2022年12月08日

帰省した夫と1歳の長女が帰ってこない! 拉致監禁強制改宗の実例 《旧統一教会》




221208.jpg


4300件──

家庭連合(旧統一教会)の信徒が受けた
被害件数です。

「脱会説得による悲劇−痛哭と絶望を超えて」
生々しい被害の実例がYouTubeに
紹介されています。

下に2つの動画を添付します。


反対派の教唆を受けた親族が家庭連合信者の監禁を行い、
反対派は脱会するまで解放しないというやり方で、
脱会説得が行われてきました。

その数は、4300件以上に及びます。

元信者Mさんが語るように
「監禁したのが親であり、
兄弟も親戚もそれを容認。
警察も助けてくれない」という現実がもたらす
絶望感≠ヘ骨身にこたえるものです。

解放後も、拉致監禁の被害者は
PTSDにより苦しみ続け、
拉致監禁により引き裂かれた
夫婦・親子の実態も悲惨です。


反対派は「保護説得」という言葉を使いますが、
これは非人道的な拉致監禁です。

最も信頼したい親から拉致監禁された
信者は、深い心の傷を負います。

拉致監禁は親子関係をズタズタにし、
被害者の人生も狂わせるのです。



脱会説得による悲劇@



脱会説得による悲劇A
脱会説得による悲劇@A
旧統一教会報道に対する我々の視点
(YouTubeチャンネル)


動画をぜひ見ていただきたいのですが、
本当に悲惨で、こんなことがあったのか、
と思ってしまうような内容です。

最初に出てくる主人公のTさんは、
私たちもよく知っている方なのですが、
家庭を持ち、お腹に赤ちゃんがいる状態なのに、
家族は、ご主人と1歳の娘を拉致し、脱会させました。

こんなことが今の世の中にあっていいものでしょうか。

とくに「聞く力」を全面に打ち出している
岸田首相においては、
反対派、元信者の話は聞いたとしても、
こんな被害にあっている信者たちには、
耳を傾けようとしません。

二つの映像ともに、
太田先生は涙ながらに証しされています。

改めて、ぜひ皆様、ご視聴ください。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 09:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月17日

(証し)「息子が来たんだ、早くご飯をもって来なさい」 後藤代表と真の父母の出会い




220917.jpg


12年5ヵ月の拉致監禁・強制改宗から
生還した後藤徹代表が、
真の父母様(文鮮明・韓鶴子夫妻)に
会われたときの証しを紹介します。


真の父母様が後藤食口(シック:教会員のこと、家族のような表現)
天正宮博物館に呼び、朝の訓読会ののち、
父母様の食卓に招待してくださいました。

彼は真の父母様の恩賜に感謝しながら、
ずっと涙を流していました。

お父様は、彼が席に座るやいなや、
台所のほうに向かって食事の準備を促され、
「どうして、まだご飯が準備できていない!
息子が来たんだ、早く持ってきなさい!」
とおっしゃいました。

たった一言のみ言でしたが、
苦労の道から帰ってきた息子に、
どんな心情で対されるのかを
感じることができました。
一緒にいたみんなが深く感動しました。

真のお父様は、
後藤食口のために揮毫(きごう)され、
真のお母様は、お父様がつけていらっしゃったネクタイと、
統一教会のマークが彫られている
指輪を贈り物にあげられました。


私は後藤食口こそ、統一家の英雄だと言いたいのです。

なぜ、そうですか。
彼が完璧だからですか。
彼に超人的な能力があるからですか。
違います。

彼は私たちと同じです。
ところが、なぜ彼が英雄なのですか。

あまりにも巨大な試練と苦難に遭いましたが、
真の父母様への絶対的な信仰基準で
堂々と勝利したからです。

それは草創期の信仰的伝統が
彼の心情の中に生きているからです。

参考:(説教集「真の父母様と私」
真なる相続者−絶対的な信仰基準−)
日本語として
適切な表現にするため
ところどころ編集しています(文責:ten1ko2)


お父様(文先生)が何故、食事を促したのか、
ここでは表現されていませんが、
深い事情がありました。

後藤さんが十二年五ヶ月の間
どんな思いで過ごしてこられたか、
これは筆舌に尽くしがたいです。

その中でも特に、終盤
まともな食事を与えられなく、
栄養失調のような状態で解放されました。

あまりにもお腹がすいて
どうしようもなく、
生ゴミに残っていた物や
流しで洗い残しの生米を見つけ、
拾って食べていたといいます。

どれほど飢えていたか知れません。
長い期間、耐え忍び、どれほどいろいろな物を
食べたかったことでしょうか。

真のお父様は、
そのことを霊的に察知されていたのに
ちがいありません。

「息子が来たんだ」
というお父様の一言に
そのような深い心情が込められている
そのことを忘れてはならないでしょう。

後藤さんは、被害者の代表であり、
すべての拉致監禁体験者への
真の父母様の愛を感じます。

さらに、私たちすべての食口(教会員)、
離教してしまった人たち、
また将来父母の元に帰るだろう
すべての子女(人類)に
語りかけられたみ言であると感じるのです。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月12日

12年5ヵ月拉致監禁、後藤徹さんを支えたものとは?! 主の言葉と生きざま




aba1dd9afd994bc383f5259806be7bb4.jpg


まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら
私の霊人体(心、魂)
抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。



12年5ヶ月の拉致監禁・強制改宗を経験した
被害者の会、代表の後藤徹さん。

最近、TBSのニュース番組への抗議文を送られたり、
韓国におけるサミット2022でも
報告されていましたね。
(記事の最後に掲載)

後藤さんの12年5ヶ月もの拉致監禁生活を
支えていたものとは何だったのでしょうか?
今回は、その勝利の秘訣をお伝えします。

彼は、生死さえも危うい状況を越え、内的にも信仰を保ち、
見事に乗り越えて戻ってこられました。

後藤さんの勝利の秘訣として、
二つあげることが出来ると思います。


私が耐えることができた最大の理由は、
真のお父様のみ言の力があったからです。

真のお父様ほど生涯において多くの迫害を受けてきた
宗教家も、まれでしょう。
その経験も踏まえて語られたみ言には、
迫害に関するものが数多くあります。

私は、一回目の監禁から解放された後、
再び拉致監禁される可能性を考えて
迫害に関するみ言を熱心に学習しました。

さらに、監禁下でみ言に自由に触れることが
できない状況を想定し、
そのみ言を丸暗記して備えました。

鴨野守(元広報局長)著「精誠の頂」より


み言は私たちの霊的命の根源、霊的命の糧であると感じます。
後藤さんもみ言によって生かされていたのです。

そして、もう一つの秘訣は以下の通りです。


さらに、特に苦しいときには
文先生の生涯路程を思い起こす努力をしました。

先生は冤罪で投獄され、
拷問など地獄のような境遇の中でも
自分のことよりもまず神様に思いをはせ、
神様を慰めていかれました。

その結果、先生は絶体絶命の
厳しい環境の中でも神によって守られ、
幾度も奇跡の生還を果たしてこられました。

私は監禁中、苦しいときほど
この先生の心情姿勢を手本にしようと務めました。

精神的にも肉体的にも本当につらく、
もう限界だというときには、
あえて自分のことよりも自分を見詰め、
自分以上に苦しんでおられるだろう神様のことを思い、
『神様、どうぞ見ていてください。
私はどんな難しい状況でも決してあなたを裏切りません。
必ず信仰を全うして生還いたします。
どうぞそこで見ていてください』
と祈りを捧げました。

すると、心がぱっと温かくなり、
次第に全身が熱くなり涙が流れてきました。

まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら私の霊人体を抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。

そうすると、連日監禁下で
取り囲まれている悪口を言われ、
中傷、罵倒されることによってズタズタになった
私の心の傷が癒されると同時に、
霊的なパワーが私の霊人体に注ぎ込まれるのを感じました。

私はこの神様からの力により、
いつ終わるかもしれない監禁下での闘いに
倒れることなく耐え忍ぶことができたのです」

鴨野守(元広報局長)著「精誠の頂」より


「父をまず慰めなさい。
このような者は神が抱えて痛哭なさるだろう」
と言われますが、まさしくその通りの証しです。

具体的に、死の十字架を越えていかれた
文先生の実体験こそ、どれだけ後藤さんの力になったでしょう。
真の父母の存在自体が、彼の救いになり
そして、神様自らが、直接働かれました。

この証しを読みながら、
自分の体験した当時のことを思い出されます。
生きた神様がともにあり、
癒されていったが故に
長い期間の監禁生活を見事に
乗り越えていかれたのだと思います。

おぎゃあと生まれた子どもが12歳を越える年月というのは
けして短いものではありません。

後藤さんは、試練の中を、ただ
父母のみ言と生き様を心の支えにして、
父母様が行かれたごとくの道を歩まれました。
ですから、結果として、父母様と、神様が
後藤さんを守られた、といってもいいと思うのです。

父母と神と一緒であったのですから、
「振り返ってみれば、愛だった」
と、きっと感じておられることでしょう。

後藤さんが暗記され
監禁中にも諳(そら)んじていた、
み言を紹介して終わります。




歴史上から見て、
善人たちは常に打たれてきました。
聖人たちも常に打たれてきました。

ただそれだけを見ると
彼らはみな負けたような姿でありました。

しかし、彼らは決して負けたのではありません。
彼らは必ず最後の勝利を
勝ち取るようになっているのです。

これが天の戦法です。
イエス様もそのような戦法をとられたのです。

それゆえに、我々の歩む道は
決して平坦ではありません。
苦痛と受難があふれている道を
我々は歩いていくのです。

平坦な道を歩もうとする者──
そういう人は、天に対しては
反逆者であると考えて間違いありません。


(生涯において何をなすべきか 1970年9月27日)




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



TBS「NEWS DIG」への抗議文
全国拉致監禁・強制改宗被害者の会


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする