2021年01月18日

これが本当の私だ! ワクワクの始まり 《自己牧会プログラム・方法と証し》



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「本然の自分を感じる」ワーク、
解説の続きと証しの〆になります。


まず自分の中に天国を築かなければならない

神様の核心は心情です。
本来、すべての人は神の子女ですから、
愛することを通して、喜びたいというのが、その本質です。

そのことを思えば、本来あるべき
自分を思い描くことができます。
嫌な気持ちが生じても、
それがあっという間に消えていきます。

このようにして、平安な心の土台の上に、
すべてを愛そうとする本性が引き出されたら、
おのずと、皆と一つになることができる自分を
感じることができるのです。

皆さんのイメージの中で、出会うすべての人と
一つになっている平和を感じませんか? 

それを感じたら、すべてに感謝する、
そんな気持ちが自分の心の中に築けるのではないでしょうか。

自分の中にまず天国を築かなければならないのです。

そうすると、私の中に
神様が臨在していらっしゃることを感じませんか。

真の父母様のみ言を実践して、
生活の中で実体化すれば、
神様の真の愛を相続することができるのです。

これが私たちの目指すべき本当の姿ではないでしょうか。
うれしくなりますね。
これこそが真の父母様が語っていることなのです。


「本然の自分を感じる」ワーク実践の証し

自分が解放された分、願いもかなう!
                   [50代/女性/1さんの実践報告]
「本然の自分を感じる」ワークを実践する中で、
妄想の中で生活している自分だったということがはっきり分かってきました。

「これはこうだから難しい」
「こうなったらどうしよう」と
自ら苦しみや心配を作り出し続け、
自分の限界も決めていたことを感じています。

囚われのない自分って、どんな感じがするだろうか? 
自由で平和で一つの幸福な世界、平安を
イメージし、感じるように努めてきました。

そして、創造本然の自分を感じながら、
実現したい目標を明確にして歩んでいきました。

年頭に12個の目標を立てましたが、半分は実現し、
他の目標に対しても具体的な前進がありました。

その中に、真のお父様の聖和4周年までの8ヵ月間で
21人のゲストをワークの受講決定に導こうという
目標がありましたが、結果として23人を
ワークにつなげることができました。

「本然の自分を感じる」ワークで
囚われの自分から解放され、
自分で作った限界線がなくなったからだと実感しています。

(一部割愛しています
文責:ten1ko2)

「信仰生活補助教材 自己牧会プログラム
『囚われの自分』からの解放を目指して」
第1章 心のしくみ
1.自己主管
WORK1「本然の自分を感じる」ワーク


私の「心」は、制限のない、
自由と平和と幸福を感じることができるものなのだ・・・
だから、良心に従って生活していきたい。
本当にそう思います。

ワークを読んでいるだけでも
心が解放し、満たされていきます。

深く瞑想し、実践していく
そんな者になって行きたいと思います。






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posted by ten1ko2 at 07:25 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月11日

息子にかけた夢、大きな声で「駄目だ」と言いそうに・・・ 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラムによる、
良心との対話。

今日は、韓国人牧会者(牧師・教会長)の体験談、
「与えられた言葉は『謙遜』」です。


韓日祝福を受け、日本に来て23年になります。

私は長く牧会者をしていたので、息子にも
牧会者になってほしいという夢がありました。

最近その息子が、「鮮文大で神学を学んで、
牧会者の道を行きたい」と打ち明けてくれました。
とてもうれしかったです。

ところが詳しく聞いてみると、息子の予定としては、
STF1年、語学院1年、軍隊2年、
そして鮮文大4年で、
卒業までに合計8年かかるというのです。

「これは長過ぎる」という気持ちが湧いてきて、
「もっと短くする方法はないか」ということで、
息子と話し合いました。

けれども息子は、
「自分の考えは決まっています」の一点張りです。


大きな声で「駄目だ」と言いそうになりましたが、
「自己牧会プログラム」のことを思い出して、
踏みとどまりました。

そしてその教えのとおり、
「自分が正しいという思いに囚(とら)われてはいけない。
相手の意見をありのままに受け止めてみよう」
と思い直したのです。

その上で天のみ意を尋ねてみたら、
良心から「謙遜」という言葉が与えられました。


実は私は、鮮文大在学中に伝道されました。
大学で出会った先輩の二世、同輩の二世たちは
今、公職に就いて立派になっています。

私はその先輩や同輩の謙遜で美しい心に感動して
統一原理を学び始め、み旨を歩むようになったのです。

そのことを思い出し、謙遜になって
息子の意見を聞いてみようと思いました。


こうして、もう一度息子と話し合ってみると、
思いがけず息子が学生時代に感じた
たくさんの苦しみについて聞くことができました。

このように息子と向き合うことがなければ、
知ることができなかったと思います。

わが子を神の子女として信じて、
最後まで見守っていきたい気持ちはありながらも、
自分のこと、自分の気持ちで
いっぱいいっぱいだったことを反省しました。

これからも自己牧会プログラムを通して、
良心との対話に基づいた生活ができるように
頑張っていきたいと思います。

(日本在住・韓国人男性 50代)

私の心の中にいる神様 51
与えられた言葉は「謙遜」
(blessed lifeより)


息子さんが、御自身と同じ
「牧会者の道を行く」
そのように言われただけでも
素晴らしいのにな。。。
そう思ってしまうのは、
私だけではないでしょう。

このような立派な息子さんに対しても
ダメ出ししたくなるのが、
親心なのかもしれません。

私自身を見ていて感じますが、
親の欲目というのは、
限りなく出てきてしまうものですね。

自分の思い、感情に囚われそうになる時、
一歩立ち止まって、良心の声を聴く、
これは、習慣になるくらい、
意識し、実践しなければならないと、
つくづく感じさせられました。






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posted by ten1ko2 at 08:38 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月03日

子供の偏食に悩むママたちへ、お肉たちに思いを聞いてみると… 《自牧プログラム》



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孝情カフェ☆


今年最初の自己牧会プログラム。
「万物の答えは『どちらでもいいよ』」です。


3人の子供(小学生と幼児)がいます。
それぞれ食べ物の好き嫌いがあり、
嫌いな物をいかに食べてもらうか、
押したり引いたり、毎日が駆け引きです。

そこには私の中に、
「神様が準備してくださったものを残してはいけない」
「好き嫌いをしてはいけない」
「栄養のバランス上もそのほうがいい」
という思いがあるからです。

ところが、「自己牧会プログラム」を学ぶうちに、
それらは自分自身の勝手な思い込み、
(とら)われではないかと気付きました。

そこで、「固定観念に気付く」ワークや
「自己中心の囚われを脱ぐ」ワークをしながら、
一つ一つ、囚われを手放していくようにしました。

 
ある日のこと、長女は肉を、
長男はホウレンソウを残していました。

それを見ていたら、ふと、「食べ物はどう思っているのかな?」
という思いになり、肉とホウレンソウに
「食べてもらえなくて、どう思う?」と尋ねてみました。

私はてっきり、「悲しい」という
答えだろうと思っていたのですが、
「食べても食べなくても、どちらでもいいよ」
という返事が心に来たのです。
とても衝撃を受けました。


「これを子供に伝えたらどうなるかな?」
と心配もありましたが、万物の
人間を信じて全てを委ねている姿勢に感動を感じて、
そのまま子供に伝えました。

「お肉とホウレンソウはあなたたちに任せる
って言ってたけど、どうする?
あなたたちも聞いてみたらどうかな」と言ってみました。

すると長女はへへっと笑って肉を食べました。

一方、長男は、ホウレンソウを見ながら
「それを食べたら、僕は死んでしまう」
くらいの表情をしていました。

私は、「ホウレンソウに聞いてみて」と言い残して、
「食べても食べなくても大丈夫」と
自分に言い聞かせながら席を外しました。

しばらくして戻ってみると、
何と長男はホウレンソウを食べていたのです。
私が「食べたの?」と聞くと、
ふふーんと澄ました顔をしていました。


だからといって何でも食べるようになったわけでもなく、
好き嫌いの押し問答はまだ続いていますが、
子供たちも自分で万物とやりとりをするようになったようです。

先日、豆のサラダを出したら、長男は食べませんでした。
私が「豆に聞いてみたら」と言うと、一粒だけ食べました。

「大豆を見ていたら、お母さんの笑っている顔が見えたんだ」
ということでした。
小さくもうれしい体験でした。

(女性 40代)

私の心の中にいる神様
万物の答えは「どちらでもいいよ」
(blessed lifeより)


食べたくない肉、ホウレンソウに聞いてみたら、
「どちらでもいい」と答えた、
そういう質問をする、という発想が素敵ですね。

好き嫌いなく、食べなければならない、
この発想は、確かに親の独りよがりなのかもしれません。

自己牧会プログラムは、
意外な回答を与えてくれますね。

昨日、家族で筑波山登山をするつもりでしたが、
妻は、具合が悪くなり、子供たちは誰も起きず。。。

いろんな思いになりましたが、
神様との約束だと思い、
結果的には、独りで登りました。

瞑想しながら、登頂したのち、
下りはロープウェイで降りるつもりが、
財布を車に置き忘れたことに気づき、
下山も徒歩で。。。

「家族の分も登山したのだ・・・」
そんな思いにさせられました。
帰宅して、その話をしたら、
妻には笑われてしまいましたが。。。

良心の声なのかは、わかりませんが、
年始め、貴重な思い出になりました。





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posted by ten1ko2 at 07:24 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする