2021年05月06日

私の中で、カラスの見方が変わった瞬間?! 動物に対しても『自己牧会プログラム』



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自己牧会プログラム
今回は、「カラスも神様が創られた」です。

(男性 60代)

カラスが苦手なかたは多いと思います。
聖書にも、カラス=悪の象徴みたいに
描かれていますから、
私も見ただけで嫌な気持ちになります。

最近、カラスの群れに出合い、
嫌な気持ちになったので、早速良心に尋ねてみました。
 
すると、
「あなたは先入観やサタンの象徴という偏見で見るので、
カラスが悪者に見えるだけだね!
偏見という堕落性を、カラスは教えて
くれているんじゃないのかな。
カラスも神様が創られたでしょ」
と良心から答えが来ました。

先入観という色眼鏡を外してカラスをよく観察すると、
太陽の光で輝く黒い羽は、
それまで気付かなかった深い青色や紫色などが
含まれているのが分かりました。

なんと美しく味わいのある姿でしょうか。

女性の黒くてつやつやした美しい髪を
「カラスの濡れ羽色」などと
表現することも思い出しました。

そういうふうに見方が変わってきたら、
鳴き声の「アー、アー」が不思議と、
「アーヂュ! アーヂュ!」と聞こえてきたのです。

私の中でカラスのイメージが変わった
瞬間を体験することができました。

私の心の中にいる神様
「カラスも神様が創られた」


「アー」から「アーヂュ」と聞こえるようになった。
とても面白いことですね。

万物は神様が創造されたのですが、
私たちには、先入観というものがあり、
自分なりに物事をとらえてしまう、
そのような傾向があるのではないでしょうか。

たしかにカラスは、特に日本人においては、
あまりいい鳥として見ていないと思いますよね。
もう少し愛着を持って、
見つめていかないといけないな、と思います。

と思ったら、カラスの鳴き声が・・・
さすがに「アーヂュ」とは聞こえませんが(笑)

何気ない日常生活の出来事においても、
良心を中心とした物事の見つめ方、
そのことの重要性を感じました。


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posted by ten1ko2 at 09:20 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月26日

蛇ににらまれた蛙だった私、夫の良心の声を聞いてみると・・・ 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラム
今回は「本当は怒りたくないんだ」です。

(韓国在住日本人女性 50代)

用事で出掛けていた時のこと、
夫(韓国人)から電話がありました。
夫はあることで腹を立て、怒りながら電話してきました。

毎度のことながら、夫が怒ると
私は全身の血が全て下に下がるような感覚になり、
頭の中が真っ白になってしまいます。

その時も激しく責められ、私はヘビににらまれた
カエルのように固まってしまいました。
それからは、もうそのことに完全に囚(とら)われて、
やりかけのことに集中できなくなってしまいました。

必死で「自覚を取り戻す」ワークをしながら、
心に平安を取り戻そうとしましたが、うまくいきません。


ふと思いついて、
「◯◯さん(夫)の良心は何と言っていますか?」
と問い掛けてみました。

すると驚いたことに、
「私だって本当はこんなふうに怒りたくないんだ」
という答えが返ってきました。

さらに、「私だって本当は許して愛して感謝して、
一つになりたいんだ」と来たのです。

「え〜!」と驚きましたが、
「やっぱりそうか」と腑(ふ)に落ちました。


すると、全ての人の良心が、
「私だって許して愛して感謝して、一つになりたいんだ。
私だって神様、真の父母様に侍って暮らしたいんだ」
と言っているような気がしました。

その時から、「みんなが一つになりたいと思っている」
ということに確信が持てるようになりました。

これからも良心との対話を続け、尋ねて、
心に答えを感じ取れるようになっていきたいと思います。

私の心の中にいる神様 65
「本当は怒りたくないんだ」


自己牧会プログラムは、
日本から出発したものですが、
韓国をはじめ、東南アジア、
ヨーロッパなど、あらゆる国に広がっています。

それぞれの国、民族の特性はあったとしても、
「良心」は人類共通です。

自分の良心を目覚めさせることで、
相手の心を開かせることができるのだと思います。





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posted by ten1ko2 at 09:02 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月12日

「私は囚われている」と感じたら、即ワーク 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラム。
今回は、「心がゼロになった時、良心が現れる」です。

(男性 50代)

ある土砂降りの雨の日のこと。
わが家はちょうど引っ越しの日でした。

新居でガスレンジの取り付けをしている時、
元栓につなぐホースが劣化していることが分かり、
妻から「新しいホースを買ってきてほしい」と頼まれました。

土砂降りの雨の中の買い物に葛藤を覚えましたが、
それを押し込めながら近くの店に行きました。
しかし、2軒回ったのですが、合う物は売っていませんでした。

土砂降りだし、もう諦めようかとも思ったのですが、
ホースがなければ食事を作ることができません。

さらに20分ほど歩いたところにも店があることが分かり、
家族のためだと思い直して、そちらに向かいました。

その店で無事に目当ての物を買うことができましたが、
結果的に1時間以上歩き回り、
家に帰り着いた時は頭のてっぺんから足のつま先までずぶ濡れでした。

それでも、妻から「ありがとう」の言葉をもらい、
行ってよかったと思いました。


疲れ切った私は、その夜、少し早めに床に就きました。
眠りに入る前に、長男が帰ってくる音がしました。

長男は毎日、夜遅くまでアルバイトをしています。
妻はおなかをすかせている長男のために、
食事の世話をするのが日課でした。

すると、妻と長男の会話がふすま越しに聞こえてきました。

妻「きょう大変だったのよ。土砂降りの中、
ガスのホースを買いにいったんだけど、
なかなかなくてねー。ようやく見つけてきたのよー」

長男「そうなんだー。大変だったねー」

ん? ちょっと待てよ。この会話おかしくないか?
完全に妻が買いに行ったことになっていて、息子から慰められている!
一言も「お父さんが」という固有名詞が出てきてないじゃないかー!

私は、今にもふすまを開けて飛び出し、
「俺がー! お父さんがー!」と叫びたかったのですが、
大人げないなと思い、その夜はただ忍耐して寝ました。


次の朝、出勤前にシャワーを浴びながら、
何か悶々(もんもん)としていることに気付きました。
そうだ、きのうのことを引きずっているんだと気付きました。

何でうちの奥さんはいつもこうなんだろう!
この家には父親がいないんだ!
だから駄目なんだ!

前日の出来事とともに、過去からの
積み重なった思いがふつふつと湧いてきたのです。

マズイ、俺は今囚(とら)われている。

そう気付いた私は、
「この思いは本当の私ではありません」と必死に自らに訴え、
「私は今シャワーを浴びている。
体を洗っている」と、
囚われを外すワークを実践していきました。

するとだんだんと、それまでのいらいらが
薄れていくのを感じました。
そして、平安感とともに、
心が完全にゼロになったのを感じたのです。


そこで、「きのうの出来事を、真の愛を中心として
父母の立場で見させてください!」と祈りました。

すると間髪入れず、良心からのメッセージが返ってきました。
「彼女はお前と一つなんだね」というものでした。

私は、自分がそう思えていなかったことに恥ずかしさを感じました。
同時に、彼女はいつもそう思ってくれていたのか
という感動が湧いてきました。

シャワーのお湯とともに涙が流れていく感覚でした。

「自己牧会プログラム」では、
「囚われを外し、心がゼロになった時、
天の父母様が私の心の中に主人として現れてくる」
と教えています。

そのことを実感し、体感した瞬間でした。

私の心の中にいる神様 64
心がゼロになった時、良心が現れる


なにかとても共感を抱くような、
夫婦あるあるの証しでした。

夫であれば(妻もそうかもしれませんが)
たとえば家事をして、「これだけやったのに」
という思いが湧いてきます。

やるのが当たり前だと思われて、
否定されることがあると、
「あなたは何もしていないのに、
指摘される筋合いはない」
と思ってしまいます。。。

心のワークは、良心を目覚めさせてくれます。
魔法のような素晴らしい道具が
あまりにも身近にあること、本当に感謝です。



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posted by ten1ko2 at 08:33 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする