2021年09月03日

真の母は、朝も昼も夜も、常に神様が生活の中心・・・ 千葉でのメッセージ 《文ヨナ様》



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第14地区特別集会でメッセージを語られる文姸娥様
(2015年10月10日、千葉市)


2015年に来日された際の文姸娥様のメッセージ、
今回は、「学んでも学んでも到達できない
真のお母様の深い愛と心情の世界(1)」です。


 文姸娥(ムン・ヨナ)(文孝進〈ムン・ヒョウヂン〉様令夫人)が2015年10月、
 真のお母様の願いを受けて来日されました。

 ご滞在中、10日には第14地区*特別集会(千葉市)で、
 11日午前には松濤本部(東京・渋谷)の日曜礼拝、
 午後には青年学生大会(東京・中野)で親しくメッセージを語られました。

 また翌12日には、「世界平和統一家庭連合出帆記念大会」
 (千葉市、幕張イベントホール)に出席され、
 日本家庭連合の出発を共に祝ってくださいました。

 ここでは、家族連れ約千人が集った
 第14地区特別集会で語られたメッセージ
(翻訳し、整理したもの)を紹介します。
(文責・『世界家庭』編集部)

忙しいスケジュールの中、全てを二の次にして
集ってくださり、ありがとうございます。
私たちがここに集ったのは、
ひとえに真の父母様に対する慕わしさと愛ゆえです。

真のお母様の思い、その深い愛を考えれば、
私はあまりにも不足で、皆様に
十分にお伝えするのは難しいだろうとも考えます。

ただ、皆様のために精誠を尽くされる真の父母様の心は、
私が表現するよりもはるかに大きく、
深いことを知っていただきたいと思います。


《真の父母様の生活の中心は朝も昼も夜も常に天の父母様》

それではまず、真のお父様のみ言を少し紹介します。
タイトルは「真の父母様を信仰し、真の父母様を知り、真の父母様と共に暮らし、
真の家庭と愛で一体化して、地上王国の生活を始めよう」です。
その一部を訓読します。


「皆さんが『神様のみ旨』と言うとき、
 それは歴史の目的、創造目的が完成することです。
『神様のみ旨は創造目的の完成である』、
 このようになるのです。

 創造目的の完成とは何でしょうか。
 それは、み旨の完成です。

 み旨の完成とは何でしょうか。
 四位基台の完成です。

 四位基台の完成とは何かと言えば、
 真の家庭を完成することです。
 真の家庭とは何でしょうか。

 真の父母がいなければならず、
 真の男性と真の女性がいなければならず、
 真の夫婦がいなければならず、
 真の子女がいなければなりません。

 一番の中心は何かと言えば、
 個人の目的も真の父母であり、
 男性と女性の目的も真の父母であり、
 赤ん坊の目的も、兄弟の目的も、真の父母です。

 真の父母になって、息子、娘をもつ。
 家庭をもつ。
 このようになるのです」


(1997年、アメリカ)

家庭連合時代という新しい時代を出発するに当たって、
私にはこの真のお父様のみ言が、深く心に刺さりました。

では、私たちはどのようにすれば、遠くにいらっしゃる真の父母様と、
一緒に暮らしているかのごとく生活できるのでしょうか?

それを知るためには、目に見えない天の父母様(神様)と一体となり、
侍(はべ)って暮らしていらっしゃる
真の父母様のことを知らなければなりません。

それがどのような生活なのか、
皆様も気になっていらっしゃると思います。
もし、それを知ることができれば、たとえ物理的な距離があるとしても、
真の父母様と共に暮らす私たちになれるのではないかと思います。

私が真の父母様に身近に侍らせていただくようになったのは、
孝進様と祝福を受けた1999年以降です。
決して長い期間ではありません。

そういう中で私は、「真の父母様の全ての中心は常に天の父母様である」
という結論を得ることができました。

それは必ずしも、「天の父母様のみ旨を成してさしあげます」
という壮大な話をされることとは限りません。

朝、目が覚めれば最初に「天の父母様、おはようございます。
新しい一日が始まりました」とご報告なさることであり、
食事の時間になれば、「腹が減ったから何々を食べよう」というのではなく、
「天の父母様、何を召し上がりたいですか?
どのようなものを一緒に味わいたいとお思いですか?」とお尋ねになることです。

また真のお父様も、摂理的な内容を勝利なさったときはいつも、
「これら全てのことは、天の父母様が導き、
保護してくださったので、できたのだ」と言われました。

ご自身が一生懸命にやったというのではなく、
天の父母様に常に感謝し、天の父母様のことを思われるのです。
私は、そのようなおふたりのお姿をたくさん目撃してきました。


今年(2015年)、真のお母様は聖和(ソンファ)3周年を前にして、
ヨーロッパ宣教50周年を記念し、新たな半世紀を出発するために、
ヨーロッパに行かれました。

そのときお母様は私たちを連れて、以前、
真のお父様と一緒に訪問された地域を回られました。

行く先々でお母様は、
「お父様はこの場所に座ってコーヒーを飲まれた」
「朝はソーセージを召し上がった」
などとお父様との思い出話をされました。

また、景色の良い所に行けば、
「お父様とここに座ってあそこを眺めた」
などという話もしてくださいました。


風光明媚(めいび)な所に行けば、私であれば、
まず「ああ、本当にきれいだ。
早く写真を撮らなければ」と考えます。

自分がこの美しい景色の中に足を踏み入れたという
証拠を残したいし、
カメラに収めて観賞したいと思うでしょう。

ところが真のお母様は開口一番、
「天の父母様が私たちのために、このように準備してくださったのだね。
どれほど苦労されただろうか。
本当にありがたい」とおっしゃるのです。

そのようなお姿を生活の中で拝見しながら、
「これが真の父母様と私の違いなのだな」
と思うようになりました。


(『世界家庭』2016年1月号「文姸娥様のメッセージ
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界」より)

〜文姸娥様のメッセージ〜
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界(1)

私たちの真の父母様 6
真の父母様の生活の中心は朝も昼も夜も常に天の父母様
(blessed lifeより)
*14地区は2015年当時のもの


真の父母様の一挙手一投足は、
すべて、神様が動機となっているのですね。

嬉しいことも悲しいことも、
自分の感情から起こるのではなく、
神様の心情に当てはめておられる。。。

さらに言うならば、喜怒哀楽の感情以外にも、
起きられる時、休まれる時、
日々の生活すべてが、神様とともにあるのが、
真の父母様であるのでしょう。

ヨナニムご自身が、いつもお母様に侍っておられるので、
そのことを一番感じておられるのは間違いないでしょう。

実は、この6年前の集会に参加させていただきました。
そのときもブログに2回に分けて紹介しました。
ヨナニムも歌を歌ってくださったり、
とても懐かしいです。

(14地区となっているのは、
現在の5地区体制になる前のものです)

今回は、その時のみ言全体を4回のシリーズで
取り上げてくださるようなので、
楽しみに次回を待ちたいと思います。




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2021年08月27日

お母様には、胸に秘めたまま語れないことが多くある 「母だから」 《文ヨナ様4》



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文鮮明・真の父母様9周年記念式☆


文姸娥様の6年前に語られたメッセージの続き
今回は、「二世たちの未来のために
『天一国の実体化』を願われるお母様」です。


真のお父様のご聖体を前にして、真のお母様は
「命が終わる日まで天一国(てんいちこく)の実体化のために
最善を尽くします」と約束なさいました。

なぜ、「天一国の実体化」なのでしょうか?
子女様たちのことでも、ほかのことでもなく、
なぜ「国」なのでしょうか?
その答えがこのみ言の中にあったのです。

真のお父様の願いは何でしたか?
「たった一日でもいいから、神の国で
生活すること」だったでしょう?

その願いが分かるから、その願いを
かなえてさしあげたい真のお母様なのです。


しかも真のお母様は、ビジョン2020までに
国を建てることを決意されました。

それを伺ったとき、私は「果たして韓半島の統一が
2020年までにできるだろうか」と、疑いの心を持ちました。

そして「2020年は真のお父様の聖誕百年を迎えるから、
そこに意義を置いて、おっしゃっているのだろう」
と単純に考えたのです。

ところが、真のお母様のお考えは、はるかに高い次元のものでした。

お母様は韓半島の情勢や世界情勢をご存じないでしょうか?
誰よりもよくご存じです。
それでも「2020年までに」とおっしゃいます。

そのうえで、私たちに神氏族メシヤの祝福を下さり、
後ろから激しく鼓舞しておられます。

 
真のお母様は73歳(数え)です。
もう心安くお過ごしになって、そのまま霊界に行かれても、
誰か責める人がいるでしょうか?

なぜそのように多くのことを抱え込んで悩まれ、
ひとときも気楽に休むことができずに、
世の中のことを心配しておられるのでしょうか?

この疑問に対して私が出せた唯一の回答はこれでした。
「真のお母様が父母だからだ、母だからだ」

もし百年後、千年後に神の国ができていなければ、
子供たちがどうなるか分からないのです。

そう思えば、どの父母が気楽に過ごせるというのでしょうか?
「どうにかして、子供や孫たちが安心して生きていける
国を探さなければならない」と死に物狂いになるでしょう。

真のお母様はそういうお気持ちなのです。
だからこそ、子供たちを追い立ててでも一緒に行こうとされるのです。
父母なので、次の世代を考えながら、
惜しみなく苦労してから逝こうと思われるお母様なのです。

こう考えたとき、天一国憲法にしても、天一国の歌にしても、
天一国経典にしても、真のお母様は、全て
「国を求める」という目的の中で推し進めてこられたのだ
ということが、よく分かったのです。


真のお父様の聖和以降、父親を失った私たち子供は
皆、さまよっていました。
そのうえ、真のお母様までさまよっていたら、
どうなったでしょうか?

この期間、お母様は、ある意味でお母様のようではなく、
とてもお強かったし、恐ろしくさえ感じられたこともありました。
そのように固い決心をしなければ行けない道だったからです。

真のお母様は、真のお父様聖和千日記念礼拝(5月30日)で
渡米された際、イーストガーデン(ニューヨーク)での
訓読会で、いつもより多くの涙を流されました。

「お父様が悲しまれているようだ」とおっしゃいました。
しかしその後、「たくさん泣きすぎた」と後悔なさったのです。

個人の感情や痛みよりも子女たちのことをお考えになり、
自分が悲しんでいるときではないと思われる
お母様でいらっしゃるのです。


私も孝進様が聖和されたとき、子供たちの前でも
皆様の前でも、泣いたり悲しんだりしないように努力しました。

そういう私を見て、
「あまり笑わずに、少し印象を考えたほうがいいですよ」
とアドバイスしてくださるかたもいたのです。

では、私が人前で泣かないからといって、悲しんでいないのでしょうか?
私が笑って暮らしているからと言って、
孝進様のことを忘れたとでもいうのでしょうか?
そうではありません。


真のお母様もそうです。
真のお父様のことを口にされない時があるからといって、
お父様のことを忘れて生きておられるのでしょうか?

お父様のことが分からないままに摂理を進めておられるのでしょうか?
決してそうではないのです。

真のお父様には、私たちには明らかにできなかった、
どれほど多くのご事情、曲折、つらい
蕩減(とうげん)復帰の歴史があったことでしょうか?
私には到底分かりません。

お父様はそれを教えてくださらないままに聖和されました。
なぜでしょうか?
それを知った人はその道を行かなければならないからです。

知ったとしても、私たちがその道を行くのは
不可能だから、教えないでいてくださったのです。


真のお母様もこう話されたことがあります。
「私には語れないことが多くある。
全体のためには話をしないほうがよいので、
胸に秘めたまま逝こうと思う」と。

私は、真のお母様が誰かのことを「間違っている」と言って、
非難なさるのを見たことがありません。
多くのことを胸に納め、常に愛で包んでくださいます。

そしてただ、「天の父母様に孝行しよう」と激励してくださいます。
それだけでなく、「真のお父様に記憶されなければ、
霊界でお会いできない。どうするのか」と言いながら、
私たちの永遠の世界までも心配してくださるのです。


南北統一に関しても、真のお母様以外に
誰ができるというのでしょうか?

お母様が地上にいらっしゃる運気の強い時に、
何としてもその軸を立てなければならないのです。
それが現実にいつ、どのような形で現れるかは別としても、
あらゆることを準備しておきたいと思われるお母様なのです。

真のお母様はこうおっしゃいます。

「私は生涯を本当に父母の心で生きてきた。

 あなたたちが過去に何か過ちを犯したとしても、
 今、熱心に努力していれば、その姿を見て、
 過去の過ちを赦(ゆる)し、忘れてきた。

 そして今後も熱心に努力し、うまくいくよう願ってきたよ」


世の中には、私たちよりもはるかにりっぱな人たちが
たくさんいます。

私たちが真の父母様と共にいることができるのは、
祝福を受けたことでサタンが手をつけることが
できなくなったという、その一点ゆえです。
私たちは皆、同様に足りない者たちなのです。

国際祝福家庭の集い
2015年8月15日東東京教区新宿教会
(『世界家庭』2015年10月号に掲載)

私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜
真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか(4)
(blessed lifeより)


真のお母様は、「母だから」
その一点の動機で、天一国を建てる歩みをしておられます。
私たちの「父母」であられる真の父母様に
心から感謝したいと思いました。

また、だからこそ私たちは、
子女として、孝行の道理を立てるべきなのだと思います。
それがまさに「孝情」です。

そして、真の父母様が父母として歩まれるので、
すべてが導かれた歩みをしておられるように、
私たちも孝情を動機として歩むならば、
すべてが導かれていく、と思うのです。





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2021年08月19日

みなが神の国を見るために、お父様は歩まれた、そしてお母様も 《文ヨナ様3》



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文姸娥(ムン ヨナ)様の2015年の
メッセージの続き、
ヨナニムが感銘を受けた
真のお父様のみ言が紹介されています。


  お父様は「神様の国」で暮らすために犠牲と投入の道を歩まれた

私は、真のお父様が聖和(ソンファ)されて以降、
おそばにいたときには分からなかったことが
少しずつ見えてくるようになった気がするのですが、
それを可能にしてくれたのが、み言の訓読でした。

それでより一層、熱心に訓読をするようになったのです。
そういう中で出会ったのが、次のみ言でした。


「神様は、歴史を通して国を探し求める摂理をしてこられたのです。
国が協助しなければ、神様の人類復帰に対するみ旨は
成し遂げられないからです。

真の宗教を中心とした真の国家が存在しなければなりません。
したがって神様は、ある一時を迎えて
特定の国を探し出されました。
それが選民イスラエルの国とユダヤ教を中心とした歴史でした。

皆様が望まれる神の国とは、どのような国ですか?
その国は、今日、皆様が暮らしているこのような国ではありません。
このような国は、いずれ別れを告げなければならない国です。

私たちには、まだ神の国がありません。
国のない人には本籍地がありません。

国がなければ国籍をもつことができないのです。
国がなければ入籍できる基盤もないということです。
ですから、現世において私たちがすべきことは、
国を探し出すことです。……

国があって初めて、千秋万代の私たちの子孫の前に、
そのまま残してあげられる伝統も残るのであり、
私たちの血と汗を流したすべての努力も残るのであり、
天の苦労を祝賀する記念塔がこの地上にできるのであり、
すべての栄光の痕跡がこの地上に残るのであって、
国を探し立てることができなければ、
すべて無駄になるのです。……

神様の愛は、国がなければ受けることができないのです。
サタンの王権に勝利したのちにこそ、
天の国が成立するからです。

私たちは、神の国を仰ぎ慕います。
それは、愛があるところだからです。
一時的な愛ではなく、時間を超越して
永遠の愛が存続できるところです。……

皆様。私は今、地上に羨(うらや)むものがありません。
世の中のものには関心がない人です。

ただ、『神様が保護できるその国において
死ななければならないのではないか。
私がそのように生きてから逝くことができなければ、
私の生涯は悲惨な生涯ではないか。

死ぬ前にその国を探し出し、一日だけでも
そこで暮らしてから逝かなければならない』
というのが私の願いなのです。

そのような一日のためには、数千日の犠牲を
投入しようという心で歩んでいるのです。
分からない皆様は休んだとしても、私は歩んでいます。……

皆様。私たちの信仰の目標は、果たして何でしょうか。
神の国の民になることです。

その国の民になることができなければ、自由自在に
万民、あるいは万物世界に誇り、
愛を受ける道が現れないのです。
国のない人は、いつも攻撃を受けるようになります。……

イエス様は、イスラエルの不信と迫害によって
彷徨(ほうこう)する立場になり、
霊肉ともの救いを成し遂げることはできませんでした。……

メシヤが成し遂げようとした目的の国が、
イスラエルの不信によって壊れたとき、
イスラエルは滅びました。

したがって、再び来られる再臨主には、
アダムを完成させ、メシヤの使命を完成させる責任があり、
アダムを中心とした家庭、氏族、民族、
国家、世界を完成させる責任があるのです。

神様が私個人を犠牲にしたとしても
感謝しなければならず、また私の家庭と氏族、
民族、国家を犠牲にしたとしても
感謝しなければなりません。

そのような私と国が現れてこそ、
世界はその国によって収拾されるのです。……

皆様。今日、私たちがこの地に生まれた目的は
どこにあるのでしょうか。
国を愛するためです。

神様が今まで摂理されてきた目的も、
その国を愛するためなのです。

主権のない国の国民は哀れです。
それで、イエス様が心配して……、
『何を食べようか、何を飲もうか、あるいは
何を着ようかと言って思いわずらうな。
これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。

あなたがたの天の父は、これらのものが、
ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。

まず神の国と神の義とを求めなさい。
そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう』
(マタイ六・31〜33)

とおっしゃったのです」
(『平和經』第一篇13「神様の祖国と一つの世界」
〈2002年10月16日〉から)


なぜ国を探さなければならないのでしょうか?
国のない民は保護を受けることができません。
天の父母様のみ意(こころ)のとおりに生きたくとも、
生きることができないのです。

ユダヤ人は国がなかったがゆえに、
ナチス・ドイツによって虐殺されたではありませんか。

では祝福家庭たちは大丈夫でしょうか?

真の父母様がいらっしゃるから、天一国(てんいちこく)が
宣布されて天一国の基盤が内的に立てられたから、
安全でしょうか?

そうでないことは皆様もよくご存じですね。
日々刻々と変化する社会情勢に翻弄されています。

また子女たちも多くがその影響を受け、悩み、さまよっています。
ところが、私たちを保護してくれる
国があるとしたらどうでしょうか?
全く違ってくるはずです。

実は私にも真のお母様のなさることが
理解できないことがあったのです。

でもこのみ言を読んでみると、真のお父様が聖和された後に、
お母様が語られた全てのみ言、そしてお母様が
決定された全てのことがらが、霧が晴れるように再び見えてきたのです。

国際祝福家庭の集い
2015年8月15日東東京教区新宿教会
(『世界家庭』2015年10月号に掲載)

私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜
真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか(3)
(blessed lifeより)


姸娥様のみ言は、とてもわかりやすいですね。
お父様が神の国、天一国を建てるために、
どれほど精誠を立てて歩まれたのか、
その思いは、お母様にストレートに受け継がれています。

また、近くで侍っておられた姸娥様ですが、
それよりも、み言を訓読することを通じて、
聖和された今のほうが、お父様の心情に
近く触れることができる、というのも、
私たちにとっては、救いのみ言だと思います。

やはり、条件的にではなく、
お父様にお会いする心情で、
訓読することが大事なのだな、と思います。


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