手)
お兄さん、お姉さん、先輩の皆様、私と一緒に歩んでくだされば幸いです。

私は今後も学ぶべきことが多くあります。
学んでも学んでも、真のお母様の心情世界には到底、
到達できないと感じていますが、
まだ幼い次世代に伝えるために努力したいと思っています。

共に手を取り合い、真の父母様と心が通じ、事情が通じて、
同じ目的を見詰めながら進む私たちになれれば幸いです。

愛しています。

第14地区特別集会
2015年10月10日
(『世界家庭』2016年1月号「文姸娥様のメッセージ
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界」より)

私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界(3)(4)
(blessed life)
一部割愛しています
文責:ten1ko2


今回のみ言は、一度紹介したことがあるので、
覚えておられる方もいらっしゃると思います。

姸娥様のみ言を訓読するたびに、
お母様に対する見つめ方を教えていただけることが、
何よりも感謝でなりません。

天一国の歌を何度も聴かれるお母様。
お父様のことを語られなくとも、
常にお父様を思い、
その願いを果たそうとされているお母様。

本当に天一国が一歩一歩近づいています。
私たちも小さな歩みであったとしても、
歩調を合わせ、心情を合わせ、一つになって
歩んでいきたいと思うのです。





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:10 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月13日

ただ信じればいいわけではない 今日のポイント★「願い、事情、心情」 《文ヨナ様》



180606.jpg


文妍娥様が6年前、千葉で語られたみ言の続き。
今回は、「真の父母様の願い、事情、心情を
尋ね求める私たちに」です。

ヨナニムの秀逸なみ言は、
すべて真のお父様とお母様のみ言と生活から
学び取り、さらに整理して語られています。
この日のメッセージの核心部分です。


真のお母様は最近も、


「目を開ければ、きょう一日、自分が真の父母様と
 どのように基準を合わせて生活できるかを考え、
 昼食時間になれば、真の父母様は何を召し上がったのか、
 おいしく召し上がったのか、喜ばれたのかを、
 まず考えなければなりません。

 また、一日が終われば、『きょうはこのように
 生きましたが、一生懸命努力したことはこれで、
 努力できなかったことはこれです』と振り返り、
 『あした、新たに出発します』と報告するのです。

 自分はこうだった、なぜこうなのだろうと、
 『私』が主語になり、『私』に対する思いで
 終わるのではなく、まず天の父母様と真の父母様に
 報告し、その基準に合わせていく
 生活をしなければなりません」


と語られました。


しかし、いつも真の父母様のことを思い、努力して、
真の父母様がどのように生きられたかということに
関心を持って生活するとしても、
真の父母様について知る機会がなければ、
うまくいかないでしょう。

知らずにいながら、「このような食事をされただろう」
などという思いが湧きますか?

テレパシーでメッセージでも来ない限り、難しいでしょう。
私たちが真の父母様の子女として生きていこうとすれば、
ただ真の父母様を信じるだけでは十分でないというのです。

先ほど紹介した真のお父様のみ言(前回記事に掲載)の
タイトルにあるように、最初、真の父母様と
私たちの関係の始まりは、信じるところからです。

真の父母様の生きざまを見て、これまで成し遂げてこられた
業績、教えてくださった内容を見て、
「信じるに値する」と判断し、信じるのです。


そして、それで終わってはならず、
次は真の父母様について知らなければなりません。
真のお父様は、「信じることと知ることは違う」と説明されました。

さらに、知っているだけではだめなのです。
共に暮らさなければなりません。
そうしてこそ、真の父母様と愛の一体圏を成すことができるのです。

そうすれば、真の父母様と、心情と愛において一つになり、
共に暮らしながら、「これが天国だ」と感嘆しつつ
過ごすことのできる生活になるというのです。

これは、霊界に行ってからではなく、地上で
そのように感じながら暮らさなければならないという話です。


真のお父様が、天の父母様と「私」の関係、
父母と子女の関係において強調された、重要な三つの点があります。

それは、1962年に良心について語られたみ言の中で
教えてくださったものです。その一部を訓読いたします。

 
永遠に残らなければならないのは、
一つの世界を成し遂げるための神様の願いであることを
知らなければなりません。

一つの世界を中心として、神様がここにおいて
天下万民を中心に、事情が通じることを願うし、
事情だけでなく、愛したいという、
そのような非常に大きい創造理念があるというのです。

ですから、永遠に残るべきもの、私たちは
逝ったとしても残していくべきものは何でしょうか。
『願い』です。

残していくべきものは何でしょうか。
『事情』です。

残していくべきものは何でしょうか。
『心情』です。
この三つは、永遠に存在しなければなりません。

そのような境地から見るとき、私たちが改めて
考えるべきなのは、

『神様、あなたの願いは成就しましたか。
あなたの事情は通じるようになりましたか。
あなたの心情を中心として喜ぶことのできる
立場にいらっしゃいますか』ということです。

……神様の願いを成し遂げて、何をしようというのでしょうか。
神様の事情に通じること、そして、
神様の心情に通じること、これがすべてです。
最後の答えは、これなのです。


皆様、その三つとは、願い、事情、心情です。

この三つを知ってこそ、私たちは本当に
「父母と心が通じている。父母のことを知っている」
と言えるのだと思います。


天の父母様と真の父母様の願い、事情、
心情とはどのようなものでしょうか?

皆様が一日を始めるに当たって、この三つを持って祈り、
天の父母様と真の父母様に報告するだけで、
恐らく皆様は何か新しいことを感じるようになるでしょう。

さらに掘り下げてみましょう。

例えば、「願い」とは何でしょうか?
多くのことが思い浮かびます。

簡単に言えば、「み旨の完成、四位基台の完成、
幸せな家庭を中心として生きること、
天の父母様が真の父母様と全人類と共に暮らすこと」でしょう。

心が通じ、事情が通じて、説明しなくても分かり、
感じることができる関係になることです。

 
「神様の祖国と一つの世界」(2002年10月16日)
という真のお父様のみ言の中に、このような箇所があります。

 

皆様。私は今、地上に羨(うらや)むものがありません。
世の中のものには関心がない人です。

ただ、『神様が保護できるその国において
死ななければならないのではないか。
私がそのように生きてから逝くことができなければ、
私の生涯は悲惨な生涯ではないか。
死ぬ前にその国を探し出し、一日だけでも
そこで暮らしてから逝かなければならない』
というのが私の願いなのです」


その願いを果たすためにビジョン2020があるのです。

ここにも、これから百年生きるかもしれない子供たち、
私にとっては息子、娘のような年齢であり、
末の弟、妹、甥(おい)、姪(めい)のような子供たちがいます。

彼らが純粋にその思いを守り、心に傷を受けることなく、
互いに愛し合い、助け合いながら幸せに暮らしていける世界、
そのような国を創りたいというのが、
真の父母様の願いであり、天の父母様の願いであったと、
私は結論づけました。


(『世界家庭』2016年1月号「文姸娥様のメッセージ
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界」より)

〜文姸娥様のメッセージ〜
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界(2)

私たちの真の父母様 7
真の父母様の願い、事情、心情を尋ね求める私たちに
(blessed lifeより)


「願いと事情と心情」このことに関する、お父様の貴重なみ言、
姸娥様、紹介してくださり、ありがとうございました。

お父様も切実に、神様の願いと事情と心情を求め、
求めていかれたのだと思います。
そして、神様の解放のために
全生涯をかけて、み旨の道を歩まれました。

お母様もまさにお父様とまったく同じ立場で、
歩まれておられます。

真の父母様とともに暮らしている思いを中心として、
願いと事情と心情を求め、
さらに心情を近くしていきたいと思うのです。





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:26 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする