2023年01月09日

不平不満の原因は「当たり前」という思い 反対語を調べてみると 《自己牧会プログラム》




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今日紹介する内容は、
自己牧会プログラムに直接は関係ないようですが、
興味深い体験談です。


「当たり前」の反対は?

(女性 50代)

自己牧会プログラムを実践しているかたの証しに、
次のような内容がありました。

「『当たり前』という思いが
不平不満をつくる原因だったと分かりました。
こだわっていた、囚(とら)われていたことに気が付いて
手放していくと、なぜか不思議と、
あれもこれも愛だったと感じ、
見えてくるもの全て神様からの愛だらけだったと
気付くことができました」

この内容にとても共感しました。

人の不足さに気付くのは簡単です。
何も意識しなければ、足りないものばかりに
目がいき、自分が今、どれだけ恵まれて、
どれだけ愛されてきたかなど思いもしないでしょう。

当たり前のこと全てに感謝するようになるには、
簡単ではないことを実感します。


ふと思い立って、「当たり前」という言葉の
反対語を検索してみたら、「有難い」だと分かりました。

有り難い──。
有ることが難しいということです。
小さな感動と同時に、目が開かれる思いがしました。

生きていく中で、今後も他と比較してうらやんだり、
悔しい思いになったりすると思います。

「当たり前」のことに感謝できれば、
自分の心がいつも平安になり、周りにも優しくなれます。
こういうことを改めて考える場を
与えていただき、感謝です。

私の心の中にいる神様 154
「当たり前」の反対は?
(blessed lifeより)


「当たり前」の反対語は、「有難い」。

実は、年末にコロナに罹ってしまいました。
数日間、ほとんど寝たきり状態。。。。

もちろん軽症だったのですが、
いまだに喉の調子が悪いです。

ちなみに、ブログは、妻との連係プレーで、
何とか継続できました。

こういう時、当たり前に出来ていた日常生活が
何もできないことの虚しさが募りました。

それと同時に当たり前の日常が
何と、有難く、感謝なことか、と思いました。

記事の証しにもありましたように、
当たり前のことに感謝する
そんな心を備えていきたいと思わされます。。。

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2022年12月31日

年納め’22* 神様と一緒にカレーを作る夢を見ました! 《自己牧会プログラム》




20160819_0.jpg


今年の最後の投稿は、
自己牧会プログラムで終えていきたいと思います。

題目は、
『神様と一緒にカレーを作る夢を見ました』です。

(女性 30代)
「本然の自分を感じる」ワークを
実践しています。

「全てを許している自分って
どんな感じがするんだろう。
全てを受け入れている自分って、
どんな感じがするんだろう」と、
心に問いかけてイメージしていくと、
だんだん平安が訪れる、
そういう体験を積み重ねています。

これまで自分の嫌な部分やコンプレックス、
課題にぶつかると、「こんな自分なのは、
過去にこういうことがあったからだ」
「この人があの時、こういうひどいことを言ったからだ」
などと、人のせい、環境のせいにして、
いつも責めていました。

ですが、ワークを始めてからは、
「もしかしたら、今の自分がいるのは、
過去、そういう出会いがあったからこそ
なのかもしれない」と思えるようになりました。


体調が悪くなり、家で休んでいた時のことです。

伝道で頑張っている兄弟姉妹もいるのになと、
負債感を抱えながらうとうとしていたら、夢を見ました。

神様と私でカレーを作っている夢でした。
とてもリアルで、その夢を見ながら、
何かジーンと温かいものに包まれるのを感じました。

「そういう温かい気持ちで、今、寒い中歩んでいる
兄弟姉妹のために祈ってあげたらいいんだよ」
という思いが心の内から伝わってきました。

負債感が解け、
神様の愛に包まれている平安を感じました。

少しずつですが、過去を受け止め、
本然の自分を感じ取り、
成長している自分を感じられるようになり、
感謝しています。

私の心の中にいる神様153
「神様と一緒にカレーを作る夢を見ました」
blessed lifeより

638722.jpg 


このように、神様の愛を感じながら
祈り合っていきたいですね。

さて、今年も一年あっという間でした。
特に、安部元首相の事件以降、
旧統一教会問題がマスコミを賑わし、
私もこのブログをしばらく
休まざるを得なくなりました。

田中会長の記者会見を始めとして、
本部も公式文書を何度も出してくださり、
さらには、教会改革本部も設置されました。

しかし、左派を中心とする意図する方向に
マスコミを通じて、日本社会や
政治までも翻弄される事態となり、
大衆への誤った私たちの情報が
一人歩きしている状況です。

教会の解散請求に対しての動きも
完全にストップしたわけではありません。

教会改革は始まったばかりです。
実際に本部の方たちは、休む間もなく、
政府への対応、マスコミへの対応、
その他、様々な業務に追われています。
本当にお疲れ様です。

年末年始の休暇中は穏やかであってほしいですが…。


このブログにおいても、
私は公務をする立場なので、
朝晩や休憩時間など
時間に追われる中で作成しているため、
不備な部分も多いと感じています。

いつも応援して下さり、
ありがとうございます。

今後も食口の皆様に希望を与えられるように、
そして、正しい真実の私たちの姿を
家庭連合を知らない方たちにも伝えられるように
心掛けていきたいと思います。

毎日の更新となると、なかなかしんどいですが、
こんな状態の中でも継続できたのは、
愛する妻のおかげであると言わざるを得ません。

丸投げした記事を編集して
まとめてくれている妻に感謝しつつ、
来年も二人三脚で頑張ります。

一年間、お世話になりました。
よいお年をお迎えください。




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2022年12月22日

外には寛容なのに、内輪の人には厳しくなってしまう?! 効果絶大、自己牧会プログラム




221222.jpg


私たち家庭連合には、素晴らしいみ言の
教えがあり、神を愛し、人を愛することを
心掛けています。

ところが、愛に満ちた教会であるはずですが、
「教会には愛がない」と言う人もいます──

自己牧会プログラム。
今回は、「怒りや焦りを切り離す」です。

(女性 30代)

人と接する時、み言を聞いていない人に対しては
「まだ知らないのだから」と思えば、
許しの心、愛そうと思う心が
ちゃんと湧いてきます。

一方、教会内部の人は難しい……。

「み言で聞いたでしょ?」
「なのにどうしてできないの?」と、
み言を基準に瞬時に判断しては、
相手を否定するということがなかなか止まりません。

ほとんど無意識にこれを教会生活で
繰り返していた自分だったことに、
自己牧会プログラムを学んで気付かされました。


そこで、その教えに従い、自分自身の心の状況を
実況中継して客観視することに徹してみました。

「否定している」
「ああ、また否定している」と、
ずーっと実況中継していると、だんだんと
相手への怒りや自分の焦りが、
自分から切り離されていくのを感じます。

そして、相手の立場に立って考える余裕が生まれ、
優しい気持ちが湧いてくるのです。


以前もこういう挑戦をしたことはありましたが、
自己牧会プログラムで「良心」について
きちんと学んだ土台で実践すると、
効果が大きいように感じます。

私の場合は効果絶大でした!

手放した先にはちゃんと良心が出てきて、
それに従うと喜びがある、
良心が喜ぶということが
分かるようになったからだと思います。


以前は伝道することがすごくつらくて、
「皆が頑張っているから、やらなければならない」
という感じでしたが、良心が喜ぶことをすると
平安と喜びに満たされるので、
ずいぶん自然にできるようになりました。

苦手な人に対しての愛する努力も、
ずっと容易になったように感じます。

自己牧会プログラムの実践を始めてから、
「喜びを中心として歩む」という感覚が
つかめてきたように思います。

心から感謝しています。

私の心の中にいる神様 152
怒りや焦りを切り離す
(blessed lifeより)


これは、家庭連合あるあるですね。
み言を誰かに当てはめて、批判する。

神様から見れば、五十歩百歩でしょう。
逆に言えば、別な意味で
「私」の方が課題があるのかもしれません。

教会内部だけでなく、祝福を受けた家庭でも
同じようなことがあるでしょう。

蝶野部長は、「み言は人に適用するものではない」
と、おっしゃいます。
み言は、私のためのもの。

他の人に対しては、神様が私と全人類を
愛してくださっている、それと同じように
神様の立場で愛する、
これが、私に与えられたみ言ですね。

そのためにも、良心を中心に物事を考えると、
驚くべき効果があるという、
素晴らしい証しでした。

私たちは、つい自分が正しいと
思い込んで、相手の立場や
神様の視点に立つことを忘れがちです。

感情的になる時には、
一歩立ち止まって冷静になり、
良心を呼び覚ます、心の余裕を
もっていきたいと思うのです。




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