2021年08月18日

イスラエル(勝利者)の秘訣、430家庭をどう引っ張っていくのか 《篠崎先生》



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篠崎先生の「喜びと幸せの生活伝道」
今回は、『真のアベル』です。


聖書にヤコブの話があります。

『原理講論』ではヤコブは
サタン屈伏の典型路程を
最初に勝利した人物として紹介されています。

ヤコブは、
@パンとレンズ豆のあつもので兄エサウから長子の嗣業(しぎょう)を奪い、
A21年のハラン苦役で家庭と財物を成し、
Bヤボク川で天使との組み打ちに勝利し、
天使に対する主管性を復帰することによって、
「イスラエル」(勝利者、神の戦士)という称号を得ました。
そして、
Cエサウを感動させ、自然屈伏させて勝利したのです。


そのヤコブ路程は象徴的、モーセ路程は形象的、
イエス路程は実体的なサタン屈伏路程であったと説かれています。

旧約聖書のアモス書3章7節に、
「まことに主なる神はそのしもべである預言者に
その隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」とあります。

神様はヤコブ、モーセの生涯を通して、
イエス様が歩むべき道を示してくださったのです。

真のお父様も、ヤコブ、モーセ、イエス様から学び、生涯を歩まれたのです。


真のお父様は、自叙伝『平和を愛する世界人として』
について、次のように語られています。

「私はこの本を通して、
人類のための天のみ旨がどこにあり、
子女である私たち人間が歩むべき道が
どこにあるかを詳しく示しています。

また、天命に従って90年の生涯を歩んできた私の人生を
加減なく収めたこの真の愛の記録を
もう一度精読され、
大いなる悟りを得てくださることを願います」

(「天地人真の父母定着実体み言〈ことば〉宣布天宙大会」から)

自叙伝は、子女である私たちが歩むべき
公式路程を詳しく示しているのです。

私を、真のアベルの本流、すなわちヤコブ、モーセ、
イエス様、真のお父様と続く流れの上に置いてこそ、
神氏族メシヤの勝利の道が見えてくるのです。


祝福家庭がアベルとして責任分担を果たすことが
強調される時ですが、
アベル・カインの復帰の原則は変わりありません。

私たちはアベルであると同時にカインでもあります。
カインとしてアベルの主管を受けて共に
神の元に復帰されていくのです。

 
機関車を例に考えてみましょう。

1台の機関車が一度に多くの貨車を牽引(けんいん)することができますが、
それは連結部に秘密があります。
連結部に隙間が空いているのです。

発車する瞬間は、先頭の1台だけが動きます。
次に、先頭の機関車の力が連結部で2台目に伝えられ、
引っ張られて動き出します。
さらに、動き出した先頭の2台の力が3台目を引っ張ります。

このようにして、わずかな時間差で次々と後続の車両に力が伝わっていき、
すべての貨車が引っ張られていくようになるのです。

もし貨車の連結部に隙間がなければ、
一度に全体を動かさなければならないことになり、
重くてとても動かすことができません。


この先行する車輌(しゃりょう)と後続の車輌の関係こそ、
アベル・カインの原則です。

アベルはカインを連れてきてこそ
神の前に帰ることができるのであり、
カインはアベルを通してこそ神に帰ることができるのです。

これが、神様が人類の最後の一人にまで手を差し伸べ、
救うための復帰の原則なのです。

私たちは、カイン圏を救うために、
神氏族メシヤとして先に導かれた
アベルであり、氏族の父母なのです。

篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)

第四章 伝道のポイント
一、神様の理想を目指して
(一)真のアベルと神氏族メシヤ
真のアベル

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(25)
(blessed lifeより)


車両の例え話、なるほどな、と思いました。
一度にすべての貨車を引っ張るのではなく、
一両ごと、連結部分を通して引っ張られていく・・・

アベルとして、
しっかりと自分の役目を果たすこと。
カインを神に繋げつつも、
後は、自分が機関車として、
日々ひたすら力を出して走ること
それが自分の責任なのだ、と感じました。





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2021年07月18日

今日は休みたいと思ったとき・・・ 真のお父様の場合は 《篠崎部長》



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昨日、清平に現れたダブルレインボー☆


篠崎部長の「喜びと幸せの生活伝道」
いつも原理のみ言と、具体的な証しを通して
私たちに伝道勝利の秘訣や、
信仰生活に必要なエピソード満載です。

今日は
「天の信頼を勝ち取る」です。


真のお父様は心情の復帰段階について、
縦的八段階を示されました。

それは僕(しもべ)の僕、僕、養子、庶子、実子、
母、父、神の八段階です。

私たちが蕩減条件を立てながら復帰の道を真剣に歩むならば、
「嫌だけれどもする(僕の僕)」から、
最終的に「喜んでしてあげたい(実子)」に至るまで、
心情が変化していきます。

そうして、神様の心情と理想に近づいていくのです。


私たちがみ言を知ったとき、それを戒めのようにとらえ、
「やらなければならない」と感じることがあります。

たとえ「嫌だなあ」という思いを抱きながらみ旨を歩んだとしても、
それは僕の立場を通過しているのであり、
復帰路程を間違いなく歩んでいるのです。


堕落した人間はメシヤによって原罪が清算されます。

ところが、「堕落人間が創造本然の人間に復帰するためには、
『メシヤのための基台』を完成した基台の上でメシヤを迎え、
原罪を取り除かなければならない」
(『原理講論』277ページ)とあるように、
メシヤを迎える長成期の完成級までは、自らがサタン分立路程を歩み、
信仰基台と実体基台を立てて、
「メシヤのための基台」を造成しなければならないのです。

『原理講論』に、「人間が堕落したのちにおけるこのような条件物は、
人間の側から見れば、それは『信仰基台』を復帰するためのものであるが、
神の側から見るときには、それはどこまでも
所有を決定するためのものであったのである」
(279ページ)
とあるように、人間が神様の信頼を得る条件を立てるとき、
神様はサタンから人間を取り戻すことができるのです。

 
み旨の最前線で、神様を疑いたくなったり、
置かれた立場から逃げたくなったりすることがあります。

しかし、そこで神様の愛を最後まで信じて疑わない
不変の心情を貫くとき、神様が私たちを抱きかかえてくださるのです。

信仰基台を立てるには、「数理的な蕩減期間」が必要なので、
ある一定期間、神様との約束を死守し、
サタンに奪われることなく無我夢中で一瞬一瞬を歩むのです。

たとえ神様から捨てられたような環境でも、
神様に対する孝の心情で信仰を全うし、約束を果たすのです。


神様との約束を守る道は、神様に侍(はべ)る生活です。

かつて真のお父様はアラスカで歩んでおられたとき、
毎日、夜遅くまで釣りをする精誠を捧げておられました。

あるとき、お父様がベッドの角で頭を打ち、けがをされたことがあります。
それは、お父様が海から戻って食口にみ言を語られた後、
2時間もお休みにならずに、
翌朝4時に再び海に出発しようとされたときのことでした。

真のお母様が、
「きょうはお休みになったらどうでしょうか?」と申し上げると、
真のお父様は、
「私は神様と海で5時に会う約束をしているんだ。
行かなければならない」とおっしゃり、そのまま出発されたというのです。


私たちは、信仰基台の中心人物であるアベルの立場です。
真のお父様は以前、本然のアダムとして来られたお父様と一つになってこそ、
アベル(霊の親)として立つことができるとおっしゃいました。

真の父母様と一体となり、真のお父様のような歩みをすることによって
神様の愛が分かり、サタンを分別できるのです。
私たちは父母様の伝統を相続し、
その代身者として伝道に臨んでいきましょう。

篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第二章 主と出会った者の行くべき道
二、蕩減条件と責任分担
「天の信頼を勝ち取る」

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(17)
(blessed lifeより)


「神様と海で5時に会う約束をしている」
神様を愛するお父様の心情が現れていますね。

神様は目には見えませんが、
神様との約束を守る、
これはとても重要なことだと思います。

ちょっと次元が低くなりますが
私の話をしますと。。。

今年の正月、家族で筑波山登山を約束しました。
ところが朝起きると子供たちは熟睡して
みな起きてきませんでした。

私は個人的に意気込んでいましたし、
やはり神様に約束をしたから・・・
そんな思いで一人筑波山に向かいました。

下山の時、足を痛めて散々な目にあったのですが、
この時を期して、体力増進を心に定めました。
それまでは挫折しがちでしたが、以後
毎日、最低1万歩はランニング&ウォーキングしています。

み旨においても、このような歩みをして、
天の信頼を勝ち取る者になっていきたいですね。



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2021年06月21日

「共産主義の終焉」、画期的な大論文を天に捧げるまでの壮絶な証し 《李相軒先生を偲んで:大谷先生》



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李相軒(イ サンホン)先生の著・「共産主義の終焉」は、
真の父母様の勝共決起大会、興進様の聖和(逝去)、
ダンベリー収監、一勝日に至る
摂理に直結した素晴らしい業績です。

執筆に責任を持たれた大谷先生が、
李相軒先生を偲ばれた寄稿文の後半を紹介します(1997年)。


私が李先生とともに歩んだ中で忘れることのできないのは、
『共産主義の終焉』(1984年)と、
その英語版(1985年)の出版の仕事です。

1980年にアメリカの教会のリーダーが二陣に分かれて
韓国に来て、李先生より統一思想を学びました。

第二陣を率いて来られたのが朴普煕(パク ポウヒ)先生で、
その年に始まったカウサのスタッフたちが参加したのです。

セミナーの後、朴先生は李先生に
「今、南北アメリカは共産主義によって
大変な脅威を受けています。
どうか勝共理論の学術的に完全なものを作ってください」
と依頼されました。

李先生は、それをお父様に報告され、
新しい勝共理論の本
『共産主義の終焉』の執筆を決意されたのです。


ところが当時、韓国は反共政策のため、
マルクス主義の本を持っていると
検挙されるというような状況でした。

そこで李先生は日本に来られ、理論メンバーを集めて
「日本は共産主義の文献がたくさんあるでしょう。
それを整理して提供してください」と語られました。

私はそれまでは統一思想だけで勝共理論には
携わっていませんでしたが、
『これは重要な仕事だ。ぜひともやりたい』
と強く迫ってくるものがありました。

それで何かに押し出されるようにして資料を集め、
整理する仕事を始めました。
そして、いつの間にか私が責任を持つようになっていたのです。

それから85年までの5年間は共産主義との闘いでした。
寝ても覚めても「マルクス 、マルクス」という状態です。
時間のたつのも忘れて没頭した日々でした。


そしてようやく、『共産主義の終焉』の原稿が
出来上がろうとしていた1983年12月、
突然、韓国の八大都市で全国勝共決起大会が開かれたのです。
それは神とサタンの興亡をかけた闘いでした。

12月22日夜、私は李先生とともに
最後の八番目の都市、光州に行きました。

その夜、李先生より烈火のごとく怒られたのです。
「この本(『共産主義の終焉』)は、今この時に
出版されていなければならなかった 。
あなたがたがこの世の学者のように、完全性ばかり追求して、
どんどん時間を延ばしてしまった」と言われたのです。

あまりにも激しく怒られ、私はその夜、
光州の旅館の一室で一睡もできませんでした。

ところがそのとき、アメリカで興進様が事故に遭われたのです。
ソウルに帰る車の中でも、李先生の怒りは治まりませんでした。

そのときのことは、忘れられません。
霊界が大きく揺れ動いた一時であったと思います。


そうして日本に帰る時、李先生から
「日本に帰ったら四十日以内に出版しなさい」と言われました。

李先生は日本語が堪能であり、資料が日本語だったので、
日本語の原稿が最初に出来上がったのです。

そうして、1984年2月に日本語版の
『共産主義の終焉』が出版されました。


ところが、李先生は
「日本語では世界に影響を与えられない。
英語版をつくりなさい」と言われたのです。

そこで、日本の統一思想研究院で英訳し
84年暮れに出来上がりました。

その原稿を持って李先生のところへ行くと
「あなたは、この原稿をもってアメリカへ行き、
40日以内に本を出しなさい」と言われたのです。


私は悲壮な思いで、12月の暮れにアメリカに出発しました。
かつて、1980年に韓国で統一思想を学んだ
メンバーの一人を頼りにして、仕事を始めたのです。

彼は大学院で言語学を専攻していて、忙しい身でしたが、
「これはとても重要な仕事だから、
すべてを犠牲にしてやってほしい」と、彼に訴えました。

李先生からは連夜のように「どこまでやったか。
早くやりなさい!」と電話がかかってきました。

私は謝るばかりで、その兄弟にプレッシャーを
かけるしかありませんでした。
ところが、その兄弟は次第に苦しくなって失踪してしまったのです。

そのときの私の挫折感は、今も忘れることができません。
結局、その兄弟は二度にわたって失踪したのですが、
そのたびに帰ってきました。

40日間の予定が、7か月もかかって
1985年7月の初めに英語版が出来上がったのです。


イーストガーデンのお父様のところにお持ちすると、
「よくやった」 と労をねぎらってくださいました。

後でわかったことですが、1985年8月15日が
40年荒野路程の期限であり、その日までに
共産主義とソ連帝国の崩壊を
世界的に宣言しなければならなかったのです。

辛うじて期限に間に合い、摂理にかなうことができ
李先生の面目を立てることができました。

1983年から85年にかけて、ほんとうに緊張した状態で、
李先生とともに歩ませていただきました。


最後に、李先生が私たちに語ってくださったことで、
今私の心の中に残っていることを挙げると次のようなことです。

「統一思想は、決して私(李相軒)の思想ではありません。
お父様の思想です。
私はただお父様のみ言を整理して体系化しただけです」

「研究をして論文を書くとき、
献祭する気持ちでしなくてはなりません。
天にささげて 、それを用いてくだされば感謝し、
受け入れられなくても不満を持ってはいけません。

自分なりに自信たっぷりに、絶対にこれを認めてください
というような態度ではだめです。
自分というものがあれば、天は絶対に受け入れられません」

「我々は天を高め、真のご父母様の偉大さ、
原理の偉大さを証しするという姿勢で
研究をしなくてはなりません」

「草創期にお父様が『天は地を探し、
地は天を求める』と語られました。
私たちは地の知識を聖別して天につなげる使命を果たすのです」


今、李相軒先生は昇華されました。
私は頼りとする柱を失った思いです。

しかし、李先生の教えを受けた者たちが使命を相続して、
統一思想を世界に輝かせなくてはならないと思っています。

寄稿  大谷明史
統一思想研究院 副院長 777家庭
「李相軒先生を偲んで」
『ファミリー』より


これと全く同じ内容の証しを、済州島修錬会で
直接、大谷先生から伺いました。

大谷先生は、とてもソフトな語り口調でしたが、
内容は、読まれたごとく、壮絶であり、
かつ摂理的にも重要な証しでした。

「共産主義の終焉、ソ連帝国の崩壊」を宣言しなさい
と言われたモートンカプラン教授が
「おそらく(maybe)」をつけてもいいか、
何度もお父様に尋ねられたことが、
お母様の自叙伝にも書かれていますね。

その背後において、この大論文である
「共産主義の終焉」を執筆することに
また一つの重要な摂理的意義があったことを
改めて認識させていただきました。

また、最後に紹介された李相軒先生の教訓の一つひとつが
あまりに素晴らしく、
とても厳しい方であったということですが、
お父様と、天の摂理の前には、
ここまで謙遜に侍られるな方であったのだと
感じ入るものがありました。

李相軒先生、大谷先生、
本当に感謝申し上げます。






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