2021年08月04日

「現実から目をそむける日本になってはいけません」 母が見た未来 《希望前進礼拝》



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韓鶴子総裁に向けて決意を誓う
田中富広・神日本家庭連合会長(右)


聖和祝祭まで3週間となりました。
今週の聖日(日曜)に行われた
「第1地区希望前進礼拝」

久しぶりに、真のお母様と同じ時間を過ごしました。
田中会長の礼拝と、
お母様のみ言を紹介します。


  8月1日、東京・渋谷の本部教会をメイン会場に、
  韓国・清平の天正宮博物館とインターネットで結び、
  「天の父母様聖会神統一世界安着のための
  神日本第1地区希望前進礼拝」が開催されました。



「神日本第1地区は死生決断、中断なき前進で必ず勝利します」

今回の希望前進礼拝は、神日本第1地区の祝福家庭、
平和大使、新規会員らが多数参加する中で開催されました。

この日の礼拝の説教は、神日本家庭連合会長で
第1地区地区会長でもある田中富広会長が
「神統一日本に針路を定め、希望の船出をしよう!」と題して行いました。

説教の結論として田中会長は、

@ 真のお母様と完全に一つとなり、
 神統一世界安着に向かうビジョン2027を必ず勝利します。

A 絶対信仰、絶対愛、絶対服従の模範的信仰で
 天寶登載を必ず成し遂げます。

B 真のお母様に侍る兄弟姉妹として一つとなり、
 神統一韓国を必ず成し遂げます。

C 次世代の指導者を育成して10万人の青年基盤を造成し、
 代表者12000人の孝情郎が必ず訪韓します。

という四つの決意を掲げ、「神日本第1地区は死生決断、
中断なき前進で必ず勝利します」と力強く宣言し、
神日本第1地区の今後の指針を示しました。


韓鶴子総裁のメッセージ(抜粋/文責:編集部)
  「韓国と日本が一つとなって責任を果たすことを願います」

科学者たちは、何十年後の地球の希望よりは、
地球の滅亡について話しています。

このような現実の中で、日本の為政者、
日本の国民、韓国の指導者、韓国の国民は
どのような決心をしなければならないでしょうか。

摂理の中心に立てられた韓国と日本が
一つにならなければならないことはもちろんであり、
世界に向けて母の役割、父母の役割を
果たさなければならない現実から
顔を背ける日本となってはいけません。

人類が願う本郷の地上天国に向かう時、
入口まで来たのにそこで座りこんでしまえば、
未来がありません。

私は平和の母、独り娘、真の母、宇宙の母として、
韓国と日本が、創造主・神様に侍る位置において
その責任を果たす二つの国となることを切に願います。

二つの国の祝福家庭と平和大使、指導者の皆さんが
一つになったことを宣誓し、宣布する
その日を繰り上げる二つの国となることを
念願いたします。


※一部割愛しました


今回の希望前進礼拝は、
先月に行われる予定でありましたが、
様々な事情により、1か月近く延長して開催されました。

お母様は、以下のことを強調されています。
日本と韓国が一つになること。
神様に侍り、母の国としての使命を果たすこと。

厳しいながらも、愛と希望のみ言を
与えてくださった真のお母様。
お母様には、はっきりと未来が
見えているのでしょう。

与えられた目の前の責任を全うしながら、
お母様が胸に描いておられる未来に向かって、
備えつつも着実に歩んでいく
そのような私たちでありたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 10:41 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月19日

「私の人生は海のよう」*嵐を越える秘訣は「感謝すること」 《お母様、感謝します》



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光言社刊「真のお母様感謝します」より
金錫柄(キンソクビョン)氏(6000双)の証し、
『海のような人生を送られるお母様』です。


私の故郷は、南海の青い海を抱いています。
赤い夕焼けの中、空と一つになった海は、
いつも神秘に満ちていました。

幼い時、その穏やかな海で泳げば、
母の懐に抱かれたような安らかな思いになりました。

私は天一国三大経典の編纂の実務を、責任を持って進めながら、
真のお母様からたくさんのみ言を頂きました。

そのうちで最も印象的なみ言が、
海をご自身の人生に比喩されたものでした。


「私の人生は海のようです。
 海の中には、あらゆる生命体が生きていて、
 豊かに育まれます。

 深い海の底には、ごうごうと渦巻く
 巨大な水の流れがありますが、
 人々はそれを見ることができません。

 天の摂理はもちろん、私の生涯も
 このように展開されてきました。

 台風のように吹きつける摂理の中心において、
 私だけが知っている、
 語ることのできない事情がたくさんあります。

 私はその渦に巻き込まれずに乗り越え、勝利して、
 蕩減復帰摂理歴史を真のお父様と共に
 終わらせることができました」


このみ言は、幼い頃の海に対する記憶が鮮明な私には、
格別、印象深いものです。


お母様はまた、ご自身を荒れ狂う海に浮かぶ
帆船にも比喩されました。
広い海で、たった一艘で波にもまれる帆船であれば、
どれほど恐ろしく、孤独でしょうか。

その試練を越える秘訣を、お母様は一言、
「感謝すること」と語られました。
さらに、「感謝は、心と体が統一される道だ」
ともおっしゃったのです。
なんと深いみ言でしょうか。

私は、三十年余りを、お母様の近くでお仕えしてきました。
世界を舞台にした講演に随行することもありましたが、
そのたびに感動を受けることの一つが、
お母様の徹底した「時間厳守」です。

一日一国を巡回されることも希ではない強行軍の中、
常に万全の準備をされ、遅刻されることは
一度もありませんでした。

講演時間も同様で、予定された時間を正確に守られました。
いかなる状況においても、約束を安易にはお考えにならず、
お守りになるお方でした。

このように、ご自身には厳格なお母様でしたが、
食口たちには限りなく愛を注がれました。

日本の食口に対する愛は、一層切なく、
特別であるように感じます。
母の国であり、世界の食口たちの中で
最も多くの苦労をしているのがお分かりなので、
そうなのだと思います。

日本に行かれるたびに「故郷に来たようだ」とおっしゃり、
明るい微笑で食口たちに対されました。

忙しいスケジュールですが、食口たちと少しでも多く会おうとなさり、
少しでも長く和動会を持とうとされました。


お母様は、与えてまた与え、忘れる人生を生きられるお方です。

お母様はまた、強力で明確な
リーダーシップを持っていらっしゃいます。

一つのプロジェ クトを指示されるときは、
大きな方向と目的、さらに方法を教えてくださり、
事がよく遂行できるように導いてくださいます。

東欧の共産圏での地下宣教「ミッション・バタフライ」を
素材としてミュージカルを作るように願われたときには、
資料も少なく、途方に暮れるような気持ちでした。

そのとき、お母様は、
「祝福を受けたカップルの愛の物語を加味すればよい」
という方針を下さり、 ドラマチックで感動的なミュージカル
「天一国の蝶の夢」を誕生させることができたのです。

(二〇一六年二月、真の父母様御聖誕日と基元節三周年の記念行事で上演)

また二〇一六年から始まったHJ天苑摂理は、
お母様のリーダーシップが最高に発揮されているプロジェクトです。

特に天地鮮鶴苑は、真の父母様の生涯と業績を
世の中の人々に教育する殿堂で、
お母様の限りない関心と精誠が注がれている所です。

このためにお母様は、アメリカとヨーロッパの
有名な博物館や記念館を視察されながら、アイディアを構想して、
実務者たちに方向性を定めてくださいました。

お母様は外柔内剛の典型でいらっしゃいます。
鶴は優雅ですが、ヒマラヤを生死を懸けて越えていくように、
お母様は食口たちには限りない愛で接してくださいますが、
摂理の前では強く雄々しく先頭に立っていらっしゃいます。

「六千年の摂理史を、私の当代に終える」
というお母様の誓いを、私は信じます。

お母様は信じられないことも信じてこられ、
許すことのできない人も抱いてこられました。

そうして、お父様と共に復帰の道を開拓なさり、
原理の道を踏んで上がり、
ついに天の父母様と一体になられました。

「真の父母様はみ言の実体であり、実体のみ言である」
ということを、毎日毎日、実感しています。

海のような人生を送られるお母様――。
海にはすべてのものを抱く豊かさ、温かさがありますが、
原理原則によって運行する厳格さもあります。

天一国時代、地上に実体として いらっしゃるお母様は、
その海のようなお方です。

「海のような人生を送られるお母様」
金錫柄
真のお母様、感謝します(心を打つ、50の証し)


「感謝は、心と体が統一される道だ」
金錫柄先生が語られているように、
本当に深い深いみ言だと思います。

お母様はどんな状況であっても
常に「感謝」の思いを持って歩まれました。
そして、困難を乗り越えていかれるのです。

私たちも、当然、同じように
「感謝します」という思いを持って、
日々、歩んでいきたい、と思うのです。



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posted by ten1ko2 at 08:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月16日

和やかに過ぎた7月のあの日 54年前、高知で・・・ 《文先生の足跡 高知篇》



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「日本を愛した文先生の足跡」と題し、
写真と証しを紹介するシリーズ
今回は、高知特集、54年前
お父様の2回目の来日の際のエピソードです。


1967年7月、文鮮明(ムン・ソンミョン)先生が
初めて高知に来られることになりました。

高知教会においては、お迎えするための
具体的な準備が進められました。
大藤(おおとう/旧姓津野)弘子さんは当時を振り返って話します。

「みんなで手分けして教会の掃除をしました。
私はおふろの担当でした。
『メシヤという方に対してどれくらい丁寧に洗ったらいいのだろう。
とにかく全部ピカピカに新品のように』と思って、
一生懸命にタイルを磨きました」


7月10日、ついに文先生が乗られた飛行機が高知空港に姿を現しました。

文先生は教会に着くと
1階の礼拝堂に集まった教会員にみ言を語られ、
翌11日には「本郷之都地上天國」と揮毫されました。

また高知城内でひととき、バナナやスイカを食べながら、
文先生と楽しい交流の場を持つこともできました。

ベートーベンの「喜びの歌」、「禁じられた遊び」のギター演奏、
その他、琴、フルートなどそれぞれに練習した成果を披露しました。

なごやかな雰囲気の中で、時は過ぎていきます。

ところがそこに一人の浮浪者のような人が来て、
果物をじっと見るのです。
そこにいたメンバーは
「早くどこかに行ってくれないか」と思っていました。

その人はしばらくすると、去っていきました。
すると文先生が「果物を上げてきなさい」
と言われたのです。

文先生は語られました。

「人間が一生を…短い眼目でもって見ると…
 不公平のように思うんだけど、
 2000年とか何千年単位として
 この一つの周期を見てみると、
 宇宙は絶対公平というんですね。

 だから一度栄えた国は必ず滅びる。
  …滅びないための方法としては、
 どうしたらよいのか。

 …栄えたすべての財物を、その谷の下の方に
 下ろしておけというんですね。
 そうすればまた上がる。

 …だから高くなればなるほど、
 下の方に心をつめて、
 そこに忠誠を尽くせというんです」

(『日本統一運動史』より)



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高知空港に着かれた文先生。   板書しながらみ言を語られる文先生
上から2人目(1967年7月10日)      (1967年7月10日)

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文先生が高知のために書かれた揮毫 教会の2階で食事される文先生(1967年7月)

(光言社『グラフ新天地』383号[2000年6月号]に掲載)
【文鮮明総裁聖和節記念】
日本を愛した文先生の足跡 2〜 高知 〜

(blessed lifeより)


浮浪者に関してのお父様のみ言。
とても重みのあるみ言ですね。

一人の人を見つめながらも、
お父様は歴史を見つめ、
全体を見つめられるのだな、と思います。

栄光在天、地に忠誠を尽くされる、
真のお父様が偲ばれるのです。






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