2014年11月15日

後藤さんへ神の声、「率先して打たせろ、弁償しなければならなくなる!!」 今、約束が果たされる!!



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率先して打たせろ!
必ず弁償しなければならなくなるのだ!
絶対に損はしないのだ!
原理原則は絶対だ!


(監禁下の後藤さんへの神の啓示)



後藤徹さんの裁判を中心とした拉致監禁の記事は
今日でひとまず終わりにしたいと思います。

裁判のあと、後藤さんが「カレンダー紙片メモ」の件で
感想を言っていたそうです。

そのメモとは何かと言えば、これです。

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このメモに関して、書かれた陳述書の文面です。


当時、筆記用具として使用していた
シャープペンシルの芯まで支給を拒否されたため、
その芯を節約するために極めて小さな字で文字を書かざるを得ませんでした。
もし、当時私が自由な身であったなら、
いくらでも自由に玄関を出入りして
ノートや筆記用具を買い求めていたことは当然のことです。
従って、乙イ49号証のようなカレンダーの紙片に細かな字で
びっしりと書き込みがなされていること自体、
当時、私が監禁下に置かれていたことの重大な証拠になると考えます。




面白いですね。
彼が監禁されていたがゆえに外に出られなかったからこそ、
カレンダーの裏に細かい字で神様の啓示を書いていた、
また、その証拠を最初は後藤さんが出したのではなく、
被告側が出したのだといいます。

12年5ヶ月の間、監禁されていたわけですから、
普通だったら気がおかしくなってもおかしくない状況なのに、
彼がそれでも正常な状態で居続けたのは
毎朝、祈りを通して神様と交流しながら、
そのみ言を糧として生活していたからなのでした。

神様は何度も
「率先して打たせろ!
必ず弁償しなければならなくなるのだ!
絶対に損はしないのだ!
原理原則は絶対だ!」
そのようなメッセージを繰り返し与えていました。
何度も与えられるメッセージには
「正」の文字で増やしていったそうです。

後藤さんが毎朝、そのような監禁下で
孤独な中を神様と一問一答していったその場面、
それを想像するだけで胸が熱くなります。

後藤さんはそのメッセージを思いながら、

「当時はこのメーセージから力を得て
過酷な環境下を乗り越えたわけですが、
刑事告訴に対する不起訴処分から始まった
法廷での闘いでのクライマックスで
今、そのメーセージがまさに現実となり、
天の父母様と真の父母様が、
『ほ〜ら、だからあの時言ったじゃないか』
と私に語りかけておられる感覚です」


と裁判のあとに感想を言っていました。

最高裁は、事実認定された土台で、判決が出るようなので、
まぁ、ほとんど控訴審の今回の判決が
そのまま言い渡される可能性が高いということです。

最後まで後藤さんを支援しつつ、
これからも拉致監禁撲滅のために
このブログなどを通して、戦ってまいります。
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2014年11月14日

後藤さん、控訴審勝訴!! 「80%満足」の結果! 拉致監禁の不当性が認められる!



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後藤徹さん、控訴審勝訴、おめでとうございます!

昨日は裁判所まで応援に行き、中継にも立ち会って来ましたので、
実際の様子などを報告します。

後藤さんには、法廷に入る前も会って声を掛けましたが、
少し緊張の面持ちでした。
裁判後、中継で皆さんに挨拶した時の後藤さんは、
ご覧頂いたように、信じられないような複雑な表情をされています。
きっと、その後、喜びをかみしめたことでしょう。

12年5ヵ月の監禁から、ようやく解放された時の思いも
言い表せないものであるでしょうが、
そして、今、それがようやく不当な事実であったと
公的に初めて認められて、感無量であることでしょう。


霞ヶ関の東京高裁に午後2時少し前に到着しました。
(昨日まで東京地裁と書きましたが、建物は同じです)
一審の判決の時よりは全体に人数は少なめですが、
被告側よりも、私たち後藤さん側の方が、圧倒的に多い気がしました。

抽選券をもらい、抽選時間まで待ちました。
120人くらいで、40人余りが当選。
ですから3倍くらいの確率です。
私はこういうときは、くじ運が良いようです。
後藤さんの裁判は3回行って、3回とも当たりです。
一方、妻はまたハズレ・・・
裁判の様子を経験してもらおうと思い、
今回は当たり券を家内に譲ることにしました。

ということで妻は、814号法廷へ、
私は門の前で待つことに・・・
ただ、個人的には、応援に駆けつけた人たちと
さまざま交流できる時間を与えられて、それも一つの収穫でした。

20分くらい待ったでしょうか。
前回の一審の判決での時間があまりにも早かったので、
今回は、「少し時間がかかってるな・・・」という印象でした。
裁判長が、主文(判決)を読み上げた後、
わかりやすく解説してくださったということです。

まず、広報局の方が降りてきました。
結果を知らない私たちには、その表情からは何も分かりませんでした。

そのあとに、傍聴していた人たちが出て来て
家内からも「勝訴です。今回は、牧師も対象になったし、
賠償金額もアップしたみたい」
そんなことを聞く中で、後藤さんはじめ、
弁護士の先生、本部のスタッフの方が来られました。

やはり、皆さん喜びを顔に出している雰囲気ではありませんでした。
結果は、後藤さんはじめ、スタッフの皆様の
インタビューを通してようやくハッキリしました。

以下のURLから見ることが出来ます。

こちらの言い分をほとんど受け入れてくれた
金額においては、もちろん満足とはいいませんが、
「80%」(と弁護士の先生が言ってました)の判決だったのです。

前回の判決の時には、
納得のいく内容ではありませんでしたが、
相手の責任を認める判決が出た、という一点は大きく、
「勝訴」という言葉に沸きました。

そして今回は、「勝訴」であることはもちろんのこと、
これまでの「親子問題」だから、という相手側の主張は崩されました。
本人の意思に反し、自由を制限したもので、
「不当といわざるを得ない」と認め、
「事実上の監禁」と判断しての判決であり、
牧師、改宗屋に対しても、被告に指導し、
脱会を勧めたことは明白だと、断罪しました。

ですから、インタビューを見るとわかりますが、
後藤さんや鴨野局長のコメントは、胸を打つものがあり、
私も涙を抑えられなかったのです。

31歳から44歳まで、12年5ヶ月の間、
本当にたった一人で戦ってきた後藤徹さん。
その情景が私にも迫ってきて、こみ上げてきました。

それと同時に、真のお父様が
1945年、キリスト教の基台を全て失って、
40年間の荒野の道のりを歩まれた
その路程が重なってしまって、
もうどうしようもなくなってしまいました。

最後に、教会の公式サイトに寄せられた
後藤さんのコメントを紹介して終わります。

「31歳から44歳までの12年5か月にわたり、
同じ天井と壁を見るだけの毎日でした。
最後の約10年間監禁されていたのは、
表の通りをたくさんの人が行き来する
東京・荻窪のマンションでした。
現在の日本においてこのような事件が実際に起こるとは
最初の頃は信じてもらえませんでしたが、
一審判決を経て、今回、より一層
踏み込んだ判決を得ることができました。
松永、宮村両氏から徹底的に教育され、焚きつけられた結果、
家族は長期間の監禁事件を引き起こしたと考えています。
こうした犯罪が過去50年近くにわたって行われ、
約4300人が被害を受けてきました。
中には、自殺に追い込まれた女性や、
マンション6階から逃げようとして地面に落下し
瀕死の重傷を負った男性もいます。
私の裁判を通して、そのような現実を
一人でも多くの方々に知って欲しいと思います」





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2014年11月13日

後藤さん裁判、本日判決!! 法廷にも「私のとなりに神様」が来てくださる?!



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いよいよ本日2時半より、後藤徹さんの控訴審判決があります。
(東京高等裁判所 824号法廷)

おととい紹介した後藤さんと室生氏の対談で
以下の箇所に目が留まりました。

『妻は、私の解放直後の(痩せ細った)あの写真は、未だ直視できません』

米本氏が病院先で撮影した、歴史的証拠とも言える
あの写真を、後藤さんの奥様は直視できないのです。
どんなにか愛する夫のことを思っておられるかを感じさせられます。

今日、ひとつの結果を見るわけですが、
ここに至るまでには、相当の苦労があったことでしょう。
しかし、その気持ちを和らげるのは、奥様の存在が
なくてはならなかったのではないでしょうか。
こよなく後藤さんをサポートしてこられたに違いありません。

これは、私自身にも当てはまる内容です。
以前の記事にも書いたことがありますが、
二回目の拉致監禁のとき、
ちょうど妻は海外宣教に出ていました。
私が戻ってくるために7日間の断食をし、
その地で本当に精誠を尽くして歩みました。
そのおかげもあって戻ってくることができました。

私自身も傷を受けましたが、妻もやはり傷を受けました。
多くの体験者の配偶者の方も同じだと思います。
以前、聞いた話ですが、ある婦人が拉致監禁を受けて、
数ヶ月して無事に戻ってきました。
ご本人は大丈夫だったのですが、そのご主人が
相当のショックを受けていて、PTSD状態になったそうです。

ですから、この拉致監禁の問題は、
本人だけでなく、周りの人(特に配偶者)にも
大きな影響を与えることを皆様にも知っていただければと思います。

私たちは、多くの人に支えて頂きながら、
また家族など大切な人たちからの支えで
今日まで生きてくることができたと思っています。
そして、いつも私のとなりには神様がいて、
その愛と導きがあるからこその私であると実感しています。

最近、私のブログ名『いつも私のとなりに神さま』
このことを、また批判している方がおられたそうです。

私も不足ながら教育部長をしているので、
教育センターの方に講義をします。
ですから、「神様は私とともにある」
そのように講義をさせていただきます。
何よりも祈りの最後に「アージュ」と締めくくりますが、
この意味はまさに、「神様は私とともにある」ですからね。。。

神様は、一つとなったところに来られるといいます。
神様の心情と一つになった人の元に、また
神様の真の愛を中心として一つになった家庭に。

私たちが心を一つにすれば、
神様も、後藤さんの裁判を見守ってくださることでしょう。
きっと、あの場に神様は待っていてくださると思うのです。

「いつも私のとなりに神様」がいてくださる、
これは私にとっての真実です。

それから、これも何度も言っている私のオチですが、
実は、神様は、目に見えない神様ではなく、
やはり私のすぐ隣に、具体的に存在しています。
それが私の妻だというのです。
細かい解説は面倒なので、以下、ご参照ください。


真の父母様が、お父様が生きておられる時から、ずっと
ひとつであり、なくてはならない存在であったように、
まだまだ父母様の次元には至りませんが、少なくとも
私が今こうして無事にいられるのは、妻のおかげだと思っています。
このブログも妻なくしては成り立ちません。

今日は、そんな妻とともに(そして神様とともに)
東京地裁に赴く予定です。
抽選の状況で判決を見ることは出来ないかもしれませんが、
後藤さんとの再会を楽しみにしたいと思います。


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「栄光の王冠」
Crown of Glory


私が人を疑う時 私は苦痛を感じます。
私が人を審判する時 私は耐えられなくなります。
私が人を憎むと時 私は存在価値を失ってしまいます。

しかし もし信じれば 私はだまされてしまいます。
今宵 私は手のひらに頭を埋め 苦痛と悲しみに震えています。
私が間違っているのでしょうか。
そうです。私が間違っているのです。

たとえ だまされたとしても 信じなければなりません。
たとえ 裏切られたとしても 赦さなければなりません。
憎む者までも ことごとく愛してください。
涙を拭いて 微笑みで迎えてください。
人をだますことしか知らぬ者たちを
裏切りながらも 悔い改めのできない者たちまでも・・・。

おお主よ! 愛するという痛みよ!
私のこの苦痛を御覧ください!
熱きこの胸に 主のみ手を当ててください!
私の心臓は 深き苦悩ゆえに 張り裂けんばかりです。

しかし 裏切った者たちを愛した時 私は勝利を勝ち取りました。
もし あなたも 私のように愛するならば
私はあなたに 「栄光の王冠」をお捧げします。



文鮮明師が16歳になった1935年に書いた詩。
2002年、米国で開催された国際詩人協会会議で、
この詩が最優秀作品に選ばれる。



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