2021年06月14日

人類の救い(復帰摂理)は、宇宙の法則(創造原理)で解かれる 《篠崎先生》



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篠崎先生の「喜びと幸せの生活伝道」
今回は、『時代的な恵沢』です。


私たちは、天一国基元節入籍祝福式を通して、
本然のアダムとエバの位置に立つという恩恵を受けましたが、
それにふさわしい実体になっているでしょうか。

  
『原理講論』の緒論に、

「復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を
 完成せしめるために、彼らを創造本然の
 人間に復帰していく神の摂理をいうのである。

 ……復帰摂理は、創造目的を再び成就するための
 再創造の摂理であるから、
 どこまでも原理によって摂理されなければならない」


 
(271ページ)
とあります。


また、真のお父様は、

「創造原理が分からないと、
 堕落論とか復帰路程が分からない。
 それは創造原理を適用して解いていくからだね」


 
(1967年、原理大修練会「蕩減条件と聖書」)
と語られています。

復帰とは創造原理によって再創造することです。

 
堕落した人間が本来の位置と状態に復帰するためには、
蕩減条件を立てる必要があります。

それは、復帰過程において
人間が果たすべき責任分担と言えます。

ところで、私たちがみ旨を歩むとき
「責任分担」という言葉を聞くと、
少し重荷に感じるのではないでしょうか?
蕩減の意味がそこに含まれているので、そのように感じるのです。

本来、責任分担は、親である神様が子女である人間を愛し、
その成長を願われるがゆえに、人間に与えたものです。

人間の責任分担は、み言によって自己創造し完成することです。
すなわち、神様の心情と理想に一致することなのです。


人間始祖の堕落から始まったため人類歴史は、
神様の復帰摂理歴史となりました。

神様は、堕落人間が蕩減条件を立てて神様の心情と理想に
一致することができるまで成長するのを待ち望まれました。

そして、原罪を清算するために、
真の父母であるメシヤを送ってくださったのです。


復帰摂理歴史において、神様はその時代ごとに
信仰のためのみ言を与えてこられました。

神様はモーセに「旧約のみ言」である
十戒(律法)を授けられました。

このとき、人間は堕落以降初めて、
神様から直接み言を受けることができたのです。

十戒には、神様への信仰姿勢と、
人間への戒めが示されていました (出エジプト記20章2〜17節、申命記五章6〜21節)

 
次に、神様はイエス様を通して
「新約のみ言」をお与えになりました。

イエス様は

「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、
 主なるあなたの神を愛せよ』。
 これがいちばん大切な、第一のいましめである。

 第二もこれと同様である、
『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。

 これらの二つのいましめに律法全体と
 預言者とが、かかっている」


 (マタイによる福音書22章37〜40節)と語られました。

イエス様は福音によって、
神様と人を愛することを強調されたのです。

 
真のお父様は、
堕落人間が立てなければならない蕩減条件が
「信仰基台」と「実体基台」であることを解明されました。

創造原理に、霊人体は
神様から与えられる生素と
肉身から与えられる生力要素によって成長する
と述べられているように、
復帰摂理を歩む私たちは、
信仰基台と実体基台を立てることを通して
これらの要素を得、霊人体を成長させ、
完成させることができるのです。

お父様が解かれたみ言は、
神様の契約が成されるという意味で、
「成約のみ言」と言われます。

篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第二章 主と出会った者の行くべき道
二、蕩減条件と責任氏族伝道講座
「時代的な恵沢」

喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(16)

(blessed lifeより)


み言が与えられていることが感謝であります。
また、何よりも真のお父様は、
創造原理を解明してくださいました。

人生の目標、ゴールをあたえられたことが
何よりも感謝であると思います。

明確な目標がなければ、
どこに向かって進んでいいのかわからくなります。

堕落論も復帰原理も
創造原理が解明されたからこそ、
解かれていくのです。




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2021年05月15日

私たちを救ってくれるのは、神様、先祖?! ──お父様の答えは! 《史吉子先生》



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史吉子(サ キルジャ)先生の「原理に関するみ言の証」
復活論の部分より、
ピックアップして紹介します。



個人の救いに直接関係している先祖

私はある日、お父様に先祖についてお尋ねしてみました。

「お父様、お父様のみ言によると、
先祖の協助が私たちに大きな影響を与えているようですが、
では私たちを救ってくれる方は神様ですか?
先祖ですか?
神様と先祖のどちらが
私たちに協助してくれますか?」

「うーん、全体的に救ってくださる方は神様で、
個人の救いに対して直接関わる方は先祖だよ」


お父様のこのみ言を見ると、
私たちには善い先祖がいるべきであり、
私たち自身も子孫たちに善い先祖に
ならなければならないことがわかります。

先祖の功労が多ければ、その功労は
神様も奪っていくことができないし、
サタンも手をつけることができないのです。

お父様はこのように、先祖の功労に関してのみ言を
たくさん語られました。


私たちは父親、母親に似ているし、
祖父、祖母にも似ていますが、
ただ外見だけ似ているのではなく、
先祖の細胞までも受け継いでいるのです。

統一教会に入教して原理を聞いてみると、
はっきりと私たちと先祖の関係を知るようになります。
現在、自分の人生が少し辛くても、
原理がわかれば恨むことはできません。



私の人生は、自分ではどうすることもできない、
すなわち先祖の影響が大きく関わっている・・・
そのことを知らなければならないと思います。

また、私自身が神様と真の父母様に出会ったこと、
これ以上の恩恵はないと言えるので、
それは先祖の功労以外の何物でもありません。
先祖の皆様方に心から感謝いたします。

そして、史吉子先生の語られる通り、
私もいずれは霊界に行き、『先祖』になるわけです。
「善い先祖」になるか、それか「悪い先祖」になるか、
神様と真の父母様と正しく出会った者として、
孝情で歩んでいきたいと思うのです。


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2021年05月14日

原理は人のためならず すべては私のためにあった 《真の父のみ言・篠崎先生》



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篠崎先生の「喜びと幸せの生活伝道」
今回は、『「原理」を学ぶ姿勢』です。


「原理」を学ぶ姿勢

また、真のお父様は「原理」を学ぶ姿勢について、
次のように語られました。

「この『原理』を研究するにおきまして重大なことは、
 これがただ勉強するという観念で
 ここに参席してはいけない。

 ……その『原理』を探すための立場を君たちが
 先に立っておるという観念ですね。

 この人間の重大な問題を解決せんがために
 非常に悩みに悩んで、どうにもこうにもできない、
 その泣くような立場に立って、
 こういう重大な問題を天から、
 あるいは君たちの祈りから、
 その解決される、その瞬間に臨席する
 というような気持ちが何よりも必要である。

 そういう基準が、自分の悩みの涙の中で
 これを解決した時のその喜び、
 天に対しての感謝、自分ながらの
 嬉しさを感じるような、その気持ちを
 原理講義の中で、いかに体験するか
 ということが何よりも重大な問題である」

(『日本統一運動史』246─247ページ)


このように「原理」は私自身が探し求め、
解決すべきみ言なのです。

私たちがみ言を聞くとき、せっかく
神様が自分に語っていらっしゃるにもかかわらず、
「これはあの人が聞くべきだ」と、
み言を人に当てはめる人がいます。

まず、自らがどのようにみ言を迎えるのか、
その姿勢が一番重要です。

最初にみ言で伝道しなければならないのは、
正に自分自身なのです。

篠崎 幸郎・著
(光言社・刊『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第一章 原理のみ言があなたに届くまで
三、『原理講論』に基づいた原理大修練会
「原理」を学ぶ姿勢

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(10)
(blessed lifeより)


北千葉教区、教区本部では、
毎朝、教区長を中心に原理の訓読が行われています。

そのあとに教区長がみ言を語られて、
一日が出発するのですが、
みんな復興しているそうです。

また、牧会をしても恨が多く、
心情が解放されない婦人も
教区長が一対一の原理訓読を行い、
その後の和動を通して、
恨が解かれていくということでした。

私も人にみ言を語るときもありますが、
原理は、私のためにある、ということを
改めて認識しながら、
原理講義に臨んでいきたいと思うのです。



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